★注目新刊書および既刊書を列記します。
『死の瞬間――人はなぜ好奇心を抱くのか』春日武彦(著)、朝日新書、2024年11月、本体900円、新書判並製232頁、ISBN978-4-02-295287-5
『編集宣言――エディトリアル・マニフェスト』松岡正剛(著)、工作舎、2024年10月、本体1,600円、四六判変型上製152頁、ISBN978-4-87502-569-6
『霊的最前線に立て!――オカルト・アンダーグラウンド全史』武田崇元/横山茂雄(著)、国書刊行会、2024年10月、本体3,600円、A5判上製462頁、ISBN978-4-336-07638-0
『Outlying――僻遠の文化史』武邑光裕(著)、rn press、2024年10月、本体3,600円、四六判並製452頁、ISBN978-4-910422-19-0
『美術の物語 ポケット版』エルンスト・H・ゴンブリッチ(著)、天野衛/大西広/奥野皐/桐山宣雄/長谷川宏(訳)、河出書房新社、2024年10月、刊行記念特価本体3,990円(2025年1月末まで、かつ、初回生産分限定)、46変形判上製1048頁、ISBN978-4-309-25746-4
『シュレーディンガー詩集――恋する物理学者』エルヴィン・シュレーディンガー(著)、宮岡絵美(訳・編)、書肆侃侃房、2024年9月、本体1,900円、四六判並製96頁、ISBN978-4-86385-637-0
『口に関するアンケート』背筋(著)、ポプラ社、2024年9月、本体550円、A6変型判並製63頁、ISBN978-4-591-18225-3
★『死の瞬間』は、精神科医の春日武彦(かすが・たけひこ, 1951-)さんが様々なフィクションやドキュメント、映画やコミックを含む作品群を引き合いに「死」を論じたもの。「死ぬ瞬間」「「永遠」は気味が悪い」「見知らぬ世界」「取り返しがつかない」「死体の件」「死と悪趣味」の6章立て。「本書でわたしは、ヒトが「死」に好奇心を寄せるその有りようを図鑑のように挙げ、論じてみたい。そのようなことをする背景には、死には三つの大きな要素が絡んでいると思っているからである」。春日さんはその三つの要素を〈グロテスク〉〈呪詛〉〈根源的な不快感〉とまとめておられます。
★『Outlying』は、メディア美学者の武邑光裕(たけむら・みつひろ, 1954-)さんによる初めての自伝。本文が序盤、中盤、終盤と違う色で刷られており、銀色の表紙とあいまって存在感が抜群です。装丁は藤田裕美さんによるもの。中盤中ほどにはカラーの図版頁もあります。特別付録として宇川直宏(DOMMUNE)さんと若林恵(黒鳥社)さんの対談「サイケデリックの行方」という投げ込み小冊子(24頁)が付いています。
★「マンハッタンに廃墟の住処がなくなろうとする80年代後半に至るまでの、ほぼ10年間にわたるNYでの経験から、そこから90年代以降のサンフランシスコ、そして京都、東京、札幌を挟み、ベルリンとヨーロッパへと向かうことになる私の約40年以上に及ぶ旅の記憶を紡いでいこうと思う。〔…〕インターネットの普及後、コミュニケーションの利便性は圧倒的に変化したが、自身が世界で出会う人物との遭遇は、e-メールやSNSで済まされるものではない。世界が縮小し、出会うべき人との距離が短縮されたとしても、リアルな出会いと対話の記憶を超えることはない。〔…〕この旅のほぼすべてを開示することで、僻遠の異界との関わりをめざす人々に、何らかの刺激を届けられれば幸いである」(序章、19頁)。
★同書の刊行記念に、著者と若林恵さんによるトークイベントが来たる11月29日(金)、青山BC本店にて行われます。詳細はリンク先をご覧ください。版元の株式会社rn press(アールエヌ・プレス)は、2021年に設立。書店への卸は、直取引かトランスビュー経由とのことです。代表の野口理恵(のぐち・りえ, 1981-)さんは複数の出版社を経て独立した編集者であり著述家。自社から今年5月に『私が私らしく死ぬために』という実用エッセイを上梓されています。「何か「学び」に関する本をずっと作りたいと思っていました。それならば第一弾は「死に方かな」と思い、死をいろいろな角度から取り上げることにしました。死を想うことで、強くなると信じて」(まえがきより)。出発点がすごい。
★『編集宣言』は、8月12日に逝去された松岡正剛(まつおか・せいごう, 1944-2024)さんが工作舎の月報「土星紀」で連載されていた「エディトリアル・マニフェスト」(1979年8月号~1981年12月号)を中心に、『遊』誌時代の「編集」をめぐるエッセイ2本「遊学する編集」「「別の仕事」との関係から」と、工作舎編集長の米澤敬さんによる「編集者あとがき」が収められています。このあとがきでは米澤さんの前口上に続いて松岡さんによる「遊線放送局」第一回が抄録されています。
★1979年の「エディトリアル・マニフェスト」第1回から引用します。「編集は闘争でもあった。/そこで、「編集」を「エディトリアル・ワーク」と言い換えておくことにする」(18頁)。「いわゆる“編集者”が著者と版元の間を守る芸者を演ずる時代は終わった。H芸〔編集芸〕からE闘争〔エディトリアル闘争〕へ」(19頁)。この言葉から45年経過した今も、編集は闘争であり続けています。真実と嘘が見極め難い時代に、編集は諸刃の剣としていよいよ危うい段階に入りつつあります。「ただ私が何を言いたかったのか、そのことを手短かにまとめておくことにする。「君たちはようするに何をしているのかね?」「いや、別のことをしているのさ!」」(136頁)。こうした「別のこと」の可能性について自問したいと思います。
★『霊的最前線に立て!』は、八幡書店社主の武田崇元(たけだ・すうげん, 1950-)さんと、英文学者で作家の横山茂雄(よこやま・しげお, 1954-)さんの対談本。目次は書名のリンク先をご覧ください。附録として『復刊 地球ロマン』と『迷宮』の2誌の総目次を併録。400頁を超える大著ですが、巻末には人名索引があるので、興味があるところから拾い読みで始めることもできます。武田さんと横山さんが出会ったのは70年代半ばとのこと。日本のオカルト・ムーヴメントを振り返りつつ、お二人の自伝的側面もある一冊です。先述した松岡正剛さんとの関わりでは第5章「横山茂雄の遍歴」に「松岡正剛と工作舎の近辺」(156~160頁)という興味深いパートがあります。横山さんは工作舎に出入りし、大学院生時代にバラード『残虐行為展覧会』(法水金太郎名義、工作舎、1980年、現在品切)を上梓しています。
★『美術の物語 ポケット版』は、オーストリアに生まれ英国で活躍した美術史家エルンスト・H・ゴンブリッチ(Sir Ernst Hans Josef Gombrich, 1909-2001)のベストセラー『The Story of Art』(Phaidon, 1950/…/1995)の訳書で、日本での出版事業から撤退したファイドンが2011年に刊行したポケット版の再刊となります。ファイドンのポケット版は単行本版よりも古書市場で高額希少本となっていたため、今回の再刊を待望していた読者は多かったことでしょう。「累計800万部突破、35ヶ国で翻訳、世界一読まれている美術史の本」(帯文より)。日本ではまず、友部直訳『美術の歩み』(上下巻、美術出版社、1972年、改訂新版1983年、改訂3版1992年)が出版され、その後、ファイドンより現行訳(単行本版2007年、ポケット版2011年)が出て、それを河出書房新社が再刊(単行本版2019年、ポケット版2024年)した、という流れです。奥付には「本書は2011年10月にファイドン株式会社より刊行された同タイトルの本を一部修正のうえ、新装したものです」とあります。序文が差し替えになり(出版者リチャード・シュラッグマンの文章からゴンブリッチの孫レオニー・ゴンブリッチの文章に。長谷川宏訳)、いくつかの誤植訂正を行った、と版元さんから聞きました。
★「Web河出」2024年8月14日付特設ページ「【800万部超!世界で一番読まれている美術の名著】『美術の物語』、幻の「ポケット版」が、装いを新たに今秋発売決定!」によれば、本体3,990円は刊行記念特価で「2025年1月末まで、かつ、初回生産分限定」とのことでした。現在版元在庫はなしで重版中ですから、書店店頭で並んでいる在庫のみが特価なのだろうと思います。重版(マレーシアで印刷製本)では通常価格の本体4,990円になるはずです。版元さんの公式Xでも、11月12日付のポストで「【お詫び】世界一売れている美術の本の画期的なコンパクト版『美術の物語 ポケット版』。遂に全ネット書店で完売です。もう1,000円安い特価で買えるのは、いま店頭にある分だけです。想定より1年くらい早かったので河出の在庫はゼロです…。迷っている方、今のうちに書店にお出かけを!!!」と告知されています。
★『シュレーディンガー詩集』は、オーストリア出身の理論物理学者エルヴィン・シュレーディンガー(Erwin Rudolf Josef Alexander Schrödinger, 1887-1961)の唯一の詩集『Gedichte』(1949年)を初めて訳したものです。恋愛を歌った作品が多いことに驚きを覚えます。彼が自身の思索について語った『わが世界観』(中村量空ほか訳、共立出版、1987年;ちくま学芸文庫、2002年、現在品切)を理解する上でのヒントが、この詩集には含まれているように思われます。
★『口に関するアンケート』は、『近畿地方のある場所について』(KADOKAWA、2023年8月)や『穢れた聖地巡礼について』(KADOKAWA、2024年9月)とヒット作を次々と飛ばしているホラー作家の背筋(せすじ)さんによる小品。手のひらサイズで、小さな本が大好きな方々にも刺さるのではないかと思います。ネタばれナシで最低限の注意を促しておくと、巻末の「アンケート」を最初に見ては絶対にいけないということと、自分がしたこととの関連性を考えすぎない方がいいということです。割と硬い紙で作られていて開きにくいので、紙版を大切にしたい方は保存用と読書用に2冊買うか、電子書籍も買った方がいいかと思います。電子書籍版を確認したことがないのですが、本文の色はどうしているんでしょうか。