★まず、まもなく発売となるちくま学芸文庫8月新刊4点を列記します。
『概説 北欧神話』菅原邦城(著)、ちくま学芸文庫、2024年8月、本体1,500円、文庫判420頁、ISBN978-4-480-51194-2
『師弟のまじわり』ジョージ・スタイナー(著)、高田康成(訳)、ちくま学芸文庫、2024年7月、本体1,400円、文庫判336頁、ISBN978-4-480-51252-9
『徳の起源――他人をおもいやる遺伝子』マット・リドレー(著)、岸由二(監修)、古川奈々子(訳)、ちくま学芸文庫、2024年8月、本体1,500円、文庫判464頁、ISBN978-4-480-51255-0
『閔妃暗殺――朝鮮王朝末期の国母』角田房子(著)、ちくま学芸文庫、2024年8月、本体1,600円、文庫判512頁、ISBN978-4-480-51256-7
★『概説 北欧神話』は、文献学者の菅原邦城(すがわら・くにしろ, 1942-2019)さんの著書『北欧神話』(東京書籍、1984年)の改題文庫化。巻末特記によれば、「一部図版をさしかえた」とのことです。巻末解説「菅原邦城『北欧神話』(一九八四)と北欧神話研究」は立教大学教授の小澤実さんがお寄せになったもの。参考書誌「邦語資料」に記載されているように、谷口幸男訳『アイスランド・サガ』(新潮社、1979年)は、新版が今年6月に刊行されています。
★『師弟のまじわり』は、2011年に岩波書店より刊行された単行本の文庫化。米国の批評家ジョージ・スタイナー(George Steiner, 1929-2020)の晩年作『Lessons of the Masters』(Harvard University Press, 2003)の全訳です。「師弟関係の問題は多岐に及ぶ。以下、それらの問題のいくつかについて、哲学、文学、音楽それぞれの分野を横断しながら、見てみることにしよう」(序、20頁)。文庫化に際し、巻末に「文庫版訳者あとがき」が加わっています。訳文の改訂についての言及はありません。ちくま学芸文庫ではスタイナーの訳書は『悲劇の死』(1995年)に続く2冊目。『悲劇の死』は筑摩書房創業70周年にあたる2010年に記念復刊されていますが、現在は品切。
★『徳の起源』は、2000年に翔泳社より刊行された単行本の文庫化。英国のサイエンスライターのマット・リドレー(Matt Ridley, 1958-)の著書『The Origins of Virtue: Human Instincts and the Evolution of Cooperation』(Penguin Books, 1996)の訳書。「ヒトが自分の利益を犠牲にしてまで協力するのはなぜか――それは遺伝子が決めている」(帯文より)。巻末には岸由二さんによる文庫版監修者解説「社会生物学の人間本性論が示唆する信頼・協働・互恵の未来」が加わっています。リドレーの著書はハヤカワ文庫で複数再刊されていますが、ちくま学芸文庫での再刊は本書が初めてです。
★『閔妃暗殺』は、1988年に新潮社より刊行され、93年に新潮文庫で再刊された書目の再文庫化。ノンフィクション作家の角田房子(つのだ・ふさこ, 1914-2010)さんが第一回新潮学芸賞を受賞された本で、単行本と文庫本を合わせて約35万部のベストセラーとなっています。日本の公使と軍人、警察が李氏朝鮮王朝の王宮に乱入して王妃を殺害した1895年の事件の顛末を詳述した力作です。解説は、東京女子大学准教授で朝鮮近代史家の森万佑子さんがお書きになっています。
★次に最近出会いのあった新刊を列記します。『自由は脆い』のみまもなく発売で、他は発売済です。
『自由は脆い』カルロ・ギンズブルグ(著)、上村忠男(編訳)、みすず書房、2024年8月、本体5,400円、四六判224頁、ISBN978-4-622-09719-8
『ウラジーミルPの老年時代』マイケル・ホーニグ(著)、梅村博昭(訳)、世界浪漫派:共和国、2024年7月、本体3,000円、菊変形判並製432頁、ISBN978-4-907986-56-8
『「コーダ」のぼくが見る世界――聴こえない親のもとに生まれて』五十嵐大(著)、紀伊國屋書店、2024年8月、本体1,600円、46判並製176頁、ISBN978-4-314-01208-9
『現代思想2024年8月号 特集=長期主義――遠い未来世代のための思想』青土社、2024年7月、本体1,600円、A5判並製230頁、ISBN978-4-7917-1468-1
『ベルクソン書簡集(Ⅱ)1914-1924』アンリ・ベルクソン(著)、松井久(訳)、叢書・ウニベルシタス:法政大学出版局、2024年7月、本体5,500円、四六判上製576頁、ISBN978-4-588-00979-2
『詩の畝――フィリップ・ベックを読みながら』ジャック・ランシエール(著)、髙山花子(訳)、叢書・ウニベルシタス:法政大学出版局、2024年7月、本体2,700円、四六判上製198頁、ISBN978-4-588-01175-7
『性愛古語辞典――奈良・平安のセックス用語集』下川耿史(著)、作品社、2024年7月、本体2,700円、46判並製256頁、ISBN978-4-86793-023-6
『将軍の鯰――足利義満と画僧如拙』吉野光(著)、作品社、2024年7月、本体2,400円、46判上製220頁、ISBN978-4-86793-038-0
『戦争詩』四國五郎(著)、四國光(編)、藤原書店、2024年7月、本体2,200円、A5判上製232頁+口絵4頁、ISBN978-4-86578-428-2
『崩壊したソ連帝国――諸民族の反乱〈増補新版〉』エレーヌ・カレール=ダンコース(著)、高橋武智(訳)、袴田茂樹/佐藤優(序)、藤原書店、2024年7月、本体4,400円、四六判上製672頁、ISBN978-4-86578-429-9
『核 安全性の限界――組織・事故・核兵器』スコット・セーガン(著)、山口祐弘(訳)、藤原書店、2024年7月、本体4,400円、A5判上製480頁、ISBN978-4-86578-425-1
『金時鐘コレクション(6)新たな抒情をもとめて――詩集『化石の夏』『失くした季節』『背中の地図』ほか 未刊詩篇、エッセイ』金時鐘(著)、鵜飼哲(解説)、細見和之(解題)、藤原書店、2024年7月、本体4,400円、四六変型判上製496頁+口絵4頁、ISBN978-4-86578-430-5
★『自由は脆い』はまもなく発売。イタリアの歴史家カルロ・ギンズブルグによるナタリー・Z・デイヴィス記念講義録『世俗主義とその曖昧さ』(Secularism and Its Ambiguities: Four Case Studies, Central European University Press, 2023)に2本の論考(2021年、2024年)を加え、さらに2022年のインタヴューを付録として加えて1冊とした日本語版独自編集版です。中核となる講義は2019年に行ったもので、世俗主義と宗教との間の関係を四つの事例研究から考察したもの。巻頭に寄せられた書き下ろしの序文で著者は、地下出版物の編集長であった実父がファシスト警察によって拷問を受け獄死したことに言及しています。付録「ファシズムには未来がある」は、著者の「苦い予見」(5頁)を示したものです。
★『ウラジーミルPの老年時代』は発売済。英国の作家で元医師のマイケル・ホーニグ(Michael Honig)の小説『The Senility of Vladimir P』(Atlantic Books, 2016)の全訳。「引退した元ロシア大統領Pの別邸を舞台に跳梁する、介護士! ピンハネ! 鶏肉料理! 現代ロシアの暗部を巧みに諷刺するカオスな「滅茶フィクション」」(帯文より)。出だしからして不穏です。「そこに座ってどのくらい経ったろうか。二時間だったかも知れない。二年だったかも知れない。〔…〕「私はなぜここにいるのだ?」。あの人が怒りに任せて叫んだ。「私は何をしているのだ?」」(11頁)。訳者はかの問題作、ルスタム・カーツ『ソヴィエト・ファンタスチカの歴史』(共和国、2016年)をお訳しになった露文学者梅村博昭(うめむら・ひろあき, 1961-)さんです。
★『「コーダ」のぼくが見る世界』は、作家の五十嵐大(いがらし・だい, 1983-)さんによる最新エッセイ集。コーダ(CODA)とは「Children of Deaf Adultsの略で、聴こえない/聴こえにくい親のもとで育つ、聴こえる子どものこと」(版元紹介文より)。本書は当事者である著者が「幼少期の葛藤や自身のなかにある偏見と向き合いながら、コーダの目で見た世界を綴」(同)ったもの。来月(2024年9月)公開となる映画『ぼくが生きてる、ふたつの世界』(呉美保監督、2024年製作、105分、ギャガ配給)の同名原作も、先月幻冬舎より文庫化されています(親本は2021年刊の実録ノンフィクション『ろうの両親から生まれたぼくが聴こえる世界と聴こえない世界を行き来して考えた30のこと』)。
★『現代思想2024年8月号 特集=長期主義――遠い未来世代のための思想』は、版元紹介文に曰く「絶滅を回避して未来を手に入れる……長期主義は、遠い未来を確保するために「人類存亡リスク」――核戦争や気候変動、パンデミックや人工知能の脅威――の除去を説き、シリコンバレーの起業家を中心に熱烈な支持を集めている。それは功利主義の正統な後継者なのか、それとも偽装された現代の優生思想なのか。本特集では、前身である効果的利他主義を含め、長期主義を多角的に検討し、その全体像に迫る」。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。
★法政大学出版局「叢書・ウニベルシタス」の7月新刊より2点。『ベルクソン書簡集(Ⅱ)1914-1924』は『ベルクソン書簡集(Ⅰ)1865-1913』(合田正人監修、ボアグリオ治子訳、法政大学出版局、2012年)に続く第2回配本。同書簡集(全3巻予定)の底本は、アンドレ・ロビネ編『Correspondances』(PUF, 2002)。帯文に曰く「哲学者は時局にどう処したか。第一次世界大戦の勃発から、1917年と18年の二度にわたるアメリカ旅行時の講演メモや日誌、国際連盟の知的協力国際委員会で委員長に選出されての公的活動なども含め、危機の政治に参与する知識人としての「政治的ベルクソン」の動向を明らかにする貴重なドキュメント」。
★『詩の畝』は、フランスの哲学者ジャック・ランシエール(Jacques Rancière, 1940-)による詩人論『Le sillon du poèmes : En lisant Philippe Beck』(Nous, 2016)の全訳。フランスの詩人フィリップ・ベック(Philippe Beck, 1963-)をめぐるものです。中心になるのは2013年の著者の講演原稿「ポエジーから詩へ」で、講演後のディスカッションの記録や、後日交わされた著者とベックのやりとりも併録されています。ディスカッションはランシエールとベックが中心ですが、アラン・バディウらも参加しています。付録として、ベックの詩集『民謡』から二篇「音楽」「うめき声」が訳出されています。関連書に『多様体4』(月曜社、2021年)の小特集「フィリップ・ベック」があります。
★作品社の7月新刊より2点。『性愛古語辞典』は、風俗史家の下川耿史(しもかわ・こうし, 1942-)さんによる「奈良・平安のセックス用語集」。帯文に曰く「『古事記』、『源氏物語』から漢文、仏教書、性指南書、古代エロ小説、稀覯書まで、紫式部、殿上人、坊主、市井の人々が“男も女もす(為)なる”ために使った言葉を徹底蒐集」。例えば「泡沫人(うたかたびと)」とは「恋しく思う人、または思いつつその思いが届かない人。『後撰集』515に〔後略〕」と記されています(33頁)。
★『将軍の鯰』は、作家で美術史家の吉野光(よしの・ひかる, 1938-)さんによる歴史小説。室町幕府三代将軍足利義満と「日本水墨画の始祖」画僧如拙の「二人の出会いと確執を代表作「瓢鮎図」(国宝)制作を軸に描く」(帯文)もの。「その画は「無為の瓢を以て、有為の鯰を叩き出す、圧し出す、去らせる、赴かせる、だ!」より禅宗風に言えば「無漏(煩悩・迷妄のない清浄な心)の瓢もて、有漏(煩悩・迷妄に満ちた汚濁の心)の鯰を圧す」だ!」(192頁)。
★藤原書店の7月新刊は4点。『戦争詩』は画家で詩人の四國五郎(しこく・ごろう, 1924-2014)さんの生誕百年、没十年を記念して出版される詩集。帯文によれば「1966年に執筆され、公刊を意識して清書までされながら、世に出されなかった幻の詩集を、当時の経験を描いた本人の挿画を添えて立体的に構成、注・解説を付して初刊行」と。「1944年の入営から抑留までの約一年、一兵卒として見届けた「戦争」」が描かれています。編者は著者の長男で、昨年『反戦平和の詩画人 四國五郎』(藤原書店、2023年)を上梓された四國光(しこく・ひかる, 1956-)さんです。
★『崩壊したソ連帝国〈増補新版〉』は、1981年に新評論より『崩壊した帝国――ソ連における諸民族の反乱』として刊行され、1990年に藤原書店より『崩壊したソ連帝国――諸民族の反乱』と改題され新版として再刊されたものの増補新版。フランスの歴史家で国際政治学者のエレーヌ・カレール=ダンコース(Hélène Carrère d'Encausse, 1929-2023)による『L'Empire éclaté : La révolte des nations en URSS』(Flammarion, 1978)の訳書です。追加されたのは、巻頭の推薦文二篇、袴田茂樹「ロシア・ウクライナ戦争の予言者」、佐藤優「「ソ連システム」崩壊がもたらしたもの」です。巻末には藤原良雄さんによる「編集後記」も加わっています。訳文については訳者の高橋武智(たかはし・たけとも, 1935-2020)さんがお亡くなりになっているため、改訂はないようです。
★『核 安全性の限界』は、米国の政治学者スコット・セーガン(Scott D. Sagan, 1955-)の著書『The Limits of Safety: Organizations, Accidents, and Nuclear Weapons』(Princeton University Press, 1993)の訳書。「「高度信頼性理論」(適切な措置を講じていけば、危険な技術でも安全性は確保できる)、「通常事故理論」(重大事故は必ず起こる)の両側面から詳細に分析、核の安全性には限界がある、と多くの事例を分析し、資料をあげて示した力作」(帯文より)。目次詳細は書名のリンク先でご覧いただけます。
★『金時鐘コレクション(Ⅵ)』は、全12巻の第10回配本。帯文に曰く「日本に突きつけられた、最新の詩作品群。「日本語で詩を書くことの無力感」に苛まれていた『化石の夏』(1998)、約50年ぶりの済州島帰郷を経た『失くした季節』(2010)、東日本大震災以降の日本の現実を抉る『背中の地図』(2018)……」(帯文より)。巻末には、語り下ろし著者インタビュー「新たな抒情をもとめて――『化石の夏』『失くした季節』『背中の地図』をめぐって」、鵜飼哲さんによる解説「予兆の詩、あるいは金時鐘の「ラブコール」」、細見和之さんによる解題「化石の夏/失くした季節/背中の地図ほか未完詩篇、エッセイ」が収められています。次回配本は第9巻『故郷への訪問と詩の未来』と予告されています。