★まず注目文庫新刊および既刊。岩波文庫が分冊ものが多いので続刊を待ちつつようやく取り上げる次第です。
『天球回転論――付 レティクス『第一解説』』ニコラウス・コペルニクス(著)、高橋憲一(訳)、講談社学術文庫、2023年7月、本体1,330円、A6判392頁、ISBN978-4-06-532635-0
『精選 神学大全 1 徳論』トマス・アクィナス(著)、稲垣良典/山本芳久(編)、稲垣良典(訳)、岩波文庫、2023年7月、本体1,500円、文庫判538頁、ISBN978-4-00-336213-6
『開かれた社会とその敵 第1巻 プラトンの呪縛(上)』カール・ポパー(著)、小河原誠(訳)、岩波文庫、2023年2月、本体1,370円、文庫判514頁、ISBN978-4-00-386025-0
『開かれた社会とその敵 第1巻 プラトンの呪縛(下)』カール・ポパー(著)小河原誠(訳)、岩波文庫、2023年4月、本体1,300円、文庫判448頁、ISBN978-4-00-386026-7
『開かれた社会とその敵 第2巻 にせ予言者――ヘーゲル、マルクスそして追随者(上)』カール・ポパー(著)、小河原誠(訳)、岩波文庫、2023年7月、本体1,430円、文庫判552頁、ISBN978-4-00-386027-4
『精神の生態学へ(上)』グレゴリー・ベイトソン(著)、佐藤良明(訳)、岩波文庫、2023年4月、本体1,050円、文庫判364頁、ISBN978-4-00-386029-8
『精神の生態学へ(中)』グレゴリー・ベイトソン(著)、佐藤良明(訳)、岩波文庫、2023年6月、本体1,100円、文庫判398頁、ISBN978-4-00-386030-4
『人間の知的能力に関する試論(上)』トマス・リード(著)、戸田剛文(訳)、岩波文庫、2022年12月、本体1,500円、文庫判632頁、ISBN978-4-00-386023-6
『人間の知的能力に関する試論(下)』トマス・リード(著)、戸田剛文(訳)、岩波文庫、2023年3月、本体1,680円、文庫判662頁、ISBN978-4-00-386024-3
『我々はどのような生き物なのか――言語と政治をめぐる二講演』ノーム・チョムスキー(著)、福井直樹/辻子美保子(編訳)、岩波現代文庫、2023年5月、本体1,260円、A6判254頁、ISBN978-4-00-600465-1
『越境を生きる――ベネディクト・アンダーソン回想録』ベネディクト・アンダーソン(著)、加藤剛(訳)、岩波現代文庫、2023年4月、本体1,670円、A6判382頁、ISBN978-4-00-600464-4
★講談社学術文庫より1点。『天球回転論』は「全6巻のうち、地球の運動について記した第1巻と、コペルニクスの説〔地動説〕を初めて世に知らしめた弟子レティクスの『第一解説』の本邦初訳を収録」(カバー表4紹介文より)。第1巻は『完訳 天球回転論――コペルニクス天文学集成』(みすず書房 2017年)からの採録。文庫化にあたり訳者による「学術文庫版まえがき」が巻頭に付されています。
★岩波文庫より4点8冊。『精選 神学大全』は全4巻。第1巻は「人間論の中核「徳」論を収める」(カバーソデ紹介文より)。第2巻は法論(稲垣良典訳)、第3巻は人間論(山本芳久訳)、第4巻は神論とキリスト論(山本芳久訳)となります。凡例によれば第1巻と第2巻は創文社版『神学大全』第11冊、第13冊、第14冊からの転載で、「文庫化にあたっては稲垣が一部改訂を行った」とあります。第3巻と第4巻は山本さんによる新訳とのことです。なお、創文社版『神学大全』全45巻セットはオンデマンド版で現在も入手可能です。
★『人間の知的能力に関する試論』全2巻は、18世紀スコットランドの哲学者トマス・リード(Thomas Reid, 1710-1796)が1785年に刊行した『Essays on the intellectual power of man』の翻訳。帯文に曰く「ヒューム、バークリらが陥る懐疑主義的傾向を「常識」に基づいて批判する」。リードの既訳書には『心の哲学』(朝広謙次郎訳、知泉書館、2004年;原著1764年『Inquiry into the human mind on the principles of common sense』)があります。
★『開かれた社会とその敵』は全4冊。既刊は7月時点で第1巻上下巻と第2巻上巻。「全面新訳」(版元紹介文より)による文庫化。未來社版全2巻(小河原誠/内田詔夫訳、1980年)は英語版からの翻訳だったかと記憶しますが、今回の新訳はドイツ語版からのもの。文庫化の経緯については続刊となる第4分冊の「訳者あとがき」で明らかになるかと思われますが、ドイツ語版についての説明は凡例に書かれています。「本訳書が底本としてドイツ語版は、ポパー自身が監修したドイツ語訳に、かれがみずから加えた変更(これは、1992年までおよんだ)を反映させ、さらに各種の引用文献についてドイツ語版の編者キーゼヴェッターが再調査し、誤りなどを訂正し、文献的に遺漏がなく正確であることを期して修正した版である。このドイツ語版が事実上の最終確定版であると考えられる」。ドイツ語訳は高名な科学哲学者ポール・ファイヤーアーベント(Paul Karl Feyerabend, 1924-1994;岩波文庫版では「パウル」と表記)によるもの。
★『精神の生態学へ』は全3冊。既刊は6月時点で上中巻。来月8月に下巻発売と聞いています。本書はベイトソンの主要論文を集成したもので、原著は1972年刊。親本である訳書は『精神の生態学』で、思索社版上下巻(上巻:佐伯泰樹/佐藤良明/高橋和久訳、1986年;下巻:佐藤良明/高橋和久訳、1987年)、思索社合本改訂版(佐藤良明訳、1990年)、新思索社改訂第2版(佐藤良明訳、2000年)と、幾度となく再刊されてきました。新思索社の廃業に伴い入手不可能となっていましたが、同じく佐藤さん訳で思索社刊行の『精神と自然』に続き、岩波文庫で読めるようになりました。
★岩波現代文庫から2点。『我々はどのような生き物なのか』は、チョムスキーが2014年3月に上智大学で行なった来日講演2本「言語の構成原理再考」「資本主義的民主制の下で人類は生き残れるか」をまとめ、編訳者によるインタヴューを付した単行本(岩波書店、2015年)の文庫化。巻末特記によれば「改めて本文を検討し、相当量の加筆修正を行」い、「岩波現代文庫版編訳者あとがき」を付したとのことです。
★『越境を生きる』は副題にある通り、米国の比較政治学者ベネディクト・アンダーソン(Benedict Richard O'Gorman Anderson, 1936-2015)の回想録。2009年にNTT出版より刊行された『ヤシガラ椀の外へ』の改題文庫化です。もともとアンダーソン自身に執筆依頼したオリジナル原稿の翻訳書で、英語版はその後2016年に刊行されています。文庫化にあたり、新しい訳者まえがきと追悼文を兼ねた訳者あとがきが加えられています。訳文は見直され、「一部の訳語や記述の誤りを修正」したとのことです。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『見知らぬ日本』グリゴーリー・ガウズネル(著)、伊藤愉(訳)、境界の文学:共和国、本体2,600円、四六変型判上製228頁、ISBN978-4-907986-87-2
『現代語訳 源氏物語 三』紫式部(著)、窪田空穂(訳)、作品社、2023年7月、本体2,700円、46判並製376頁、ISBN978-4-86182-965-9
『現代思想2023年8月号 特集=裁判官とは何か――家庭から国家まで…法と社会のはざまから問う』青土社、2023年7月、本体1,600円、A5判並製238頁、ISBN978-4-7917-1449-0
『芸能の力――言霊の芸能史』笠井賢一(著)、藤原書店、2023年7月、本体3,000円、四六判上製368頁、ISBN978-4-86578-391-9
『存在を抱く』村田喜代子/木下晋(著)、藤原書店、2023年7月、本体1,800円、四六上製280頁+口絵4頁、ISBN978-4-86578-393-3
★『見知らぬ日本』は「20歳のロシア青年による、100年前の日露文化交流。メイエルホリド劇場から派遣された若き演劇人は、およそ半年間の日本滞在で、何を見て、何を体験したのか。幻の日本紀行、本邦初訳」(帯文より)。原著は1929年刊。
★『現代語訳 源氏物語 三』は全4巻の第3巻目。「藤裏葉」から「竹河」までを収録。第4巻は9月刊行予定とのことです。
★『現代思想2023年8月号 特集=裁判官とは何か』は版元紹介文に曰く「人が人を裁くとはどういうことか。〔…〕裁判官という存在を通じて〈裁き〉をめぐる問いに臨みたい」。木庭顕「裁判官の良心」をはじめ、論文17本、討議1本を収録。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。
★藤原書店さんの7月新刊は2点。『芸能の力』は演出家の笠井賢一(かさい・けんいち, 1949-)さんが「伝統芸能と現代演劇を繋ぐ実践の中で掘り下げてきた、“いのちの根源にあるもの”としての芸能を描く」(帯文より)。『存在を抱く』は芥川賞作家の村田喜代子(むらた・きよこ, 1945-)さんと画家の木下晋(きのした・すすむ, 1947-)さんが2022年10月と2023年1月に計3回対談したその記録をまとめた、味わい深い一冊。
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【雑記21】
日販グループホールディングスが7月24日に「日販グループESGレポート2023」を発表した。レポートはリンク先からPDFをダウンロードできる。「出版流通改革レポート」と併せて、出版人も書店人もお目を通されたい。同グループの経営理念を読み解くうえで「ESGレポート」は参考になる。
内閣府によればESGとは「Environment:環境、Social:社会、Governance:ガバナンス:企業統治、を考慮した投資活動や経営・事業活動を指す」。総論としてはその意義について理解できないわけではない。しかしレポートにはどうも曖昧かつ茫洋とした表現に感じる部分がある。3つ指摘しておきたい。今日は長々とは書かず、要点のみにしておく。
最初の2つは、グループの代表取締役社長の吉川英作氏の「トップメッセージ すべての人の心に豊かさを届ける―“やさしいみらい”を新たな文化に―」に関してである。同グループの経営理念は「人と文化のつながりを大切にして、すべての人の心に豊かさを届ける」というもので、トップメッセージもこれに則っているが、この「豊かさ」という文言があまりにもぼんやりしすぎている。心に届ける豊かさとはいったい何だろうか。しかも「すべての人の」と言うけれど「すべての人」とは誰のことなのか。「やさしいみらい」のやさしさとは。
吉川氏がCCCとの合弁会社MPDに関わってきた経歴が影響しているのだろうか。近年の日販はCCCと同様にやけにふんわりした言葉遣いをすることがある。そのひとつが「ライフスタイルの提案」だ。より良い社会を目指して貢献していこうという意図なのかもしれない。そうであるにせよ「ライフスタイル」という言葉が往々にして便利すぎる働きをすることに留意すべきだろう。より良い社会をめざしながらその実、手っ取り早い自己満足と政治的現状追認という要素をそれは秘めている。羊の群れを愛撫するためにはもってこいである。
ふたつめ。吉川氏はメッセージ内で「業界一丸となって取り組むべき最大の課題は、返品問題ではないでしょうか。送品を100としたときに、その内40近くが返品されるというのは明らかなムダであり、そのムダをなくすことは、プロフィットを生み出すだけでなく、地球環境への配慮、労働環境改善、どちらにも資するものです。これはきっと、業界共通のパーパスになると思います」と書いている。レポート全体を覆うカタカナ言葉の多用にはいささか過剰なものを感じる。しかし言葉遣いはこの際、脇に置こう。
気になるのは「明らかなムダ」と言われている返品率についてである。他人事のように響くし、十把一絡げにすぎる。「明らかなムダ」と言う割には「なぜ売れなかったのか」をめぐる事例分析を省略してしまってもいる。一方で出版社や書店にとっても、取次に対して「ムダ」と思っていることは色々とある。残念ながら、「共通のパーパス」というにはまだ遠く、三者間では意識がいまなおすれ違っているというのが現実ではないだろうか。経営陣は取引書店や取引出版社をすべて回って、まずは現場の肉声に真摯に耳を傾けてみたらどうか。「人とのつながりを大切にする」ならそうした方がいい。「共通のパーパス」とまでは単純化できないだろう。
みっつめ。2023年4月25日付「文化通信」記事「トリプルウィンから20年余 出版流通改革とESG」が、レポートのデータ集のひとつとして転載されている。これは吉川氏へのインタヴューである。そもそもこうしたざっくばらんな内容を業界紙のみに語ったというのは、取引先にとっては噴飯物でしかない。それでも遅まきながら有料記事だったものを読めるようにしたのは評価したい。ついでに、今日配信されたばかりの有料記事である、7月30日付「日本経済新聞」記事「日本出版販売社長「裸の対話、会社変革の一歩」――リーダーの肖像 奥村景二社長」もデータ集に加えてもらいたい。
吉川氏は聞き手の星野渉記者の質問「書店の今後についてはいかがでしょうか」にこう答えている。「書店はコミュニティー化するしかないと思います。〔…〕イートインやトイレなどのインフラが整っているコンビニに本の売り場を作ることで、地域コミュニティーとして老若男女の憩いの場になります。〔…〕コミュニティーの主役は書店ではないかと考えています。憩いとか潤いとか、生きていく楽しみということでいうと、まだまだ本には魅力があると思うので、書店が地域コミュニティーセンターになるべきなのです」。
この「コミュニティー化」や「憩いの場」は今のところ願望に留まらざるをえない。若者がコンビニの駐車場でたむろしたり、老人が友人たちと公園のベンチで雑談して過ごしたり、消費行動とは別の過ごし方をできる場所こそが「憩いの場」だ。コンビニはそうした長時間滞在だったり「買わない」過ごし方にはなじまない。吉川氏は「日販グループの書店も、地域密着型にして、地域を支えていく方向を目指しています」とも言うが、今のところ「地産地消」や「地域の行政とか学校と絡んだ品揃え」という標語は、コニュニティという名の仮面をかぶったビジネスの域を出そうもない。
心に豊かさを届けたいならば「豊かさとは何か」についていったん自分の仕事から切り離して自問した方がいい。自分自身が本当にコンビニ一体型書店にいたいと思うかどうか、そしてそこで憩いと潤いを得られそうかどうか、想像してみればいい。少なくとも私には無理だ。そこは私にとって居場所ではないし、「生きている楽しみ」を感じる空間でもなく、交流を楽しめるような豊かな場所でもない。ただの「買い物をする場所」だ。そもそも「人と文化とのつながりを大切にする」という経営理念は何のため、誰のためにあるのか。提供者の側からではなく受益者の側から捉え直す必要がある。外側から眺め、スタートラインよりもさらに一歩下がって、各人が素顔の自分に問うてみることだ。
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