キマイラの原理――記憶の人類学
カルロ・セヴェーリ著 水野千依訳
白水社 2017年6月 本体7,300円 A5判上製414頁 ISBN978-4-560-09555-3
帯文より:埋もれたヴァールブルクの遺産、来たるべき《イメージ人類学》へ。文字なき社会において「記憶」はいかに継承されるのか。 西洋文化のかなたに息づく「記憶術」から人間の「思考形式の人類学」へと未踏の領域を切り拓く、レヴィ゠ストロースの衣鉢を継ぐ人類学者による記念碑的著作。オセアニアの装飾、ホピ族の壺絵、アメリカ先住民やクナ族の絵文字、アパッチ族の蛇=十字架、スペイン系入植者末裔のドニャ・セバスティアーナ――言葉とイメージのはざまに記憶のキマイラが結晶する。
★発売済。原書は『Il percorso e la voce: Un'antropologia della memoria』(Einaudi, 2004)で、原題は『行程と声――記憶の人類学』で、訳題「キマイラの原理」は2007年のフランス語版から採られています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。巻頭には「記憶から思考へ」と題された日本語版への序文が付されています。その題名の意図するところはこうです。「記憶の分析は別種の思考形式の研究へと到達する」(7頁)。訳者あとがきによれば本書は「人類学者カルロ・セヴェーリがアメリカ大陸やオセアニアの先住民を対象とする地域研究の成果を理論的に推し進め、「記憶の人類学」という未踏の学問領域を切り拓いた記念碑的ともいえる著作」であり、「記憶が社会的に共有される「儀礼」という場に焦点を定め、西洋文化のかなたに息づく記憶技術の解明に捧げた本書は、特定の地域研究の枠を超えて、哲学、民族学、心理学、精神医学、言語学、美術史、物語論の成果を縦横に応用しながら、広く人間一般の記憶、認識、想像力をめぐる理論研究として、独創的かつ発展性のある新しい視座を私たちに提起」するものです。セヴェーリ(Carlo Severi, 1952-)はイタリア出身でパリの社会科学高等研究院(EHESS)の社会人類学講座教授であり、フランス国立科学研究センター(CNRS)の教授。2016年には来日を果たしており、著書が邦訳されるのは今回が初めてです。
★訳者あとがきでは20世紀後半以降のイメージ論や記憶術研究、そして人類学の動向についても概観されており、書店員さんや版元営業にとって必読です。例えば人類学についてはこんな説明があります。「人類学や言語学を席捲したクロード・レヴィ=ストロースの「構造主義」に抗し、それを批判的に乗り越えようとした1968年以降のいわゆる「ポスト構造主義思想」(ピエール・クラストル、モーリス・ゴドリエなど)を経て、80年代以降の人類学には、構造主義の遺産を再評価しながら、両者を媒介し統合しようとする新たな動きが胎動した。ヘナレ、ホルブラード、ワステルによって「人類学の静かな革命」と呼ばれた転換がそれである。ダン・スペルベルに代表される認知人類学、ジェイムズ・クリフォード、ジョージ・E・マーカス、マイケル・M・J・フィッシャーをはじめ、英米系民族誌学に80年代に高揚した「ポストモダン人類学」(あるいは「再帰的人類学」)の衝撃的な理論的転回、さらに90年代のポストコロニアル人類学の影響を受けつつも、それらの陰で個別に進められてきた研究が、近年、ひとつの思想的潮流として認識され、人類学の「存在論的転回」という名のもとで注目を集めている。この動向を代表するのは、英米の人類学者マリリン・ストラザーンやロイ・ワグナー、アルフレッド・ジェル、ティム・インゴルド、フランスのブルーノ・ラトゥール、フィリップ・デスコラ、フレデリック・ケック、そしてブラジルのエドゥアルド・ヴィヴェイロス・デ・カストロ、さらに若手ではカナダのエドゥアルド・コーンらである。日本でも近年、この新たな潮流は脚光を浴びており、〔・・・〕水声社から刊行中の叢書「人類学の転回」を筆頭に、精力的に紹介が進められている」(370頁)。
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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『謎床――思考が発酵する編集術』松岡正剛×ドミニク・チェン著、晶文社、2017年7月、本体1,800円、四六判並製360頁、ISBN978-4-7949-6965-1 C0095
『飯場へ――暮らしと仕事を記録する』渡辺拓也著、洛北出版、2017年7月、本体2,600円、四六判並製506頁、ISBN978-4-903127-26-2
『「利己」と他者のはざまで――近代日本における社会進化思想』松本三之介著、以文社、2017年6月、本体3,700円、四六判上製456頁、ISBN978-4-7531-0341-6
『バルカン――「ヨーロッパの火薬庫」の歴史』マーク・マゾワー著、井上廣美訳、中公新書、2017年6月、本体920円、新書判並製336頁、ISBN978-4-12-102440-4
『マリリン・モンロー 最後の年』セバスティアン・コション著、山口俊洋訳、中央公論新社、2017年6月、本体1,850円、四六判並製224頁、ISBN978-4-12-004987-3
『ジョジョ論』杉田俊介著、作品社、2017年7月、本体1,800円、46判並製320頁、ISBN978-4-86182-633-7
『〈戦後思想〉入門講義――丸山眞男と吉本隆明』仲正昌樹著、作品社、2017年7月、本体2,000円、46判並製384頁、ISBN978-4-86182-640-5
『旅に出たロバは――本・人・風土』小野民樹著、幻戯書房、2017年7月、本体2,500円、四六判上製238頁、ISBN:978-4-86488-125-8
『60年代は僕たちをつくった[増補版]』小野民樹著、幻戯書房、2017年7月、本体2,500円、四六判上製270頁、ISBN978-4-86488-123-4
『テレビ番組海外展開60年史――文化交流とコンテンツビジネスの狭間で』大場吾郎著、人文書院、2017年6月、本体3,800円、4-6判並製426頁、ISBN978-4-409-23057-2
『悲しみについて』津島佑子著、2017年6月、本体2,800円、4-6判上製332頁、ISBN978-4-409-15029-0
★まず『謎床(なぞとこ)』はまもなく発売開始。松岡正剛さんとドミニク・チェンさんという親子ほどの差があるお二人による刺激的な対談本です。チェンさんは巻頭の「はじめに」で「あらゆる情報が即時にインストールできる現代の環境において、いかに本質的な謎、つまり問いを生成できるかということは、人間を人間たらしめる最も重要な要件となる」と指摘し、人間「相互の自律的な学習」を展望します。これは出版界にとっても重要なアイデアです。
★次に洛北出版さんと以文社さんの新刊です。渡辺拓也『飯場へ』は2014年に大阪市立大学大学院より学位授与された博士論文に加筆修正を施したもの。自ら飯場にも飛び込んだ体当たりの瑞々しい論考です。松本三之介『「利己」と他者のはざまで』は丸山真男さんのお弟子で、政治思想史研究の重鎮による、近代日本における社会進化論から自然権思想の形成を読み解く試み。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。
★次に中央公論新社さんの新刊から2点。『バルカン』の原書は『The Balkans: a short history』(Modern Library, 2000)です。近年続々と邦訳されている歴史家の4冊目の訳書にして初の新書。序と解題は村田奈々子さんがお書きになっておられます。『マリリン・モンロー 最後の年』の原書は『Marilyn 1962』(Editions Stock, 2016)。訳者あとがきの文言を借りると、女優の後半生を12人の関係者の視点から多角的かつ重層的に描いたもの。
★続いて作品社さんの新刊から2点。『ジョジョ論』は障碍者介助の傍ら執筆活動を続けてきた気鋭の批評家による力作。弱さや病、狂気や無能力の中に人間の本当の強さやかけがえのない美を見つつ、それらをオルタナティヴな資本として評価する試みです。周知の通り三池崇史監督による実写映画公開も間近(8月4日)。『〈戦後思想〉入門講義』は仲正さんの講義シリーズの最新刊。丸山の『忠誠と反逆』と吉本の『共同幻想論』を精読したものです。
★続いて幻戯書房さんの新刊から小野民樹さんのエッセイ2点。『旅に出たロバは』は岩波書店の編集者時代の神保町古書店街の記憶を綴った「古本の小道」を含む6篇を収録。小野さんは2007年に退職後、大学教授を10年間勤めあげて退官されたばかりです。青年期を綴った『60年代は僕たちをつくった[増補版]』の親本は2004年に洋泉社より刊行。再刊にあたり、「古稀老人残日録」と「増補版あとがき」が加えられています。
★最後に人文書院さんの新刊から2点。大場吾郎『テレビ番組海外展開60年史』は元テレビマンの研究者による、日本のテレビ番組が1960年代以降にどのように輸出され受容されてきたかを綿密に検証した労作。『悲しみについて』は「津島佑子コレクション」第Ⅰ期第1回配本。収録作品は書名のリンク先をご覧ください。巻末には石原燃さんによる解説「人の声、母の歌」が収められています。第2回配本は9月予定、『夜の光に追われて』です。
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