★まず注目の新書新刊を2点。
『人類の終着点――戦争、AI、ヒューマニティの未来』エマニュエル・トッド/マルクス・ガブリエル/フランシス・フクヤマ/メレディス・ウィテカー/スティーブ・ロー/安宅和人/岩間陽子/手塚眞/中島隆博(著)、朝日新書、2024年2月、本体990円、新書判272頁、ISBN978-4-02-295254-7
『マルクス・ガブリエル 日本社会への問い――欲望の時代を哲学するⅢ』丸山俊一/NHK「欲望の時代の哲学」制作班(著)、NHK出版新書、2023年12月、本体880円、本体880円、新書判208頁、ISBN978-4-14-088712-7
★ガブリエルが2点に登場。『人類の終着点』は巻末特記によれば「「朝日地球会議2023」(2023年10月9日~10月12日)に登壇したトッド、ガブリエル、フクヤマ、ロー各氏のインタビューと、ウィテカー、安宅、岩間、手塚、中島各氏のシンポジウムを、大幅に加筆修正したうえで、収録したもの」と。ガブリエルのインタビューは、第3部「支配者は誰か? 私たちはどう生きるか?」で「戦争とテクノロジー彼岸「人間性」の哲学」と題されて収録されています。
★『マルクス・ガブリエル 日本社会への問い』は、「欲望の時代を哲学する」シリーズの第3弾。NHKBS1「欲望の時代の哲学2023」の書籍化です。シリーズ既刊書は以下の通り。なお丸山さんによる「おわりに」では、ガブリエルが日本の読者に向けて、「倫理資本主義」をめぐる書き下ろしを準備であることが明かされています。
2018年12月『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学する』NHK出版新書
2020年04月『マルクス・ガブリエル 欲望の時代を哲学するⅡ――自由と闘争のパラドックスを越えて』NHK出版新書
2023年12月『マルクス・ガブリエル 日本社会への問い――欲望の時代を哲学するⅢ』NHK出版新書
★続いて注目の文庫新刊既刊を列記します。
『構造と力――記号論を超えて』浅田彰(著)、千葉雅也(解説)、中公文庫、2023年12月、本体1,000円、文庫判320頁、ISBN978-4-12-207448-4
『フーコー・ドゥルーズ・デリダ』蓮實重彦(著)、講談社文芸文庫、2022年11月、本体1,800円、A6判272頁、ISBN978-4-06-529925-8
『本は眺めたり触ったりが楽しい』青山南(著)、ちくま文庫、2024年2月、本体800円、文庫判240頁、ISBN978-4-480-43932-1
『所有とは何か』ピエール=ジョゼフ・プルードン(著)、伊多波宗周(訳)、講談社学術文庫、2024年1月、本体1,380円、A6判416頁、ISBN978-4-06-534580-1
『知性改善論』バールーフ・デ・スピノザ(著)、秋保亘(訳)、講談社学術文庫、2023年12月、本体720円、A6判152頁、ISBN978-4-06-534276-3
『新論』会沢正志斎(著)、関口直佑(訳)、講談社学術文庫、2023年12月、本体1,260円、A6判352頁、ISBN978-4-06-534197-1
『人倫の形而上学 第一部 法論の形而上学的原理』カント(著)、熊野純彦(訳)、岩波文庫、2024年1月、本体1,300円、文庫判482頁、ISBN978-4-00-336264-8
『支配について(Ⅱ)カリスマ・教権制』マックス・ウェーバー(著)、野口雅弘(訳)、岩波文庫、2024年1月、本体1,300円、文庫判474頁、ISBN978-4-00-342102-4
『支配について(Ⅰ)官僚制・家産制・封建制』マックス・ウェーバー(著)、野口雅弘(訳)、岩波文庫、2023年12月、本体1,430円、文庫判546頁、ISBN978-4-00-342101-7
『ミヒャエル・コールハース チリの地震 他一篇』クライスト(著)、山口裕之(訳)、岩波文庫、2024年1月、本体910円、文庫判326頁、ISBN978-4-00-324166-0
『鷲か太陽か?』オクタビオ・パス(著)、 野谷文昭(訳)、岩波文庫、2024年1月、本体720円、文庫判194頁、ISBN978-4-00-327972-4
『シェイクスピアの記憶』ホルヘ・ルイス・ボルヘス(著)、内田兆史/鼓直(訳)、岩波文庫、2023年12月、本体630円、文庫判158頁、ISBN978-4-00-377014-6
★『構造と力』(勁草書房、1983年)の文庫化には驚きました。解説は千葉雅也さん。言うまでもなく本書はニューアカブームを象徴するバイブル的存在で、学生だけでなくビジネスマンにも広く読まれていました。ニューアカデミズムのバイブルには『構造と力』のほかにも何冊かあります。蓮實重彦『フーコー・ドゥルーズ・デリダ』(朝日出版社、1978年;河出文庫、1995年)は2022年11月に講談社文芸文庫で再文庫化されました。解説「偽装の反=冒険」は郷原佳以さんが書かれています。柄谷行人『隠喩としての建築』(講談社、1983年;講談社学術文庫、1989年;『底本柄谷行人集2』所収、岩波書店、2004年)は現在品切で再文庫化が俟たれるところです。中沢新一『チベットのモーツァルト』(せりか書房、1983年;講談社学術文庫、2003年)は今も文庫で読めます。解説は吉本隆明さんがお書きになっています。
★一般的には、吉本さんとニューアカとの間には世代的な「切断」があったとみなされることがあるかと思いますが、中沢さんは巻頭の「学術文庫版まえがき」でこう述べています。「吉本氏の思想は、海図のない暗い夜の海を一人で航海し続けてきた私にとって、かなたにあって協力でたしかな導きの光を放つ、唯一の灯台であった」。一方、吉本さんは解説で『チベットのモーツァルト』について「この「精神(心)の考古学」の技術法を使ってチベットの原始密教の精神過程と技法に参入し、その世界を解明しようとした最初の試みではないかと思った」と評価されています。「精神の考古学」とはまさにまもなく新潮社より発売となる中沢新一さんの最新著のタイトルでもあります。
★『本は眺めたり触ったりが楽しい』は、ちくま文庫の今月新刊のうちの一冊。翻訳家でエッセイストの青山南(あおやま・みなみ, 1949-)さんの著書『眺めたり触ったり』(早川書房、1997年)の改題文庫化です。巻末特記によれば「文庫化にあたり、加筆訂正のうえ、「文庫版への追記」を加えました」とのこと。帯文に曰く「積ん読、音読、拾い読み、索引読み、解説読み。歩いて読んだり、寝転んで読んだり、バスで読んだり……本はどう読んでもいい!(読まなくてもいい) 読書エッセイの名著、待望の文庫化」と。同版元の文庫で読める、ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』(大浦康介訳、ちくま学芸文庫、2016年)や、管啓次郎『本は読めないものだから心配するな』(ちくま文庫、2021年)と並んで、堅苦しい読書観のコリをほぐしてくれる、素敵な本です。例えば、「本は最後まで読むもんだ、と決めたのはだれだ? いや、待てよ、そんな決まり、あったっけ。 よくよく考えてみると、そんなの、ないぞ。〔…〕本を最後まで読むということも、じつは、本をめぐるしつけのひとつにすぎないのかもしれない」(87頁)。
★講談社学術文庫の注目既刊書3点は、いずれも文庫オリジナルの新訳。スピノザ『知性改善論』(底本はラテン語版『遺稿集』1677年刊)は「文庫版としては90年ぶりの新訳」(帯文より)で、プルードン『所有とは何か』(原著1840年刊、底本はリーヴル・ド・ポッシュの2009年版)は「半世紀ぶりの新訳」(帯文より)。会沢正志斎『新論』(1825年述作、底本は1857年の江戸玉山堂公刊本)は文庫としては塚本勝義訳註『新論・迪彝篇』(岩波文庫、1941年)以来で、現代語訳つきの文庫としては初めてになるかと思われます。
★岩波書店の注目既刊書は7点。うち、ウェーバー『支配について』、カント『人倫の形而上学』、クライスト『ミヒャエル・コールハース チリの地震 他一篇』は新訳。ウェーバーとカントの書目は新訳ですが、文庫になるのは初めてでもあります。いずれも重要書なので、待望の文庫化ではないでしょうか。クライストの「他一篇」は「サント・ドミンゴでの婚約」。文庫で読める既訳としては、種村季弘訳「聖ドミンゴ島の婚約」(『チリの地震――クライスト短篇集』所収、河出文庫、1996年;新装版2011年)があります。パスの「初期代表作」と帯文に謳われた『鷲か太陽か?』は書誌山田より2002年に刊行されていた訳書の文庫化。巻末の編集付記によれば、文庫化に際し、ルフィーノ・タマヨによる挿画3点を収録した、とのこと。ボルヘス『シェイクスピアの記憶』は1983年刊行の「最後の短篇集」(帯文より)の訳書。「一九八三年八月二十五日」「青い虎」「パラケルススの薔薇」「シェイクスピアの記憶」の4篇を収めています。内田さんによる巻末解説によれば、『パラケルススの薔薇』(国書刊行会「バベルの図書館(22)ボルヘス」、1990年;『新編バベルの図書館 第6巻』2013年)に収められている鼓直さんによる既訳3篇(「一九八三年八月二十五日」「青い虎」「パラケルススの薔薇」)には「極力手を入れないことにした。とはいえ、どうしても整えざるをえない箇所については二人〔内田さんと、岩波書店の元編集者の入谷芳孝さん〕で相談し、著作権継承者でラテンアメリカ文学を専門とされる関西大学の鼓宗氏にお認めいただいたうえで、先人の訳を修正させていただいた」とのことです。
★なお、岩波現代文庫では3月15日発売で、ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』上下巻がついに文庫化されるそうです。円安で海外版権の維持が難しくなっている昨今、ありがたいことです。
★最後に単行本の注目既刊書を3点ほど。今まで言及しそびれていたものの第3弾です。次回以降、第4弾に続きます。
『新装版 コウモリであるとはどのようなことか』トマス・ネーゲル(著)、永井均(訳)、2023年12月、本体3,200円、A5判並製308頁、ISBN978-4-326-10330-0
『ユング、『ユリシーズ』を読む』カール・ギュスタフ・ユング(著)、小田井勝彦/近藤耕人(訳)、小鳥遊書房、2023年10月、本体2,100円、四六判並製184頁、ISBN978-4-86780-023-2
『タッチング・フィーリング――情動・教育学・パフォーマティヴィティ』イヴ・コソフスキー・セジウィック(著)、岸まどか(訳)、小鳥遊書房、2022年12月、本体3,000円、A5判並製380頁、ISBN978-4-86780-003-4
★米国の哲学者ネーゲル(Thomas Nagel, 1937-)の『新装版 コウモリであるとはどのようなことか』は、『Mortal questions』(Cambridge University Press, 1979)の全訳書として長く読み継がれてきた『コウモリであるとはどのようなことか』(勁草書房、1989年)の新組新装版。46判上製本だった旧版はA5判並製本に変わり、古田徹也さんによる解説「「内側」と「外側」に引き裂かれる観点」と、訳者の永井均さんによる解説「コウモリであることがそのようにあることであるようなそのような何かは存在するだろうか」の、計2本が加わりました。にもかかわらず値上げ幅はわずかで、版元さんの心意気を感じます。
★『ユング、『ユリシーズ』を読む』は、帯文に曰く「1932年に雑誌Europäische Revueに発表されたユングによる『ユリシーズ』論。訳者二人による解説もつき、ユングとジョイスの関係性が紐解かれる」と。底本はW. Stanley Dellによる英訳『Ulysses: A Monologue』(Folcroft library Editions, 1972)とのことです。ユングはこう書いています。「さなだむし風に這っていく文節で明らかになるジョイスの信じられないほど豊かで多面的な言語は、ひどく退屈で単調きわまるが、この退屈と単調こそ叙事詩の早大さを獲得しており、この本をつまらない人間世界の不充分さっとその狂気じみた悪魔的な伏流を描いた『マハーバーラタ』たらしめているのである」(48頁)。
★小鳥遊書房さんの注目既刊書で取り上げたいのはもう1点、発売から1年以上たちますが、セジウィック(Eve Kosofsky Sedgwick, 1950-2009)の『Touching Feeling: Affect, Pedagogy, Performativity』(Duke University Press, 2003)の全訳書『タッチング・フィーリング』です。セジウィックの訳書は、『クローゼットの認識論――セクシュアリティの20世紀』(外岡尚美訳、青土社 1999年;新装版、2018年)、『男同士の絆――イギリス文学とホモソーシャルな欲望』(上原早苗/亀澤美由紀訳、名古屋大学出版会、2001年)に続く3冊目で、新装版を除けば20数年ぶりの翻訳になります。『タッチング・フィーリング』について岸さんは訳者解説で次のように評しておられます。
★「情動という名状しがたい「触・感」を表す概念への注目によって本書は、心身の二項対立や伝統的な自律的主体を揺るがしながら、情動的な知の理論――心と身体で「知る」というのはどんな感じかをめぐる理論――を模索し、2000年代以降の人文思想において「情動的転回〔アフェクティブ・ターン〕」や「ポストクリティーク」という、批評〔クリティーク〕の枠組み自体を問い直すような大きな批評ムーヴメントを広めるきっかけにもなった」(335頁)。
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