『禁術全書――すべての禁じられた術と邪信と魔術の書』ヨハネス・ハルトリープ[著]、藤井明彦[翻訳・註解・解説]、安齋利沙[註解補佐]、国書刊行会、2023年2月、本体4,200円、A5判上製函入308頁、ISBN978-4-336-07344-0
『ゲーテの世界観』ルドルフ・シュタイナー[著]、森章吾[訳]、イザラ書房、2023年1月、本体2,500円、A5判並製216頁、ISBN978-4-7565-0157-8/
★『禁術全書』は帯文に曰く「15世紀ドイツの民間に伝わる魔術のありようを最も詳しく記したDas půch aller verpoten kunst vngelaubens vnd der zaubrey(1455年~1456年)を全文翻訳。キリスト教徒が邪信や悪魔から身を守るための術を説く〈警告の書〉として書かれた経緯を持ちながらも、魔術の実践法を記した〈魔導書〉としても貴重な歴史的資料を、詳しい訳註や解説とともに解き明かす」と。副題の「すべての禁じられた術と邪信と魔術の書」は原題の直訳。著者のハルトリープ(Johannes Hartlieb, ?-1468)はバイエルン-ミュンヘン公領のアルブレヒト三世およびジークムントに仕えた侍医であり文筆家。訳者の藤井明彦(ふじい・あきひこ)さんは早稲田大学名誉教授で、ご専門はドイツ文化史、ドイツ語史。美麗な装丁は、岡本デザイン室の岡本洋平さんによるもの。
★例えば本書第35章は、こんにちでは日本語訳もある魔導書『ピカトリクス』(大橋喜之訳、八坂書房、2017年)についての記述です。曰く「ニグロマンティア〔黒魔術〕にはさらにもう一冊注目すべき本があります。それは「神と最も輝かしき乙女マリアの栄誉のために」で始まり、『ピカトリクス』と呼ばれるものです。これは私がこの術に関してこれまで見たなかで最も完璧な本です。この本はスペインのある王のためにまとめ上げられたものですが、間違いなく教養の高い学者の手によるものです。というのはニグロマンティアを自然に則った特質を持つものとして、聖書の箴言を使って褒めたたえているので、教養のある者でもこれは罪ではないと信じ込むことが少なくないからです。この本は非常に多くの人々を惑わせて永劫の罰へと導きます、閣下、この本にはご用心下さい、その甘い言葉のなかには苦い毒が混ぜられているのです。〔以下略〕」。
★『ゲーテの世界観』は『Goethes Weltanschauung』(第2版、1918年)の新訳。底本は1985年版を使用。版元ウェブサイトには「本書ではUDフォント(ユニバーサルデザインフォント)を使っています」と特記されています。横組です。シュタイナーの愛読者だけでなく、UDフォントを書籍に使用することにご関心のある方も参照されることをお薦めします。なお同書の既訳書には、溝井高志訳(晃洋書房、1995年;原著底本は1963年版)があります。また、第1部「西洋の思想発展の中でのゲーテの位置づけ」については、前後して発売された『自由と愛の人智学[1]ゲーテ主義』(春秋社、2023年1月)にも高橋巖さん訳で収録されています(これについては後述)。
★次に、人文書院さんの1~3月の新刊を列記します。『ベンヤミンの歴史哲学』のみ、まもなく発売。ほかは発売済です。
『レイシャル・キャピタリズムを再考する――再生産と生存に関する諸問題』ガルギ・バタチャーリャ[著]、稲垣健志[訳]、小笠原博毅[緒言]、人文書院、2023年1月、本体4,500円、4-6判上製380頁、ISBN978-4-409-04120-8
『ポスト・ヨーロッパ――共産主義後をどう生き抜くか』スラヴェンカ・ドラクリッチ[著]、栃井裕美[訳]、人文書院、2023年2月、本体3,000円、4-6判並製282頁、ISBN978-4-409-24151-6
『ドイツ帝国の解体と「未完」の中東欧――第一次世界大戦後のオーバーシュレージエン/グルヌィシロンスク』衣笠太朗[著]、人文書院、2023年2月、本体4,500円、4-6判上製400頁、ISBN978-4-409-51097-1
『承認のライシテとムスリムの場所づくり――「辺境の街」ストラスブールの実践』佐藤香寿実[著]、人文書院、2023年2月、本体5,800円、A5判上製404頁、ISBN978-4-409-24154-7
『「豊かさ」の農本主義』大石和男[著]、人文書院、2023年3月、本体4,800円、4-6判上製360頁、ISBN978-4-409-03121-6
『ベンヤミンの歴史哲学――ミクロロギーと普遍史』宇和川雄[著]、人文書院、2023年3月、本体4,500円、4-6判上製360頁、ISBN978-4-409-03120-9
★最初の2点について特記します。まず『レイシャル・キャピタリズムを再考する』は、「ジェンダーとエコロジーの視座を取り入れながらブラック・マルクシズムを深化させ、現代の世界システムを分析するうえで不可欠の概念「レイシャル・キャピタリズム〔人種資本主義〕」の輪郭を浮かび上がらせる、待望の書」(帯文より)。『Rethinking racial capitalism: questions of reproduction and survival』(Rowman and Littlefield, 2018)の全訳。ガルギ・バタチャーリャ(Gargi Bhattacharyya, 1968-)は英国の社会学者で、イースト・ロンドン大学教授。バタチャーリャの著書が翻訳されるのは初めてのことです。
★「レイシャル・キャピタリズム〔人種資本主義〕」という概念は、アフリカ系アメリカ人の思想家セドリック・ロビンソン(Cedric James Robinson, 1940-2016)の代表作『Black Marxism: The Making of the Black Radical Tradition』(初版1983年, 第2版2000年, 第3版2020年, The University of North Carolina Press;未訳)からバタチャーリャが引き継いだもの。バタチャーリャは「資本主義の発展にとっての重要な局面におけるレイシズムの役割を理解する」(18頁)ための概念であり、「人間のさまざまな集団を区分する経済的編成を想像する」(23頁)うえで役立つものとして説明しています。
★次に『ポスト・ヨーロッパ』は、「東欧の現在の政治的・社会的問題を垣間見ることができる刺激的でタイムリーな政治的ルポルタージュ」(帯文より)。クロアチアの作家スラヴェンカ・ドラクリッチ(Slavenka Drakulić, 1949-)の訳書第3弾で、『Cafe Europa Revisited: How to Survive Post-Communism』(Penguin, 2021)の全訳。 既訳書には、『バルカン・エクスプレス――女心とユーゴ戦争』(原著1993年;三谷恵子訳、三省堂、1995年)や、『カフェ・ヨーロッパ』(原著1996年;長場真砂子訳、恒文社、1998年)があります。『ポスト・ヨーロッパ』は『カフェ・ヨーロッパ』の続編。
★続いて、春秋社さんの既刊書から注目書を列記します。
『涙の果て――知られざる女性のハリウッド・メロドラマ』スタンリー・カヴェル[著]、中川雄一[訳]、春秋社、2023年2月、本体4,400円、4-6判上製416頁、ISBN978-4-393-32405-9
『自由と愛の人智学[1]ゲーテ主義――霊学の生命の思想』ルドルフ・シュタイナー[著]、高橋巖[訳]、春秋社、2023年1月、本体2,800円、4-6判上製264頁、ISBN978-4-393-32559-9
『摩多羅神――我らいかなる縁ありて』山本ひろ子[著]、春秋社、2022年8月、本体3,500円、A5判上製400頁、ISBN978-4-393-29133-7
『現代語訳 修験道聖典――『役君形生記』『修験指南鈔』『修験修要秘決集』』宮家準[著]、春秋社、2022年1月、本体4,200円、A5判上製328頁、ISBN978-4-393-29135-1
★こちらも最初の2点について特記します。まず『涙の果て』は「『幸福の追求』と双璧をなす、アメリカ現代哲学の巨匠による映画論」(帯文より)。『Contesting Tears: The Melodrama of the Unknown Woman』 (The University of Chicago Press, 1996)の全訳。『幸福の追求――ハリウッドの再婚喜劇』(原著1981年;石原陽一郎訳、法政大学出版局、2022年)は昨年訳されたばかり。カヴェル(Stanley Cavell, 1926-2018)の映画論にはこのほか、『眼に映る世界――映画の存在論についての考察』(石原陽一郎訳、法政大学出版局、2012年;新装版2022年)があります。
★『自由と愛の人智学[1]ゲーテ主義』は、日本語版独自編集のゲーテ論集。「西洋思想の中のゲーテ」(『ゲーテの世界観』第1部、1896年)、「百年前のドイツ人智学」(1906年)、「血はまったく特製のジュースだ」(1906年)、「神智学と社会問題」(1906年)、「ゲーテ主義の未来」(『ミカエルと龍の戦い』第4講・第5講、1917年)、の計5本を収録。「自由と愛の人智学」シリーズは今後続刊として第2巻『キリスト衝動 聖杯の探求』、第3巻『宇宙的霊性 自我の共同体』が予定されています。『ゲーテの世界観』既訳書については先述の通りです。
+++
大事なのは人だ。人を育てることだ。時給換算で代替できる作業が仕事のすべてではない。ましてや本を扱う仕事において、属人的ではない機械作業というものは本当は限られている。どんなにシステムを発展させても、すべての仕事の自動化はできない。すべての行程をまったくの無人で運営できるものはない。そのような無人化が可能になるなら、本はそもそも必要なくなっているだろう。
どの販売現場であれ手っ取り早く売上を上げることのできる魔法の定番リスト、なるものは存在しない。かつてある時、書店に提供できる施策について取次人に意見を求められたことがあった。私は力説した。「人材育成がすべての根本だ。いまこそ注力する時だ」と。彼らは失望しただろう。それでは迂遠すぎる、と。自分たちの仕事ではない、と。もっと即効性があり、汎用性がある施策が必要なんだ、と。
そんなことはない。実際のところそんなはずがないのだ。ちゃぶ台の上で何ができるか、ではない。ちゃぶ台をひっくり返せ。自分たちの依って立つ基礎を疑え。私たちが人間であり、人間を相手に商売をする以上は、どんな部署のどんな立場であれ、人間に焦点をあてる必要がある。人間について深く知る必要がある。
人間以外の諸存在は重要ではない、という意味ではない。人間をモノのように扱うのが間違っていると言いたいのだ。モノのように扱ってはいけないものはほかにもたくさんある。利用するだけの対象として諸存在を遇するなら、世界はすべて簒奪の対象にしかならない。それはこの星を貧しくするだろう。実際に現代人はこの星を貧しくしているではないか。
誰かと一緒に読むこと、共読の実践に解決の端緒がある。本を売ることに注力する以前に、本を共に読む行為を仕事の中核に組みこむ。そこにひとつの突破口がある。そして、もうひとつ重要なのは、誰かと一緒に話すこと。経験を共有すること。会社の垣根を越え、世代を超え、交流すること。売り手と買い手の境界をとっぱらい、共に読み、共に語ること。そうした機会を提供する場は誰が作ってもいい。その未来はすでに始まっている。出版社や書店は、望むならばそれを先導できるはずだ。
仕事の属人化を捨て、合理化と自動化を進めるというのは、聞こえの良い話だが、実際は誰かが仕組みを設計している。あるいは設計を放棄して細部が捨てられる。ブラックボックスにすべてを押し込めて、目に見えない装置に頼って、人に頼らなくてもいいディストピアをご都合主義が招き寄せる。人間は消費の対象となる。
今後もさまざまな仕事が人の手を離れるようにはなるだろう。そして、人手を介している場所はますます人目につかなくなるだろう。人間は分断される。分断されたままの状態は統治に都合がいい。分断し、利己的にさせ、憎しみ合わせ、あるいは無関心でいさせ、カネと暴力ですべてを解決できるようにすればいい。そんな生きづらい世の中では、怒りは見えないものに向かうのではなく、見えやすいものに向かう。
見えないものは存在しないのではない。検索に引っかからないものが存在しないわけではないし、店頭にない本もまた、存在しないのではない。世界には見えづらいものがたくさんある。一歩踏み出して、見えない側面を見る努力をしよう。そうでないと、見えないものはいずれ見られないままに消え去るだろう。
見えないものに接近する訓練。読む行為は想像力の陶冶に役立つだろう。本を見つけること、行間を見出すことだ。独りの読書と読書会、孤読と共読の両輪を備えよう。共有する時間は営業時間内に作っていい。本を売る時間と、本を共有する時間。どちらも仕事であり、読者に開放したらいい。どんな本でもいい、とは言わない。可能な限り、長く読み継がれている古典を読むこと。昔あり、今もあり、これからもあるであろうものごとは、古典に記されている。人間を深く知るために古典の読書が役立つことは、今なお真実である。
+++