★文庫および新書の注目新刊と既刊を列記します。
『崇高と美の起源』エドマンド・バーク(著)、大河内昌(訳)、平凡社ライブラリー、2024年4月、本体1,700円、B6変型判272頁、ISBN978-4-582-76965-4
『原子力は誰のものか』ロバート・オッペンハイマー(著)、美作太郎/矢島敬二(訳)、中公文庫、2024年4月、本体1,000円、文庫判256頁、ISBN978-4-12-207512-2
『哲学史入門(Ⅰ)古代ギリシアからルネサンスまで』斎藤哲也(編)、千葉雅也/納富信留/山内志朗/伊藤博明(著)、NHK出版新書、2024年4月、本体1,000円、新書判272頁、ISBN978-4-14-088718-9
『民主主義の危機――AI・戦争・災害・パンデミック:世界の知性が語る地球規模の未来予測』イアン・ブレマー/フランシス・フクヤマ/ニ―アル・ファーガソン/ジョセフ・ナイ/ダロン・アセモグル/シーナ・アイエンガ―/ジェイソン・ブレナン(著)、大野和基(聞き手・訳)、朝日新書、2024年3月、870円、新書判224頁、ISBN978-4-02-295262-2
★『崇高と美の起源』は、研究社より2012年に刊行された「英国十八世紀文学叢書」第4巻に収録された『崇高と美の起源』を再刊したもの(第4巻にはホレス・ウォルポール『オトラント城』千葉康樹訳が併録)。「平凡社ライブラリー版訳者あとがき」によれば「いくつかのミスや誤記を訂正」とのことです。大河内さんはこう述べておられます。「人間が私的利害を「無関心」という括弧に入れて公共性を実現する可能性を探求する知的プロジェクトが美学なのである。つまり、「美」は人間が人間に対して狼であることをやめて、強制されることなくお互いの意見を一致させる可能性を垣間見せてくれるのだ。〔…〕美学は骨董趣味のための学問ではなく、未来を切り拓くための学問なのである」(259頁)。解説は美学研究者の井奥陽子さんがお書きになっています。
★英国の政治思想家エドマンド・バーク(Edmund Burke, 1729-1797)の著書では『フランス革命についての省察』(1790年)が有名で、複数の日本語訳があります。それに先立つ著作である『崇高と美の起源』(原著『A Philosophical Enquiry into the Origin of Our Ideas of the Sublime and Beautifu』初版1757年、第2版1759年)も、上記の大河内を含め、既訳が以下の通り複数あります。
『美と崇高』村山勇三訳、「泰西隨筆選集」第2巻、人文會、1926年5月
『崇高と美の起原』鍋島能正訳、理想社、1973年6月
『崇高と美の観念の起原』中野好之訳、『エドマンド・バーク著作集(I)現代の不満の原因/崇高と美の観念の起原』所収、みすず書房、1973年6月;みすずライブラリー、1999年6月
『崇高と美の起源』大河内昌訳、「英国十八世紀文学叢書」第4巻『オトラント城/崇高と美の起源』所収、研究社、2012年;平凡社ライブラリー、2024年4月
★『原子力は誰のものか』は、中央公論社より1957年に刊行され、2002年に中公文庫「BIBLIO20世紀」で再刊された日本語版独自編集の講演集の、改版による再々刊。カバー表4紹介文と帯文から文言を借りると、「原爆の父はなぜ水爆に反対したのか?」「公職を追放された物理学者が語る「水爆反対」の真相」。今回の改版では、「BIBLIO20世紀」版に付された作家の松下竜一さんによる解説「パンドラの箱をあけた人」が再録され、さらに新たに名古屋大学名誉教授の池内了さんによる「オッペンハイマーの三つの転機」が加わっています。クリストファー・ノーラン監督映画作品『オッペンハイマー』の日本公開が再刊のきっかけかと思いますが、一部の通販サイトで異様な高額化が進んでいたので、再び新刊で入手可能になったのはとても喜ばしいことです。
★『哲学史入門(Ⅰ)古代ギリシアからルネサンスまで』は、「哲学史入門」全3巻の第1巻。同様の主題では、ちくま新書より2020年に『世界哲学史』が全8巻別巻1が刊行されているのは周知の通りです。こちらは伊藤邦武、山内志朗、中島隆博、納富信留、の4氏による責任編集で第一線の研究者が論考を寄稿するというスタイルでした。今回のNHK出版新書版では、数々のヒット作で知られる人文ライターで編集者の斎藤哲也(さいとう・てつや, 1971-)さんによる全篇聞き書きとのこと。興味深い差別化が図られています。第Ⅰ巻の目次は以下の通りです。また、第Ⅱ巻と第Ⅲ巻の概要も転記しておきます。
『哲学史入門(Ⅰ)古代ギリシアからルネサンスまで』2024年4月刊
はじめに|斎藤哲也
序章 哲学史をいかに学ぶか|千葉雅也
第1章 「哲学の起源」を問う:古代ギリシア・ローマの哲学|納富信留
第2章 哲学と神学はいかに結びついたか:中世哲学の世界|山内志朗
第3章 ルネサンス哲学の核心:新しい人間観へ|伊藤博明
『哲学史入門(Ⅱ)デカルトからカント、ヘーゲルまで』2024年5月刊
近代という時代のうねりのなかで、人間の知性の働きを突き詰めた哲学者たちの思索に迫る「目からウロコ」の内容。上野修、戸田剛文、御子柴善之、大河内泰樹、山本貴光/吉川浩満。
『哲学史入門(Ⅲ)現象学・分析哲学から現代思想まで』2024年6月刊
近代哲学を乗り越え、未来へと向かう哲学史の流れを一挙につかむ。19世紀以降の西洋哲学をジャンル別に網羅。谷徹、飯田隆、清家竜介、宮崎裕助、國分功一郎。
★『民主主義の危機』は、ジャーナリストの大野和基(おおの・かずもと, 1955-)さんによる米国の知識人7氏へのインタヴュー集。目次を転記しておきます。
Chapter1 第3次世界大戦への危機――ウクライナ戦争から見る民主主義|イアン・ブレマー
Chapter2 「寛容」が損なわれる世界――リベラリズムの危機|フランシス・フクヤマ
Chapter3 衰退期に差し掛かるアメリカ――岐路に立つ民主主義の二面性|ニーアル・ファーガソン
Chapter4 「文明の衝突」は終わらない――歴史を進歩させるダイナミズム|ジョセフ・ナイ
Chapter5 社会規範に根ざしたバランス感覚――国家権力と社会のあり方を浮き彫りにしたパンデミック|ダロン・アセモグル
Chapter6 日本人にイノベーションは起こせるか――“Think Bigger”:誰もが使える体系的アプローチ|シーナ・アイエンガー
Chapter7 民主主義の後退はなぜ起きているのか――自らの失敗を忘れたアメリカ|ジェイソン・ブレナン
あとがき
★続いて、最近出会いがあった新刊を列記します。
『マニフェスト――政治の詩学』エドゥアール・グリッサン/パトリック・シャモワゾー(著)、中村隆之(訳)、以文社、2023年4月、本体2,700円、四六判上製216頁、ISBN978-4-7531-0363-6
『グレーバー+ウェングロウ『万物の黎明』を読む――人類史と文明の新たなヴィジョン』酒井隆史(責任編集)、河出書房新社、2024年4月、本体2,300円、A5判並製192頁、ISBN978-4-309-22916-4
『尹致昊日記(5)1897–1902年』尹致昊(著)、木下隆男(訳注)、東洋文庫:平凡社、2024年4月、本体4,200円、B6変型判上製函入496頁、ISBN978-4-582-80917-6
『アダルトグッズの文化史――大人のおもちゃの刺激的な物語』ハリー・リーバーマン(著)、福井昌子(訳)、作品社、2024年4月、本体3,400円、四六判並製384頁、ISBN978-4-86182-822-5
『戦後フランス思想――サルトル、カミュからバタイユまで』伊藤直(著)、中公新書、2024年4月、本体900円、新書判288頁、ISBN978-4-12-102799-3
★『マニフェスト』はまもなく発売。カリブ海マルティニック島出身のフランス語作家エドゥアール・グリッサン(Édouard Glissant, 1928-2011)とパトリック・シャモワゾー(Patlick Chamoiseau, 1953-)の共著『Manifestes』(La Découverte, 2021)の全訳です。グリッサンの没後十周忌を記念して刊行されたもので、2000年から2009年にかけて発表された政治的声明6篇を収め、巻頭にはシャモワゾーによる「はじめに それでもなお」、巻末にはジャーナリストのエドウィー・プレネル(Edwy Plenel, 1952-)による「あとがき 政治の詩学」と、中村隆之(なかむら・たかゆき, 1975-)さんによる訳者あとがき「唯一のリアリズムとしてのユートピア」が配されています。プレネルはこう評します。「言語はここでは革命である。言語が反転させ、覆し、移動させ、いくつもの軛を壊すことでさまざまな可能を切りひらくという意味においてそうである」(175頁)。
★『グレーバー+ウェングロウ『万物の黎明』を読む』はまもなく発売。その名の通りグレーバーとウェングロウの共著『万物の黎明――人類史を根本からくつがえす』(酒井隆史訳、光文社、2023年9月)の副読本とも言うべき1冊。訳者の酒井隆史(さかい・たかし, 1965-)さん自身による責任編集で、酒井さんへのインタヴュー形式の『万物の黎明』入門や、酒井さんが参加する2本の徹底討議をはじめ、ウェングロウへのインタヴュー、『万物の黎明』に対する海外の書評2本のほか、論考、エッセイ、詩など15篇が収められています。
★入門編への注にはグレーバー関連の2本の近刊書が記載されています。ひとつはマーシャル・サーリンズとの共著『On Kings』(Hau Books, 2017)の訳書『王権論』が以文社近刊とあり、もうひとつはグレーバーの単独著『Possibilities: Essays on Hierarchy, Rebellion, and Desire』(AK Press, 2007)が『ポッシビリティーズ』河出書房新社近刊と記されています。後者は『資本主義後の世界のために──新しいアナーキズムの視座』(高祖岩三郎訳、以文社、2009年)としてすでに刊行済ですが、現在品切。以文社さんのウェブサイトでは「2024年秋「増補版」出版予定」と予告されているものなので、あるいは河出さんの近刊ではない可能性もあるかもしれません。
★『尹致昊日記(5)1897–1902年』は発売済。東洋文庫の第917巻。尹致昊(ユン・チホ, 1865-1945)の日記全11巻の第5巻。帯文に曰く「韓国近代史上初の市民運動、独立協会の指導者となった尹致昊。過激化した運動が一年足らずで挫折すると一転して元山・鎮南浦等の地方官吏となり大韓帝国初期の地方政治の実態を記す」と。東洋文庫次回配本は2024年6月発売予定の『岳麓書院蔵秦簡「為獄等状四種」』と予告されています。秦朝の司法文書と聞きます。
★『アダルトグッズの文化史』は、米国の作家でセックス史やジェンダー史がご専門のハリー・リーバーマン(Hallie Lieberman)の著書『Buzz: The Stimulating History of the Sex Toy』(Pegasus Books, 2017)の全訳。帯文に曰く「世界で初めて、「性玩具の歴史」で博士号を取得した著者による話題作。古代から現代までの歴史をたどり、女性の性の自立の観点から、主に20世紀アメリカを舞台に繰り広げられた快楽と規制の攻防と緊張関係を描き出す」と。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。
★『戦後フランス思想』は、サルトル、カミュ、ボーヴォワール、メルロ=ポンティ、バタイユの著書を解説し、彼らの緊張関係も紹介した一冊。まえがきに曰く「第二次世界大戦が終結した1945年から、構造主義が台頭してくる60年代初頭にかけてのフランスで、旺盛な執筆活動や言論活動を展開した作家や思想家たちの紹介を目的としている」と。著者の伊藤直(いとう・ただし, 1977-)さんは松山大学教授。先月に紀伊國屋書店より刊行されたサラ・ベイクウェルの『実存主義者のカフェにて』と一緒にひもとくとさらに理解が深まると思います。