『アメリカンドリームの終わり――あるいは、富と権力を集中させる10の原理』 ノーム・チョムスキー著、寺島隆吉/寺島美紀子訳、ディスカヴァー・トゥエンティワン、2017年10月、本体1,800円、46判上製304頁、ISBN978-4-7993-2183-6
『チョムスキー言語学講義――言語はいかにして進化したか』ノーム・チョムスキー/ロバート・C・バーウィック著、渡会圭子訳、ちくま学芸文庫、2017年10月、本体1,000円、256頁、ISBN978-4-480-09827-6
『原典訳 原始仏典』上下巻、中村元編、ちくま学芸文庫、2017年10月、本体1,700円/本体1,400円、656頁/496頁、ISBN978-4-480-09808-5/09809-2
『定本 葉隠〔全訳注〕(上)』山本常朝/田代陣基著、佐藤正英校訂、吉田真樹監訳注、ちくま学芸文庫、2017年10月、本体1,600円、592頁、ISBN978-4-480-09821-4
『記号論』吉田夏彦著、ちくま学芸文庫、2017年10月、本体1,000円、224頁、ISBN978-4-480-09824-5
『アンチクリストの誕生』レオ・ペルッツ著、垂野創一郎訳、ちくま文庫、2017年10月、本体900円、288頁、ISBN978-4-480-43466-1
『形式化された音楽』ヤニス・クセナキス著、野々村禎彦監訳、冨永星訳、筑摩書房、2017年9月、本体6,500円、A5判上製440頁、ISBN978-4-480-87393-4
『対称性――不変性の表現』Ian Stewart著、川辺治之訳、サイエンス・パレット;丸善出版、2017年9月、本体1,000円、新書判並製178頁、ISBN978-4-621-30203-3
★『アメリカンドリームの終わり』は『Requiem for the American Dream: The 10 Principles of Concentration of Wealth & Power』(Seven Stories Press, 2017)の翻訳です。本書のもととなった長編インタヴューは2015年に「アメリカン・ドリームへのレクイエム」として映画化されています。4年にわたる聴き取りをまとめたもので、動画はネットで探せばご覧になれます。豊富な資料と注を付け加えた書籍版は原書に倣って墨と緑色の二色刷で美しい本に仕上がっています。緑と言っても昨今の新党のシンボルカラーに合わせてあるわけではありませんが、ちょうど選挙目前ということもあり、例の党首(だけでなく)に向かって本書を振りかざして差し上げるくらいの皮肉は当然たしなんでも構わないと思います。
★チョムスキーは本書で、アメリカの「建国以来の下劣で恥ずべき行動原理」として10項目を挙げています。曰く「民主主義を減らす」「若者を教化・洗脳する」「経済の仕組みを再設計する」「負担は民衆に負わせる」「連帯と団結への攻撃」「企業取締官を操る」「大統領選挙を操作する」「民衆を家畜化して整列させる」「合意を捏造する」「民衆を孤立させ、周辺化させる」。舌鋒鋭いチョムスキーの分析内容は日本人にとっても対岸の火事として放っておけばいいものでは断じてありません。版元さんの力から言って本書は多くの書店さんの店頭に置かれると思いますが、この本はぜひ、かつての『超訳 ニーチェの言葉』と同様に地道に長く店頭に置いて下さることを祈るばかりです。訳者が言う通り、本書は「明日の日本に対する警告の書」だからです。
★『アメリカンドリームの終わり』ではチョムスキーの政治的発言を読むことができますが、今月はチョムスキーの本職である生成文法論関連の邦訳新刊も発売されています。ちくま学芸文庫から出た、コンピュータ科学者バーウィックとの共著で『Why Only Us: Language and Evolution』(MIT Press, 2015)の訳書で、文庫オリジナルの初訳本です。言語の進化が主題であり、「なぜ今なのか?」「進化する生物言語学」「言語の構成原理とその進化に対する意義」「脳の三角形」の全4章立て。「言語は形と形以外の“モジュール”からの違う表現を結合する媒介語(リンガ・フランカ)である〔・・・〕。“心の内的道具”がそうであるように、さまざまな視覚手がかりを統合し、それらについて推論する――動物が岩の上にいるか下にいるか――ことは、間違いなく選択的に有利と思われる。そのような性質が子孫に受け継がれ、ある小さな集団にいきわたるかもしれない。これが私たちの思い描いた進化のシナリオだ」(215~216頁)と二人は結論づけています。
★今月のちくま学芸文庫およびちくま文庫ではこのほか4点5冊に注目したいと思います。まず『原典訳 原始仏典』上下巻は、筑摩書房版『世界古典文学全集(6)仏典I』(1966年;のちに『原始仏典』1974年として新版を刊行)を文庫化したもので、1974年版を底本としているとのことです。1987年に東京書籍より刊行された中村元さんの解説本『原始仏典(1)釈尊の生涯』『原始仏典(2)人生の指針』を合本文庫化した『原始仏典』(ちくま学芸文庫、2011年)とは別物で、今回の上下巻は書名通り仏典(パーリ語およびサンスクリット語)を現代語訳したものです。上巻には仏伝として「仏伝に関する章句」と「偉大なる死(大パリニッバーナ経)」を収め、原始経典として「経典のことば」「シンガーラへの教え」「本生経(ジャータカ)」「長老の詩(テーラ・ガーター)」を収めています。下巻では原始経典として「長老尼の詩(テーリー・ガーター)」を収め、さらに「アヴァダーナ」「百五十讃」「金剛の針」「ラトナーヴァリー」「ナーガナンダ」を収めています。
★次に『定本 葉隠〔全訳注〕』は全3巻で10月から12月にかけて上中下巻と発売されていきます。ちくま学芸文庫のために新たに書き下ろされたものです。先日言及しましたが、講談社学術文庫でも先月より『新校訂 全訳注 葉隠』全3巻が発売開始となっています。講談社版が佐賀県立図書館所蔵の天保本(杉原本)を底本とし、餅木本や小城本などにより校訂したものであるのに対し、ちくま版は同じく佐賀県立図書館所蔵ながら新出だという小山信就本を底本とし、餅木本や山本本を校合したとのことです。講談社版は原文・現代語訳・語注の順の構成で、ちくま版は原文・語注・現代語訳の順番となっています。読み比べれば分かりますが、現代語訳にはそれぞれの味わいがあり、ここは両書とも買い揃えて理解を深めたいところです。
★続いて吉田夏彦『記号論』は放送大学の教材として執筆され1989年に公刊されたものの文庫化。帯文に曰く「世界は巨大な記号の体系だ。その構造を読み解く最強の技術、論理学への誘い」と。文庫版あとがきによれば、「今度読み返してみて、放送とは独立に読めることを確かめたので、大筋はそのままにし、字句を多少修正して復刊することにした」とのことです。章立ては、「変項」「形式と抽象」「そのほかの論理記号」「計算と証明」「形式化」「記号の濫用」「ものごと」「話」「記号の役割」「環境としての記号」「記号としての環境」「かたち」「楽譜と音楽」「自然と記号」「終に」の全15章。
★ペルッツ『アンチクリストの誕生』は1930年に刊行された中短編集『Herr, erbarme dich meiner』の全訳で文庫版オリジナルの新刊。収録作は全8編で、原書名である「「主よ、われを憐れみたまえ」」のほか、「一九一六年十月十二日火曜日」「アンチクリストの誕生」「月は笑う」「霰弾亭」「ボタンを押すだけで」「夜のない日」「ある兵士との会話」。巻末解説「レオ・ペルッツの綺想世界」は皆川博子さんがお書きになっておられます。
★筑摩書房さんでは先月末、クセナキスの『Formalized Music: Thought and Mathematics in Composition』(Revised edition, Pendragon Press, 1992)の全訳である『形式化された音楽』を発売されています。たいへんに美麗な装丁は工藤強勝さんと勝田亜加里さんによるもの。目次を以下に列記しておきます。
序文
フランス語原版の序文
英語版(ペンドラゴン版)の序文
第1章 拘束のない推計学的音楽全般について
第2章 マルコフ連鎖を用いた推計学的音楽――その理論
第3章 マルコフ連鎖を用いた推計学的音楽――その応用
第4章 音楽における戦略――戦略、線型計画法、そして作曲
第5章 計算機を用いた拘束のない推計学的音楽
第6章 記号論的音楽
第1章から第6章までの結論と拡張
第7章 メタ音楽に向けて
第8章 音楽の哲学に向けて
第9章 微細音響構造に関する新たな提案
第10章 時間と空間と音楽について
第11章 ふるい
第12章 「ふるい」のユーザーズガイド
第13章 ダイナミックな推計学的合成
第14章 さらに徹底した推計学的音楽
補遺Ⅰ 連続確率の二つの法則
補遺Ⅱ
補遺Ⅲ 新しいUPICシステム
参考文献
監訳者解説
訳者あとがき
索引
★監訳者解説に本書の書誌情報が詳しく書かれています。「本書は彼〔クセナキス〕自身による作曲技法の解説書だが、元々は独立な論文をほぼ執筆年代順に並べて一冊にまとめたものであり、刊行年代に応じて複数の版が存在する」。以下に、本書の先行する版についての監訳者による解説を図式的に転記しておきます。
1)仏語版初版『Musiques formelles』(Richard-Masse, 1963)・・・当訳書の底本(英語版増補版)との対応:第1章~第6章(第2章と第3章は分割されていない)、補遺ⅠおよびⅡ、あとがき(底本では「第1章から第6章までの結論と拡張」)。
2)英語版初版『Formalized Music』(Indiana University Press, 1971)・・・当訳書の底本との対応:第1章~第6章および、第7章と第8章の仏語論文の英訳、そして第9章(書き下ろし)。
★留意点として、今回の訳書では、英訳の読みにくさのために、仏語原文があるものは仏語から訳したとのことです。なお『音楽と建築』(高橋悠治訳、全音楽譜出版社、1975年;新編新訳版、河出書房新社、2017年7月)との違いについては次のように書かれています。『形式化された音楽』英語版増補版の「第1章から第6章の要約(に相当する短い論文や講演原稿)及び第7章・第8章原文と若干の建築に関するメモ(現行版〔すなわち英語版増補版〕第1章に含まれるフィリップス・パビリオンのプランの説明など)からなり、英語版初版の仏語による簡易版とみなせる。刊行時点では〔・・・〕内容が重複しないように配慮したのだろう」。
★イアン・スチュアート『対称性――不変性の表現』は、Oxford University Pressの「A Very Short Introduction」シリーズより刊行された『Symmetry』(2013年)の全訳。カバーソデ紹介文は以下の通り。「「対称性」は現代科学の重要語の一つです。対称性といえば、虹、雪の結晶、貝殻などの線対称や回転対称な図形を連想し、その規則正しく並んだ模様に私たちは魅了されてきました。この対称性を現代科学で扱われているように抽象化するきっかけとなったのは、対称な図形・模様の分析・研究ではなく、方程式の解の探求といわれています。本書では対称性についての素朴なイメージからはじめ、対称性の抽象的定義、その性質の広がり、魅力をイアン・スチュアートが描きます」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。著者は本書の末尾でこう述べています。「対称性の物語、そこから導かれる数学、そしてその結果得られた理論に基づく利用は、単純だが深遠な概念がいかにして途方もなく強力な理論と大きな科学的発展になりうるかを示している。〔・・・〕対称性を理解するための探求は、いかに自然界の美が美しい科学と美しい数学につながるかという見事な例になっている」(160~161頁)。著者自身による紹介動画を以下に貼り付けておきます。
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★数々の本がかたちづくる宇宙との出会いは、書店にあります。当たり前のことが忘れられてしまいがちなこんにち、何度でも強調しなければなりません。しばらく寄っていなかった外国文学棚に行くと、美しい本たちが待っていました。澁澤龍彦没後30年記念で再刊された3点と、基本的に熊本県下でしか買えなかった本を手に取りました。いずれも既刊書ですが、特記しておきたい書目です。
『超男性(愛蔵版)』アルフレッド・ジャリ著、澁澤龍彦訳、白水社、2017年8月、本体3,600円、4-6判上製244頁、ISBN978-4-560-09570-6
『大胯びらき(愛蔵版)』ジャン・コクトオ著、澁澤龍彦訳、白水社、2017年8月、本体3,600円、4-6判上製187頁、ISBN978-4-560-09579-9
『城の中のイギリス人(愛蔵版)』アンドレ・ピエール・ド・マンディアルグ著、澁澤龍彦訳、白水社、2017年8月、本体3,600円、4-6判上製202頁、ISBN978-4-560-09569-0
『抄訳 アフリカの印象』レーモン・ルーセル著、坂口恭平画、國分俊宏訳、いとうせいこう解説、伽鹿舎、2016年8月、本体926円、ライブラリー判並製306頁
ISBN:978-4-908543-04-3
★『超男性』『大胯びらき』『城の中のイギリス人』は原条令子さんによるほれぼれするような美しい装幀に誘われて、軽装版を持っているにもかかわらずまんまと購入。それぞれ中身は、1975年版、1954年版、1982年版の復刻で、書体や組版に当時の雰囲気があります。3点とも手元に揃えるのが正解かと。いっぽう、『抄訳 アフリカの印象』は坂口さんの独特な挿画がとてもいいです。伽鹿舎(かじかしゃ)は熊本市の版元さん。「スタッフ全員が本業を別にもっている非営利の文藝出版社」で週末出版社とも自身を位置づけておられます。編集、造本、販売のそれぞれのこだわりに共感を覚える素敵なチームだと思います。ルーセルの新訳本は同舎のシリーズ「伽鹿舎QUINOAZ(キノアス)」の一冊。文庫より少し大きなライブラリーサイズのシリーズです。
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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『空間へ』磯崎新著、河出文庫、2017年10月、本体1,400円、584頁、ISBN978-4-309-41573-4
『改訂を重ねる『ゴドーを待ちながら』――演出家としてのベケット』堀真理子著、藤原書店、2017年9月、本体3,800円、四六上製288頁、ISBN978-4-86578-138-0
『いのち愛づる生命誌(バイオヒストリー)――38億年から学ぶ新しい知の探求』中村桂子著、藤原書店、2017年9月、本体2,600円、四六並製304頁、ISBN978-4-86578-141-0
『夜の光に追われて』津島佑子著、津島佑子コレクション;人文書院、2017年9月、本体3,000円、4-6判上製372頁、ISBN978-4-409-15030-6
『ジェンダー研究を継承する』佐藤文香/伊藤るり編、人文書院、2017年10月、本体4,800円、A5判上製524頁、ISBN978-4-409-24119-6
『貧困と自己責任の近世日本史』木下光生著、人文書院、2017年10月、本体3,800円、4-6判上製330頁、ISBN978-4-409-52067-3
『海の民のハワイ――ハワイの水産業を開拓した日本人の社会史』小川真和子著、人文書院、2017年10月、本体4,000円、4-6判上製288頁、ISBN978-4-409-53051-1
★河出文庫さんの新刊『空間へ』は建築家の磯崎新さんの初めての単独著(初版は美術出版社より1971年刊)の文庫化で、磯崎さんの文庫本としては「へるめす」誌での連載をまとめた『建築家捜し』(岩波現代文庫、2005年、品切)以来の新刊です。1960年から68年にかけて各媒体で発表された論考やエッセイを集成したもので、再刊にあたり文庫版あとがきと松井茂さんによる解説が加えられています。初版本の函に印刷されていた瀧口修造さんの推薦文は文庫版あとがきの末尾に全文が転載されています。
★藤原書店さんの9月新刊より2点を挙げます。『改訂を重ねる『ゴドーを待ちながら』』はベケット研究の第一人者が、戯曲『ゴドーを待ちながら』のおびただしい台本改訂と演出ノートの細部に迫る解読本です。「本書のねらいは『ゴドー』の舞台を楽しむために、またその戯曲を味わうための指針となるよう、この作品に秘められた未曾有の仕掛けを明かし、筆者なりに紐解いていくことである」(10頁)。いっぽう、『いのち愛づる生命誌(バイオヒストリー)』は90年代後半から今日に至るまでの間に各媒体で発表されてきた生命誌関連の文章に書き下ろしを加えてまとめたものです。「私が知りたいのは、バクテリアもキノコもミミズもチョウもタンポポも、それぞれがみごとに生きていることであり、みんなでつくる歴史物語です。〔勝者の目線で書かれた〕「史」よりも「誌」にしたいと思ったのはそのためであり、それが思いがけずヒストリーの本来の意味と重なったのでした」(6頁)。2点の目次詳細は書名のリンク先にてご確認いただけます。
★人文書院さんの新刊では発売済2点とまもなく発売の2点を挙げます。まずは発売済み2点。『夜の光に追われて』は「津島佑子コレクション」第Ⅰ期第2回配本。80年代半ばの東京新聞(北海道新聞、中日新聞)での連載小説で、再刊にあたっての底本は講談社文芸文庫版(1989年)とのことです。「生きることの核心」という解説を木村朗子さんがお寄せになっています。『ジェンダー研究を継承する』は現代日本におけるジェンダー研究の先達21名のインタヴューを収めた意義深い大冊。「一橋大学大学院社会学研究科先端課題研究叢書」の一冊と銘打たれています。続いてまもなく発売の2点。『貧困と自己責任の近世日本史』は奈良県田原村(現在の奈良市東部)に残る「片岡家文書」に記された近世農村の家計のありようから江戸時代の貧困について精密に分析したもの。『海の民のハワイ』は「日本人と海の結びつきに着目した上で、海がもたらす資源に生活の糧を求める人々を海の民と総称し、20世紀におけるハワイの水産業の発展に貢献した日本の海の民の軌跡を、主に社会史的側面から追究」(9頁)したもの。4点の目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。
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