『男性支配』ピエール・ブルデュー著、坂本さやか/坂本浩也訳、藤原書店、2017年1月、本体2,800円、四六上製240頁、ISBN978-486578-108-3
『キャリバンと魔女――資本主義に抗する女性の身体』シルヴィア・フェデリーチ著、小田原琳/後藤あゆみ訳、以文社、本体4,600円、四六判上製528頁、ISBN978-4-7531-0337-9
『なぜ保守化し、感情的な選択をしてしまうのか――人間の心の芯に巣くう虫』シェルドン・ソロモン/ジェフ・グリーンバーグ/トム・ピジンスキー著、大田直子訳、インターシフト発行、合同出版発売、2017年2月、本体2,200円、46判並製280頁、ISBN978-4-7726-9554-1
『チャムパ王国とイスラーム――カンボジアにおける離散民のアイデンティティ』大川玲子著、平凡社、2017年2月、本体5,000円、A5判上製248頁、ISBN978-4-582-70354-2
複数の新刊をまとまりとして見ることで、人文書と現代とが響き合う「今」が見えてくることがあります。自分自身や自集団の価値観から他者を排除することを正当化するような強弁がまかり通る危険性に曝されつつある現代において、支配的思想を歴史的に再検証することは一種の「ワクチン」として非常に重要です。ラルフ・キーズが言うところの「ポスト・トゥルースの時代」(『The Post-truth Era: Dishonesty And Deception In Contemporary Life』St. Martins Press, 2004)が、米国の新政権の誕生によっていよいよ顕在化し始めています。もうひとつの世界の可能性を示唆してきたオルタナティヴという言葉がもはや左派の専売特許ではなくなったこんにち、コンウェイ大統領顧問が言う「オルタナティヴ・ファクツ」や、バノン首席戦略官が与してきた「オルト・ライト」が言論の最前線で影響力を発揮し、皮肉にもオーウェルのディストピア小説『1984』がベストセラーに躍り出ています。
日本においても政治やマスコミ、市民運動や一般企業に至るまで右傾化の懸念が年々深刻になっているのは周知の通りです。米国ほどではないにせよ、『1984』をはじめとするオーウェルの作品や、ハクスリーの『素晴らしい新世界』が日本でも再評価される機運が高まるかもしれません。すでにコーナーづくりやフェアの準備を始めている書店さんもあると聞きます。以下にご紹介する書籍のいくつかは、長い目で見た人間社会の弱点を明らかにするのに役立つと思われます。
ここ最近ではジェンダー論やフェミニズム方面で注目新刊が続いています。ブルデュー『男性支配』の原著は1998年刊。「男性的な社会弁護論は、支配関係を、生物学的な自然のなかに組み込むことによって正当化するのだが、その生物学的な自然自体が、自然化された社会的構築物なのである」(41頁)と教えます。「男らしさとは、きわめて関係的な観念であり、〔・・・〕何よりも自己自身のなかの女性的なものに対する一種の恐怖のなかで構築されている観念なのである」(80頁)とも。フェデリーチ『キャリバンと魔女』の原著は2004年刊。「封建制から資本主義への「移行」を女性、身体、そして本源的蓄積という観点から再検討する」(14頁)もの。「資本主義の書くには、契約による賃金労働と奴隷状態の間の共生関係だけでなく、それとともに、労働力の蓄積と破壊という弁証法的対立も存在する。そのために、身体、労働、生命によってもっとも大きな犠牲を強いられたのは、女性であった」(26頁)とフェデリーチは指摘します。フェミニズム、フーコー、マルクス主義の諸理論との交差は、書棚づくりや芋づる式読書ののヒントになるはずです。
ソロモンほか『なぜ保守化し、感情的な選択をしてしまうのか』の原書は2015年刊。原題は「果心の虫――人生における死の役割」。心理学者三氏による「恐怖管理理論」を明かしたもので、自尊心や偏見の昂進や他者嫌悪の裏に潜む恐怖の心的メカニズムを鋭く分析しています。死の恐怖こそが人間の行動に大きな影響を及ぼしている、と暴く本書のユニークさは非常に説得的です。大川玲子『チャムパ王国とイスラーム』は「カンボジアのチャム人の宗教文化であるイスラームについて論じたもの」で「このテーマを論じた日本語著作としては初めて」(18頁)だそうです。チャム人は、2世紀の歴史資料に名を留め、19世紀前半にヴェトナムによって滅ぼされたチャムパ(占城)王国の末裔。東南アジアのムスリム史の興味深い一面を学べます。
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このほか、新訳や新装版、展覧会図録の注目新刊をご紹介します。
『テクストの楽しみ』ロラン・バルト著、鈴村和成訳、みすず書房、2017年1月、本体3,000円、四六判上製184頁、ISBN978-4-622-08566-9
『[新装版]星と人間──精神科学と天体』ルドルフ・シュタイナー著、西川隆範編訳、風濤社、2017年1月、本体2,200円、四六判上製216頁、ISBN978-4-89219-427-6
『アドルフ・ヴェルフリ――二萬五千頁の王国』アドルフ・ヴェルフリ画、服部正監修、国書刊行会、2017年1月、本体2,500円、AB判上製232頁、ISBN978-4-336-06141-6
バルト『テクストの楽しみ』は原著が1973年刊、初訳は沢崎浩平訳『テクストの快楽』で1977年にみすず書房から刊行され、99年に第15刷を数えるロングセラーでした。46の断章から成る比較的に親しみやすい本で、「理論から自伝への回帰を徴づけたバルト後期の代表作」(帯文より)。シュタイナー『星と人間』は2001年に刊行されたものの新装版で編訳者はしがきによれば「シュタイナーが星々の性質について解き明かした幾多の講義のなかから基本的な」9篇の講義を訳出したものです。全354巻という膨大なシュタイナー全集(スイス、ルドルフ・シュタイナー出版社)の規模を考えると今後もシュタイナーの訳書は増えていくに違いありません。『アドルフ・ヴェルフリ』は日本初となる大規模個展「アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国」の公式図録。図録だけあって豪華な造本の割には非常に安く、お買い得です。2017年1月11日~2月26日まで兵庫県立美術館、3月7日から4月16日まで名古屋市美術館、4月29日から6月18日まで東京ステーションギャラリーにて開催。曼荼羅と楽譜を融合させたような特異な作品群は見る者を別世界に引きずり込む魔力を湛えています。自伝的旅行記『揺りかごから墓場まで』だけでも全45冊2万5千頁に及ぶという膨大な作品群のうち、初期のドローイングから最晩年作まで74点をオールカラーで収録。圧倒的な秩序と圧倒的な自由が共存する驚異的な作品世界を垣間見ることができる、待望の一冊です。
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注目新刊:ブルデュー『男性支配』、ほか
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