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注目新刊:中井亜佐子『日常の読書学』小鳥遊書房、ほか

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『日常の読書学――ジョゼフ・コンラッド『闇の奥』を読む』中井亜佐子[著]、小鳥遊書房、2023年2月、本体2,600円、四六判並製272頁、ISBN978-4-86780-008-9


★モダニズム研究、ポストコロニアル研究がご専門の一橋大学大学院言語社会研究科教授、中井亜佐子(なかい・あさこ, 1966-)さんによる、『他者の自伝――ポストコロニアル文学を読む』(研究社、2007年2月)、『〈わたしたち〉の到来――英語圏モダニズムにおける歴史叙述とマニフェスト』(月曜社、2020年6月)に続く単独著第3弾。「「日常の読書学」と銘打った本書がまず追究してみたいのは、〔…〕電車のなかで小説を読むような、日常風景のなかで行われるふつうの読書、つまり文学の専門家としてではなく、ふつうの読者として文学を読むことの可能性である」(15~16頁)。「本書のねらいは〔…〕さまざまな種類の読書の実践をつうじて「読むこと」とは何かを考えることである」(27頁)。


★「読書についての本書の基本的な考えかたはこうだ。本は、わたしたちの現実の生活のなかにある。わたしたちは日々生活し、仕事をし、そして本を読む。本は生活のなかで、私たちに考えること、本と一緒に考えることをうながしてくれる」(25頁)。「日常のなかで読書をするということは、生活や社会の雑音をBGMとして聴きながら読むということだ。わたしたちが読む本のなかの世界は、わたしたちの平凡な日常とはかけ離れているように思えるかもしれない。しかし、それでも本のなかの世界は、わたしたちを取り巻く現実の世界と隣り合わせに存在している」(26頁)。「どんなに密室に閉じこもって読書しようとも、あるいはテクストそのものが浮世離れしていて自律的な小宇宙を形成しているように思えたとしても、テクストはやはりわたしたちが生活をしている世界の一部なのであり、読者や解釈はこの世界のなかで行われる営為なのだ。テクストにたいするわたしたちの関心は、世界への関心と地続きにある」(同頁)。


★「「読むこと」は社会的な映画でもある。〔…〕あなたの読書は多くの先人たちの読書の積み重ねのうえにある。本との出逢いはある程度は偶然に左右されるとはいえ、先人たちが読み続けてくれていなければ、その本はおそらくあなたの手元には届いていなかっただろう。あなた自身の解釈や批評もまた、多くの他者の解釈や批評と対話することによって厚みを増すとともに、次の世代の読者たちに受け継がれていく」(27頁)。本書の目次詳細については書名のリンク先でご確認下さい。


★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。書影とともに書誌情報を掲出します。


『恋の霊――ある気質の描写』トマス・ハーディ[著]、南協子[訳]、ルリユール叢書:幻戯書房、2023年2月、本体3,200円、四六変判上製344頁、ISBN978-4-86488-268-2
『慈悲の糸』ルイ・クペールス[著]、國森由美子[訳]、作品社、2023年2月、本体2,600円、46判上製304頁、ISBN978-4-86182-961-1

『ドイツ語圏のコスモポリタニズム――「よそもの」たちの系譜』菅利恵[編]、共和国、2023年2月、本体3,600円、菊変型判並製336頁、ISBN978-4-907986-04-9

『ジャン=リュック・ゴダールの革命』ele-king編集部[編]、ele-king boos:Pヴァイン、2023年2月、本体1,800円、A5判並製160頁、ISBN978-4-910511-40-5

『現代思想2023年3月号 特集=ブルーノ・ラトゥール――1947-2022』青土社、2023年2月、本体1,900円、A5判並製342頁、ISBN978-4-7917-1443-8

『生命と身体――フランス哲学論考』檜垣立哉[著]、勁草書房、2023年1月、本体5,500円、A5判上製448頁、ISBN978-4-326-10316-4



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夜空に輝く星たちのあいだ、その暗闇には、暗い星がある。暗い星を見ることは難しい。しかしそれはそこにあるのだ。


近年、「ひとり出版社」が増えているという。DTPソフトの操作や通販サイトの運営ができる個人であれば、確かに誰でも始めることができるだろう。編集も販売も、昔ほど困難ではあるまい。〈本が好き〉であることと〈本を作る〉ことのあいだの障壁は低くなっている。好きであれば第一歩を踏み出す勇気も持てるだろう。好きなことを仕事にすることは、好きでもないことを仕事にするよりかは楽しいはずだ。好きなことが仕事になるならそれは幸せだろう。ただしまず最初に留意すべきことがある。仕事にする以上、好きなことが嫌いになる危険がある。読者としては本が好きでも、本を作って売ることを仕事にするならば、本が嫌いになるかもしれない。本との付き合い方が変わってしまうかもしれないことを覚悟しなければならない。


本を作って売る仕事には確かに喜びもある。読者に娯楽だけでなく、知識や知恵、自ら考えることのきっかけを提供できることは、もしその反響を実感できるならば、喜びとなるだろう。社会への文化的貢献を果たすことに意義も感じられるだろう。人のために働くという、やりがいのある仕事だ。だが仕事である以上、そこには暗黒面もある。ひとつには、(出版は文化産業のひとつに数えられるものの、実際は)文化と産業とのあいだで引き裂かれる。ふたつには、分かりあい分かちあいたいが届かないこともある。みっつには、立ち止りたいが立ち止まれない。進めば進むほど、希望と絶望のないまぜのなかで、擦り切れ、疲労困憊することは避けて通れない。


編集者や営業担当者は、作家の背後にある影の領域で働く。彼らの仕事は読者には見えにくい。しかし見えにくいことと存在しないことは同義ではない。現代においてはそれらはほとんど同義であるかのように主張されることがある。見えにくいために社会的に評価が低くなり、悪者のように扱われ、存在を否定されることすらある。それは端的に間違いである。


出版人は、文化をめぐる無限戦争のなかにつねにすでにある。正しいものと正しいものがぶつかり合う戦争。悪しきものが悪しきものを糾弾する地獄のような場所だ。出版は情報をめぐる社会工学にいやおうなく巻きこまれる。紙媒体から電子媒体へとコンテンツが移動していく時代においては、出版は人工知能による工学的実践と対峙することになる。巧妙に社会へと織り込まれていくさまざまなプロパガンダといかに闘うか。影のなかの小さな星たちはいかに次の世界へ、未来へと介入するか。


暗い星たちのために。自らは消滅しつつも次代へとバトンを託す、影のなかの小さな星たちにむけて。地上から遠ざかりつつある月、その裏側の片隅にある砂丘の砂粒から、いくつかの伝言を残すための覚書。地上から見れば全天でもっとも大きな光は月より来るかもしれないけれども、それは太陽の反射にすぎない。星たちに比べれば、月は小さな欠片なのだ。遠くにある暗い星たちは、月よりも大きい。


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