★注目文庫新刊を列記します。
『音楽教程』ボエティウス(著)、伊藤友計(訳)、講談社学術文庫、2023年11月、本体1,360円、A6判384頁、ISBN978-4-06-533964-0
『精選訳注 文選』興膳宏/川合康三(訳注)、講談社学術文庫、2023年10月、本体1,520円、A6判500頁、ISBN978-4-06-533231-3
『シャドウ・ワーク』イリイチ(著)、玉野井芳郎/栗原彬(訳)、岩波文庫、2023年11月、本体1,100円、文庫判374頁、ISBN978-4-00-342321-9
『精神分析入門講義(下)』フロイト(著)、高田珠樹/新宮一成/須藤訓任/道籏泰三(訳)、岩波文庫、2023年11月、本体1,300円、文庫判482頁、ISBN978-4-00-336423-9
『帝国の構造――中心・周辺・亜周辺』柄谷行人(著)、岩波現代文庫、2023年11月、本体1,670円、A6判378頁、ISBN978-4-00-600470-5
『サピエンス全史――文明の構造と人類の幸福(上)』ユヴァル・ノア・ハラリ(著)、柴田裕之(訳)、河出文庫、2023年11月、本体990円、文庫判360頁、ISBN978-4-309-46788-7
『サピエンス全史――文明の構造と人類の幸福(下)』ユヴァル・ノア・ハラリ(著)、柴田裕之(訳)、河出文庫、2023年11月、本体990円、文庫判400頁、ISBN978-4-309-46789-4
★講談社学術文庫の先月と今月の新刊より1点ずつ。『音楽教程』は、古代ローマ末期の哲学者で著書『哲学の慰め』が名高いボエティウスの『De institutione musica』の訳書です。古代ギリシア以降の音楽理論をまとめた本書は、古典と言えども単行本で刊行されていたら高額になること間違いなしの専門書ですから、最初から文庫で出版されたのは奇跡的というか非常に素晴らしい判断ではないでしょうか。「音楽は“関係する数=比”にかんする学問なのである。この学問においては耳という感覚によって捉えられる音現象にというよりも、理性や知性によって把握され理解される関係性のほうに大きなプライオリティーが付与されている、という点も『音楽教程』内の重要な論旨である」(訳者解題、31頁)。
★『精選訳注 文選』は、『鑑賞 中国の古典(12)文選』(角川書店、1988年)の文庫化。「中国古典文学の集大成であり、中国文学の誕生とその進化を体現する、最古にして最大の詞華集」(カバー表4紹介文より)である『文選』全三十巻から「王粲、曹植、劉邦、李陵、陸機、曹丕、諸葛孔明などの秀作を厳選し、中国の古典文学研究の第一人者による充実した解説とともに全容を一望」するもの。『文選』は賦、詩、文章の名作がそれぞれ選ばれていますが、詩については近年、岩波文庫で現代語訳が全6巻で刊行されています。
★岩波文庫11月新刊より2点。『シャドウ・ワーク』は、オーストリア出身で南米などで活躍した思想家イヴァン・イリイチ(Ivan Illich, 1926-2002)の主著のひとつ。家事が好例であるような「市場経済を支える無払い労働」(カバー表1紹介文より)を論じ、現代社会の構造的問題を鋭く抉った名著です。1981年の原著刊行後、訳書としては岩波現代選書(1982年)~同時代ライブラリー(1990年)~特装版岩波現代選書(1998年)~岩波モダンクラシックス(2005年)~岩波現代文庫(2006年)と繰り返し再刊されてきましたが、いよいよ岩波文庫に落ち着いたということかと思います。巻末に「岩波文庫版解説」として栗原彬さんによる「ヴァナキュラーな生を求めて」が加えられています。
★『精神分析入門講義(下)』は、上下全2巻で完結。凡例によれば「本書の本文と訳注は、岩波書店刊『フロイト全集』(全22巻、別巻1)第15巻『精神分析入門講義』(2012年5月刊)を改訂し、必要な修正を加えたもの」で、下巻収録の「解説」は「全集第15巻収録の「解題」を改稿したもの」。帯表4の広告によれば、「岩波文庫で読むフロイト」の続刊予定として、『続・精神分析入門講義』道籏泰三訳、『夢解釈』新宮一成訳、の2点が予告されており、「ほか、順次刊行」とも記されています。楽しみですね。
★岩波現代文庫11月新刊より1点。『帝国の構造』は、2014年に青土社から刊行された柄谷行人さんの単行本の文庫化。文庫化に際し、「韓国語版への序文」(2016年4月)、佐藤優さんとの対談「柄谷国家論を検討する」(2025年1月)、そして「岩波現代文庫版へのあとがき」が加えられています。この新しいあとがきでは、佐藤さんとの対談について「現在のロシアとウクライナの戦争に繋がることになったウクライナ内戦について、またロシアの歴史と帝国の問題についても語られているので、併せて収録しておきたいと考えた」と述べておられます。
★河出文庫11月新刊より1点。『サピエンス全史』は、『21 Lessons』(2021年)と『ホモ・デウス』(上下巻、2022年)に続く、ようやくの文庫化。下巻には、2023年8月付けの著者自身による「文庫版あとがき――AIと人類」が付されています。新たな訳者あとがきはありませんが、従来の「訳者あとがき」の文中に補足として、本書の底本となった2014年の英語版の刊行後に追加された訂正・変更・改訂が「この文庫版に反映されている」と特記されています。つまり文庫版が現時点での決定版であると言ってよいでしょう。巻頭特記によれば、この文庫版は世界に先駆けて出版される、刊行十周年記念版であるとのことです。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『超人ナイチンゲール』栗原康(著)、シリーズ・ケアをひらく:医学書院、2023年11月、本体2,000円、A5頁並製272頁、ISBN978-4-260-05442-3
『八王子に隕ちた星――古文書で探る忘れられた隕石』森融(著)、ブックレット〈書物をひらく〉:平凡社、2023年11月、本体1,000円、A5判並製104頁、ISBN978-4-582-36470-5
『雨森芳洲の朝鮮語教科書――『全一道人』を読む』金子祐樹(著)、ブックレット〈書物をひらく〉:平凡社、2023年11月、本体1,000円、A5判並製112頁、ISBN978-4-582-36471-2
『増補 借家と持ち家の文学史――「私」のうつわの物語』西川祐子(著)、平凡社ライブラリー、2023年11月、本体2,200円、B6変型判並製496頁、ISBN978-4-582-76956-2
『余生の文学』吉田健一(著)、平凡社ライブラリー、2023年11月、本体1,700円、B6変型判並製256頁、ISBN978-4-582-76957-9
★『超人ナイチンゲール』は、アナキズム研究家の栗原康(くりはら・やすし, 1979-)さんによる書き下ろしで、異色のナイチンゲール伝。目次詳細の確認と「はじめに」の立ち読みが、書名のリンク先で可能です。「国家にケアをうばわれるな。ナイチンゲールの遺言だ」(256頁)。「ケアの炎をまき散らせ。看護は芸術である。集団的な生の表現である。看護は魂にふれる革命なのだ」(254頁)。ブレイディみかこさんの推薦文には「このナイチンゲールは、ごっついぞ」とあります。同書を含む医学書院のシリーズ「ケアをひらく」は、第73回「毎日出版文化賞」(企画部門)を受賞しています。新刊が出るたびに、書店の医学書売場だけでなく人文・社会書売場でも大きな注目を集め続けているシリーズです。
★平凡社のブックレット〈書物をひらく〉より2点。第30弾『八王子に隕ちた星』は、1817年に八王子に落下した隕石(落下中の目撃談では「火球」)をめぐる古文書をひもとき、この事件の真相に迫るもの。第31弾『雨森芳洲の朝鮮語教科書』は、対馬藩の藩儒だった雨森芳洲(あめのもり・ほうしゅう, 1668-1755)が作成した、韓語通詞(韓国語通訳)養成用の教科書『全一道人』を紹介し、そこに表れた芳洲の思想を読み解くもの。
★平凡社ライブラリーの11月新刊は2点。『増補 借家と持ち家の文学史』は、仏文学者・女性史家の西川祐子(にしかわ・ゆうこ, 1937-)さんが1998年に三省堂より上梓した単行本版に、書き下ろしの第4章「文学は、大河から海へ向かう」を加えた増補版。この増補版では巻頭の「本のはじめに」に「続きの、続きの、続き――増補版のはじめに」という追記が加わり、巻末には東京経済大学教授の戸邉秀明さんによる解説「民衆史の革新者としての西川史学」が付されています。『余生の文学』は評論家の吉田健一(よしだ・けんいち, 1912-1977)さんが1969年に新潮社より上梓したエッセイ集の再刊。帯文に曰く「古今東西の作品を自在に渉猟して綴る文学論、文章論、そして人生論」。巻末解説「生きている言葉の文学」は随筆家の宮崎智之さんによるもの。