『帝政論』ダンテ著、小林公訳、中公文庫、2018年1月、本体1,300円、424頁、ISBN978-4-12-206528-4
『昼も夜も彷徨え――マイモニデス物語』中村小夜著、中公文庫、2018年1月、本体1,000円、496頁、ISBN978-4-12-206525-3
『世界イディッシュ短篇選』西成彦編訳、岩波文庫、2018年1月、本体920円、352頁、ISBN978-4-00-377004-7
『後期資本主義における正統化の問題』ハーバーマス著、山田正行/金慧訳、岩波文庫、2018年1月、本体970円、320頁、ISBN978-4-00-386014-4
『文選 詩篇(一)』川合康三/富永一登/釜谷武志/和田英信/浅見洋二/緑川英樹訳注、岩波文庫、2018年1月、本体1,020円、416頁、ISBN978-4-00-320451-1
『三国志名言集』井波律子著、岩波現代文庫、2018年1月、本体1,340円、480頁、ISBN978-4-00-602296-9
『中国飛翔文学誌――空を飛びたかった綺態な人たちにまつわる十五の夜噺』武田雅哉著、人文書院、2017年12月、本体6,200円、A5判上製568頁、ISBN978-4-409-51076-6
『現代オリンピックの発展と危機1940-2020――二度目の東京が目指すもの』石坂友司著、人文書院、2018年1月、本体2,500円、4-6判並製276頁、ISBN978-4-409-24120-2
『人新世の哲学――思弁的実在論以後の「人間の条件」』篠原雅武著、人文書院、2018年1月、本体2,300円、4-6判上製260頁、ISBN978-4-409-03096-7
『共感のレッスン――超情報化社会を生きる』植島啓司/伊藤俊治著、集英社、2017年12月、本体1,500円、四六判並製200頁、ISBN978-4-08-771127-1
『歩行熱――ヒトはひたすら歩いて進化した』松田行正著、牛若丸発行、星雲社発売、2017年12月、本体2,400円、四六変型136頁、ISBN978-4-434-23997-7
『落としもの』横田創著、書肆汽水域、2018年1月、本体1,800円、四六判上製275頁、ISBN978-4-9908899-1-3
★ダンテ『帝政論』は文庫オリジナルの新訳。既訳には、新生堂版『ダンテ全集』第8巻所収の中山昌樹訳「帝政論」(1925年;復刻版、日本図書センター、1995年)と、河出書房版『世界大思想全集』第1期「哲学・文芸思想篇」第4巻所収の黒田正利訳「帝政論」(1961年)があります。今回の新訳の底本は、プルー・ショーによるイタリア・ダンテ協会最新校訂版(Casa Editrice Le Lettere, 2009)とのことです。訳者による130頁近い詳細な註解と、90頁を超える訳者あとがきは力作という以上の労作です。
★中村小夜『昼も夜も彷徨え』は副題にある通り、中世のユダヤ思想家マイモニデス( 1138-1204)を主人公にしたユニークな書き下ろし小説です。目次を列記しておくと、序章|第一章 背教者|第二章 書状の決闘|第三章 ミルトスの庭|第四章 フスタート炎上|第五章 死者の町|第六章 王者と賢者|終章。書名はマイニモデス自身に記せられている言葉です。なお、マイモニデスについて日本語で読める研究書は、A・J・ヘッシェルの『マイモニデス伝』(森泉弘次訳、教文館、2006年)のみです。
★『世界イディッシュ短篇選』は13篇を収録した、訳者ならではの一冊。目次を列記しておきます。
つがい|ショレム・アレイヘム
みっつの贈り物|イツホク・レイブシュ・ペレツ
天までは届かずとも|イツホク・レイブシュ・ペレツ
ブレイネ嬢の話|ザルメン・シュニオル
ギターの男|ズスマン・セガローヴィチ
逃亡者|ドヴィド・ベルゲルソン
塀のそばで(レヴュー)|デル・ニステル
シーダとクジーバ|イツホク・バシェヴィス・ジンゲル
カフェテリア|イツホク・バシェヴィス・ジンゲル
兄と弟|イツホク・ブルシュテイン=フィネール
マルドナードの岸辺|ナフメン・ミジェリツキ
泥人形メフル|ロゼ・パラトニク
ヤンとピート|ラフミール・フェルドマン
イデッシュ文学の〈世界性〉について|西成彦
★『後期資本主義における正統化の問題』は、細谷貞雄訳『晩期資本主義における正統化の諸問題』(岩波現代選書、1979年)以来の新訳。原著は『Legitimationsprobleme im Spätkapitalismus』(Suhrkamp, 1973)で、『コミュニケーション的行為の理論』に先立つ重要書です。岩波書店では『近代 未完のプロジェクト』(三島憲一編訳、岩波現代文庫、2000年)に続く、久しぶりのハーバーマスの文庫本第二弾。岩波文庫としては初めてです。20世紀後半のドイツ現代思想を代表する哲学者でありながら、日本では極端に文庫本が少ない気がします。
★『文選(もんぜん)詩篇』は全6冊予定。意外にも文庫での訳注書がなかったことに驚きを覚えます。凡例によればこの全6冊は、胡刻本(李善の注を付した60巻本を胡克家が1809年に刊行したもの)の「詩篇」の部(巻19~巻31)に収められた全作品の原文・訓読・訳・語注であり、今回発売された第一冊には巻19から巻21の「詠史」の途中までを収録し、巻末に「文献解説」を配しています。
★井波律子『三国志名言集』は2005年に岩波書店から刊行された単行本の文庫化。「『三国志演義』から160項目の名言・名セリフを選び出し、各項目ごとに、原文、書き下し文、日本語訳を記し、コメントを付したもの」(「名言・名セリフでたどる『三国志演義』――岩波現代文庫版あとがき」)です。同あとがきによれば、大きな手直しはないようです。ちなみに2010年に同版元から刊行された著者の『中国名詩集』が3月に岩波現代文庫として再刊されるとのことです。
★武田雅哉『中国飛翔文学誌』は帯文に曰く「堯・舜の神話伝説時代から、漢魏六朝の古譚、唐宋の伝奇、明清の小説戯曲、〔・・・〕清朝末期の新聞雑誌、20世紀中葉の中国でささやかれた都市伝説まで。神仙、凧、パラシュート、飛車、気球、飛行船、UFOと、空を飛ぶことに思いを馳せた中国人の言動のあれこれを鮮やかに描き出す」と。図版多数収録。稲生平太郎さんの名著『何かが空を飛んでいる』(新人物往来社、1992年;定本版、国書刊行会、2013年)が思い出されますが、本書の第十四話も「なにかが空を飛んでいる」と題されています。さすが中国4000年の奥深さと言うべきか、武田先生の長年にわたる博捜により、すでに年初にして2018年の収穫のひとつとして記憶されることが間違いないであろう素晴らしい一書となっています。
★石坂友司『現代オリンピックの発展と危機1940-2020』は「オリンピック研究の第一人者による刮目の分析」(帯文より)。第一章は、近代オリンピックの創設者クーベルタンが1896年の第一回アテネ大会の報告書に記した赤裸々な批評から始まるのですが、そもそも日本人はクーベルタンの本音やその晩年の悔恨についてどれほど知っているでしょうか。著者は「オリンピックはクーベルタンが創り出したそのときから、政治的であり、商業主義的であったことはつねに念頭に置いておく必要がある」(257頁)と書いています。本書はオリンピックを冷笑するための本なのではなく、その歴史的変遷を跡づけ、日本の読者にその光と影を提示するものです。
★篠原雅武『人新世の哲学』は帯文に曰く「一万年に及んだ完新世が終わり、新たな時代が始まっている。環境、物質、人間ならざるものたちとの共存とは何か。メイヤスー、ハーマン、デランダ、モートン、チャクラバルティ、アーレントなどを手掛かりに探る壮大な試み」と。著者は序論でこう述べています。「本書では、ハンナ・アーレントが『人間の条件』で試みた考察を、現代の新しい思想潮流(思弁的実在論、オブジェクト指向存在論)との関連で検討し直すことを試みる」(11頁)。そうした検討によって「アーレントは十分に述べることができていなかったが言外で曖昧なままに言われていたことをつかみ取り、そのうえで現代的に展開させていくことができるようになる」(13頁)と。
★またこうも書いておられます。「人新世をめぐる議論において問われているのは、人間が人間だけで自己完結的に生きるのではなく、地球において生息している様々な人間ならざるものとの連関のなかで生きているという現実をどう考えるのか、という問題である」(16頁)。「本書は、科学研究で提示されようとしている人新世という現実像をまともに受け止めたとき、人間にかんする知は根底的にひっくり返るだろうという見通しのもとで、人間の条件についての哲学的な考察を試みる。そこでは、人間と自然のかかわりをどう考えたらいいのか(一章)、人間世界が地球・自然世界から離脱してしまうことをどう考えたらいいのか(二章)、人間世界の条件の脆さをどう考えたらいいのか(三章)、人間世界の外に広がるエコロジカルな世界のリアリティをどう考えたらいいのか(四章)、事物の世界との相互的交渉における詩的言語の可能性をどう考えたらいいのか(五章)、エコロジカルな共存とは何か(六章)が問われることになる」(17頁)。
★植島啓司/伊藤俊治『共感のレッスン』は伝説的名著『ディスコミュニケーション』(リブロポート、1988年)以来となるお二人の対談をまとめた一冊。初出は「すばる」誌2016年7月号~2017年6月号に掲載された「超越する身体――「あなた」と「わたし」をつなぐもの」。大学生の時分に『ディスコミュニケーション』に大きな知的刺激を与えられた世代にとっては当然の必読新刊です。前作の攻撃的なまでの造本や内容に比べると成熟感が否めないものの――書籍を製本から解き放ったのはほかならない『ディスコミュニケーション』の附録でした――、30年越しでお二人のやりとりが読めるというのはやはりノスタルジー以上の贈物だと言うべきです。
★松田行正『歩行熱』は手に取ったが最後、造本の美しさとややこしさに釘付けになります。なんだこれ。しばらくは戸惑います。アンカットなのですが、ペーパーナイフで切開すればいいというわけではないページが最初から最後まで続く不思議な本で、かがり糸までオレンジなのです。21世紀の造本設計史に残る一冊と言うべきで、インクの匂いがオレンジ色の開かないページから零れ落ちてくるこの官能性は、モノとしての書物の可能性を改めて教えてくれます。牛若丸の本はハズレなしのマストバイばかりですが、またその輝かしい出版目録に新たな伝説が刻まれたのではないでしょうか。自分で買っても、誰かにあげても嬉しい本です。
★横田創『落としもの』は「すばる」「新潮」「群像」「ユリイカ」に2007年から2009年にかけて発表されてきた、単行本未収録の短編6作品をまとめたもの。収録作品と初出については書名のリンク先をご覧下さい。北田博充さんの『これからの本屋』(2016年)に続く、書肆汽水域の書籍第二弾です。周知の通り、書肆汽水域は北田さんが設立した出版社。カヴァー表4には6人の書店員さんの推薦文が記載されており、さらに投げ込みの冊子「『落としもの』の補助線」では、小国貴司さんや有地和毅さんとともに北田さん自身も一筆書かれています。書店人とともに書店人によって送り出された幸福な一冊です。北田さんによれば「書店員として、自分が売りたい本を自らの手でつくる取り組みの記念すべき一回目」の本なのだとか。製造小売業の試みとしても非常に興味深いです。
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