流感世界――パンデミックは神話か?
フレデリック・ケック著 小林徹訳
水声社 2017年5月 本体3,000円 46判上製354頁 ISBN978-4-8010-0259-3
帯文より:レヴィ=ストロースの方法論を受け継ぐ気鋭の人類学者が描いた、パンデミック化したこの世界。「種の壁」を乗り越えるインフルエンザウイルスを、香港・中国・日本・カンボジアを股にかけて追跡し、ヒトと動物種とのあいだに広がる諸関係に新たな対角線をひく。ヒトが作り上げる〈社会〉のあり方を、《危機》への対応という観点から問い直す。
目次:
序論 動物疾病の人類学
第一章 バイオセキュリティをめぐる回り道
第二章 自然に面した衛生前哨地
第三章 家禽経営
第四章 仏教的批判
第五章 動物を開放すること
第六章 生物を生産すること
第七章 ウイルスの回帰――あるパンデミックの回想録
第八章 ドライとウェット――実験室の民族誌
結論 パンデミックは神話か?
謝辞/原註/訳註
訳者あとがき――パンデミックの神話論をめぐって
★発売済。叢書「人類学の転回」の第8回配本です。原書は『Un monde grippé』(Flammarion, 2010)です。著者のケック(Frédéric Keck, 1974-)はフランスの人類学者で哲学史家。第一章でケックは自らの人類学的教養の源泉を、アメリカの文化人類学(ボッズ、クローバー、ギアツ)と、フランスの社会哲学や心性史研究(コント、デュルケーム、フェーヴル、ブロック)から得ていると明かしています。また、著者が本書で神話という概念をパンデミックに適用する理由は次のように述べられています。「神話は、表象と現実の連環や、計算的な合理性と道徳的感情の連環より以上のものを含意している。この概念が提示するのは〔・・・〕「世界観」なのである。つまりそれは、共通の世界という地平に含まれるすべてのものを知覚させ、逆説的にこの世界を、それが常に脅かされてきたがゆえに、構築される前のものとして表象するものなのだ」(256頁)。
★そしてこうも著者は述べています。「本書において私が試みたのは、「神話の大地は丸い」というレヴィ=ストロースの断言を取り上げ直すことだったのだ。私は微生物学者たちを追いながら、ウイルスの起源に関する彼らの神話を共有していたが、彼らが国境を跨ぐときには、この神話の変換に注意を向け続けていた。微生物学者たちがウイルスは国境を知らないと言い続けるとしても、それでもなお、ウイルスについての社会的表象が意味をなすのは、歴史によって構成された国境を取り巻く文脈においてなのであり、ウイルスが国境を跨ぐときにこの表象が変換されたり反転したりするその在り方においてなのである」(263頁)。訳者は本書について「さまざまな観念が予感的に散りばめられた豊かな土壌となるべき書物である」(343頁)と評しておられます。科学人類学が有する越境的射程の魅力に溢れた本です。
★帯表4に記載されたシリーズ続刊予定には、クリス・ハン/キース・ハート『経済人類学』、マイケル・タウシグ『模倣と他者性』が挙がっています。また、水声社さんの2015年9月25日付「《叢書 人類学の転回》まもなく刊行開始!」に掲出された刊行予定のうちで未刊の書目には、アルフレッド・ジェル『アートとエージェンシー』、フィリップ・デスコラ『自然と文化を超えて』があります。
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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。いずれも発売済です。
『現代思想2017年6月号 特集=変貌する人類史』青土社、2017年5月、本体1,400円、A5判並製230頁、ISBN978-4-7917-1346-2
『なぜ世界中が、ハローキティを愛するのか――“カワイイ”を世界共通語にしたキャラクター』クリスティン・ヤノ著、久美薫訳、作品社、2017年5月、本体3,600円、46判上製526頁、ISBN978-4-86182-593-4
『カネと暴力の系譜学』萱野稔人著、河出文庫、2017年5月、文庫判208頁、ISBN978-4-309-41532-1
『澁澤龍彦ふたたび』河出書房新社編集部編、河出書房新社、2017年5月、本体1,300円、A5判並製224頁、ISBN978-4-309-97918-2
『増補新版 ブラック・マシン・ミュージック――ディスコ、ハウス、デトロイト・テクノ』野田努著、河出書房新社、2017年5月、本体4,300円、46判上製512頁、ISBN978-4-309-27846-9
★『現代思想2017年6月号 特集=変貌する人類史』は中沢新一さんと山極寿一さんの討議「「人類史」のその先へ」をはじめ、日本人研究者のインタヴューや寄稿が充実しています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。次号(2017年7月号)の特集は「宇宙への旅」と予告されており、昨年末『宇宙倫理学入門』(ナカニシヤ出版、2016年12月)を上梓された稲葉振一郎さんが三浦俊彦さんと討議されるようです。
★『なぜ世界中が、ハローキティを愛するのか』の原書は『Pink Globalization: Hello Kitty's Trek across the Pacific』(Duke UNiversity Press, 2013)。原題にある「ピンクのグローバリゼーション」とは日本の《カワイイ》をめぐるカルチャーの世界的な伝播と受容を表わすもの。ハワイ大学の人類学教授によるサンリオ研究であり、ユニークです。なお著者には、本書の訳者でもある久美薫さんによる既訳書『パン・アメリカン航空と日系二世スチュワーデス』(原書房、2013年)があります。
★最後に河出書房新社さんの今月新刊より3点をご紹介します。『カネと暴力の系譜学』はシリーズ「道徳の系譜」の単行本を文庫化したもの。文庫化にあたり、國分功一郎さんが解説「理論的であること」を寄せておられます。なお、同シリーズから文庫化された本には酒井隆史『暴力の哲学』(単行本2004年;文庫2016年)があります。
★『澁澤龍彦ふたたび』は「文藝別冊・KAWADE夢ムック」の新刊。編集後記によれば「2002年に「文藝別冊」で澁澤特集を編み、2013年にその増補新版を出した。今回、歿後30年という節目にあらためて澁澤とこの時代の通路をひらくべく新たに別冊を編んだ」とのことです。東雅夫さんによるアンソロジー「掌上のドラコニア――澁澤龍彦による澁澤龍彦」のほか、『現代思想』にも登場されていた中沢新一さんが「水の発見」という論考を寄稿されています。
★『増補新版 ブラック・マシン・ミュージック』は2001年に刊行された長大なクラブミュージック論の新版で、巻末に書き下ろしとなる「16年目のブラック・マシン・ミュージック」が収録されています。「日の当たらないところには、明るい場所にはない力強い繋がりがある」(488頁)。「チャート・ミュージックではないのにかかわらず、途絶えることなく拡大し続けている」ものの力。巻頭に置かれた「ビギン・トランスミッション」にはこう書かれていました。「ディスコ、ハウス、あるいはテクノ、これらアンダーグラウンド・ミュージックは、世界の周辺に住むひとたちが、世界の秩序から隔離された場所で繰り広げてきたものだ。なるだけ世界の痛みから遠ざかろうとする感情が、最初この音楽の根底にはあった。が、この音楽はときを経て、世界を不透明にするシステムに牙をむきはじめた」(12頁)。「ぼくはこの本でなるだけ彼らの背景や考え、その変遷を伝えようと努めている。今や世界中の若者を虜にしているダンス・カルチャーの原風景を見つめ、彼らのやってきたことを歴史的に追い、現在やっていることの意義を読者に問いたいと思う」(13頁)。
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