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注目新刊:『ル・クレジオ、文学と書物への愛を語る』作品社、ほか

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『ル・クレジオ、文学と書物への愛を語る』J・M・G・ル・クレジオ著、鈴木雅生訳、作品社、2022年6月、本体2,600円、四六判上製256頁、ISBN978-4-86182-895-9

★『ル・クレジオ、文学と書物への愛を語る』は、2011年から2017年にかけてル・クレジオが中国で行なった15の講演をまとめた『Quinze causeries en Chine. Aventure poétique et échanges littéraires』(Gallimard, 2019)の全訳。原題を訳すと「中国での15の講演――詩的冒険と文学的交流」。目次は書名のリンク先をご覧ください。別刷りの小冊子「人名小事典」が附録となっています。

★「もし印刷本がなければ、世界はまったく様相が異なっていたでしょう。それはおそらく、古代エジプトやマヤが絶大な力を持ち栄華を極めた頃の社会と似たようなものになっていたはずです。閉ざされたまま寶野影響をほとんど被ることがなく、根本的に不公平で不平等で、どうしようもないほど不安定な世界です。〔…〕このような世界における知の役割は、なにかを伝えることでも、公共の進歩を追求することでもありません。知を掌握する少数者と、知を想像するだけの大多数とのあいだに、乗り越えがたい壁を打ち立てるだけです」(「書物と私たちの世界」より、51頁)。「それは、ウラジミール・プロップが民話の分析のなかで定義したような「竜」の社会です」(52頁)。

★「現代では、知を伝達する手段は映像やコンピュータ上のデータなど、ほかにもたくさんあります。いずれはこういった新しい手段が、グーデンベルクの発明に取って代わることになるかもしれません。けれども書物というのは人間の文化に、そして人間の精神の形と手の形に結びついた道具――ハンマーやナイフ、針、やかんといった必要不可欠な道具、あるいはヴァイオリン、縦笛、パーカッション、さらには筆と墨といった完成された道具に匹敵するような道具――なのです。書物がいつの日か、デジタルデータの単なる焼き直しにすぎなくなるとは考えられません。その物質としての具体性によって、書物は世代から世代へと受け継がれる創造性のきらめきそのものなのです」(53頁)。

★「さまざまな困難と幾多の凄惨な戦争を経て、いま私たちは世界平和を期待することのできる時代に入っています。知の冒険に身を投じ、他者を知るために、書物は最良の道具です。それは誰でも容易に手に取ることができ、電気も必要とせず、移動も収納も簡単です。ポケットに入れて持ち運ぶこともできます。書物は忠実な友人です。欺くことはありませんし、宇宙の調和などというユートピアの夢に浸らせることもありません。書物によって私たちは、他者をその美点も欠点も含めて知ることができ、異なるさまざまな文化との交流――これこそが平和を約束してくれる鍵です――が可能になるのです」(「書物――知の探索に乗り出す船」より、82頁)。これは2013年の講演からの言葉です。

★いま私たちはロシアのウクライナ侵攻によって、世界平和というものがいかに困難なものかを再び痛感しています。しかしル・クレジオの言葉は戦争によって無力化されるものではありません。この講演録が広く読まれることを期待するばかりです。

★まもなく発売となるちくま学芸文庫6月新刊は6点。

『ウィトゲンシュタインのパラドックス――規則・私的言語・他人の心』ソール・A・クリプキ著、黒崎宏訳、ちくま学芸文庫、2022年6月、本体1,400円、文庫判416頁、ISBN978-4-480-51124-9
『ポストモダニティの条件』デヴィッド・ハーヴェイ著、吉原直樹/和泉浩/大塚彩美訳、ちくま学芸文庫、2022年6月、本体2,000円、文庫判640頁、ISBN978-4-480-09894-8
『タイムバインド――不機嫌な家庭、居心地がよい職場』アーリー・ラッセル・ホックシールド著、坂口緑/中野聡子/両角道代訳、ちくま学芸文庫、2022年6月、本体1,600円、文庫判544頁、ISBN978-4-480-51125-6
『日本商人の源流――中世の商人たち』佐々木銀弥著、ちくま学芸文庫、2022年6月、本体1,100円、文庫判272頁、ISBN978-4-480-51122-5
『百姓の江戸時代』田中圭一著、ちくま学芸文庫、2022年6月、本体1,000円、文庫判256頁、ISBN978-4-480-51126-3
『対称性の数学――文様の幾何と群論』高橋礼司著、ちくま学芸文庫、2022年6月、本体1,000円、文庫判240頁、ISBN978-4-480-51128-7

★『ウィトゲンシュタインのパラドックス』は、産業図書より1983年に刊行された単行本の文庫化。米国の哲学者クリプキ(Saul Aaron Kripke, 1940-)の、『名指しと必然性──様相の形而上学と心身問題』(原著:1980年;訳書:産業図書、1985年)と並ぶ主著『Wittgenstein on Rules and Private Language』(Blackwell, 1982)の全訳です。クリプキがついに文庫化される時代となりました。文庫化にあたって訳者による既出論文「クリプキの『探究』解釈とウィトゲンシュタインの世界」(初出1985年)が解説として併録されています。訳者がご高齢のためか、訳文の改訂については言及はありません。

★英国生まれの地理学者ハーヴェイ(David Harvey, 1935-)の代表作『ポストモダニティの条件』は、青木書店より1999年に刊行されたものの文庫化(原著1990年刊)。訳文は全面的に改訂されており、監訳者によれば「事実上の新訳」とのことです。米国の社会学者ホックシールド(Arlie Russell Hochschild, 1940-)の名著『タイムバインド』は明石書店より2012年に刊行されたものの文庫化(原著1997年刊)。こちらも訳文は改訂されています。クリプキと同様に、ハーヴェイやホックシールドの文庫化も初めてで、筑摩書房さんの果敢な挑戦に頭が下がります。

★中世商業史がご専門の日本史家、佐々木銀弥(ささき・ぎんや, 1925-1992)さんによる『日本商人の源流』は、教育社歴史新書の1冊として1981年に刊行されたものの文庫化。慶應大教授の中島圭一さんによる解説「商業の時代としての中世」が付されています。日本史家の田中圭一(たなか・けいいち, 1931-2018)さんによる『百姓の江戸時代』はちくま新書の1冊として2000年に刊行されたものの文庫化。福島大学の荒木田岳さんが文庫版解説「箪笥の中の探検者がたどり着いた地平」を寄せておられます。

★『対称性の数学』はMath&Scienceシリーズの最新刊。群の表現論がご専門の数学者、高橋礼司(たかはし・れいじ, 1927-2020)さんが放送大学教育振興会より1998年に刊行された講義テキストの文庫化。数学者の梅田亨さんが文庫版解説「対称性への良質な入口」を寄せておられます。

★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。

『幸福の追求――ハリウッドの再婚喜劇』スタンリー・カヴェル著、石原陽一郎訳、法政大学出版局、2022年6月、本体4,300円、四六判上製458頁、ISBN978-4-588-01144-3
『稀書探訪』鹿島茂著、平凡社、2022年5月、本体4,000円、B5判並製332頁、ISBN978-4-582-83899-2
『ニーチェ入門講義』仲正昌樹著、作品社、2022年5月、本体2,200円、四六判並製400頁、ISBN978-4-86182-893-5
『アレ Vol.11 特集:集まることのリハビリテーション』アレ★Club、2022年5月、本体1,400円、A5判並製272頁、ISDN278-4-572741-11-7

★『幸福の追求』はまもなく発売。米国の哲学者カヴェル(Stanley Cavell, 1926-2018)の映画論『Pursuits of Happiness: The Hollywood Comedy of Remarriage』(Harvard University Press, 1981)の全訳。『或る夜の出来事』(1934年)から『アダム氏とマダム』(1949年)まで7本のハリウッド喜劇映画の分析を通じて、結婚をめぐる思索が深められています。

★「以下に読まれる七つの章のテーマになっている映画は、大切に思う人もいれば軽蔑する人もいる映画だ。そのどちらかの側の、あるいはどちらの側でもない多くの人が、忘れられない公の出来事としてであれ、日常生活の体験と記憶の断片としてであれ、経験として知っている映画だ。それゆえ、これらの映画の価値を見極めることのむずかしさは、日常の経験の価値を見極めることの難しさと同じであり〔…〕この難題は哲学に固有のむずかしさを提起し、哲学に特有の力を要求する」(67~68頁)。

★なお、10年前に訳されていた本書の姉妹編である映画論『眼に映る世界――映画の存在論についての考察』もまもなく新装版が出る予定だそうです。

★『稀書探訪』は、ANAの機内誌「翼の王国」での連載(2007~2019年、全144回)を一部加筆修正して書籍化したもの。19世紀パリをめぐる40年間にわたる古書蒐集によって成った鹿島さんの貴重な蔵書資料の一部をカラー写真で紹介。自己破産寸前にまで鹿島さんを追い込んだお宝たちです。現在開催中の、日比谷図書文化館特別展「鹿島茂コレクション2『稀書探訪』の旅」は7月17日まで。

★『ニーチェ入門講義』は、2019年4月から11月にかけてイベントスペース「読書人隣り」で行われた全6回の連続講義を加筆整理したもの。『悲劇の誕生』『ツァラトゥストラ』『道徳の系譜』を精読し、「力への意志」の思想的発展をあとづけるもの。「ニーチェは、「超人」への道を示して元気にさせてくれる思想家ではない。お前は、ただの自惚れの強い凡人だ、と思い知らせる徹底した皮肉屋だ」(389頁)。

★『アレ』誌第11号の特集は「集まることのリハビリテーション」。代表の山下泰春さんの巻頭言に曰く「今号の特集を通じて私たちは、「人と集まって何かを行う」という行為には、〔「飲みニケーション」のような面倒臭さとは異なる〕もっと別の側面ということを考えたい」と。「自宅で手軽にオンラインで何かを楽しむ」時代だからこその良い問いかけです。店頭で買える書店一覧はこちらをご覧ください。

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