★まず文庫新刊既刊の注目書を列記します。
『他者の単一言語使用――あるいは起源の補綴』ジャック・デリダ(著)、守中高明(訳)、岩波文庫、2024年8月、本体910円、文庫判216頁、ISBN978-4-00-386022-9
『過去と思索(三)』ゲルツェン(著)、金子幸彦/長縄光男(訳)、岩波文庫、2024年8月、本体1,370円、文庫判510頁、ISBN978-4-00-386042-7
『新科学論議(上)』ガリレオ・ガリレイ(著)、田中一郎(訳)、岩波文庫、2024年7月、本体910円、文庫判278頁、ISBN978-4-00-339068-9
『新科学論議(下)』ガリレオ・ガリレイ(著)、田中一郎(訳)、岩波文庫、2024年8月、本体910円、文庫判284頁、ISBN978-4-00-339069-6
『吉本隆明詩集』吉本隆明(著)、蜂飼耳(編)、岩波文庫、2024年7月、本体1,110円、文庫判350頁、ISBN978-4-00-312331-7
『パリの憂愁』ボードレール(作)、福永武彦(訳)、岩波文庫、1957年10月(20224年7月42刷)、本体850円、文庫判252頁、ISBN978-4-00-325372-4
『19世紀ロシア奇譚集』高橋知之(編訳)、光文社古典新訳文庫、2024年8月、本体1,100円、文庫判392頁、ISBN978-4-334-10395-8
『カーミラ――レ・ファニュ傑作選』南條竹則(訳)、光文社古典新訳文庫、2023年12月、本体1,240円、文庫判416頁、ISBN978-4-334-10167-1
『完訳 ビーグル号航海記(上)』チャールズ・R・ダーウィン(著)、荒俣宏(訳)、平凡社ライブラリー、2024年8月、本体2,000円、B6変型判504頁、ISBN978-4-582-76908-1
『我が見る魔もの――稲垣足穂怪異小品集』稲垣足穂(著)、東雅夫(編)、平凡社ライブラリー、2024年7月、本体1,900円、B6変型判400頁、ISBN978-4-582-76971-5
★岩波文庫より6点。『他者の単一言語使用』は、フランスの哲学者ジャック・デリダ(Jacques Derrida, 1930-2004)の著書『Le monolinguisme de l'autre : ou la prothèse d'origine』(Galilée, 1996)の全訳書『たった一つの、私のものではない言葉――他者の単一言語使用』(岩波書店、2001年)の改題改訳文庫化。没後20年の節目に岩波文庫で初めてデリダが文庫に入りました。巻末の訳者解説によれば「訳文を全面的に見直し、修正・変更をほどこした。事実上の新訳と言える」。
★ゲルツェン『過去と思索(三)』は、筑摩書房版単行本全3巻(1998~1999年)の改訳文庫化全7巻の第3巻。収録作は第4部「モスクワ、ペテルブルク、ノヴゴロド(1840-1847)」の続きで、第26章「ペテルブルク」から第33章「旅立ちの準備」までを収録。「ニコライ・ケッチェル(1842-1847)」と「1844年のエピソード」も併録されています。
★『新科学論議』上下巻は、ガリレオ最晩年の著書『機械と位置運動に関する二つの新科学についての論議と数学的証明』(Discorsi e dimostrazioni matematiche, intorno à due nuove scienze attenenti alla meccanica e i movimenti locali』の全訳。巻頭の「訳者はしがき」によれば「本書では四日間にわたってガリレオの力学研究が紹介され、彼が1632年に出版した『天文対話』と同じ三名の対話者によって議論が交わされる。その内容は二つの部分、二つの科学に大別でき、最初の二日間はヴェネツィアの造船所の話から始まり、固体の破壊に対する抵抗力が論じられる。後半の二日間では、位置運動と投射体の運動が論じられる」(3頁)。旧訳版は『新科学対話』(上下巻、今野武雄/日田節次訳、岩波文庫、1937/1948年)。なお『天文対話』(上下巻、青木靖三訳、岩波文庫、1959/1961年)は現在品切。
★『吉本隆明詩集』は、カバー表1紹介文に曰く「詩史に残る『固有時との対話』『転位のための十篇』の他、1940年代の初期詩篇から90年代までの作品まで半世紀に及ぶ詩から精選する。評論1篇を併せて収載」。『記号の森の伝説歌』『言葉からの触手』は抄録。評論1篇とは「現代詩批評の問題」(1956年)のこと。なお、講談社文芸文庫より今年3月に『わたしの本はすぐに終る――吉本隆明詩集』が刊行されたことは周知の通りです。
★『パリの憂愁』は新刊ではなく重版ですが、私がよく利用している某大型店では新刊棚に重版分も並ぶので、買い替えには非常に便利です(岩波文庫を置く書店さんには某店と同様に、重版出来分を新刊棚で扱って下さると助かります)。同書の刊行履歴を追っておくと、1957年10月に第1刷、1966年1月に7刷改訳、2008年に第40刷改版、そして今般2024年7月に第42刷が出ています。いつ新訳版が出てもおかしくない作品なので、現行訳はなるべく最新刷を買っておきたいところ。新訳が出ると旧訳は絶版となるので、その最新刷は高額になりがちです。
★光文社古典新訳文庫より2点。『19世紀ロシア奇譚集』は、千葉大学大学院助教の高橋知之(たかはし・ともゆき, 1985-)さんによる編訳書。「大長編の時代に咲き乱れた絢爛怪奇な物語、ほぼ本邦初訳の7篇」(帯文より)。収録作は以下の通り。アレクセイ・コンスタンチノヴィッチ・トルストイ(レフ・トルストイとは別人)「アルテーミー・セミョーノヴィチ・ベルヴェンコーフスキー」、エヴゲーニー・バラトゥインスキー「指輪」、アレクサンドル・ヴェリトマン「家じゃない、おもちゃだ!」、 ニコライ・レスコフ「白鷲――幻想的な物語」、フセヴォロド・ソロヴィヨフ(哲学者ウラジーミル・ソロヴィヨフとは別人)「どこから?」 、アレクサンドル・アンフィテアトロフ「乗り合わせた男」、イワン・トゥルゲーネフ「クララ・ミーリチ――死後」 (既訳複数あり:『女優クララの死』米川正夫/江竜龍太郎訳、角川文庫、1956年、など)。
★『カーミラ――レ・ファニュ傑作選』は、「ゴシック小説の第一人者レ・ファニュの代表作である表題作と怪奇幽霊譚五編を収録」(カバー表4紹介文より)。収録作は以下の通り。「シャルケン画伯」「幽霊と接骨師」「チャペリゾッドの幽霊譚」「緑茶」「クロウル奥方の幽霊」「カーミラ」。表題作である「カーミラ」には複数の既訳がありますが、現在でも文庫で入手可能なのは、平井呈一訳『吸血鬼カーミラ』(創元推理文庫、1970年;2018年7月47版)があります。こちらは以下の7篇を収録。「白い手の怪」「墓堀りクルックの死」「シャルケン画伯」「大地主トビーの遺言」「仇魔」「判事ハーボットル氏」「吸血鬼カーミラ」。レ・ファニュ(Joseph Sheridan Le Fanu, 1814-1873)はアイルランドの小説家。
★平凡社ライブラリーより2点。『完訳 ビーグル号航海記(上)』は、上下2巻の上巻。2013年に平凡社より刊行された単行本の改訂増補版です。「22歳の若き博物学者、ダーウィンが、5年近い歳月をかけて、南米大陸からオーストラリア、喜望峰をまわった、地球一周大探検の記録。〔…〕「進化論」の原点となったダーウィンの旅が、わかりやすい訳文と豊富な図版で甦る」(カバー表4紹介文より)。上巻では第1章「サンチャゴ島――ベルデ岬諸島」から第11章「マゼラン海峡――南海岸の気候」までを収めています。下巻は9月発売予定。文庫版で刊行されていた既訳の代表的なものには、 島地威雄訳『ビーグル号航海記』(全3巻、岩波文庫、1959~1961年)や、荒川秀俊訳『ビーグル号世界周航記――ダーウィンは何をみたか』(抄訳、講談社学術文庫、1981年)などがありましたが、いずれも紙版は品切。
★『我が見る魔もの』は、東雅夫さん編纂による「稲垣足穂怪異小品集」。文豪怪異小品集シリーズの第13弾です。同シリーズではこれまで、泉鏡花、内田百閒、宮沢賢治、佐藤春夫、江戸川乱歩、夢野久作、谷崎潤一郎、小川未明、三島由紀夫、幻想童話名作選(泉鏡花/内田百間/佐藤春夫/江戸川乱歩/夢野久作/谷崎潤一郎/小川未明/三島由紀夫/宮沢賢治/鈴木三重吉/室生犀星/芥川龍之介/与謝野晶子/小泉八雲/川路重之/巌谷小波)、岡本綺堂、泉鏡花(2回目)が刊行されています。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『メランジュ――詩と散文』ポール・ヴァレリー(著)、鳥山定嗣(訳)、ルリユール叢書:幻戯書房、2024年8月、本体3,600円、四六判変上製352頁、ISBN978-4-86488-304-7
『不審人物 故人 自叙伝』ブラニスラヴ・ヌシッチ(著)、奥彩子/田中一生(訳)、ルリユール叢書:幻戯書房、2024年8月、四六判変上製408頁、ISBN978-4-86488-305-4
『文化はいかに情動をつくるのか――人と人のあいだの心理学』バチャ・メスキータ(著)、高橋洋(訳)、紀伊國屋書店、2024年8月、本体3,000円、46判並製384頁、ISBN978-4-314-01209-6
『なんでかなの記』濱田滋郎(著)、言言句句、2024年8月、本体2,273円、四六判並製256頁、ISBN978-4-9913214-0-5
★ヴァレリー『メランジュ』とヌシッチ『不審人物 故人 自叙伝』は、幻戯書房「ルリユール叢書」第39回配本(56、57冊目)。『メランジュ』は、フランスの詩人で批評家のヴァレリー(Paul Valéry 1871–1945)の著書『Mélange de Prose et de Poésie. Album plus ou moins illustré d'images sur cuivre de l'Auteur』(Les Bibliophiles de L'Automobile-Club de France, 1939)の全訳。「定型韻文詩、自由韻文詩、自由詩、散文、散文詩を混在させ、挿絵とテクストを混淆させた詩人ヴァレリーの精神としての書物――「雑纂」「断章」の文学ジャンルの系譜を、新たな書法(エクリチュール)で切り開く〈散文と詩の混淆(メランジュ)〉。ヴァレリー自身の手による銅版画挿絵入り初版本新訳の決定版」(帯文より)。
★訳者解題によれば、1941年にガリマールから刊行された増補版では「テクストの大幅な増補と引き換えに、初版に添えられていた挿絵は割愛されている。ヴァレリー自身が手がけた銅版画の挿絵を含めて紹介するために、翻訳書では初版の構成を再現した」とのことです。筑摩書房版『ヴァレリー全集』(全12巻補巻二巻、1967~1979年)や同『ヴァレリー集成』(全6巻、2010~2011年)では、バラバラの巻に分割されて収録されているので、今回のように初版そのままのまとまったかたちでの新訳は嬉しいニュースです。
★『不審人物 故人 自叙伝』は、セルビアの作家ヌシッチ(Бранислав Нушић, 1864–1938)の喜劇2篇「不審人物」(1888年)「故人」(1923年)と、簡潔にまとめられた自伝(1917年頃)を1冊にまとめたもの。帯文に曰く「激動の時代のバルカンで、諷刺と喜劇で鋭い批判精神をふるった作家ブラニスラヴ・ヌシッチ――官僚制度を揶揄するゴーゴリものの喜劇『不審人物』、姓とアイデンティティの関係を問う晩年作の喜劇『故人』の本邦初訳二篇と、作家の人生喜劇を綴った「自叙伝」を収録」。田中一生訳「自叙伝」はかつて『世界短編名作選 東欧編』(新日本出版社、1979年)に収録されていたもの。
★『文化はいかに情動をつくるのか』は、オランダ生まれの社会心理学者バチャ・メスキータ(Batja Mesquita)の著書『Between Us: How Cultures Create Emotions』(Norton, 2022)の全訳。「私は本書で、人間の情動に関して、従来とは劇的に異なる見方を提起する。その見方では、私たちの情動は、社会におけるその人の立場、人間関係、自分が属している文化的、社会的な文脈に結びつけてとらえることができる。また自分が暮らす共同体の一員として私たちを社会に関与させる。そして本書は、情動が「私のもの」であるとともに「私たちのもの」でもあることを示す。/この見方を取れば、自己や他者の情動に関する理解が深まり、あなたも豊かな情動生活を送れるようになるはずだ」(はじめに、11頁)。目次や推薦文は書名のリンク先をご覧ください。
★『なんでかなの記』は、音楽評論家の濱田滋郎(はまだ・じろう, 1935-2021)さんの自叙伝。「音楽に熱中した日々」「音楽評論家への道」「最も大切な十年間」の3章構成で、「物心ついてから充実の壮年期までの半生」(帯文より)を綴ったもの。もともとは「月刊パセオフラメンコ」誌に連載されていたものです。言言句句(げんげんくく)は昨年創業したばかりの出版社で、本書が出版第1弾となります。ウェブサイトの会社紹介によれば「東京の片隅にある、大人と子どものための出版社です。/純文学や児童文学をはじめ、芸術にかかわる本に力を入れたいと考えています。それ以外にも、時々の人や物事との出会いを楽しみながら、普遍的・根源的なテーマにふれるような本をつくっていけたらと思います」とのことです。