Quantcast
Channel: URGT-B(ウラゲツブログ)
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1277

注目新刊:『ゲンロン14』、ほか

$
0
0
_a0018105_05492208.jpg

★ここ最近出会った新刊を列記します。

『ゲンロン14』ゲンロン、2023年3月、本体2,200円、A5判並製260頁、ISBN978-4-907188-48-1
『現代思想2023年4月号 特集=カルト化する教育――新教科「公共」・子どもの貧困・学校外教育』青土社、2023年3月、本体1,600円、A5判並製246頁、ISBN978-4-7917-1444-5『なぞること、切り裂くこと――虚構のジェンダー』小平麻衣子[著]、以文社、2023年3月、本体2,800円、46判上製304頁、ISBN978-4-7531-0372-0
『「論争」の文体――日本資本主義と統治装置』法政大学大原社会問題研究所[編著]、長原豊/ギャヴィン・ウォーカー[編著]、法政大学出版局、2023年3月、本体4,800円、A5判上製430頁、ISBN978-4-588-62546-6
『初山滋 見果てぬ夢』ちひろ美術館[編]、平凡社、2023年3月、本体2,300円、B5変型判並製144頁、ISBN978-4-582-20730-9

★特記したいのは『ゲンロン14』。新出発号です。編集長の東浩紀さんが編集後記でこう書いておられます。「ふたたび編集後記を書くことになった。今号より編集方針を変えたかただ。頁数を抑え、年二回刊行にした。内容も硬軟のバランスを意識した。手に取りやすくなったのではないかと思う。/本誌は2015年に創刊した。最初は年三回発行だったのだが、19年から頁数が増え始め、いつのまにか年一度の刊行が体力的に限界になってしまった。今回は初心に帰るリニューアルだ。気がつくと大艦巨砲主義になるのはぼくの宿痾で、古くからの読者は『日本2.0』という異形の号を記憶しているだろう。あの出版から社の経営が傾いた。二度目の失敗をしないよう戒めたい」と。『日本2.0』というのは『ゲンロン』誌(2015年12月創刊)の前身である「思想地図β」の第3号(2012年7月刊)。A5判で本誌628頁に付録で小冊子24頁がついていました。現在は品切ですが、株式会社ゲンロンが出版した雑誌のなかでは最重量クラスの一冊でした。

★大艦巨砲主義からの脱却や、硬軟のバランス意識というのは重要です。風を読んだ判断であり、共感を覚えます。講談社が2022年9月にスタートさせた「現代新書100」にも共通していますが、人文系のコンテンツをコンパクトにまとめるということ、積極的な意味で〈柔らかな多様性〉を取り込むということ、これらの課題は現代の読者へのさらなるアプローチとして前向きに捉えて工夫すべきものです。軽薄短小という風に卑下するのではありません。初心者と重厚長大の橋渡しにはもっと細かいグラデーションがあっていい。ラストワンマイルへの挑戦は物流のみの課題ではなく、編集者の課題でもあるわけです。

★『ゲンロン14』の目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。手に取って頁をめくれば、硬軟のバランスへの取り組みがまさに始まりつつある、と感じます。表紙表4に引用されている「無力感を感じる暇があったら、手を動かした方がいい。まさに「さあ、描けよ」ですね」という言葉は、浦沢直樹さん、さやわかさん、東浩紀さんの座談会「「さあ、描けよ」――ロック、マンガ、テーマパーク」からの浦沢さんの発言。この座談会は2022年10月15日にゲンロンカフェで行われたもので、シラスのゲンロン完全中継チャンネルで配信された、浦沢直樹×さやわか×東浩紀「戦後日本とマンガ的想像力──万博、五輪、テロ」を編集改稿したもの。前後の話の流れを確認していくと、次のようになります(166頁)。

【東】〔…〕ぼくはこういう職業なので、中心もなければ正史もなく、なにを発言しても砂漠に水を撒くようにネットに吸い込まれていく現状に無力感を感じたりもするのですが……。
【浦沢】自分が責任をもってできるのは、結局は自分の仕事だけです。無力感を感じる暇があったら、手を動かした方がいい。まさに「さあ、描けよ」ですね。ぼくはそう割り切っているので、楽観的にみえるんだと思います。/漫画家は完全に自由な職業なんです。ただしその自由とは、「自由に休める」ことではなく、「自由にいくらでも働ける」ことでもある(笑)。いまの時代だと、ふつうに会社に勤めていたら超過労働は法律違反なので雇用者に止められてしまう。けれども、東さんはわかると思うけど、自分で会社を経営していればどれだけ働いてもだれも止めることができない。好きなことを好きなだけやることができる。それこそが自由です。そのなかで各人が各人の道標を心のなかにもてばいい。
【東】漫画以外の業界にどうやったら応用可能なのか、考えてしまいますね。
【さやわか】無粋を承知でお聞きしますが、とはいえ体を壊すまで働いてはまずいのではないでしょうか。
【浦沢】水木しげる先生は90歳を超えても現役でした。彼の仕事場には「無為に過ごす」というスローガンが張ってありました。漫画家には無為に過ごすことがありえないので、逆に自分に言い聞かせていたんでしょうね。

★長い引用になりましたが、三氏の発言はそれぞれ重要です。自由にいくらでも働けるということを、ブラックだからダメというのは簡単です。現代のコンプライアンス(法令遵守)意識には実は暗黒面もあるのだということを知る必要あります。また、好きなことを好きなだけやる、という実践は、労働を集団への隷従から解放して個々人の喜びに転換しうる、個人としても社会としてもそのポテンシャルを最大限に引き出しうる方法です。むろん、好きなだけ、とは言っても個人でその持続可能時間は異なるでしょう。短期戦が得意な人もいれば、長期戦に向いている人もいる。ただ、職業としてそれが生涯続くなら存外にしんどいことです。好きなことが嫌いになるリスクもある。心身ともに擦り切れることも覚悟しなければならない。だとすれば、逝去する半年前にも雑誌連載を始めていた水木さんの「無為に過ごす」という心得は、怠け者の言い訳どころの話ではまったくないわけです。これは、労働と遊びをどう融合させるかという、真剣な問いに繋がります。

★上記の引用に関連して、162頁から163頁の三氏のやりとりもぜひとも参照しておきたいところですが、またしても長くなるのでやめておきます。私なりに意を汲んだところを記しておくと、漫画家が時として予言的な表現力を発揮するのは、考えるだけではだめで手を動かしているいるから。手を動かし続けていくことで時代と共振する。そしてその実践には「自分だけではなにも変えられなくても、受け継いだひとが世界を変えるかもしれない」(東)という希望が根底にある。絶望するほかないように見える暗い時代にも、もがきつづけることの大切さがある。

★続いて、これまで言及できなかった注目既刊書を列記します。いずれもキリスト教神学の古典です。

『カテナ・アウレア――マタイ福音書註解(上)』トマス・アクィナス[著]、保井亮人[訳]、知泉学術叢書(23):知泉書館、2023年2月、本体7,000円、新書判上製888頁、ISBN978-4-86285-380-6
『聖霊と神のエネルゲイア』グレゴリオス・パラマス[著]、大森正樹[訳]、知泉学術叢書(22):知泉書館、2023年2月、本体6,500円、新書判上製708頁、ISBN978-4-86285-378-3
『オリゲネス 創世記説教』小高毅/堀江知己[訳]、日本キリスト教団出版局、2023年2月、本体3,200円、A5判上製270頁、ISBN978-4-8184-1125-8
『キリスト教教父著作集(10)オリゲネス(5)ケルソス駁論(Ⅲ)』出村みや子[訳]、教文館、2022年12月、A5判上製函入290頁、ISBN978-4-7642-2910-5
『キリスト教教父著作集(9)オリゲネス(4)ケルソス駁論(Ⅱ)』出村みや子[訳]、教文館、1997年2月、本体4,700円、A5判上製函入316頁、ISBN978-4-7642-2909-9
『キリスト教教父著作集(8)オリゲネス(3)ケルソス駁論(Ⅰ)』出村みや子[訳]、教文館、2016年1月(オンデマンド版;初版1989年9月)、本体3,500円、A5判並製230頁、ISBN978-4-7642-0327-3

★特筆しておきたいのは先月刊行のオリゲネスの二冊。聖書の「字義的歴史的、倫理道徳的、霊的神秘的解釈」(帯文より)を示した『創世記説教』は、2018年5月刊『イザヤ書説教』堀江知己訳、2021年4月刊『サムエル記上説教』小高毅/堀江知己訳、に続く、オリゲネスの説教書の第三弾。「哲学者ケルソスの『真正な教え』への弁明として書かれ、2~3世紀の護教運動の頂点」(帯文より)となった『ケルソス駁論(Ⅲ)』は、1989年の刊行開始から実に30余年を閲しての嬉しい完結です。現在も刊行中の「キリスト教教父著作集」(全22巻予定)の第一回配本が、ほかならぬ『ケルソス駁論(Ⅰ)』でした。同著作集では、オリゲネスの『原理論』も二分冊で刊行されることになっています。『ケルソス駁論(Ⅰ)』の89年当時の巻末広告によれば、水垣渉(みずがき・わたる, 1935-:京都大学名誉教授)さんのお名前が訳者として記載されていました。

★オリゲネス・アダマンティウス(Origenes Adamantius, c.185-c.253)は、エジプトのアレクサンドリアに生まれ、フェニキアのティルスで没したと伝えられる、古代キリスト教最大の神学者。主著の『諸原理について』を含む訳書の多くは小高毅(おだか・たけし, 1942-)さんに翻訳で創文社の「キリスト教古典叢書」に収められていましたが、一昨年の創文社の解散により入手不可となっています。同叢書はまだ講談社の「創文社オンデマンド叢書」には入っていません。可能なものは講談社学術文庫で、難しいものは他社が引き取るかオンデマンドで、全点が復活することを祈るばかりです。

★なお、講談社の採用で「創文社オンデマンド叢書」や、共同開設で「講談社学術文庫大文字版オンデマンド」の販売サイトを手掛けているセルン株式会社は、「注文に応じて印刷・製本を行うPOD(プリント・オン・デマンド)方式で書籍を販売するECサイトを開設できるサービス『BookStoreS.jp』を開発する企業」で、「『BookStoreS.jp』では、印刷用データを登録するだけで書籍の販売・印刷・製本から決済・発送まで一括して行うことができるECサイトを開設できるサービス」を展開しています。2018年11月設立。事業内容は「デジタルプリント・オンデマンド・サプライチェーンプラットフォームの企画・開発・運用」と「上記プラットフォームと連携するプロダクト及びサービスの開発・販売・運用」となっています。母体は、埼玉県の三芳町に本社を構える出版物流倉庫会社の株式会社ニューブック(1965年設立)。同社の社長を務める豊川竜也さんがセルンの代表取締役も兼任されておられます。

★「BookStoreS.jp」についてはニューブックの2018年11月2日のトピック「株式会社講談社様に「BookStoreS.jp」をご採用いただきました!」で「誰でも簡単に自分だけのネット書店を持てる」サービスと紹介されています。「BookStoreS.jp」のサイトでは、「だれでも簡単に、自分だけのオンライン書店を開設できます。ノーコードで、簡単にオンライン書店を開設でき、印刷データを入稿すれば、在庫を持たずに1冊からプリントオンデマンドで印刷製本、販売、配送まで可能です」と自己紹介されています。導入費用や管理費が0円で「無料でストアを開設」できるのだとか。その他の費用ですが「1冊から高品質で安価なプリントオンデマンド、モノクロ1.8円/P~、カラー4.0円/P~」「印刷用PDF・ePUBデータ作成も対応可能、底本スキャン2980円~、フィルムAI高解像度データ化350円/P~」「スキャン用底本が2冊あれば、印刷用PDFデータ、電子配信用ePUBデータの作成代行でき、作成したデータは、他社サービスでの活用も可能です。版下ネガポジフィルムしかなくても問題ありません。独自開発したフォト撮影方式によるAI高解像度データ化プログラムにて、作品を現代に蘇らせます」とのこと。関心のある方は同社の料金表をご覧になって下さい。

+++
【雑記5】※

アマゾン・ジャパンの書籍販売での「新品」の基準が、出版界の従来の認識とは大きく異なっている。順を追って具体的に説明しよう。

たとえば月曜社の場合、星野太さんのデビュー作『崇高の修辞学』を久しぶりに重版し、事前にご注文をいただいた書店さん分の取次出荷を先週より開始した。取次には同書の在庫ステータスが「在庫あり」である旨、更新情報も送付している。アマゾンは日販をメインにして、同社の王子流通センターのウェブセンターから商品調達を行う。ということはウェブセンターから出版社に発注がないかぎり、アマゾンも調達できない。ウェブセンターからはごく少数の発注が断続的にあるものの、現時点では供給不足であり、アマゾンでの『崇高の修辞学』は「1点在庫あり」と「一時的に在庫切れ; 入荷時期は未定です。 在庫状況について。注文確定後、入荷時期が確定次第、お届け予定日をEメールでお知らせします」のあいだを揺れ動いている。

この文章を書いている時点では「一時的に在庫切れ」だが、今まで何度も説明してきた通り、それは「版元品切」を意味するのではなく、「アマゾンが在庫を持っていない」という意味である。そして、今回の話の場合に注目して欲しいのは、アマゾンの単品頁の「カートに入れる」の直下にある記載である。「一時的に在庫切れ」の本ではあるが、PC用の表示では「この商品は、Amazon.co.jp が販売、発送します」と書いてある。スマホ用の表示では、「出荷元 Amazon.co.jp」「販売元 Amazon.co.jp」である。出荷と販売が両方ともAmazon.co.jpならば一応は安心なのだが、片方ないし両方がアマゾンではない場合は、要注意である。片方というのは、出荷元がアマゾンでも販売元が出品者の場合である。

PC版では値段表示の下に「¥3,960 より 3新品」とある。スマホ版ではカートや出荷販売表示の下に「Amazonの他の出品者」「新品(3)点を比較する」となっている。値段は正しい定価であり、これ自体は問題ない。問題は3新品の内訳である。新品を出品しているのは、アマゾンのほかは、「大垣書店オンライン 京都」(32件の評価、過去12か月間で94%が肯定的)と、頭文字「W」(247件の評価、過去12か月間で74%が肯定的)の2件である。

大垣の出品コンディションは「新品」とのみ記載されている。Wの方は「新品、未使用品です」とあり「タイミングにより店舗在庫がない場合が御座います。その場合、出版社よりお取り寄せとなりますので出荷まで通常1~14営業日ほどのお時間をいただいております」とも書いてある。はっきり言っておこう。出版社がメーカーとして「新品」と言いうるのは、取引のある取次を経由した新刊書店が扱うもののみである。それ以外の出品者が「新品」を謳うのは不適切なのだ。そうした出品者は調達先がはっきりしていない。単に新刊書店から買ったものを自分は読んでいないからと言って「新品」と称して販売したとしても、それは一度人の手に渡ったものであるから当然「中古品」であるし、せいぜい「未使用品」と言える程度である。そこをアマゾンは分かっていないし、規制もロクにできていない。

大垣書店は新刊書店であるので問題はないが、Wの方は藤沢市内のマンションを住所に記載しており、古物商許可証番号を取得しているので、普通に考えれば新刊書店では「ない」。そしてこの出品者は、当該書籍を¥11,484 税込で「新品」と称して出品している。定価の約三倍の値段である。新刊書店は取次との契約により、定価通りに販売する。しかしこの出品者は三倍の値段を付けている。この出品者がもし取次から新品を調達しているなら、これは重大な再販制違反である。そしてこうした事例は恐ろしいくらい、巷での話題にはめったにあがらない。

アマゾンの利用者はすでにご存知かと思うし、ご存知ないならばぜひとも知っておいてほしいが、こうした定価無視の高額出品者は実際のところたくさんいる。出版社が在庫を持っているのに、アマゾンおよび書籍のファーストカスケード(第一の調達先)である日販やセカンドの楽天ブックスネットワークが版元に発注しない場合、こうしたニッチを狙う高額出品者が出てくる。もうお分かりだろう。彼らはいわゆる「転売屋」なのである。アマゾンの出品者プロフィールにある「フィードバック」欄つまり評価欄を見れば、こうした出品者の実情を見抜いているだろう人々による複数のコメントを確認することができる。ちなみにWの運営責任者の名前を検索すると、ココナラで「丸パクリOK!初心者に試してほしい副業を伝授します【最終手段】コピペが出来ればOK!効率の良い半自動収入を構築」という教材を3000円で売っている人物が出てくる。総販売実績は6件とある。「メンターから教わった手法です」とも書いてある。

もうひとつ書いておくと、Wはおそらく現時点では最新重版分の在庫は持っていない可能性がある。Wの出品者名や販売業者名、運営責任者名が記載された客注はこれまで確認できない。在庫を持っていない商品を売るのはアウトである(評価欄には取引した顧客から空売りや無在庫転売を指摘する声が複数ある)。もし持っていたとしてもそれは重版実績から言って何年も前に発行されたものであり、出版社の倉庫以外の場所で第三者が保管していたわけなので、版元としてはそれを新品とはとうてい保証できない。アマゾンはそもそも無在庫販売を禁止しているが、実際のところ在庫証明書を提出でもさせない限り、ルールとしてはザルである。大垣書店については京都市内の店舗から事前発注があった。同チェーンの店舗在庫検索を掛けると「在庫有」と表示される。

繰り返すように、定価で買える商品を「新品」と称して高額で売りつけようとする出品者は多数いる。そしてそうした高額転売をアマゾンは結果的に許容してしまっている。こうした出品が減らない原因のひとつは、アマゾンのガイドラインが厳密ではないからだろうし、審査も監督も不十分とは思えないからである。そしてそこに付け込む出品者がいるからである。こうした転売屋はよく需要と供給が云々と、それらしい言い訳をするが、単純な話、定価で買える版元在庫ありの商品を安易に高額出品するような人物から買えば、買う方が損をするのである。アマゾンはもはや安全に買い物ができるサイトではなくなっているのだ。そして恐ろしいことに、損をしていることに気づいてすらいない買い手もいるようだ。

「転売ヤー 言い訳」で検索すると実に様々な言い訳が出てくるが、中でも参照した方がいいかもしれないのは、「知識共有プラットフォーム」として知られる「Quora(クオーラ)」に投稿された質問「「転売屋のせいで買えない」という人がいますが、逆に言えば、転売屋のおかげで「買える」なのに、転売屋を叩いている人はどういう論理なのでしょうか?」に対する二宮健二氏らの回答だろう。ここで二宮氏は「個人的には、転売で問題なのは、転売屋から購入した商品は「中古品」「非正規販売店からの購入」扱いになり、サポートや返品交換対応等が受けられなくなる点も挙げられると思います」と最初に述べている。まったくその通りである。


それに、当該書目については、転売屋から高額商品を買わずとも、定価で新刊書店で購入できる。くだんの出品者の自己紹介頁には「在庫希少商品については表示価格が定価を上回る場合がございますが、これは市場に商品が全くないために発生いたします。この考えに賛同できない方のご購入はお断りしております」とある。「市場に商品がまったくない」というのは本件の場合、端的に間違いである。繰り返すが、当該書籍は新刊書店の店頭で売られている。出品した当初は市場に在庫がなかった、という言い訳も通用しない。そもそもこの出品者はそこまで市場を把握していないし、版元在庫も知る由がない。この出品者の入手ルートが分かったら、版元としてはそこへの当該商品の出荷を停止することになるだろう。

転売屋は、出版社からの直接購入のほか、新刊書店の店頭ないし外商から購入するか、よしんば取引口座を持っていたとして二次取次(一次取次からの仲間卸)で購入するか、いずれにせよ書籍の入手ルートは限られている。出版社と書店から購入した場合、それを売りに出すなら「新品」ではなく「中古品」である。一次であれ二次であれ取次から購入した場合、それを定価販売しなかった場合は、再販制違反となる。つまりどちらにしても問題は生じているのだ。そのうえそれが無在庫販売ならば、アマゾンの規約違反である。さらに仕入時の支払方法を後払にして商品を調達し、その代金を支払う前に販売して利益を得るなら、それはいわゆる「後払詐欺」であり、警察に逮捕される。実際、過去に逮捕者が出ている(産経新聞2017年7月28日付記事「通販サイト、虚偽名義で注文し転送…商品詐取容疑で4人を逮捕 40社で1200件か」)。

この件について出版社が押し黙っているならば、それは不気味である。かつて私はジャーナリスト横田増生氏の取材に答えて、同様のことを証言したことがある(『潜入ルポ アマゾン・ドット・コム』〔朝日文庫、2010年〕をご参照ください)。その昔、アマゾンは顧客から返品のあった書籍を出版社に返品することをせず、値引きして販売した現実がある。返品せず再利用すると解すると、商品を無駄にしない〈健全な〉行為にも思えるが、これもまた再販制違反である。いったん売れたものを返品されたから、アマゾンの所有物として値引きしてもいい、という強引な論理だが、この手を悪用すればどうなるか。実際には客からの返品でも返品でなくても、返品されたことにして値引販売ができる、ということが可能になってしまう。他の新刊書店も、アマゾンにできてなぜわが社はやってはいけないのか、ということになろう。商倫理は失われ、再販制は有名無実となり、大混乱である。アマゾンはずっと前からあの手この手で紙の本の安売りを実現しようとしてきた。それがなかなか難しいとなると、今度は自らは手を汚さず、再販制を守らない出品者を黙認し、そうした出品者からから手数料を取って平然としているわけだ。

ちなみに二次取次(仲間卸)から購入した場合はそもそも返品不可能になるが、それはまた別の問題であり、別稿が必要だ。思いがけず長い文章になったが、こうした高額転売の責任は、出品者やアマゾンにだけでなく、商品を卸す取次にもある。むろん取次は、アマゾンが明々白々な再販制違反をした場合、アマゾンに抗議をする。驚くべきことだが、月曜社は昨年、森山大道写真集『Osaka』を出品者ではなくアマゾン自身に高額表示されたことがある。アマゾン内部の問題であり、いかなる手違いがいつから生じていたのかはすぐには分からなかったが、これを放置すると何よりアマゾンの顧客が被害を被るので、アマゾンの仕入先である日販の担当部署、ネット営業部ネットMD課にただちに当該書目の出荷停止を通知した。

日販サイドとしても当然ながらここまでのことはとうてい黙過できず、即日アマゾンに申し入れをしたとのことで、週内にはアマゾンも定価表示に戻した。原因が何なのかを知りたかったが、秘密主義の会社は頑として答えない。直接取引のない出版社には答えない、というだけでなく、日販にも報告していない。そういう会社なのだ、アマゾン・ジャパンは。どの部署の誰がどういうプロセスでいつ間違いを犯し、出版社に指摘されるまでなぜ放置したのか。誰が責任者なのか。そういうことを一切知らせないのがアマゾン・ジャパンである。「日本一の書店」としてこのままでは、どうやって信頼すればいいのだろうか。

最後に一言。アマゾン・ジャパンが問題を抱えていることは、知人がかつて公正取引委員会に報告している。公正取引委員会は話を聞いただけで、何らのアクションもなかった。ただし別件では、公取はアマゾンに対し、これまでに何度か独占禁止法違反(優越的地位の濫用)の容疑で立入検査を実施している。直近の沙汰はその結末として、公正取引委員会の報道発表資料「(令和2年9月10日)アマゾンジャパン合同会社から申請があった確約計画の認定について」をご参照いただきたい。「なお,本認定は,アマゾンジャパンの当該行為が独占禁止法の規定に違反することを認定したものではない」と書かれてあるが、ずいぶんと優しいものである。認定されないように改善計画を出したのだから、アマゾンに過ちがあったことは事実である。過ちでないというなら改善する必要もないではないか。一方、消費者庁は数年前、アマゾン・ジャパンに対し景品表示法違反(有利誤認)を認定し、措置命令「平成29年12月27日 アマゾンジャパン合同会社に対する景品表示法に基づく措置命令について」を出したことがある。これに書籍に関する事案は含まれていないが、出版人に言わせれば、それは問題が一切存在しないということを意味してはいない。

※今回から新刊既刊紹介と同時に掲出する雑文について、名前を付けることに気乗りはまったくしないのですが、【雑記】という仮称を便宜上あてておくことにしました。と同時に、2月末のエントリーに遡って、【雑記1】【雑記2】・・・というように追記しておきました。以前から告白している通り、書くこと自体、気が重くなる内容もあり、実際にかなり疲れるししんどいのですが、黙っていてもどうにもならない、という気持ちで書いています。なぜ新刊紹介記事と一緒に掲出しているのかと言えば、新刊紹介を読んで下さる方にも読んでいただきたいからです。本と本をめぐる諸状況は別々のものではないからです。

+++

Viewing all articles
Browse latest Browse all 1277

Trending Articles