◆まもなく発売となるちくま学芸文庫の5月新刊4点を列記します。
『キリスト教美術シンボル事典』ジェニファー・スピーク(著)、中山理(訳)、ちくま学芸文庫、2024年5月、本体1,800円、文庫判656頁、ISBN978-4-480-51233-8
『論文の書きかた』佐藤健二(著)、ちくま学芸文庫、2024年5月、本体1,200円、文庫判304頁、ISBN978-4-480-51239-0
『江戸服飾史談』大槻如電(著)、吉田豊(編)、ちくま学芸文庫、2024年5月、本体1,200円、文庫判256頁、ISBN978-4-480-51242-0
『増補 聖典クルアーンの思想――イスラームの世界観』大川玲子(著)、ちくま学芸文庫、2024年5月、本体1,300円、文庫判336頁、ISBN978-4-480-51243-7
★『キリスト教美術シンボル事典』は、帯文に曰く「竜、ザクロ、五芒星ほか、全800項目、あらゆる美術作品がこれで読み解ける」と。1997年に大修館書店より刊行されたものの文庫化です。巻末に「文庫版訳者あとがき」が加わっています。原著は『The Dent Dictionary of Symbols in Christian Art』(1994)。ジェニファー・スピーク(Jennifer Speake, 1944-)はカナダ出身で、オックスフォード大学出版局に辞典編集者として従事したとのことです。
★『論文の書きかた』は、2018年に弘文堂の「現代社会学ライブラリー」の1冊として刊行されたものの文庫化。「論文作成において肝心なこととは何か。社会学の視点から掘り下げて解説」(帯文より)と。巻末に「ちくま学芸文庫版あとがき」が加わっており「読み直して、わかりにくいところだけいくつか、わずかに呼吸を整えたが、構成も内容も変えなかった」とのことです。著者の佐藤健二(さとう・けんじ, 1957-)さんは東京大学名誉教授。ご専門は歴史社会学、メディア文化史などです。
★『江戸服飾史談』は2001年に芙蓉書房出版より刊行された『江戸服飾史談――大槻如電講義録』の改題文庫化。巻末特記によれば「文庫化に際し一部ルビを割愛し」たとのことです。大久保尚子さんによる文庫版解説「江戸東京人如電のとらえた大江戸時世粧(はやりのすがた)の沿革」の説明を引くと「本書は、大槻如電(おおつき・じょでん, 1845-1931)による「江戸の風俗衣服のうつりかはり」(1899年)に、吉田豊(よしだ・ゆたか, 1933-)が参考文献引用を含む丁寧な客注と参考図を加えた労作を再録したものである」と。
★『増補 聖典クルアーンの思想』は、2004年に講談社現代新書の1冊として刊行されたものを増補改訂し文庫化したもの。巻頭の「増補版はじめに」によれば、「本書は原著の第一から第四章を加筆修正し、さらに第五章「改宗者ムスリムとクルアーン翻訳」を新たに書き下ろしたものである。/筆者はこの二十年の間に、中東などのムスリム諸国を訪れつつ、在外研究でカンボジアやアメリカに住み、マイノリティのムスリムについて調査研究を行うことができた。今回の増補にはこういった新しい知見も反映させたが、原著の変更はできるだけ少なくした」とのことです。著者の大川玲子(おおかわ・れいこ, 1971-)さんは明治学院大学教授。ご専門はイスラーム学です。
◆このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『伴走者は落ち着けない――精神科医斎藤学と治っても通いたい患者たち』インベカヲリ★(著)、叢書クロニック:ライフサネンス出版、2024年5月、本体2,000円、四六判並製272頁、ISBN978-4-89775-479-6
『ルディ・ドゥチュケと戦後ドイツ』井関正久(著)、共和国、2024年5月、本体3,400円、四六判並製308頁、ISBN978-4-907986-58-2
『疾風とそよ風――風の感じ方と思い描き方の歴史』アラン・コルバン(著)、綾部麻美(訳)、藤原書店、2024年4月、本体2,600円、四六変型判上製208頁+カラー口絵4頁、ISBN978-4-86578-419-0
『収奪された大地――ラテンアメリカ五百年〈新装新版〉』エドゥアルド・ガレアーノ(著)、大久保光夫(訳)、斎藤幸平(序)、藤原書店、2024年4月、本体3,600円、四六判並製500頁、ISBN978-4-86578-420-6
『百歳の遺言――いのちから「教育」を考える〈新版〉』大田堯/中村桂子(著)、中村桂子(序)、藤原書店、2024年4月、本体1,800円、B6変型判上製152頁、ISBN978-4-86578-421-3
『石牟礼道子全句集 泣きなが原〈新装版〉』石牟礼道子(著)、黒田杏子(解説)、藤原書店、2024年4月、本体2,500円、B6変型判上製256頁、ISBN978-4-86578-422-0
★『伴走者は落ち着けない』は、まもなく発売となる叢書クロニックの第2回配本(3冊目)。ノンフィクション作家のインベカヲリ★(1980-)さんによる、医療ルポです。精神科医の斎藤学(さいとう・さとる, 1941-)さんと彼のもとに通う、もしくは通っていた依存症の人々を一年半にわたり取材したもの。人々の生々しい人生経験が吐露され、対峙する斎藤さんの特異なアプローチが証言されています。斎藤さんはインベさんにこう語っています。「私がやっていることは、いわゆる精神分析そのものではないですよ。私、独自のもの。そもそも私は、医者と思っていないところもあるし、治療者とも思っていないの。できればそういうのを突き抜けたい。だから私は、精神分析者と言われるのは嫌なんですよ。〔…〕私はあくまで、その人の行動がどういう外傷体験と関係しているのか、ここだけを見ているんです」(263頁)。本書は「生きようとすること」に深くコミットする内容ゆえか、読み手を強く惹きつけます。
★インベさんはこう書きます。「私自身は、アディクションを抱えているわけではない。それでも〔斎藤学さんから〕強く影響を受けた理由は、斎藤が「症状」ではなく、「人間」を見ているからだ。一見すると自分とは関係のない症状も、根っこの部分では人類すべてが抱える共有の問題につながっている。社会病理としてみれば、関係ない人はいないということに気がつくのである」(17頁)。こんにちの保守思想家や保守政治家はしばしば家族を共同体の基礎としてみなしますが、家族ゆえの病理と向き合ってきた斎藤さんの活動をどれくらい知っているでしょうか。麗しい理想にすがる前に本書を読むべきです。
★斎藤さんはこう言います。「私の分類だと、普通の人は「普通病」っていう病気なんだよ。だってさ、アル中の妻なんて、不幸かもしれないけど症状は別にないでしょう。逆に一人の男を背負って生きているんだから、生き生きしちゃってるんだよ。でも、やっぱり病気だと思うんだよ。夫のために何もかも犠牲にして、不幸になるに決まっていることにエネルギーを注ぐって異常だと思うんだよ。そういう普通病という病気もある。まあ、それには共依存という名前がついている。これは、家族をつくっていく時の接着剤としても重要。だから、人が家族をつくったというよりも、共依存的な関係を持ったサルが人になったわけだよ」(76~77頁)。頁ごとに戦慄が待ち受けている本です。書物は鏡だと実感させられます。
★『ルディ・ドゥチュケと戦後ドイツ』は、戦後ドイツの社会運動家ルディ・ドゥチュケ(Rudi Dutschke, 1940-1979)をめぐる書き下ろし本格評伝です。1968年の学生運動のリーダーであり、極右グループの青年の襲撃により頭部に2発、肩に1発の銃弾を受けながらも奇跡的に回復し、その後は反原子力と環境保護の活動に尽力したと言います。驚くべきことに彼は襲撃犯と手紙のやりとりをして心を通わせようとしたのみならず、襲撃犯が自殺した際には泣いて悲しんだとのこと。銃撃の後遺症により39歳の若さで死去した彼の生涯と思想を紹介する貴重な一冊です。著者の井関正久(いぜき・ただひさ, 1969-)さんは中央大学法学部教授。ご専門はドイツ現代史で、近年の著書に『戦後ドイツの抗議運動──「成熟した市民社会」への模索』(岩波書店、2016年、現在品切)などがあります。
★藤原書店の4月新刊は4点。『疾風とそよ風』は、フランスの歴史家アラン・コルバン(Alain Corbin, 1936-)の著書『La Rafale et le zéphyr : histoire des manières d'éprouver et de rêver le vent』(Fayard, 2021)の全訳。帯文に曰く「“感性の歴史家”による唯一無二の、風の歴史」。「風は不変の特徴を備えており、歴史的変遷をもたない、と考えたくなる。が、まったくそうではない。19世紀初頭から、風を理解すること、その遠い起源を突き止めること、その動きの仕組みと経路を把握すること、すべてが歴史に刻まれるべき出来事だった。山頂や砂漠、広大な森林での、とりわけ空中における新しい風の体験もそうである」(序章、8頁)。「18世紀最末期に展開した科学的転換、とくに空気の組成の発見を振り返ることから始めよう。それから大気循環の理解の進展と風の新たな体験をみていく」(同、9頁)。「芸術家、作家、旅行家が古代以来どのようにこの比類なき力、風という解き難い謎を読み解き、また、とくどのようにあこがれてきたか、大筋をたどっていこう」(同頁)。
★残る3点は再刊です。『収奪された大地』(新評論、1986年;新版、藤原書店、1991年;新装版、藤原書店、1997年;新装新版、2024年)、『百歳の遺言』(藤原書店、2018年;新版、藤原書店、2024年)、『石牟礼道子全句集』(藤原書店、2015年;新装版、藤原書店、2024年)。『百歳の遺言』は、今回の新版で中村桂子さんによる「人間の可能性を信じて――新版へのまえがきにかえて」が巻頭に加わっています。『石牟礼道子全句集』は新装版なので、特に内容変更はないようです。
★『収奪された大地』は、今回の新装新版で、斎藤幸平さんによる推薦文「搾取か、収奪か――新装新版によせて」が巻頭(i~iv頁)に置かれています。「ガレアーノ『収奪された大地』は資本主義の収奪の歴史を告発する。先進国で暮らす私たちが享受する資本主義の豊かな生活の裏には、別の場所で暮らす人々の犠牲がある事実を告発するのだ。本書が描くのは、暴力と抑圧によって豊かな土地から資源が略奪され、先住民が殺され、奴隷となり、貧困と飢餓が蔓延した歴史である。/この植民地支配の構造は本書の刊行から50年経った今も変わらない」(i頁)。『収奪された大地』は藤原書店社主の藤原良雄さんが新評論の編集者だった時代に手掛けたのが最初です。爾来40年近く1冊の書物を大切にし続けて来られたその足跡の遥かさを思います。