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注目新刊:スピノザ『ヘブライ語文法綱要』初訳、カント『判断力批判』新訳、ほか

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★まず、古典新訳の注目新刊2点を記します。


『スピノザ全集(Ⅳ)知性改善論/政治論/ヘブライ語文法綱要』鈴木泉/上野修/秋田慧(訳)、2024年9月、本体6,800円、A5判上製函入616頁、ISBN978-4-00-092854-0
『判断力批判 第一部 訳と詳解』イマヌエル・カント(著)、小田部胤久(訳)、東京大学出版会、2024年10月、本体8,600円、A5判上製400頁、ISBN978-4-13-016050-6



★『スピノザ全集(Ⅳ)』は、岩波書店版『スピノザ全集』全6巻別巻1(上野修/鈴木泉編)の第4回配本となる第4巻です。第3回となる第1巻「デカルトの哲学原理/形而上学的思想」以来、1年3か月ぶりの配本。「知性改善論」(鈴木泉訳)と「政治論」(上野修訳)の2本の新訳と、初訳となる「ヘブライ語文法綱要」(秋田慧訳)を収録しています。帯文に曰く「「以下を欠く」遺稿集の三つの未完稿」。これまででもっとも厚い巻となり、分量的には「知性改善論」「政治論」で1冊、「ヘブライ語文法綱要」で1冊とすることもできたでしょうけれども、初訳の「ヘブライ語文法綱要」を単独で出すのは冒険だったかもしれません。それでもA5判上製616頁の函入本で本体6,800円というのはかなり努力した値段だと思います。


★それぞれの底本を凡例から転記しておきます。「知性改善論」(鈴木泉訳)は「『遺稿集』ラテン語版〔1677年刊〕を底本とし、『遺稿集』オランダ語版とゲプハルト版全集を適宜参考にした」とのことです。「政治論」(上野修訳)は「基本的に『遺稿集』ラテン語版所収のテクストに依拠し、モロー編スピノザ全集(第5巻)およびゲプハルト版全集(第3巻)の校訂を参考にした。また訳語の選定に際しては『遺稿集』オランダ語版のオランダ語訳を参考にした」と。「ヘブライ語文法綱要」(秋田慧訳)は「『遺稿集』ラテン語版に依拠し、ゲプハルト版全集を適宜参考にした」。


★新本で現在も入手可能な既訳書を列記しておくと、「知性改善論」は、畠中尚志訳(岩波文庫、初版1931年4月;改訳版1968年1月)、佐藤一郎訳(『知性改善論/神、人間とそのさいわいについての短論文』所収、みすず書房、2018年2月)、秋保亘訳(講談社学術文庫、2023年12月)などがあります。「政治論」には、畠中尚志訳『国家論』(岩波文庫、初版1940年12月;改版1976年8月)、井上庄七訳「政治論」(『世界の大思想(第1期第9巻)スピノザ』所収、初版1966年11月;新装版第11巻1972年4月刊;ワイド版第1期第4巻2004年9月)など。シリーズ「世界の大思想」は再販ごとの移り変わりが実に厄介ですが、ワイド版はオンデマンド出版で入手可能です。


★個人的感慨としては、今回の第4巻の帯文にブランショ『文学空間』からの引用が大きく記載されているのに驚きました。あるいはこれが将来的にブランショの岩波文庫入りの契機となる可能性もあるだろうか、と。岩波書店版『スピノザ全集』の次回配本(第5回)は、2024年12月発売予定の第6巻『往復書簡集』(河井徳治/平尾昌宏訳)と予告されています。


★『判断力批判 第一部 訳と詳解』は、「原文の論理構造を精緻に浮かび上がらせる新訳に、カントのテクスト自体や文法的な事象、個々の術語、文の解釈、カントが参照しているテクスト等についての詳細な情報を捕捉する訳注を付して刊行する、決定版」(帯文より)。凡例によれば「底本としたのは、現在最も入手しやすく、また最良の版本である「哲学文庫新版」(2009年)である」とのこと。書名にある「詳解」というのは、巻末にある「カント『判断力批判』第一部精読篇」のことで、節ごとの要旨と訳注で構成されています。


★「訳者あとがき」によれば「とりわけ大西克礼訳〔『カント著作集4』所収、岩波書店、1932年;名著/古典籍文庫オンデマンド版、一穂社、2005年〕、宇都宮芳明訳〔以文社、1994年;新装版2004年〕、牧野英二訳〔『カント全集8/9』所収、岩波書店、1999~2000年〕、熊野純彦訳〔作品社、2015年〕を、幾度も参照した。また、「訳文をカントの「思考の連鎖」の方に対応させる努力」の必要性を強調する金田千秋による部分訳〔「カント『判断力批判』翻訳の試み : 1節から22節まで」、『藝叢』第13号所収、筑波大学芸術系美術史研究室、1996年〕には、とりわけ多くを学んだ」とのこと。また、精読篇冒頭の「序文」に付された「追記」によれば「再校ゲラを校正する際に、拙訳を中山訳〔上下巻、光文社古典新訳文庫、2023年〕と照合し、遺漏なきよう努めたことを附言する」と書かれています。なお、続刊の第二部ですが、今のところまだ予告は出ていないようです。


★次に、まもなく発売となる、ちくま学芸文庫の10月新刊6点を列記します。


『物語としての歴史――歴史の分析哲学』アーサー・C・ダント(著)、河本英夫(訳)、ちくま学芸文庫、2024年10月、本体1,800円、文庫判608頁、ISBN978-4-480-51260-4
『アショーカ王伝』定方晟(訳)、ちくま学芸文庫、2024年10月、本体1,100円、文庫判272頁、ISBN978-4-480-51274-1

『ピース・フィーラー ――支那事変和平工作史』戸部良一(著)、ちくま学芸文庫、2024年10月、本体1,600円、文庫判480頁、ISBN978-4-480-51267-3

『中国の思想』村山吉廣(著)、ちくま学芸文庫、2024年10月、本体1,300円、文庫判304頁、ISBN978-4-480-51265-9

『悪文の構造――機能的な文章とは』千早耿一郎(著)、ちくま学芸文庫、2024年10月、本体1,100円、文庫判304頁、ISBN978-4-480-51263-5

『物理学の誕生――山本義隆自選論集Ⅰ』山本義隆(著)、ちくま学芸文庫、2024年10月、本体1,300円、文庫判352頁、ISBN978-4-480-51261-1



★『物語としての歴史』は、米国の美術批評家のアーサー・C・ダント(Arthur Coleman Danto, 1924-2013)の著書『Analytical Philosophy of Knowledge』(Cambridge University Press, 1965)の翻訳に、ドイツ語訳版で増補された第12章「歴史的理解と他の時代」を英語論文原典(The Problem of Other Periods)から訳出した単行本(国文社、1989年)の文庫化。「ヘーゲル以降の歴史哲学に新たな視座を切りひらいた記念碑的名著」(帯文より)。「文庫版への訳者あとがき」と東北大学名誉教授の野家啓一さんによる文庫版解説「二つの「言語論的転回」の狭間で」が加わっています。


★『アショーカ王伝』は、「仏教を篤く進攻した王の生涯をサンスクリット原典をより訳出した」もので、親本は法蔵館より1982年に刊行。巻末特記によれば文庫化にあたり「図版をさしかえ、明らかな誤りは適宜訂正した」とのことです。「ちくま学芸文庫版へのあとがき」によれば、「内容に変わりはない。ただし、アショーカ王伝がキリスト教文学に与えた影響を論じた小文を巻末に付した」と。付録「「アショーカ王伝」と「ヨサファット物語」」(初出『仏教説話大系(15)』月報所収、すずき出版、1982年)のことかと思います。


★『ピース・フィーラー』は、防衛大学校名誉教授で日本政治外交史がご専門の戸部 良一(とべ・りょういち, 1948-)さんの著書(論創社、1991年)の文庫化。「ピース・フィーラー」とは和平工作に携わる人々を指す言葉。「文庫版あとがき」によれば、副題を「支那事変和平工作の群像」から「支那事変和平工作史」に改め、誤字脱字の訂正したほかは「刊行後に発表された研究や史料により明らかに間違いと判明した記述の修正のほかは、ほとんど旧著そのままである」とのこと。文庫版解説「もう一つの日中戦争――「和平」と「謀略」の交錯」は筑波大学名誉教授の波多野澄雄さんによるもの。


★『中国の思想』は、早稲田大学名誉教授で日本詩経学会会長、日本中国学会顧問の村山吉廣(むらやま・よしひろ, 1929-)さんの著書(社会思想社、1972年)の文庫化。「上代から現代までの巨大な潮流を時系列で追い、この一冊で中国思想史を読みきることができる名著」(カバー表4紹介文より)。「文庫版著者あとがき」によれば「改めて最新の秀れた参考文献を列挙して読者の便に供した」とあります。文庫版解説「時代を超えてよみがえる教養の書」は大阪大学名誉教授の湯浅邦弘さんによるもの。


★『悪文の構造』は、作家の千早耿一郎(ちはや・こういちろう, 1922-2010)さんの著書(木耳社、1979年;新装版1981年)の文庫化。巻末特記によれば「文庫化にあたっては明らかな誤りを適宜訂正したほか、ルビを加えた」とのことです。文庫版解説「「悪文」に名著が多い理由」は国立国語研究所教授の石黒圭さんによるもの。石黒さんは「文章執筆にもっとも大事なエッセンスをぎゅっと絞り込んで提示した」と評しておられます。


★『物理学の誕生』は文庫版オリジナル編集。「科学史家・山本義隆がこれまでに発表した物理学/物理学史に関する20本以上の論文・講演原稿・書評などを集成、全2巻として刊行する」(カバー表4紹介文より)ものの第1巻。「山本義隆による山本義隆入門ともいうべき画期的論集」(同)。第1巻では「「16世紀文化革命」に注目しつつ、古代からコペルニクス、ケプラーを経て近代力学の形成までの過程を中心にたどる」(同)。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。


★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。


『K-PUNK アシッド・コミュニズム──思索・未来への路線図』マーク・フィッシャー(著)、セバスチャン・ブロイ/河南瑠莉(訳)、ele-king books:Pヴァイン、2024年9月、本体2,950円、46判並製272頁、ISBN978-4-910511-80-1
『ルソーと人食い――近代の「虚構」を考える』冨田晃(著)、共和国、2024年9月、本体3,200円、四六判上製328頁、ISBN978-4-907986-27-8

『文藝 2024年冬季号』河出書房新社、2024年10月、本体1,350円、A5判並製472頁、雑誌07821-11



★『K-PUNK アシッド・コミュニズム』は、英国の批評家マーク・フィッシャー(Mark Fisher, 1968-2017)のブログエントリーを集成した死後出版『k-punk』(Repeater Books, 2018)の第五部「私たちは未来を創造しなければならない:インタヴュー」から、第六部「私たちは、あなたを楽しませるためにここにいるのではない:思索」、第七部「アシッド・コミュニズム」までを訳出し、ele-king編集部による「日本版編者序文」が付されたもの。先行する部はPヴァインの「ele-king books」レーベルから2点、『夢想のメソッド──本・映画・ドラマ』(坂本麻里子/髙橋勇人訳、2023年)、『自分の武器を選べ──音楽・政治』(坂本麻里子/髙橋勇人/五井健太郎訳、2024年)として出版されています。


★「日本版編者序文」の説明によれば「本書の最初にまとめられたインタヴュー集は、フィッシャーの思想あるいは『資本主義リアリズム』〔セバスチャン・ブロイ/河南瑠莉訳、堀之内出版、2018年〕の解説が話言葉で表現されているという点においては、彼のレトリカルで魅力的な文体はないものの、理解するうえではじつにわかりやすく、ある意味入門的な役割も果たしている。編者が選んだエッセイ、第六部「私たちは、あなたを楽しませるためにここにいるのではない」には、「ヴァンパイア城からの脱出」のような大炎上問題作が収録されているが、ブログならではのフランクな文章も混ざっている。そして、もっとも注目すべきは、意外なほどの希望に満ちた「アシッド・コミュニズム」の序文である」(9~10頁)。


★訳者あとがきである「カウンターフューチャーへの遡行」には次のように説明されています。「本書には、フィッシャーの政治思想にまつわる執筆の中で最も生々しく、最も有望で、最も物議を醸した文章が収録されている。〔…〕新著として企画されながらも、最終的には完成をみることのなかった「アシッド・コミュニズム」への序論によって締めくくられる」。帯文には、マーク・スチュワート、毛利嘉孝、木澤佐登志の3氏による推薦文が掲出されています。曰く「マーク・フィッシャーは、あなたの人生を変えるだろう」(スチュワート)、「音楽、政治、哲学、資本主義を同じ次元、強度と速度で論じ続けた奇跡的な批評家」(毛利)、「未来を創造するためにフィッシャーが私たちに遺したもの、そのすべてがここにある」(木澤)。


★「アシッド・コミュニズム」の未完の序論より引きます。「これまでの40年は、この「自由になりえたかもしれない世界の亡霊」をとり祓うことに主眼が置かれていた――これが、本書の主張である。こうした世界の観点に立つことで、近年の左派による闘争の焦点を反転させることができるだろう。これからは資本をどう克服するかを考えるよりも、資本がつねに妨害しなければならないもの、すなわち生産し、ケアし、享受するための集団的能力にこそ焦点を当てるべきではないだろうか。〔…〕資本は「富の創造」をめざすどころか、むしろつねにかつ櫃是根的に共同の富の精算を妨げる――このごく単純な洞察をもとに、私たちは資本の克服を追求しなければならないのだ」(216~217頁)。


★『ルソーと人食い』は、弘前大学教育学部准教授でラテンアメリカ・カリブ研究や芸術教育がご専門の冨田晃(とみた・あきら, 1963-)さんによる書き下ろし作。一部に既出論文二篇の大幅書き直しや加筆修正を施したものが組み込まれています。「ガリフナ文化研究の立場から、思想家・教育者としてのルソーを批判的に読みかえ、近代の暴力性を明らかする貴重な成果」(カバー表1紹介文より)。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「本書は、カリブの「人食い人種」と、ルソーの「子どもの発見」という近代によって生み出され、近代というものを形づくってきた二つの「虚構」に注目し、それらの発生と定着の過程、そして、両者の関係を明らかにすることにより、近代という時代に潜む暴力の本質を示そうとしている」(「はじめに」16頁)。


★『文藝 2024年冬季号』のメインは、第61回文藝賞発表と、特集「ゲームをせんとや生まれけむ」。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。文藝賞発表では受賞作2作の掲載とそれぞれの著者による受賞の言葉と、受賞記念対談、選考委員4氏の選評、第62回文藝賞応募規定などが掲載されています。特集では創作5篇のほか、2本の論考と4本のエッセイ、そして9名のゲーム作家の紹介が掲載されています。山本貴光さんによる論考「そこは何ができる場所なのか――ゲームのエコロジーに向けて」は文芸作品をデジタルゲームと比較した『文学のエコロジー』(講談社、2023年)と対になるだろう考察の端緒です。

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