★まず注目新刊を列記します。
『瀬越家殺人事件』竹本健治(著・画)、講談社、2023年11月、本体3,500円、四六変型判上製函入48頁、ISBN978-4-06-533700-4
『四つの未来──〈ポスト資本主義〉を展望するための四類型』ピーター・フレイズ(著)、酒井隆史(訳)、以文社、2023年11月、本体2,700円、四六判並製272頁、ISBN978-4-7531-0380-5
『功利主義』ジョン・スチュアート・ミル(著)、中山元(訳)、日経BPクラシックス:日経BP、2023年11月、本体2,600円、46並仮フランス装366頁、ISBN978-4-296-00172-9
『現代思想2023年12月号 特集=感情史』青土社、2023年11月、本体1,600円、A5判並製238頁、ISBN978-4-7917-1455-1
★特筆したいのは、推理小説四大奇書のひとつ『匣の中の失楽』でつとに高名な作家の竹本健治(たけもと・けんじ, 1954-)さんによる『瀬越家殺人事件』です。シュリンク包装に貼られたシールの紹介文によれば、「ひらがな四十八文字を重複なく使い一首に仕上げるいろは歌で、四十八のシーンを描き切った超絶技巧のミステリー」。あらすじの確認や試し読みは書名のリンク先で可能です。48首もの文字の組み換えで作品世界を構成するという超絶技巧には驚くばかりですが、作家ご本人も「今回ばかりは堂々と奇書を自任していいかもしれない」と巻末の「跋」に記されています。横長で頁まで真っ黒い紙の本に銀インクで竹本さんご自身によるイラストと歌が刷られており、書物としても非常に美しいです。
★次のような注意書きがシールに記載されています。「このアートブックはお気に入りのページを取り外し、表紙の前に差し込むことができる仕様になっております。ページを強く開くと外れてしまうので、ご注意ください。※ページが外れることによる返品、交換には対応できかねますのでご了承下さい」。表紙の前というのは、函に広い窓が開けられていてフォトフレームのようになっており、そこに本文からはずした一葉を挟んで飾ることができる、というものです。いったん外してしまった場合、コレクターの方にとっては保存用にもう一冊必要ということになるでしょう。どこまでページを開いて大丈夫なのか、かなり気を使いますが、愛すべき一冊であることに変わりはありません。なお電子書籍版もあります。
★続いて最近出会いのあった新刊を並べてみます。
『戦争』ルイ=フェルティナン・セリーヌ(著)、森澤友一朗(訳)、ルリユール叢書:幻戯書房、2023年11月、本体2,500円、四六判変型上製272頁、ISBN978-4-86488-288-0
『宇宙の途上で出会う――量子物理学からみる物質と意味のもつれ』カレン・バラッド(著)、水田博子/南菜緒子/南晃(訳)、人文書院、2023年11月、本体9,000円、A5判上製580頁、ISBN978-4-409-03125-4
『「戦争ごっこ」の近現代史――児童文化と軍事思想』サビーネ・フリューシュトゥック(著)、中村江里/箕輪理美/嶽本新奈(訳)、人文書院、2023年11月、本体4,800円、4-6判上製342頁、ISBN978-4-409-52091-8
『ソ連の歴史』シェイラ・フィッツパトリック(著)、池田嘉郎(監訳)、真壁広道(訳)、人文書院、2023年11月、本体2,600円、4-6判並製258頁、ISBN978-4-409-51099-5
『増補新版 現代語訳 墨夷応接録・英国策論――幕末・維新の一級史料』アーネスト・サトウほか(著)、森田健司(編訳・校註・解説)、作品社、2023年11月、本体3,400円、四六判並製357頁、ISBN978-4-86182-998-7
『異国人たちの江戸時代』森田健司(著)、作品社、2023年11月、本体3,600円、四六判並製487頁、ISBN978-4-86182-999-4
『フット・ワーク――靴が教えるグローバリゼーションの真実』タンジー・E・ホスキンズ(著)、北村京子(訳)、作品社、2023年11月、本体2,700円、四六判並製375頁、ISBN 978-4-86793-002-1
★幻戯書房さんの「ルリユール叢書」の記念すべき50冊目となる第36回配本は、フランスの作家セリーヌ(Louis-Ferdinand Céline, 1894–1961)の『戦争』です。幻の遺稿で2021年に発見された未発表草稿『Guerre』(Gallimard, 2022)の全訳。「『夜の果てへの旅』に続いて執筆された未発表作品にして、第一次大戦下の剥き出しの生を錯乱の文体で描き出した自伝的戦争小説」(帯文より)の初訳となります。
★「もはや考えるってことにしてからが、ほんの少しだろうと、幾度も幾度もやり直さなくちゃまともにできない、あたかも駅のホームで列車が通ってるところで会話しているような按配だ。強烈な思考の切れ端が次から次へと一斉に襲ってきて。あんたらに断言しとくがこいつはなかなかどうしてきついトレーニングだ。今じゃもうしっかり訓練積んできたが。二十年の間、おれは鍛えてきたんだ。ちょっとやそっとじゃ動じぬ頑丈な魂を作り上げ。安き方へなぞ流れない。今じゃ、永遠に絶えることのないこの轟音のなかから引き抜いた憎悪の切れ端でもって、音楽も作れれば、眠ることだって、許しを与えてやることだって身につけた、それから今あんたらもご覧のとおり、麗しき文学にしたってお手のもの」(15~16頁)。
★今回の『戦争(Guerre)』は、かつて『戦争』という訳題で出版された『Casse-pipe』(Chambriand, 1949;石崎晴己訳、『セリーヌの作品(14)戦争・教会 他』 国書刊行会、1984、現在品切)とは別の作品で、今回の『Guerre』の訳者・森澤友一朗(もりさわ・ゆういちろう, 1984-)さんは訳者解題で『Casse-pipe』を「死地」と訳し分けることを提案されています。森川さんは、発掘されたセリーヌの草稿群のなかには『死地』の「未発表部分の未刊草稿」も含まれていて、いずれガリマールで出版されるようだ、ということにも言及されています。
★発掘された草稿群の中でガリマールより刊行済なのは、『戦争』のほかに『戦争』の続編にあたるという『ロンドン(Londres)』(2022年10月刊)と、『クロゴルド王の意志/ルネ王の伝説(La Volonté du roi Krogold ; La Légende du roi René)』(2023年4月刊)があります。順次翻訳されていくことを望むばかりです。
★人文書院さんの新刊より3点。特筆したいのは、米国のフェミニズム理論家で物理学者のカレン・バラッド(Karen Michelle Barad, 1956-)の主著『Meeting the Universe Halfway: Quantum Physics and the Entanglement of Matter and Meaning』(Duke University Press, 2007)の全訳『宇宙の途上で出会う』です。帯文に曰く「思想界全体の物質への注目を導いた、ニュー・マテリアリズムの金字塔的大著。本書で提案されるのは、この宇宙のあらゆる物質をはじめ、空間、時間までもあらかじめ確定したものとして存在しているのではなく、関係する諸部分のもつれと内部作用から創発するという、新たな認識論、存在論といえる「エージェンシャル・リアリズム」である」。
★訳者あとがきでの説明によれば、「エージェンシャル・リアリズムは、私たちが「現実」と呼んでいるものは互いに作用しあう存在の動的可変的なネットワークであると考える「関係論的存在論」に属している。物理的に実在する「存在」は、あらかじめ確定した境界と性質をもつ個物ではなく、装置(一般にイメージされる科学実験の装置より広い意味を持つ)との相関によって生み出される「現象」である。この相関を言い表すのに、普通は「相互作用(interaciton)」という用語が使われるが、バラッドは、この言葉は関係項があらかじめ存在し、それが関係を取り結ぶことを含意しているとして、新たに「内部作用(intra-action)」という用語を作りだしている。内部作用は、関係に先立つ関係項を前提とせず、逆に関係そのものから関係項が生みだされることを表している。関係項は出発点ではなく、結果なのである。結果を生みだ原初の関係は、本書の副題にもある「もつれ」である」(482頁)。
★本書冒頭の「序文および謝辞」はこう始まります。「この本は「もつれ」についての本である。もつれあうことは、単に異なるものが結合することではなく、独立した自己完結的な存在などないことを意味する。存在は個の問題ではない。相互作用に先立って個が存在するのではなく、個はもつれの中から現れ、その一部として存在するようになるのである。これは、出現が、時間と空間という外的な尺度に従って起こる一回限りの出来事あるいはプロセスだという意味ではない。むしろ、時間や空間、物質や意味はそれぞれの内部作用によって存在するようになり、反復的に再構成されるのだ。そのため、創造と再生、始まりと回帰、連続と不連続、こことあそこ、過去と未来を絶対的な意味で区別することは不可能なのである」(11頁)。
★作品社さんの新刊より3点。特記しておきたいのは『現代語訳 墨夷応接録――江戸幕府とペリー艦隊の開国交渉』(作品社、2018年)の増補新版である『増補新版 現代語訳 墨夷応接録・英国策論』。帯文に曰く「幕末・維新に関する最重要史料でありながら一般にはほとんど知られることのなかった二書、初の現代語訳」。旧版『現代語訳 墨夷応接録』の注と解説が改訂され、英国の政治方針を記したアーネスト・サトウによる『英国策論』の日本語訳原文と現代語訳を新たに追加。『墨夷応接録』『英国策論』それぞれの解説と、附録として「日米和親条約」「下田追加条約」が併録されています。目次詳細は書名のリンク先をご確認下さい。編訳者の大阪学院大学教授、森田健司(もりた・けんじ, 1974-)さんによる『異国人たちの江戸時代』も同時刊行です。こちらは「異国人20名を取り上げ、その人生・時代背景・社会的立場・見聞録の性質を示し、証言を紐解く」もの(帯文より)。