★まずは発売済の新刊で最近出会いのあった書目を並べます。
『ジャック・デリダ講義録 時を与えるⅡ』ジャック・デリダ(著)、藤本一勇(訳)、白水社、2024年3月、本体7,500円、A5判上製350頁、ISBN978-4-560-09806-6
『見ることの塩(上)イスラエル/パレスチナ紀行』四方田犬彦(著)、河出文庫、2024年3月、本体1,200円、文庫判320頁、ISBN978-4-309-42090-5
『見ることの塩(下)セルビア/コソヴォ紀行』四方田犬彦(著)、河出文庫、2024年3月、本体1,200円、文庫判328頁、ISBN978-4-309-42091-2
『文藝 2024年夏季号』河出書房新社、2024年4月、本体1,400円、A5判並製520頁、雑誌07821-05
★『ジャック・デリダ講義録 時を与えるⅡ』は「ジャック・デリダ講義録」第6弾。原著『Donner le temps II』(Seuil, 2021)の全訳。1978年から79年にかけて行なわれた講義のうち、9回分(第7回から第15回まで)を収録。帯文に曰く「社会学や人類学における交換様式としてではなく、哲学における「存在と時間」の問題として追究してゆく、脱構築的贈与論」。冒頭には編者のロドリゴ・テレゾによる「序言」と、同じく編者のローラ・オデッロ、ピーター・スゼンディ(サンディもしくはセンディと表記される場合もあります)、そしてテレゾの三氏による「編者による覚書」が置かれています。
★デリダはこう述べます。「贈与は、それなくしてはもはや存在を思考することができなくなるようなものである。贈与なしでは、存在の思考が思考できなくなり、存在と存在者とのあいだの存在者的-存在論的差異が思考できなくなるのである。まず贈与を思考しなくては、すなわち思考すべきものを与えるものの贈与から出発して思考しなくては、思考を思考することができず、思考とはどういうことか、何がわれわれに思考するように呼びかけるのかについて、思考することができないのである。したがって贈与以上に根源的なもの、さらに先-根源的なものはない。はじめに贈与がなければ、いかなる意味も、いかなる真理も、いかなる存在者も、それらが思考されるべきものとして、存在すべきものとして、与えられない」(第9回、89~90頁)。
★「思考可能なものは、思考されうるものの全体を思考可能にするのであるから、思考可能なものそれ自体は、その元来性から言って、思考可能ではない。思考可能なものは、存在する何ものでもなく、規定可能なつまり思考可能な何ものでもない。思考可能なものは思考不可能性であり、思考不可能なものとして思考可能なもの、不可能なものとして可能なもの、それが贈与なのだ。それこそが、私がこのセミネール〔第1回〕の冒頭から早くも、「不可能なものから始めなくてはならない」と言ったときに近づこうと試みていた事柄だった」(91頁)。
★「訳者あとがき」によれば、本書の「最後の二回分に至っては、作者本人の原稿がなく(あったがなくなった、あるいは最初からない)、録音テープという記録メディアから書き起こしテクストしかなく、しかもその録音テープも発見されず、そんな痕跡の痕跡が書籍として交換され、私たちに「贈与」され「配送」されているのだ」(295頁)。また、同講義の第1回から第5回までは加筆修正されて、単行本『時を与えるⅠ――贋金』としてガリレ社より1991年に刊行されたものの、未訳です。さらに言えば、もともとの講義原稿の第1回から第6回までが講義録としてスイユ社から刊行されるかどうかは現時点では不明とのことです。
★『見ることの塩』上下巻は、巻末特記によれば、作品社より2005年に刊行された『見ることの塩――パレスチナ・セルビア紀行』を二分冊して文庫化したもの。上下巻の各巻末に書き下ろしのテクストが加わっています。上巻には「見ることの蜜は可能か――二〇二四年版のための追補」(263~310頁)、下巻には「書かれざる「最後の旅」への序文」(285~310頁)と、いずれも長めのものです。帯文には「「ガザ虐殺」を問うための緊急出版」とあります。
★『文藝 2024年夏季号』は、特集1が「世界はマッチングで回っている」、特集2が「さよなら渋谷区千駄ヶ谷2-32-2」で、緊急企画「ガザへの言葉#CeasefireNOW」。特集2は来月の大型連休明けから河出書房新社が新宿区東五軒町に移転することを記念したもので、個人的にはあの方この方、あの場所この場所、色々なことを思い出して感慨深くなります。あのビルに出る幽霊話は本当らしく、特集頁だけでなく「文藝後記」にもエピソードが。ぜひ解体前に動画を終夜撮影してくださるといいのですが。
★まもなく刊行となる新刊書籍、PR誌、新刊文庫を列記します。
『大邱の敵産家屋――地域コミュニティと市民運動』松井理恵(著)、共和国、2024年4月、本体2,700円、四六判上製248頁、ISBN978-4-907986-86-5
『現代コリア、乱気流下の変容――2008-2023』A・V・トルクノフ/G・D・トロラヤ/I・V・ディヤチコフ(著)、下斗米伸夫(監訳)、江口満(訳)、作品社、2024年4月、本体2,700円、四六判並製352頁、ISBN978-4-86793-029-8
『世界思想 51号 2024春』世界思想社編集部(編)、世界思想社、2024年4月、A5判並製88頁
『中国古典小説史――漢初から清末にいたる小説概念の変遷』大塚秀高(著)、ちくま学芸文庫、2024年4月、本体1,300円、文庫判304頁、ISBN978-4-480-51236-9
『ことばの学習のパラドックス』今井むつみ(著)、ちくま学芸文庫、2024年4月、本体1,200円、文庫判288頁、ISBN978-4-480-51237-6
『江戸の都市計画』鈴木理生(著)、ちくま学芸文庫、2024年4月、本体1,300円、文庫判 352頁、ISBN978-4-480-51238-3
『古代技術』ヘルマン・ディールス(著)、平田寛(訳)、ちくま学芸文庫、2024年4月、本体1,400円、文庫判368頁、ISBN978-4-480-51240-6
★『大邱の敵産家屋』は、跡見学園女子大学准教授の松井理恵(まつい・りえ, 1979-)さんが2008年から2022年にかけてか各媒体に発表してきた論考6本に大幅な加筆修正を施して1冊にまとめたもの。敵産家屋(てきさんかおく)とは、日本による植民地時代に朝鮮半島で建てられた日本式住宅のこと。本書は「韓国第三の拠点都市・大邱(テグ)」に残る敵産家屋を「コミュニティや市民運動の拠点として利用しつづける人びとの肉声を拾いあげ、韓国現代史に位置づける試み」(帯文より)とのことです。
★『現代コリア、乱気流下の変容』は、帯文によれば「危ういバランスで“休戦”状態が続く朝鮮半島──大国による「操作可能な混沌」の舞台となった南北両国家を、ロシアの碩学がパラレルに分析する。核と紛争の時代を読み解く鍵がここに」。原著は2021年に刊行。「二つのコリア――分岐する発展経路(二〇〇七~二〇二〇)」「朝鮮半島の核・ミサイル問題、外交的解決の試み」「ロシア外交と朝鮮」の三部構成。各章題や各節題など詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。「未来を予測することは、過去をよく知ることによって「容易となる」。このような期待を込めて読者に本書を読んでいただきたいと願っている」(日本語版序文、26頁)。
★世界思想社のPR誌『世界思想』第51号(2024春)の特集は「スポーツ」。「スポーツとは何か」「多様性と社会」「現場から考える」の三部構成で14篇が寄稿されています。執筆者は、玉木正之、為末大、武田砂鉄、金井真紀、溝内克之、稲見昌彦、磯野真穂、平尾剛、中澤篤史、石岡丈昇、町田樹、関めぐみ、若菜晃子、柏野牧夫、の各氏。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。巻末には寄稿者14氏が選書したブックリストも掲載されています。『世界思想』誌は書店で無料配布されます。
★まもなく発売となる、ちくま学芸文庫の4月新刊は4点。まず『中国古典小説史』は、埼玉大学名誉教授の大塚秀高(おおつか・ひでたか, 1949-)さんによる放送大学テキスト『漢文古典Ⅱ』(1987年)の改訂改題文庫化。親本の「まえがき」は新しく加えられた「あとがき」の一部として移設されています。帯文に曰く「『荘子』から『水滸伝』『紅楼夢』まで、独特の展開を遂げた歴史を知るための概説書」。「あとがき」によれば「本文に補注をいくつかいれ、評も一部に修正と増補を加えている。もちろん「てにをは」や誤字脱字についても修正した」とのことです。
★『ことばの学習のパラドックス』は、中公新書の共著書『言語の本質』が昨年大きな話題を呼んだ慶応義塾大学教授の今井むつみ(いまい・むつみ, 1958-)さんの初の単独著(共立出版、1997年)の文庫化。著者自身による「ちくま学芸文庫版あとがき」と、早稲田大学准教授の佐治伸郎さんによる文庫版解説「ことばの習得研究はどこからきてどこへいくのか」が加えられています。帯文に「著者独自の画期的な研究はここから始まった」とありますが、今井さんご自身も新しいあとがきで「本書は私の初の著作であり、研究の原点である」と述べられています。
★『江戸の都市計画』は、都市史がご専門の鈴木理生(すずき・まさお, 1926-2015)さんの同名著書(三省堂、1988年)の文庫化。帯文に曰く「東京の〈原形〉はどのようなものだったのか。水辺の地理と歴史から読む運河都市の成立」。文庫版解説「いくつもの「原形」の上に――鈴木理生の隠れた代表作」は、金沢工業大学講師の髙橋元貴さんによるもの。
★『古代技術』は、ドイツの古典文献学者ヘルマン・ディールス(Hermann Diels, 1848-1922)による講演録『Antike Technik』第3版(Teubner, 1924)の訳書(SD選書:鹿島出版会、1970年)の文庫化。「ギリシア人の科学と技術」「古代の戸と錠」「蒸気機械、自動装置、賃金表示機」「古代の通信術」「古代の飛び道具」「古代の化学」「古代の時計」の全七講です。巻末解説は、東京大学大学院准教授の三村太郎さんによる「古代ギリシア科学技術史の始まり」。言うまでもありませんが、ディールズはクランツとともに『ソクラテス以前哲学者断片集』(岩波書店)の共編者として高名です。