◆2016年8月1日午前10時現在。
人文書版元のサバイバルがますます深刻化してきたのか、と心配されている方も多いでしょうか。周知の通り「東京商工リサーチ」2016年7月21日付TSR速報「[東京] 出版業(株)新思索社 破産開始決定負債総額5099万円 ~哲学書などの専門出版社~」によれば、新思索社さん(1994年設立、資本金1000万円、新宿区)が7月13日、東京地裁から破産手続き開始決定を受けたとのことです。負債総額は債権者18名に対して5099万円と。「哲学書や人間学、心理学、社会学、自然系などの出版を手掛けていた。〔ベイトソンの〕『精神と自然』『精神の生態学』、〔バーガーの〕『社会学への招待』などの専門書を出版していたが、出版不況から販売も伸び悩み、業績低迷が続いていた。こうしたなか、小泉孝一社長が亡くなったことで事業継続を断念。平成28年7月8日に取締役が破産を申し立てていた」と。関連記事には「帝国データバンク」7月21日付記事「哲学書「精神と自然」で知られる出版社、新思索社が破産開始」や、「新文化」7月25日付記事「新思索社、破産手続き開始決定受ける」などがあります。
小泉孝一さんについては、人文業界で知らない人はいないでしょうけれども、ご存知ない方には、小田光雄さんによる「出版人に聞く」シリーズで出版されている聞き書き『鈴木書店の成長と衰退』(論創社、2014年)が参考になるかと思います。私が最後にお見かけしたのは、2012年7月に都内某所で行われた「二宮隆洋さんを偲ぶ会」においてでした。残念でなりません。
倒産した版元の本は通常であれば書店さんがすべて返品するので、一気に店頭から消えて読者が入手できなくなるという不運に見舞われますが、新思索社さんの本はネット書店「honto」で調べる限り、丸善やジュンク堂などでまだ在庫が残っているようです。取次から書店への事故通知は7月13日にすでに済んでいるでしょうから、同チェーンではこのまま在庫を保持して下さるのかもしれません。わがままを言えば、ぜひ返品せずに残していただきたいものです。背取り屋さんの狩りの対象になることが予想されますので、早めに購入されておくのがよさそうです。新思索社さんのウェブサイトはすでに閉鎖されています。ベイトソンやチクセントミハイ、バーガー、ローレンツ、クリック、ヴァン・デル・ポスト、ミッチャーリヒ、マンフォード、パノフスキーなど、主要な著書は文庫化のチャンスがあるかもしれませんけれども、すべてではないでしょうから、店頭に残っている商品については単行本を買い逃す手はありません。
また、次の記事も業界や研究者の間で話題になっていますが、「朝日新聞」2016年7月20日付記事「学術書専門の創文社、売り上げ激減 20年めどに解散へ」よれば、創文社さん(1951年創業、千代田区、社員6人)が「2020年をめどに会社を解散する予定であることがわかった。同社は「売り上げの落ち込みが激しく回復が見込めない」としている。/『ハイデッガー全集』や『神学大全』など、哲学や宗教、歴史、政治、社会系の書籍のほか、「哲学研究」などの雑誌も発行してきた。同社によると、最近は年10%の割合で売り上げが落ち続け、昨年は10年前の約3分の1だったという。新刊書の発行は来年3月まで続けるという」と。
トマスの『神学大全』は幸い2012年に全巻完結していますが、『ハイデッガー全集』はそもそもクロスターマン版のドイツ語原書でも完結しておらず、既刊書のみに絞ってもあと4年ですべての訳書が出るのは極めて困難かと思われます。2020年というのはあくまでもめどであって、現在の出版界の状況に鑑みれば、前倒しになる可能性もないわけではないかもしれません(こうした状況はどの出版社にとってもまったく他人事ではありません)が、一愛読者としてはこの期間にコツコツと未読書を購入していくほかなさそうです。
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備忘録(31)
備忘録(32)
◆2016年8月5日14時現在。
紀伊國屋書店の2016年8月2日付プレスリリース「紀伊國屋書店 トーハンロジテックスと提携した直仕入物流を開始」によれば「株式会社紀伊國屋書店(代表取締役会長兼社長 高井 昌史)と株式会社トーハンロジテックス(代表取締役社長 近藤 敏貴)は、直仕入物流に関する業務委託契約を締結し、トーハンロジテックスのインフラを活用した紀伊國屋書店各店舗への直仕入商品の送品を行うことに合意」した、と。その理由は以下の通り。
「紀伊國屋書店は出版流通改革の一環として、2015年9月のスイッチパブリッシングの新刊『職業としての小説家』を皮切りに、社内物流を利用した買切・直仕入プロジェクトを拡大して参りましたが、規模拡大に伴い、いくつかの課題が顕在化して参りました。①新刊配本時に於ける取次のライン物流と、各店舗への着荷日の同期。②社内物流の物流単価。③各店舗での仕入検品・データ入力作業の負担増。/こうした諸課題の解決を図るためには、長らく業界の物流インフラとして機能している、トーハングループの株式会社トーハンロジテックスの物流システムを使うことが、出版社・書店にとって最も合理的であると判断」した、とのことです。「今後、紀伊國屋書店はトーハンロジテックスとの協力関係の下、更に買切・直仕入プロジェクトを拡大して参ります」とも書かれています。
「新文化」8月2日付記事「紀伊國屋書店、直仕入の物流をトーハン子会社に委託」によれば「紀伊國屋書店では昨年9月、スイッチ・パブリッシングの村上春樹『職業としての小説家』を皮切りに、出版社と直接仕入れを行っており、その規模は「和書仕入金額ベースで約10%」にまで拡大しているという。将来的には20%を目指す。/同社はこれまで、埼玉・越谷市にある物流拠点で直仕入れの発送業務などを行っていた」と報じられています。
越谷市にある紀伊國屋書店の物流拠点というのは、同社の本社部門事業所一覧を参照すると、店売総本部の物流部のことかと思います。所在地は、「埼玉県越谷市流通団地2-1-11 昭和図書株式会社 越谷物流センター 北館事務所 1階」です。昭和図書は神田神保町に本社を置く、出版専門の大手物流倉庫会社。主要取引先には一ツ橋グループの各出版社のほか、紀伊國屋書店や漢検の名前があります。小学館の会社情報では関連会社として昭和図書の記載があります。ウィキペディアの「一ツ橋グループ」の説明では昭和図書は「一ツ橋グループの物流会社」と記されています。紀伊國屋書店の直取引部門の物流が小学館関連の昭和図書からトーハンロジテックスに完全に切り替わるのかどうかはプレスリリースや報道からは分かりません。紀伊國屋書店の本社部門事業所一覧にある店売総本部の物流の所在地や、昭和図書の主要取引先の記載に今後変化があるかどうかに留意したいと思います。
株式会社トーハンロジテックスは1973年設立。本社所在地は親会社であるトーハンの物流センター「トーハン桶川SCMセンター」と同じです。企業概要によればトーハンロジテックスの事業内容は以下の7つ。1. 書籍、雑誌、教育用品、および音楽用品の卸販売。2. 前記商品の梱包、配送業務。3. 出版物を中心とした保管および管理業務。4. 商品の保管、在庫管理、仕分、宅配等の配送に関する業務。5. 古紙取扱業務。6. 労働者派遣事業。7. 建物内外の保守管理・清掃業務。
ここで、今回のプレスリリースに至るまでの紀伊國屋書店の動向を振り返っておく必要があるでしょう。周知の通り紀伊國屋書店と大日本印刷は昨春、合弁会社「株式会社出版流通イノベーションジャパン」(PMIJ)を設立しています。大日本印刷の2015年3月19日付ニュースリリース「紀伊國屋書店と大日本印刷――株式会社出版流通イノベーションジャパンの設立について」によれば、その業務内容は「出版流通市場活性化のための調査・研究」と「各種活性化施策および新規ビジネスモデルの立案」であり、企画・検討予定のテーマとして以下の5項目が掲げられています。「(1) 読者の利便性向上を目的とした電子/ネット書店の更なるサービス強化。(2) 読者にとって使いやすいポイントサービスの構築。(3) 仕入・物流業務システムの共有化・合理化・効率化。(4) 両社が保有する海外リソースを活かした新しいビジネスモデル。(5) リアル書店とネット書店の相互連携による読者サービス向上」。
出版流通イノベーションジャパンについては、「東洋経済オンライン」2015年3月20日付の鈴木雅幸氏記名記事「紀伊國屋とDNP、アマゾンに対抗する意図――大手書店グループのライバル両雄がタッグ」や、「新文化」2015年7月2日付記事「PMIJの高井社長が直取引の拡大、新物流構想などを発表」などをご覧ください。東洋経済の記事は3月19日に行われた紀伊國屋書店と大日本印刷による共同会見「合弁会社「株式会社出版流通イノベーションジャパン」設立共同記者発表会」を取材したもので、登壇した紀伊國屋書店の高井昌史社長(PMIJ代表取締役社長)と大日本印刷の北島元治常務(同代表取締役)への質疑応答も含みます。その質疑の中には、具体的な事業化へのタイムスケジュールについての質問があり、高井さんはこうお答えになっていました。「両社からメンバーを募り、テーマごとに調査・研究、施策検討していくので、半年、1年の時間軸は必要だろう。システム共同化などは時間を要するため、ポイントサービスの共通化などは来年になるかもしれない。ただ、スピード感は大事。できるものから進め、年内から順次実施していきたい」。
新文化の記事は、共同会見から3か月後の2016年7月1日に東京国際ブックフェアで行われた高井さんによる講演会「出版流通市場の活性化に向けて」に取材したものです。そこでは今後の事業方針が次のように紹介されていました。「返品率の改善を目指してパターン配本に依存しない配本適正化に取り組み、出版社と、紀伊國屋書店、DNPグループ書店との直接取引を拡大する。一定枠内の返品許諾や時限再販を前提に、買切り条件で希望通りの配本を受けられる仕組みを構築する。/また、紀伊國屋書店とDNPが保有する流通倉庫を活用し、在庫分の消化や補充注文管理、店舗間の在庫偏在を補正する新たな流通体制を構築する。ただし、新刊配本などは従来通り取次流通を活用し、独自流通についても取次会社と話し合っていく。さらに、紀伊國屋書店のKinoppyとDNPのhontoの統合、それぞれが展開しているポイントサービスの一本化など、電子事業にも着手する。これらは他書店も利用できるスキームを目指す」(以上要旨)。このほか、海外事業展開、書店とネット書店の連携によるサービス向上などについて語られたと報じられています。
さらにその翌月、紀伊國屋書店は8月21日付で「村上春樹『職業としての小説家』(スイッチ・パブリッシング刊)の初刷9万冊を買切、全国の書店で発売」と発表します。これについては拙ブログでも2015年8月21日付エントリー「雑談(16)」でまとめています。その後、紀伊國屋書店は同書の重版分も仕入れたことが知られており、10月以降には買切の第2弾が実行される構想だったはずでした。PMIJとしてではなく紀伊國屋書店単独の買切だったのはテストもしくは助走の意味合いだったのかもしれません。しかしそれからは、PMIJにせよ紀伊國屋の買切第2弾にせよこれといった発表がないまま、高井社長の当初仰っていた1年も過ぎ、今回の紀伊國屋書店のプレスリリースに至ります。
高井さん自身が仰っていたようにスピード感が大事ではあるものの、取次外しの要素がある直取引部門の強化には時間が掛かるのだろうと推測できます。その理由についてはいくつか考えられますが、端的に言えば、書店が経営の最適化を目指して人員削減をすればするほど、結果的には取次に依存するほかないという現実があるように思えます。直取引部門を強化するためには人員削減ではなくむしろ増員することが必要のはずです。取次に任せていた業務を自前でやろうというのですから、当然「自力」の強化と充実をはからねばなりません。しかしそれは現実的になかなか難しいので、トーハンロジテックスとの提携が模索された、ということなのでしょうか。トーハンとしても、「取次外し」以後の直取引の物流においてもぜひわがグループに、というしたたかな戦略があってのことでしょうか。ポスト取次時代における新たな取次像の模索、とも見えます。
なお、紀伊國屋書店やPMIJの当面の対抗軸と目されているアマゾンは相変わらず出版社向けセミナーをこの夏も頻繁に行っています。表向きは広告サービスについてのセミナーですが、昨年同様に直取引についても推進しているのかもしれません。弊社のような零細出版社がこうした業界の流れを踏まえて考え続けているのは次のようなことです。
1)小零細出版社にとってリアル書店との直取引にメリットはあるか。
2)小零細出版社にとってネット書店との直取引にメリットはあるか。
3)小零細出版社にとって取次との従来の取引に改訂すべき点はあるか。
4)小零細出版社は再販制や委託制をどう考えるか。
これらについては短くまとめることは不可能です。しかし1)について個人的な印象をはっきり言っておくと、リアル書店との直取引において再販制や委託制を再び敷設することには積極的な意味がない、ということです。委託制を望むのならば従来通り取次の力を借りるのが妥当だと思えます。そしてもし直取引において委託制ではなく買切制を採用するならば、再販契約は結ばず、価格設定は書店に一任した方が良いと考えます。ただし実際のところ、書店さんはやはり買切制ではなく、委託制を維持されたいのではないでしょうか。売れ残った本は店頭に置き続けるわけにはいかないですから、安売りするか返品するかしかありません。再販制で安売りができない場合、店頭やバックヤードを売れ残りであふれさせないためには、返品か処分しか方法がありません。「返品のない世界」は果たして実現可能なのでしょうか。
上記では言及していない、注目すべき記事について列記し、参照しておきます。
「Book World Consulting株式会社」ブログ2015年7月12日付エントリー「紀伊國屋とDNPグループ」に曰く「紀伊國屋とDNPグループ330店舗の、共同仕入、電子書籍・ポイントサービスの統合である。これは、DNPグループ内で行ってきた共同化より進んだ、共同化である。巨大な新しいグループが立ち上がったと考えてよい。/特にすでに倉庫を同じ昭和図書に委託していること、昭和図書からの出荷と在庫活用を共同で行うことは、完全な物流の統一である。もちろん、新刊については、これまでの取次店からの配送を行うとの発表であるが。/来年、新しい取次店が一社成立するに値する書店グループがスタートすること、そのグループが買い切りを増やしていくことは、おそらく非再販本が増えることにつながるだろう。あるいは再販制度について大きい変化があるという見通しがたったと考えてもいいかもしれない」。これはウェブ版ではなく紙媒体版の「新文化」2015年7月9日記事「高井社長「版元との直取引拡大へ」――出版流通イノベーションJ」を参照されたもの。ウェブ版よりかは細部があるものの、昭和図書への言及はありません。高井社長の実際の講演では明らかにされていたということなのでしょうか。なお同ブログでは2015年7月15日付の「栗田出版販売の民事再生申請と委託からの脱却」にも注目。「文化通信」紙媒体版2015年7月13日付の星野渉編集長コラム「栗田の返品問題が紛糾――取次の継続前提とした仕組み/委託からの脱却求められる」に触れたもの。
「Knonos」2011年5月10日付、mikako氏記名記事「問題も多い出版業界の「再販制度」、今後の変化はいかに?!」に曰く「昭和図書株式会社(非上場)が運営するインターネットのショッピングサイト「ブックハウス神保町.com」で、絶版の一歩手前の「在庫僅少本」を定価の半額で販売しています。協力しているのは、小学館(非上場)、集英社(非上場)、講談社(非上場)、文芸春秋(非上場)、筑摩書房(非上場)、主婦の友社(大日本印刷株式会社の関連企業)といった蒼々たる顔ぶれ。その背景には、膨大な返品量に対する危機感があったようです。/昭和図書の推計では、書店で売れ残って出版社に返品される書籍は年間5億冊を超え、そのうち約2割の1億冊が断裁処分になり損失は820億円にも及ぶのだとか。断裁するぐらいなら値引きしてでも売り上げにしようという発想は、私たちからすればごく当たり前ですよね」。
同記事では「再販制度がないと本の価格が高くなる」という業界の認識について「この主張はよく理解できません。普通に考えれば、再販制度がなくなれば自由競争で書籍の価格は下がるのではないでしょうか」と疑義を呈されています。この件は、アマゾン・マーケット・プレイスや古書などを想像していただければ理解しやすいのではないかと思います。アマゾンが自主的には仕入れていない出版物や専門性が高い本は、マーケット・プレイスでしばしば高額になっています。流通形態に起因するものであれ内容に起因するものであれ、希少性や専門性の高い本は値段も高くなる傾向があります。
田端信太郎さん「TABLOG」2011年12月21日付エントリー「自炊代行を提訴する作家の偽善~再販制度での裁断本のほうが遥かに多いゾ」に曰く「自炊で裁断される本の何十倍、何百倍も、再販制度による返本の結果として、これまでにも、今現在も、(先生方の愛する)本というものが裁断されてきたことだけは間違いないはずだ。〔・・・〕適切なデジタル流通はむしろ、そのように、痛ましく「虐殺」されてきた「本」を減らす福音にもなりえるはずなのに・・・。〔・・・〕私は、既存書店業界の起死回生の策は、既存のリアル書店自ら、自分たちが売った本への「アフターサポート」として、自炊代行サービスを開始してしまうことだとかねてから、思っている。ある書店チェーン経営者との対談で、そのことを話したら「いや、実際に書店業界の仲間うちでは、そういう話も出るんですよ」と話されていた」。自炊本による裁断より出版社が処分する断裁の方が遥かに多いという指摘は痛烈。なお、著作権や版権の問題からすると書店ではなく、版元がそうしたアフターサービスを提供するのが妥当かと思われます。
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◆8月5日16時現在。
紀伊國屋書店さんの採用情報欄にある「会社綱要」では「出版流通のしくみ」が説明されています。曰く「出版社が約 3,500社、書店は約1万3,943店と言われており、真ん中の取次が上記のトーハン・日販を含めて二十数社しかないので、真ん中が窄まっている瓢箪になぞらえて「瓢箪型流通」といわれております。/この日本の出版流通を支えてきたのが再販制と委託販売制です。/前者は要するに定価販売制であり、日本全国どこの書店でも同じ本は同じ価格で売ることが義務付けられているという制度です。/後者は、原則として新刊については、書店は売れなかったものを返品できるという制度です。/(例外的に、返品できない買切の出版物もあります。)/返品できる、という委託販売制度から、新刊は販売実績に応じて取次から配本が為されます。/そして配本された本が完売していけば良いのですが、多くの場合、売れ残ります。1冊も売れない場合もあります。そのような時は、委託販売制ですから書店は返品することとなります。/この返品には大きな問題があります。一つは流通コストの無駄です。/もう一つの問題点は、こうして返品された本は、最後は断裁されてしまいますが、それは「紙」という資源の無駄を意味します。/現在、書店の利益を厚くする代わりに返品を抑制しようという計画販売制(責任販売制)が試行されており、委託販売制度の見直しが始まっています。/再販制度についても、一部ジャンルについては価格競争を認める「部分再販」やある時期を過ぎたら値下げして販売することを認める「時限再販」などの考え方も出てきています」。
ここまでは、出版社や書店の数に変動はあってもしばらく変更がなかったのですが、2017年新卒採用版から新しい文言が追加されています。「弊社では、2015年9月、株式会社スイッチ・パブリシングが刊行した村上春樹『職業としての小説家』初刷り10万冊の内、9万冊を買切り(委託販売制度の見直し)、自社店舗および全国各書店において販売たしました。大手取次や各書の協力を得て、注目の新刊書をリアル書店に行きわたらせ、国内の書店が一丸となって販売するいう新スキームにより、ネット書店対抗するとともに、出版流通市場の活性化に向けた新たな挑戦を行ったのです」。以前も書いた記憶がありますが、書店さんがたくさん買い取って下さるのは画期的な試みで評価すべきです。しかし「国内の書店が一丸となって販売する」という表現には懸念を覚えます。この一件について「なぜ版元ではなく紀伊國屋書店に分けてもらわなければならないのか」と憤慨されている他書店さんも現実にいらっしゃったわけで、いわば他書店に対してマウントポジションを取ったかたちとなった紀伊國屋書店が上記のような表現をするのは、自負という以上にいささか自社中心主義史観として響いてしまうのではないでしょうか。トップランナーにふさわしい、もっと適当な言葉があったはずです。
紀伊國屋書店さんの「会社綱要」では営業部門(外商部門)の業務紹介にも目を惹かれました。曰く「3.教育環境への提案――営業部門はこれまで日本の高等教育に深く関わってきました。大学の新設や学部の増設などに際し、学生を集めるために、いかに魅力的な大学や学部・学科とするか等についてのノウハウを蓄積し、様々な提案を行っています。ある意味では、大学に対する良いコンサルタントなのです」。具体的にどの大学にどういったコンサルタント業務を提供したのかは書いてありませんが、後段の「企業理念」にはこう記載されています。「新たな学科の創設についてアドバイスを求められば、営業のバックアップ部門に、その学科に関連するこれまでの紀伊國屋の実績調査を依頼し、そこから最適な情報取捨選択お伝えする」と。教育機関と出版社と書店は分野によっては今以上に緊密な連携やシナジーが可能なはずだと考える私にとっては興味深いことです。
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◆8月5日18時現在。
「文化通信」8月5日付記事「出版協加盟社、芳林堂破産に伴う伝票切替でトラブル」が配信されました。「日本出版者協議会(出版協)は7月28日、東京・文京区の文京シビックセンターで「芳林堂選択常備切り替え問題 緊急出版社集会」を開催。関係出版社など約10社が集まった。/出版協によると、加盟社の…」(以下有料)。これは無料で公開してほしかった記事です。選択常備切替不能問題は出版協以外でも巻き込まれた版元があって、この一件は心ある出版人にとってここしばらく嘆きという以上に激怒の対象となってきたものです。業界紙で報じられないままだったのが不思議なくらいでした。被害を受けている版元さんたちが共同声明を出されるのかどうか、推移を見守りたいと思います。こうしたことが今後もまかり通ってしまうなら、版元は選択常備を全廃するほかなくなってしまうからです。この問題を過小評価するのはまったくの間違いです。弊社のような常備を扱っていない版元にとってすら無関心ではいられないほどの酷いことが起きています。経緯から言って、破産したから仕方がない、では済まされない不誠実な事件だと言わざるをえません。
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注目新刊:バーバラ・ジョンソン『批評的差異』法政大学出版局、ほか
批評的差異――読むことの現代的修辞に関する試論集
バーバラ・ジョンソン著 土田知則訳
法政大学出版局 2016年7月 本体3,400円 四六判上製290頁 ISBN978-4-588-01046-0
★発売済。ポール・ド・マンの弟子でありイェール学派第2世代のキーパーソンであるバーバラ・ジョンソン(Barbara Johnson, 1947-2009)の代表作、The Critical Difference: Essays in the Contemporary Rhetoric of Reading (The Johns Hopkins University Press, 1980)です。目次詳細は書名のリンク先をご覧下さい。ジョンソンの訳書は、『差異の世界――脱構築・ディスクール・女性』(原著1987年;大橋洋一・青山恵子・利根川真紀訳、紀伊國屋書店、1990年)、『詩的言語の脱構築――第二ボードレール革命』(原著1979年;土田知則訳、水声社、1997年)に続く3冊目。約20年ぶりの訳書であり、原著刊行から数えると36年目の翻訳となります。また訳者の土田さんにとってはジョンソンの訳書を手掛けるのはこれで2冊目です。
★ジョンソンは緒言でこう書いています。「取り扱われる主な対立は以下のとおりである。男性/女性、文学/批評(第一章)、セクシュアリティ/テクスチュアリティ(第二章)、散文/韻文、オリジナル/反復(第三章)、詩/理論、行為遂行的/事実確認的、言及/自己-言及(第四章)、明瞭/不明瞭、科学/文学、統辞論/意味論(第五章)、純真/皮肉、殺人/過失、犯罪者/犠牲者/裁定者(第六章)、そして最後は、文学/精神分析/哲学、および、これにともなうあらゆる二項および三項対立。また、差異が解釈に介入する方法にこうした数方程式を適用できるのか、という議論も含まれることになるだろう(第七章)」(xi-xii頁)。また、こうも書いています。「本書は、現代のいわゆる脱構築的批評理論によって提示された諸問題に正面から立ち向かおうとする一読者の苦闘の記録でもある」(xiii頁)。
★さらに「本書全般にわたって関心の対象になるものがもしあるとすれば、それはおそらく、文学ないしは理論の内で未知のものが立ち働いている、ということの重要性である。未知のものとは断じて否定的=消極的な要因あるいは不在の因子ではなく、往々にして、意味の展開の背後にある不可視の誘導力なのだ。無知、盲目、不確実、誤読といったものの力は、恐るべきものとして認識されていないだけに、しばしば、いっそう恐るべきものになる。文学は未知のものに最も余念のない言説だと、私には思える」(xiv頁)。土田さんは訳者あとがきで本書に対する深い愛着を述べるとともにこう印象を綴っておられます。「ジョンソンの仕事は抜きんでた知性の輝きを放っていた。中でも本書は別格だった。ポール・ド・マンの書物には読者の理解を拒むような敷居の高さがあるが、本書にはそれがほとんど感じられない」(271頁)。帯文にあるように読者は本書を通じて「イェール学派の真髄」に接することになるでしょう。まさに記念碑的な訳書です。
★なお、法政大学出版局さんではここしばらく次々と重要書を刊行されていることは周知の通りです。
『市民力による防衛――軍事力に頼らない社会へ』ジーン・シャープ著、三石善吉訳、法政大学出版局、2016年7月、本体3,800円、四六判上製334頁、ISBN978-4-588-60344-0 C0331
『レヴィナス著作集 2 哲学コレージュ講演集』エマニュエル・レヴィナス著、ロドルフ・カラン/カトリーヌ・シャリエ監修、藤岡俊博/渡名喜庸哲/三浦直希訳、法政大学出版局、2016年7月、本体4,800円、A5判上製424頁、ISBN978-4-588-12122-7
『実在論を立て直す』ヒューバート・ドレイファス/チャールズ・テイラー著、 村田純一監訳、染谷昌義/植村玄輝/宮原克典訳、法政大学出版局、2016年6月、本体3,400円、四六判上製304頁、ISBN978-4-588-01045-3
『真理と正当化――哲学論文集』ユルゲン・ハーバーマス著、三島憲一/大竹弘二/木前利秋/鈴木直訳、法政大学出版局、2016年6月、本体4,800円、四六判上製476頁、ISBN978-4-588-01044-6
★さらに来月には以下の新刊が予告されています。盟友だった二人の故人――デリダさんと豊崎さんの対話本であり、世界初の書籍化となるそうです。
『翻訳そして/あるいはパフォーマティヴ――脱構築をめぐる対話』ジャック・デリダ/豊崎光一著/豊崎光一訳/守中高明監修、法政大学出版局、2016年9月、本体2,000円、四六判上製182頁、ISBN978-4-588-01048-4
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★また、最近では以下の書籍との嬉しい出会いがありました。
『ヘリオガバルス――あるいは戴冠せるアナーキスト』アントナン・アルトー著、鈴木創士訳、河出文庫、2016年8月、本体800円、240頁、ISBN978-4-309-46431-2
『輝ける都市』ル・コルビュジエ著、白石哲雄訳、河出書房新社、2016年7月、本体10,000円、B4変形判上製352頁、ISBN978-4-309-27621-2
『エリュトラー海案内記2』蔀勇造訳註、東洋文庫、2016年8月、本体3,100円、B6変型判上製函入376頁、ISBN978-4-582-80874-2
『宗教現象学入門――人間学への視線から』華園聰麿著、平凡社、2016年8月、本体3,400円、4-6判上製312頁、ISBN978-4-582-70353-5
『藤田嗣治 妻とみへの手紙 1913-1916 上巻 大戦前のパリより』藤田嗣治著、林洋子監修、加藤時男校訂、人文書院、2016年7月、本体8,500円、A5判上製302頁、ISBN978-4-409-10036-3
『藤田嗣治 妻とみへの手紙 1913-1916 下巻 大戦下の欧州より』藤田嗣治著、林洋子監修、加藤時男校訂、人文書院、2016年8月、本体8,500円、A5判上製348頁、ISBN978-4-409-10037-0
『少年少女のための文学全集があったころ』松村由利子著、人文書院、2016年7月、本体1,800円、4-6判並製192頁、ISBN978-4-409-16098-5
『デザイン史――その歴史、理論、批評』藪亨著、作品社、2016年8月、本体3,000円、A5判上製297頁、ISBN978-4-86182-561-3
『歴史としての社会主義――東ドイツの経験』川越修/河合信晴編著、ナカニシヤ出版、2016年7月、本体4,200円、A5判上製296頁、ISBN978-4-7795-1080-9
★アルトー『ヘリオガバルス』(仏語原著1934年刊)は、多田智満子訳(白水社、1977年;白水uブックス、1989年;『アントナン・アルトー著作集Ⅱ』1996年)以来の新訳。河出文庫でのアルトー作品は、『神の裁きと訣別するため』(宇野邦一/訳、河出文庫、2006年7月;鈴木創士訳「ヴァン・ゴッホ 社会による自殺者」を併載)以来、実に10年ぶり。カヴァー裏紹介文はこうです。「未来を震撼させる巨星アルトーのテクスト群に「比類なき仕方で君臨する」(ドゥルーズ)名著『ヘリオガバルス』を第一人者が新訳。14歳で即位して18歳で惨殺されたローマ少年皇帝の運命に究極のアナーキーを見出し、血塗られた歴史の深部に非有機的生命=「器官なき身体」の輝きを開示する稀代の奇書にして傑作が新たな訳文によってよみがえる」。目次は以下の通り。バッシアヌス一族の系図、献辞、第一章「精液の揺り籠」、第二章「諸原理の戦争」、第三章「アナーキー」、補遺1「イルシューの分裂」、補遺2「シリアにおける太陽の宗教」、補遺3「ラムの黄道十二宮」、注、訳者あとがき。補遺は原著に収録されているテクストですが、今般初めて訳されるものです。
★ヘリオガバルスがアナーキストたる所以は例えば次のように描写されています。「ヘリオガバルスがおし進める地点におけるアナーキーとは、現実化された詩なのである。/どんな詩のなかにも本質的な矛盾がある。詩とは、粉砕されてめらめらと炎をあげる多様性である。そして秩序を回復させる詩は、まず無秩序を、燃えさかる局面をもつ無秩序を蘇らせる。それらはこれらの局面を互いに衝突させ、それを唯一の地点に連れ戻す。〔・・・〕その実在そのものが秩序への挑戦である世界のなかに詩と秩序を連れ戻すことは、〔・・・〕諸事物と諸局面のアナーキーである名前なきひとつのアナーキーを取り戻すことであるが、それら事物と局面は、統一性のなかにあらためて沈み込み、融合してしまう前に覚醒するのである。だがこの危険なアナーキーを目覚めさせる者はつねにその最初の犠牲〔いけにえ〕である」(157-158頁)。
★ル・コルビュジエ『輝ける都市』は発売済。原書は1935年に刊行された、La ville radieuseです。ル・コルビュジエによる最初の都市論の待望の初訳です。類似の訳書名に坂倉準三訳『輝く都市』(SD選書、鹿島出版会、1968年)がありますが、こちらはManière de penser l'urbanisme(1947年)の翻訳で、今回の『輝ける都市』とは別物です。ちなみに『輝く都市』の旧版あとがきで坂倉さんはこう書いておられます。「この“都市計画の考え方”は、彼の“輝く都市”理論の解説であり、またようやく決定版でもある」と。他方、今回の『輝ける都市』はル・コルビュジエの都市論の原点で、原書通りの判型で訳書も作られています。大判のこのヴォリューム、さらに図版多数で1万円というのは、さすが河出さんです。内容見本によれば、豊富な図版コラージュや斬新なレイアウトはコルビュジエ自身の手によるものであり、訳書では彼の本文デザインを損なうことなく日本語に置き換えた、とのことです。これは同業者なら存外に難しい課題であるとただちに理解できるものです。漢字仮名まじり文はアルファベットの文字列のようなシンプルさを持ち合わせていないので、下手をすればたちまちバランスが崩れてしまいます。しかし訳書の装丁と組版を担当された松田行正さんと杉本聖士さんは破綻なく日本語版をまとめておられ、目を瞠るばかりです。
★主な目次は以下の通り。第1部「前提」、第2部「現代の技術」、第3部「新たな時代」、第4部「“輝ける都市”」、第5部「プレリュード」、第6部「諸計画」、第7部「農村部の再編成」、第8部「結論」、あとがき、「「輝ける都市」を読んで」(槇文彦)、「失われた精神の輝きが蘇る」(伊東豊雄)、監訳者あとがき。槇さんはこう書いておられます。「「輝ける都市」は〔・・・ル・コルビュジエの〕都市計画、すなわちアーバニズムへの世界観を、それも単なる思想だけでなく、その具体的な三次元の空間論までも含めた一つの壮大な結晶体」(348頁)だと。一方、伊藤さんはこう書かれています。「人間への愛情に満ちた目線〔・・・〕。古い習慣からの解放と新しい自由の獲得。〔・・・〕経済万能の世界に変わっても、この書はすべての建築家の中に失われた精神の輝きを蘇らせてくれる」(350頁)。そしてコルビュジエはこう書きます。「人間の本質に立ち返る道を見つけなければならない。〔・・・〕人間を目覚めさせるのだ。その心を捉え、活気づけ、鼓舞するのだ。無気力だった人間を活動的な人間へと変えるのだ。消極的だった人間を参加させるのだ。〔・・・〕彼自身の奥底に眠っている創造的な行為にだ。不毛な消費で気を紛らすのはやめるんだ」(151頁)。『輝ける都市』は今も変わらぬ情熱の熱線を放つ、新時代のためのマニフェストです。
★『エリュトラー海案内記2』はまもなく発売。東洋文庫の第874巻です。全2巻完結。「1世紀頃の紅海からインド洋にかけての交易の実態を伝える決定的史料を、最新の研究成果を盛り込んだ的確・綿密な注釈で読む。第2巻には総索引を付す」と帯文に謳われています。第2巻は第38~66節までを収録。第1巻から続く訳者解題では、エリュトラー海における航海、交易、交易に関わるその他の諸問題が解説されています。索引は人名・地名・事項を収録。訳者あとがきによれば、刊行まで20年以上を要したとのことです。東洋文庫の次回配本は9月、覚訓『海東高僧伝』(小峯和明/金英順編訳)です。
★華園聰麿『宗教現象学入門』はまもなく発売。1989年から2009年にかけて公刊された、ミュラー(Friedrich Max Müller, 1823-1900)、オットー(Rudolf Otto, 1869-1937)、ファン・デル・レーウ(Gerardus van der Leeuw, 1890-1950),
メンシング(Gustav Mensching, 1901-1978)、エリアーデ(Mircea Eliade, 1907-1986)らをめぐる論考に加筆修正を施し一冊にまとめたもの。目次を列記すると、序章「宗教現象学をめぐる動向」、第一章「宗教現象学における人間学的理解――序説」、第二章「オットーの宗教学における人間学的理解」、第三章「ファン・デル・レーウの宗教現象学の人間学的考察」、第四章「エリアーデの宗教学の人間学的理解――「ヒエロファニー」のカテゴリー的解釈の試み」、第五章「メンシングの宗教学の人間学的理解」、終章、注、参考・引用文献、あとがき、事項索引、人名索引、となっています。著者の華園さんは周知の通り、オットーの主著『聖なるもの』の新訳を創元社より2005年に刊行されています。なお、この本で取り上げられているファン・デル・レーウには、本書と同じ題名の訳書『宗教現象学入門』(田丸徳善訳、東京大学出版会、1979年)がありますが、残念ながら絶版です。
★『藤田嗣治 妻とみへの手紙 1913-1916』は上巻が発売済で下巻がまもなく発売。帯文によれば「無名時代の画家・藤田が最初の妻とみへ宛てた179通の書簡を完全復刻!」(上巻)、「欧州大戦はじまる!混乱のヨーロッパから妻とみへ宛てた書簡を完全復刻!」(下巻)と。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。上巻には資料番号1~59の書簡、下巻には60~179の書簡が収められています。監修者の林さんによる「刊行にあたって」によれば、本書に収められた書簡群は1980年ごと、千葉県市原市のとある旧家の蔵から発見された柳行李に入っていたもの。80年代末に公刊準備が進められたものの頓挫し、2003~2004年に「パリ留学初期の藤田嗣治研究会」により私家版『藤田嗣治書簡――妻とみ宛』として刊行されたといいます。そして今回あらためて全文復刻出版が企図された、と。「いったん失われた文字データの再入力と校正」(下巻、林さんによる「編集後記」)の手間を取ったとのことで地道なご苦労が偲ばれます版権表記は、Fondation Foujita, ADAGP, Paris & JASPAR, Tokyoとなっています。出版にあたり資生堂が助成金を捻出されています。貴重な一次資料の刊行に敬意を表する次第です。
★松村由利子『少年少女のための文学全集があったころ』は発売済。新聞記者出身の著者による「児童文学への愛にあふれる珠玉のエッセイ」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「食いしん坊の昼下がり」「記憶のかけら」「読むという快楽」「偏愛翻訳考」「読めば読むほど」の5部構成で、取り上げられている本は巻末の「この本に出てきた本の一覧」に纏められています。その数、百数十点。小学館、岩波文庫、講談社、学研、創元社、河出書房など各社の少年少女文学全集も含めると、300点以上になります。「古典を知り、さまざまな国々の文化を知るうえで、本という形はまだまだ有効である。子どものころに、そのエッセンスに触れることはプラスにこそなれ、マイナスにはならない。そして、グローバル化が進み、共通語としての英語がますます力をもつようになった時代だからこそ、多様な言語で書かれた名作を美しい日本語で読む意味がある。世界が複雑化し、子となる文化や歴史を抱える人たちへの理解が一層大切になってきた今、読み巧者の文学者や教育者が子どもたちのために古今東西の名作を網羅した全集を、再び編んでくれないだろうかと願っている」(181頁)とのご意見に大きな共感を覚えます。
★藪亨『デザイン史』は発売済(8月3日取次搬入済)。帯文はこうです。「十九世紀における美術工業運動、装飾芸術と美的ユートピア、近代美術工業とデザイン、デザインとメディア……。こうした一連のテーマをめぐって近代の西欧と日本に現れるデザイン運動について、その意義と成果を直接に掘り起し、デザイン史の歴史、理論、批評の可能性に迫る」。目次を列記しておくと、序章「デザインとデザイン史」、第I章「十九世紀における美術工業運動」、第II章「装飾芸術と美的ユートピア」、第III章「近代美術工業とデザイン」、第IV章「メディアとデザイン」、終章「デザイン史の課題」、あとがき、収録図版出典一覧、事項索引、人名索引です。1973年から2013年にかけて折々に発表されてきた論考に一部改稿を加えて一冊としたもの。「本書は、私がこれまで歩んできたデザイン史研究のおおまかな足跡であり道程でもある」(あとがき)とのことです。著者の藪亨(やぶ・とおる:1943-)さんは大阪芸術大学名誉教授。著書に『近代デザイン史――ヴィクトリア朝初期からバウハウスまで』(丸善、2002年)があります。
★『歴史としての社会主義』は発売済。帯文に曰く「社会主義とは何だったのか。東ドイツ社会を生きた人々の日常生活の一面を掘り起こし、社会主義社会の歴史的経験を検証する」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「いまなぜ東ドイツか」「東ドイツ社会を生きる」「歴史としての社会主義」の3部構成で11篇の論考が寄せられたアンソロジーです。巻末に参考文献、東ドイツ史略年表、索引(人名および事項)が付されています。「東ドイツの国内の政治と経済・社会を分析しつつ、意識的に日本や東ドイツをはじめとした戦後社会との類似点、相違点についても言及している」(あとがきより)。「第二次世界大戦後の東ドイツの人々の日常的な経験が戦後日本社会を生きた人々の経験と無縁ではない〔・・・〕。急激な農地改革とそれにともなう農村社会の変化、コンビナート化され巨大化する工場の内外における稠密な人間関係、家族関係の変動と急速な高齢化、大衆化する休暇旅行をめぐる労働者と企業・政府間の葛藤、伝統的な大衆音楽と外から流入する新しい音楽のぶつかりあいと融合、マイナーな集団による社会的な抵抗が独裁的政治というダムを決壊させうる可能性等々、東ドイツの人々の日常は、もちろんまったく同じだったわけではないが、私たちの日常でもあったのではないか?」(第一章、11頁)。
備忘録(33)
★2016年8月8日22時現在。
アマゾンの定額読み放題サービス「Kindle unlimited」がこのところ話題になっていますが、出版業界では本日報道された独禁法違反容疑の件も重大な関心を呼んでいます。また、4か月前の情報開示命令の件にも高い関心が集まっていたことを思い出しておきます。
まずは独禁法違反容疑の件。関係者による匿名情報である点に注目。
「朝日新聞」8月8日付、贄川俊氏記名記事「アマゾンに立ち入り検査 公取委、独禁法違反の疑いで」では「取引先がライバル社と契約を結んだ際、アマゾンも同じ内容の契約を結べるように求めるなどしていたという。/独禁法は、取引先がライバル社と取引する際に障害となるような条件をつけて、取引先の事業活動を不当に拘束することを、不公正な取引方法の一つである「拘束条件付き取引」として禁止している。/公取委は、アマゾンジャパンが日本の取引先との契約で、▽ライバル社に有利な条件を提供する時はアマゾンに通知する▽最低でもライバル社と同条件でアマゾンと契約する、などの条項を付けていて、ライバル社がアマゾンと競争することを困難にしていた、とみている模様だ」。
「産経新聞」8月8日付記事「アマゾンジャパンに公取委が立ち入り 他より安値の販売を出品業者に強要」によれば「インターネット通販大手アマゾンジャパン(東京)が、出品する業者に対して販売方法を不当に拘束していた疑いがあるとして、公正取引委員会が独禁法違反(拘束条件付き取引)容疑で、同社を立ち入り検査したことが8日、分かった。〔・・・〕アマゾンジャパンは米インターネット通販大手アマゾン・コムの日本法人。ホームページによると、1998年9月に株式会社として設立され、現在は合同会社に移行している」。
「毎日新聞」2016年8月8日付、樋岡徹也氏記名記事「公取委 アマゾン立ち入り検査 出品価格拘束の疑い」によれば「インターネット通販大手の「アマゾン」が自社の通販サイトに出品する業者に対し、商品の価格を他社の通販サイトよりも安くすることなどを求めていた疑いが強まったとして、公正取引委員会は8日、独占禁止法違反(不公正な取引方法)容疑で、日本法人「アマゾンジャパン」(東京都目黒区)に立ち入り検査した。公取委は、同社の担当者から事情を聴くなどして全容解明を進める方針だ」。
「ブルームバーグ」8月8日付、黄恂恂氏記名記事「アマゾン日本法人に公取委立ち入り検査、独禁法違反の疑い-関係者」によれば「インターネット通販の米アマゾン・ドット・コムの日本法人が、公正取引委員会から独占禁止法違反の疑いで立ち入り検査を受けていたことが8日、関係者の話で分かった。〔・・・〕関係者は情報が非公開であるため匿名を条件に語った。〔・・・〕先に日経新聞の電子版が同立ち入り検査を報じていた。アマゾンジャパンの川瀬奈月広報担当は、コメント控えると電話取材に対して回答した。公取委の担当者もコメントを控えた」。
「読売新聞」8月8日付記事「アマゾンに立ち入り検査…有利な条件で出品要求」によれば「関係者によると、アマゾンジャパンは自社サイトに商品を出品する業者と契約を結ぶ際、「楽天」や「ヤフー」など他社の通販サイトに同じ商品を出品する場合にはアマゾンと同価格とするか、アマゾンの方をより安く設定するよう求める条項を盛り込んでいる。公取委は、こうした取引は不公正な取引方法の一つの「拘束条件付き取引」に当たり、他社とアマゾンとの競争を妨げ、新規参入も阻害しているとみている」。
関連記事には以下のものがあります。
「日本経済新聞」8月8日付記事「公取委、アマゾンに立ち入り 事業者を不当拘束の疑い」
「共同通信」8月8日付記事「アマゾンジャパン立ち入り 公取委、独禁法違反容疑」
「時事通信」8月8日付記事「アマゾンジャパンに立ち入り=出品者を不当制限か-公取委」
次に、4か月前の情報開示命令の件。
「毎日新聞」2016年4月11日付記事「アマゾン サイト運営主体は日本法人 名誉毀損訴訟」)によれば「原告は東京都内のNPO法人。書籍に対するレビューで名誉を傷つけられたとして昨年3月、アマゾン本拠の米国法人を相手に東京地裁に訴訟を起こした。同6月には、日本法人も提訴。アマゾン側がサイト運営主体を日本法人と認めたため、原告側は同8月、米国法人への訴えを取り下げた。/判決は、レビューが「事実でなく社会的評価を低下させた」と指摘。アマゾンジャパンは控訴せず、確定した。原告側は今後、開示情報を基に投稿者の責任を追及する。/原告代理人の弁護士によると、グーグルやツイッターなどは、日本法人に情報開示を求めても「海外本社が対応する」と拒否するという。本国法人を日本の裁判所に訴えることはできるが、大使館を経由するなどして相手に訴状が届くまで数カ月かかる上、資料の外国語訳も必要で負担は大きい。〔・・・〕情報セキュリティ大学院大の湯浅墾道教授(情報法)の話 海外企業が提供するインターネットサービスの投稿で名誉を傷つけられても、海外本社に投稿者の情報開示を求めるのは容易でなく、泣き寝入りする被害者もいた。アマゾンが日本法人をサイトの運営主体と認めた対応は画期的で、先例にすべきだ。責任を追及しやすくなることで悪質な投稿への警鐘になる」。
「J-CASTニュース」4月12日付記事「アマゾン・レビューに「悪口」書けなくなる? 投稿者情報「開示命令」から学ぶべき注意点とは」によれば「東京都内のNPO法人が通販サイト「Amazon」を運営するアマゾン・ジャパン(東京都目黒区)にレビュー投稿者情報の開示を求めていた訴訟が決着した。東京地裁は、投稿者のIPアドレスや氏名、住所、メールアドレスを開示するよう同社に命じた。〔・・・〕匿名ユーザーを特定する場合、基本的に2段階の手続きを踏まなければならない。サイト運営会社にIPアドレスの開示を請求し、その上でプロバイダ(接続業者)にも住所、氏名の開示を求める。/しかし、この方法は期間的にも費用的にもハードルが高い。それだけに、1段階での情報開示を認めた今回の判決を「至極妥当」「画期的」だと称賛する声は多い。〔・・・〕ネット上の誹謗中傷やプライバシー侵害に関する著書を持つ、神田知宏弁護士はJ-CASTニュースの12日の取材に「商品へのレビューは基本的に個人の感想ですので、不適切な表現を使わない限り適法です。損害賠償請求訴訟はもちろん、削除請求も発信者情報開示請求も受けません。その意味では、レビューの開示請求が言論弾圧ではないか、と心配する必要はないでしょう」と説明する。/また、今回のような判決内容も「異例」でなく「数はそれほど多くありませんが、過去にヤフオクや楽天などで似たような開示請求の裁判例があります。被告が実名登録サイトなら、プロバイダへの開示請求をスキップできます」という。/加えて、レビューをする際の注意点として「商品へのレビューにとどめ、出品者への個人攻撃をしてはならない」「商品のレビューは個人の感想にとどめ、裏の取れていない虚偽の事実や推測を書いてはならない」「個人の感想を書くにしても、不適切な表現を使ってはならない」の3つを挙げた。〔・・・〕「従前、アマゾン・レビューの投稿者を特定するには米国本社(アマゾン・ドット・コム インターナショナル セールス インク)を被告にする必要がありました。米国本社を訴え直したという事例も過去に報告されています。ですがアマゾン・ジャパンは今回、自らをプロバイダ責任制限法の「開示関係役務提供者」(匿名ユーザーを特定するための情報を提供する主体)と認めました。この『認めた』という方針が今後も継続されれば、被害者救済に資するものと思われます」」。
関連記事は数多いですが、以下に一部を記します。
「共同通信」4月11日付記事「サイト運営主体は日本法人 アマゾン、異例の対応」
「日本経済新聞」4月11日付記事「アマゾンに開示命令 中傷書評の投稿者情報巡り東京地裁」
「産経新聞」4月12日付記事「アマゾン「日本法人がサイト運営」 係争中の訴訟で認める異例の対応」
出版人や作家にとって、アマゾンではvineメンバーにすら眉を顰めたくなるレビューが散見されるのが現実です。利用者にとっても必ずしも信頼性が高くない場合があり、野放図な状態が続いていると言わざるをえません。
アマゾンのレビュー欄問題は今に始まったことではなく、長らく問題であり続けています。上記の裁判に触れて千葉商科大学国際教養学部専任講師の常見陽平さんは「陽平ドットコム~試みの水平線~」の4月12日付エントリー「Amazonが誹謗中傷プラットフォームじゃなくなる日はくるのか?」ではこうきっぱりと書かれていました。「もちろん、消費者が声を発信できる時代を否定するつもりはない。その手の誹謗中傷や、逆にステマ的な礼賛も含め、すべてこの世界で起きてしまっている問題ではある。/ただ、そんなイタズラ書きに満ちた「売り場」を放置していたAmazonは相当罪深い、野蛮な企業だと思う。TSUTAYAや紀伊國屋書店にそんな「口コミ」という名の落書きがたくさん貼りだされていたら、嫌だ。行くだけで傷つく店には行きたくないのだ。この手の裁判が起こる前に、なぜレビューの健全化に取り組まなかったのか。/これでは、誹謗中傷プラットフォームではないか」。
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9月上旬発売予定:森山大道『Osaka』
2016年9月5日取次搬入予定 *芸術書、写真集
Osaka
森山大道=写真
月曜社 2016年9月 本体3,500円 B5判(タテ235mm×ヨコ190mm×ツカ12mm)ハードカバー204頁(モノクローム写真157点/ダブルトーン印刷) ISBN:978-4-86503-035-8
アマゾン・ジャパンにて予約受付中。
森山大道のすべての原点である大阪・・・・「大阪から上京して、すでに55年もの歳月が経ついまのぼくにとって、大阪は限りなく懐かしい場所である。たまたま聴いた歌によって視界いっぱいに当時の街のイメージが映り見えてしまうのだから」。『大阪+』(月曜社、2007年)とそれに未収録の作品を加えた作品群より写真家自身が選り抜いて編集した決定版。撮影年=1996年前後。巻末エッセイ「大阪のこと」(日本語)、「Dark Pictures」(英語)、年譜付。
森山大道(もりやま・だいどう):1938年生まれ。最近の作品集に、『記録 31号』(Akio Nagasawa Publishing、2016年4月)、『NOTHERN 普及版』(図書新聞、2016年3月)、『犬と網タイツ』(月曜社、2015年10月)、写真論・エッセイ集『通過者の視線』(月曜社、2014年10月)など。雑誌「BRUTUS」2016年3月1日号での全面特集が組まれ、パリのカルティエ財団現代美術館で2016年2月から4ヶ月にわたって2度目の個展が4ヶ月にわたって開催された。
森山大道『犬と網タイツ』『ニュー新宿』重版出来
★森山大道さん(写真集:『新宿』『新宿+』『ニュー新宿』『大阪+』『パリ+』『ハワイ』『NOVEMBRE』『にっぽん劇場』『何かへの旅』『オン・ザ・ロード』『カラー』『モノクローム』『犬と網タイツ』)
好評既刊書2点の重版ができあがりました。
『犬と網タイツ』2刷:2016年8月8日出来
『ニュー新宿』2刷:2016年8月10日出来
また、「ニューヨーク・タイムズ」紙2016年8月1日付「レンズ:写真、映像、映像報道」欄に森山さんのエッセイの英訳「In Shinjuku, ‘Blade Runner’ in Real Life」が掲載されました。文末に「This essay has been adapted from “Daido Tokyo,” by Daido Moriyama. Used by permission of Getsuyosha Limited. Reproduced by arrangement with Thames & Hudson Inc.」と書かれていますが、これは今年5月にテムズ&ハドソン社から今春刊行された写真集『Daido Tokyo』に掲載されたもので、弊社刊『通過者の視線』(月曜社、2014年)に収録されたエッセイ「新宿」の抄訳となっています。初出は『新宿』(月曜社、2002年)の付録としてでした。ちなみに同書は八重洲BC本店4F人文書売場(TEL:03-3281-8204)にて1冊だけ在庫しており(「月曜社フェア」終了後に継続展開していただいています)、もちろん付録付なので、ご興味のある方はお早目にお問い合わせください。版元品切のレア本で店頭在庫があるのは同店のみとなります。
なお、テムズ&ハドソン版『Daido Tokyo』は、月曜社版では『カラー』や『犬と網タイツ』と重複していますが、未収録のものもあります。アマゾン・ジャパンで購入することもできます。
※月曜社フェア@八重洲BC本店は終了していますが、『新宿』や『羅独-独羅学術語彙辞典』など、一部の絶版本は扱いを継続していただいています。詳しくはお店にお問い合わせください(TEL:03-3281-8204)。
※なお、哲学書房版『羅独-独羅学術語彙辞典』を店頭でご確認のうえお買い求めになりたいお客様はぜひ八重洲BC本店、丸善丸の内本店、ジュンク堂書店池袋本店をご利用下さい。弊社での直販も継続しております。
★竹田賢一さん(著書『地表に蠢く音楽ども』)
静岡県藤枝市で来週行われる次のイベントにご出演されます。
◎『世界の断崖で九条を叫ぶ』 howling the CUJO on the edge of the world.
会場:すぎ石彫工房いっとう小さな私美術館(静岡県藤枝市瀬戸ノ谷、藤枝・不動峡・杉村孝作業場「9条の碑(いしぶみ)」前)
正午開始:終了時間未定
雨天決行:激烈な荒天の場合は中止
観覧無料:チップインスタイル(集まったお金の一部は「9条の碑」支援金に使わせていただきます)
出演:
遠藤隆幸 ディジュリドゥ奏者
鈴木大治 言触(演劇)
イシデタクヤ 舞踏
youth of kawamukou パンクス
竹田賢一 エレクトリック大正琴・思想家
杉村孝 「9条の碑」制作者・石彫刻家
企画制作:ユーコ・あくび
※駐車場はありますが、出来るだけ相乗りでお越し下さい。駐車場の誘導はありません。車両移動にはご注意下さい。トイレは駐車場にあります。飲食の販売はありません。予約不要ですが、事前にお知らせいただけると幸いです。
内容:この道の先が断崖ならば、今わたしに何ができるのか、あるいは何をすべきなのか。世界が灰と瓦礫に化すのが定めならば、わたしは何ができるのか、あるいは何をしたいのか。石に刻まれた言葉は死者たちの「呪詛」なのか、それとも扉を開く「祝詞」なのか。わたしは抗うことができるだろうか、誇り高く不屈の民を自認し続けられるだろうか。2015年8月15日、藤枝市滝ノ谷の不動峡で「9条の碑(いしぶみ)」が披露された。藤枝市在住の石彫刻家・杉村孝が「不戦」を祈願して、一年をかけて製作した、高さ約3メートル、重さ約5トンの石彫刻である。幼少期に戦争を体験している杉村は、「9条の碑」を未来に伝える石の手紙として誰もがいつでもみられるように、静岡県下の公有地での建立を目指したが、いずれの行政機関もこれを受け入れず、いまだに設置先は定まっていない。小笠原諸島が日本に返還された1968年、杉村孝は硫黄島の通称すり鉢山で、戦没者慰霊碑建立作業に参加した。現地で戦争の悲惨を聞き、地下壕に残された日本軍のおびただしい遺留品を手にとった。誰に要請されるでもなく、杉村は米軍が上陸した東海岸の岩場に「延命地蔵菩薩」を彫った。道具袋には暗黒の地下通路の中でひろった「錆びた銃剣」が入っていた。二十年後、杉村は不動峡の絶壁に八年を費やして巨大な不動明王座像を刻んだ。磨崖仏の下を流れる滝ノ谷川は、東日本大震災犠牲者の鎮魂を願う杉村が、極寒の中で滝つぼに身を沈める「表現」を行った清流である。「9条の碑」は、この渓流を遡った杉村孝の作業場にある。「9条の碑」に落ちる雨粒は、滝ノ谷川を流れ、駿河湾に流れ込み、海は硫黄島に続く。空襲に恐怖した八歳の杉村と、地下道の何百体という遺骨に涙した三十一歳の杉村が、七十八歳の杉村の前に在る。この国の誰かが拒絶した「9条の碑」の中に居る。
声は消える、音は消える、舞踏は消える。
だが「石に刻んだ言葉」は残る。
もし今その意味が判らなくても、
百年後にその意味が判るかもしれない。
もし今その意志を皆が棄ててしまっても、
千年後に誰かがその意志を継いでくれるかもしれない。
★鵜飼哲さん(共訳:ジュネ『公然たる敵』)
市民アートサポートICANOF(イカノフ)さんの2016年度(第14回)企画展『赤城修司+黒田喜夫 ——— 種差デコンタ2016』にご出演されます。
◎デコンタ・フォーラム 2:[種差とカリオキバ]
日時:2016年8月27日(土)
場所:アメリカンダイナー Rody's 2F(八戸市十六日町21/TEL:0178-71-2933)
※要ワンドリンク代・定員80名・申込不要
プログラム:
13時~:倉石信乃講演『孤島論 ——— 土の深浅』
13時半~:矢野静明・金村修・赤城修司ほか『写真と絵画のグリスマ(glissement)』
14時半~:鵜飼哲講演『空想の笑い ——— 黒田喜夫の詩的方法の探求』
15時45分~17時45分:クロストーク#2『ツヅボウないしはツチボウ:地中の武器』出席:飴屋・山川・椹木・露口・八角・鵜飼、ほかトーク講師陣
内容:災源から60キロ圏に住む福島市民 赤城修司によるツイッター写真「除染土仮置場:デコンタ(DeContaminant)」展示にいま、山形出自・没後30年の忘れられた前衛詩人 黒田喜夫による「飢餓の思想:地中の武器」が甦る。とすれば、美術批評家 椹木野衣による「赤城論」と文学思想家 鵜飼哲による「黒田論」が炸裂する開幕トーク《デコンタ・フォーラム》も見逃せないはず。「畳を剥がし根太を切りひと掴みの種を蒔き、ここがわたしたちの土地よ」と、母たちはウタいウッタう、水位を増す種差(たねさし)岸礁で。低線量型〈種差(しゅさ)変異〉の野兎たちもウッテウつ「破れた袋から螢烏賊に似た軟体がうようよ、みんなあなたの種よ、貪婪だわ」と。ミンナアナタノ蒔イタ種? 「おお!本望だわ」。そこに失踪せる死者たちの隷属・統治を拒む〈断種のエロス〉を看破しうるなら。(豊島重之)
主催:市民アートサポートICANOF/共催:八戸市美術館
キュレーション:豊島重之(ICANOF)
協賛:南部電機(株)、番丁庵、(株)キタムラ、(株)惣門
後援:八戸学院大学・八戸学院短期大学 地域連携研究センター、東奥日報社、デーリー東北新聞社、青森放送、青森朝日放送、BeFM、(公社)八戸観光コンベンション協会、八戸市文化協会
問合せ:ICANOF事務局 090-2998-0224
★毛利嘉孝さん(著書:『文化=政治』、共訳:クリフォード『ルーツ』、ギルロイ『ブラック・アトランティック』)
ご高著『文化=政治』(月曜社、2003年、品切重版未定)が、SEALDs(自由と民主主義のための学生緊急行動)の皆さんによる「“今”を生き抜くための102冊」の1冊に選定されています。同リストはSEALDsのウェブサイトよりダウンロード可能です。
◆「SEALDs BOOKS SELECTION:“今”を生き抜くための102冊」
第一弾「基本選書15冊」に続く、選書プロジェクト第二弾です。“今”と向き合い、考え、他者と話し合うために、この社会に生きる人々と共有したい102冊です。私たちは半年間かけて、数百冊の候補の中から議論を重ね選書し、リストをつくりました。一冊一冊、レビューを付けて、ポスターにしました。ぜひ、ご覧下さい。
日本には社会を考えたり人間を考えたりする時に、読むべき素晴らしい本がたくさんあります。図書館や学校や地域文庫で書店で、そんな本を手渡してくれる「おとな達」がいて、私たちは本に興味を持ち、本が好きになりました。本からは、これからの社会をより良くする手掛かりを見つけることができます。本の中の言葉を共有することで、人と話し合うことが可能になります。本は、言葉を通して人と人とを結び、平和的に共存する社会を作っていく、大切なものです。私たちは学び、そして行動します。
【図書館員の方へ】:ポスターやリストを、図書館の掲示板や片隅に置いて頂けないでしょうか。A4サイズなので、ラミネート加工してリングを通して頂くこともできます。また、図書館で展示を企画して頂けたらと願っています。その時に、私たちの102冊選書が、なんらかの形で役に立てば幸いです。何か疑問などがございましたら、SEALDs選書班(sealdssensyo@gmail.com)までご連絡ください。
本日取次搬入:『反東京オリンピック宣言』航思社、ほか注目文庫新刊
弊社出版物でお世話になっている訳者の皆さんの最近のご活躍をご紹介します。
★小笠原博毅さん(共訳:ウォルターズ『統治性』)
★阿部潔さん(共訳:ウォルターズ『統治性』)
★鵜飼哲さん(共訳:ジュネ『公然たる敵』)
航思社さんから緊急出版された新刊『反東京オリンピック宣言』(本日8月16日取次搬入)に、小笠原博毅さんが共編者として関わっておられます。同書では、鵜飼哲さんが巻頭言「イメージとフレーム――五輪ファシズムを迎え撃つために」を寄稿され、阿部潔さんが「先取りされた未来の憂鬱――東京2020年オリンピックとレガシープラン」を、そして小笠原さんご自身は「反東京オリンピック宣言――あとがきにかえて」と題した文章を寄稿されています。
なお、同書に関連するイベント「おことわり東京オリンピック」が、今週末の8月21日(日)13時半より千駄ヶ谷区民館(原宿駅徒歩10分)1Fの会議室にて開催されるそうです。参加費500円。第一部で鵜飼哲さんが「動員イベントとナショナリズム」と題した発表をされるほか、小笠原さんも討論に参加されるとのことです。
また、小笠原さんは選集発売された「現代思想」2016年9月臨時増刊号(総特集=安丸良夫――民衆思想とは何か)にも「長脇差と葡萄――下和田村治左衛門始末の事」という論考を寄せておられます。ちなみにこの安丸良夫特集号と『反東京オリンピック宣言』の両方に寄稿されている方が小笠原さんのほかにもう一人いらっしゃいます。友常勉さんです。『反東京オリンピック宣言』には「トラックの裏側――オリンピックの生政治とレガシー・ビジネス、そして効果研究」と題した論考を、そして安丸特集号には「安丸良夫における革命と実践」を寄稿しておられます。
★中山元さん(訳書:ブランショ『書物の不在』)
ご高訳書である、アレント『責任と判断』(筑摩書房、2007年)がちくま学芸文庫の一冊として今月文庫化されました。「立ち止まって考えろ!それだけが善く生きる道だ!!思考なき世界の〈凡庸な悪〉とは何か?」という帯文が痛烈です。文庫化にあたり、巻末には「文庫版への訳者あとがき」が追加されています。そこではマルガレーテ・フォン・トロッタ監督による映画作品「ハンナ・アーレント」(2013年日本公開)が言及されていて、「『責任と判断』の中心を占める「道徳哲学のいくつかの問題」という長文の講義録」が、この映画で描かれていた「悪の凡庸さ」をめぐる問題「を軸にして展開され」ていると説明されています。「わたしたち日本人にとっても無関心ではありえない問題に焦点をあてている。/アレントはこれらの〔戦争犯罪を犯した〕人々がいかにして自己の道徳的な規範を喪失し、あるいは他者の道徳規範にすり替えてみずから道徳的な判断を行うことを停止していたかを、詳細に検討する。〔・・・「悪の凡庸さ」とは〕ふつうの人々が自分で考え、自分で道徳的な判断を下すというあたりまえのことをすることを回避したことによって、そのような巨大な犯罪が置かされたことを告発する言葉である。わたしたちもまた、自分で考える責任を回避した瞬間から、こうした凡庸な悪に手を染めるかもしれないのである」と。周知の通り、筑摩書房さんでは『責任と判断』の編者であるジェローム・コーンによるアレントの編書がもう一冊刊行されています。高橋勇夫訳『政治の約束』(2008年)です。この本もいずれ文庫化されるのかもしれません。
新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる本屋さん
2016年9月16日(金)プレオープン
美しが丘TSUTAYA:735坪(図書314坪、文具雑貨106坪、レンタル170坪、カフェ63坪、コスメ72坪)
北海道札幌市清田区美しが丘3条4-1-10
日販帳合。弊社へのご発注は芸術書主力商品。日販の出品依頼書によれば、札幌市のベッドタウンである清田区にある主要幹線・羊ケ丘通沿いに「最新型TSUTAYA」を出店と。経営主体は道内でTSUTAYAやブックオフをフランチャイズ出店していると聞く株式会社日光堂升井商店。代表取締役社長の升井修さんの挨拶状によれば、同社にとって5店舗目のTSUTAYAであり、「ステキな女性を中心とした家族が集まる街を創造」し「居心地上質な時間と空間を提案する」というコンセプトで、「地域コミュニティへのライフスタイル提案発信の場として、Book&Cafeを中心とした店づくり」を行っていくとのことです。9月16日(金)プレオープンで18日(日)がグランドオープン。営業時間は8時から25時です。
株式会社北海道TSUTAYAと株式会社日光堂升井商店の連名による7月12日付ニュースリリース「札幌市清田区に「TSUTAYA美しが丘」 ~居心地の良いBOOK&Caféを提案、2016年9月オープン~"あなたがあなたを見つける空間"~札幌市清田区に「TSUTAYA美しが丘」~居心地の良いBOOK&Caféを提案、2016年9月オープン~Café MORIHICO、@cosmeなど4つのテナントも出店」によれば「「TSUTAYA美しが丘」は、従来のCD・DVDレンタルや、本の販売に加えて、居心地の良い空間を演出したBOOK&Caféが加わり、「本」の中にある「ライフスタイル」を楽しんで頂けるお店になります。この BOOK&Caféは、地元の企業でもあるCafé MORIHICOとのコラボ出店となります。店内全体にcafeスペース(80席以上)をご用意し、約15万冊の本や雑誌と共にMORIHICO特製の本格自家焙煎コーヒーを楽しみながら、「本」を選ぶだけに留まらず、地域のお客様とともに大切な人との時間を共有する新しい「場」を提供して参ります。この他にも、コスメ〔@cosme store〕、パン屋〔felieeds(フィリーズ)〕、ジェラート店〔円山ジェラート〕、〔TSUTAYAの〕スマートフォンサービスの「TONE」と新たなテナントが加わり、居心地の良い時間と空間をお届け致します」と。
「北海道の今を読み解く地域経済ニュースサイト」を謳う「リアルエコノミー」の7月12日付記事「札幌・美しが丘に新タイプ「TSUTAYA」 モリヒコやブーランジェリーポームも出店」によると、今年5月17日に閉店(店舗オーナーとの契約期間満了)した「北雄ラッキー美しが丘店」の跡地であり、「函館新道に繋がるバイパス沿いにあるカルチュア・コンビニエンス・クラブ直営の函館蔦屋書店で培ってきたコト消費型店舗の普及版という位置づけの店舗になる。/道内のTSUTAYAは、CCC傘下の北海道TSUTAYAがFC本部になり、JXリテーリング(東京都板橋区)、北星(滝川市)、オカモトグループ(帯広市)などがFC展開をしているが、「美しが丘TSUTAYA」は、日光堂升井商店が手掛ける」と。ちなみに関連記事には2012年9月5日付「北雄ラッキー篠路店に直営の書籍売り場設置、同社運営のTSUTAYA撤退で書店難民を回避」があります。
フランチャイズ店でも今後、直営「蔦屋書店」と同様の新型複合店スタイルが広まっていくのかもしれません。一番大事なのはハコよりも人材の城が築けるかどうかであり、注視したいところです。支店が増えれば増えるほど人材育成が重要になりますが、店舗の増加と育成の強化はこの業界では往々にして両立していません。書店にせよ版元にせよ取次にせよ、人材に乏しければいずれ衰退するのは目に見えています。
注目新刊:『ドゥルーズ 書簡とその他のテクスト』、ほか
ドゥルーズ 書簡とその他のテクスト
ジル・ドゥルーズ著 宇野邦一・堀千晶訳
河出書房新社 2016年8月 本体3,800円 46判上製408頁 ISBN978-4-309-24769-4
帯文より:「思考とは怪物なのです」(ドゥルーズ)。ガタリ、フーコー、クロソウスキー、そして親しい友人たちに宛てられた哲学者の素顔を伝える手紙、重要なヒューム講義、『アンチ・オイディプス』についての対話などの未刊テクスト、生前は刊行を禁じられた初期論考を集成。未来の哲学者による最後の遺産。
目次:
はじめに
謝辞
書誌の計画
書簡
アラン・ヴァンソン宛て
クレマン・ロセ宛て
フランソワ・シャトレ宛て
ジャン・ピエル宛て
フェリックス・ガタリ宛て
ピエール・クロソウスキー宛て
ミシェル・フーコー宛て
ゲラシム・ルカ宛て
アルノー・ヴィラニ宛て
ジョゼフ・エマニュエル・ヴフレ宛て
エリアス・サンバール宛て
ジャン=クレ・マルタン宛て
アンドレ・ベルノルド宛て
デッサンと様々なテクスト
五つのデッサン
三つの読解――ブレイエ、ラヴェル、ル・センヌ
フェルディナン・アルキエ『シュルレアリスムの哲学』
フェルディナン・アルキエ『デカルト、人と作品』
ヒューム講義(一九五七-一九五八)
ザッヘル=マゾッホからマゾヒズムへ
ロベール・ジェラール『重力と自由』
教授資格試験用講義――ヒューム『自然宗教に関する対話』
愛をこめて語られたインディオ
ジル・ドゥルーズ、フェリックス・ガタリ――レーモン・ベルールとの
『アンチ・オイディプス』についての討論
音楽的時間
『フランシス・ベーコン 感覚の論理学』アメリカ版のための序文
初期テクスト
女性の叙述――性をもつ他者の哲学のために
キリストからブルジョアジーへ
発言と輪郭
マテシス、科学と哲学
ディドロ『修道女』のための序文
後記Ⅰ(堀千晶)
後記Ⅱ(宇野邦一)
人名索引
★まもなく発売。原書は、Lettres et autres textes (Minuit, 2015)です。巻頭の「はじめに」と「謝辞」は、特に記名はありませんが、編者のダヴィッド・ラプジャード(David Lapoujade, 1964-)によるものかと思います。周知の通りラプジャードはドゥルーズの死後に刊行された論文集成『無人島』『狂人の二つの体制』(いずれも二分冊で河出書房新社より訳書が出版されています)の編者であり、卓抜なドゥルーズ論『ドゥルーズ 常軌を逸脱する運動』(堀千晶訳、河出書房新社、2015年9月)を上梓しています。
★堀さんの「後記Ⅰ」によれば本書は『無人島』『狂人の二つの体制』に続く「「三巻目にして最終巻」(原書裏表紙)となることが告知されており、ミニュイ社からのドゥルーズの著作物の刊行は、これで一段落することになるだろう」とのことです。宇野さんの「後記Ⅱ」によれば翻訳の分担は「私が担当したのは、後半部分の「ザッヘル=マゾッホからマゾヒズムへ」以降のテクスト、対談記録であるが、そのうち「教授資格試験用講義――ヒューム『自然宗教に関する対話』」だけは堀千晶さんが担当した」とのことです。
★宇野さんによる後記をもう少し参照しますと「後半の最後のパート「初期テクスト」は、ドゥルーズが二十歳から二十二歳のあいだに雑誌に発表したテクストや、書物の序文を収録している。ドゥルーズ自身は、これらのテクストの単行本収録を認めていなかったが、研究者のあいだでコピーが流通し、〔・・・〕遺族の許可をえてここに収録されることになった。/二十歳そこそこの青年の書いた五編の哲学的エセーはすでに驚異的である」と。なお、初期テクストのうち「キリストからブルジョアジーへ」については加賀野井秀一訳注『哲学の教科書――ドゥルーズ初期』(河出文庫、2010年)でも読むことができます。
★宇野さんはこうも指摘されています。「初期テクストは、しばしば哲学のアカデミズムからまったく自由な奇抜なスタイルで書かれ、挑発的なアイロニーを生々しく露出させている。そしてすでにかなり風変わりで強力な哲学的推論もいたるところに披瀝されている」。たしかに、5篇のなかでも「発言と輪郭〔Dires et profils〕」(1946年)はとりわけ個性的で、若きドゥルーズの才覚を見る思いがします。なお、原書の目次詳細はこちらでご覧になれます。
★ドゥルーズが論じている他の哲学者の著作のうち、アルキエ『シュルレアリスムの哲学〔Philosophie du surréalisme〕』は河出さんでかつて刊行されていました(巌谷国士・内田洋訳『シュルレアリスムの哲学』河出書房新社、1975年、新装版1981年)。『黒いユーモア選集』、マックス・エルンスト、ルネ・ドーマルなどシュルレアリスム関連書が河出文庫に収録されてきた実績があるので、アルキエの本も文庫で久しぶりに読めたら素敵ですが、それ以上に『黒いユーモア選集2』の重版や、ブルトン『魔術的芸術』の文庫化が期待されているのかもしれません。
★河出書房新社さんでは今月、ガブリエル・タルドの主著『模倣の法則』の新装版を刊行されています。同書はもともと2007年9月に刊行されており、10年近く立ちますが、新装版でも本体価格は据え置きのままとなっています。総頁数も変更なしで、新たな訳者あとがき等は付されていません。古書価格が高かったので、歓迎すべき再刊ではないでしょうか。
模倣の法則[新装版]
ガブリエル・タルド著 池田祥英・村澤真保呂訳
河出書房新社 2016年8月 本体5,800円 46判上製560頁 ISBN978-4-309-24772-4
帯文より:「タルドはミクロ社会学の創始者であり、この社会学にその広がりと射程を与え、来たるべき誤解をもあらかじめ告発したのだ」(ドゥルーズ+ガタリ)。発明と模倣/差異と反復の社会学をつくりだし、近年、全世界で再評価される忘れられた大思想家・タルドの主著にして歴史的な名著。
目次:
初版への序文
第二版への序文
第一章 普遍的反復
第二章 社会的類似と模倣
第三章 社会とは何か?
第四章 考古学と統計学――歴史とは何か?
第五章 模倣の論理的法則
第六章 超論理的影響
第七章 超論理的影響(続)
第八章 考察と結論
解説 ガブリエル・タルドとその社会学(池田祥英)
社会のみる夢、社会という夢 あとがきに代えて(村澤真保呂)
人名リスト
★なお、来月9月6日発売予定の河出文庫ではついに、長谷川宏訳によるヘーゲル『哲学史講義』が文庫化開始となるようです。親本では全3巻でしたが、文庫では全4巻で「改訳決定版」と謳われています。第Ⅰ巻では東洋、古代ギリシアの哲学を収録。
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★続いて今月の注目文庫。いずれも発売済です。
『シークレット・ドクトリン 第三巻(上)──科学、宗教、哲学の統合』H・P・ブラヴァツキー原著、アニー・ベサント編著、加藤大典訳、文芸社セレクション、2016年8月、本体1,000円、A6判並製540頁、ISBN978-4-286-17243-9
『ウォールデン 森の生活』上下巻ヘンリー・D・ソロー著、今泉吉晴訳、小学館文庫、2016年8月、本体各850円、文庫判448頁/440頁 ISBN978-4-09-406294-6/978-4-09-406295-3
『社会学の考え方〔第2版〕』ジグムント・バウマン+ティム・メイ著、奥井智之訳、ちくま学芸文庫、2016年8月、本体1,400円、文庫判432頁、ISBN978-4-480-09746-0
★『シークレット・ドクトリン』はブラヴァツキー(Helena Petrovna Blavatsky, 1831-1891)の生前には1888年に2冊本が上梓され、第1巻前半の日本語訳が昨今再刊されています(田中恵美子/ ジェフ・クラーク訳『シークレット・ドクトリン――宇宙発生論《上》』宇宙パブリッシング、2013年)。今回翻訳が始まった第3巻は、著者の死後の1897年にアニー・ベサント(Annie Besant, 1847-1933)がまとめたものです。訳者の加藤大典(かとう・ひろのり:1933-)さんは翻訳家で、ブラヴァツキーの訳書は『インド幻想紀行――ヒンドスタンの石窟とジャングルから』(上下巻、ちくま学芸文庫、2003年)に続くもの。凡例にはこうあります。「シークレット・ドクトリンの第一巻において宇宙創生論を、第二巻において人類発生論を説いた著者は、第三巻で科学、宗教、哲学の統合を熱く語る。/病床の著者から原稿を託された神智学協会後継者のAnnie Besantが本第三巻を編集した(編者による「まえがき」を参照)」と。
★ベサントは「まえがき」で次のように説明しています。「HPB〔ブラヴァツキー〕から私に託された原稿はまったく未整理の状態で、はっきりした順序も決まっていなかった。そこで私は、各原稿をそれぞれ独立の章と見なして、それらを可能な限り連続した内容となるよう配列した。そして文法的な誤りの訂正や明らかに非英語的な言い回しを除いた以外、原稿は別途注記したものの他、HPBが私に残したままの状態である。二、三のケースで私が補筆した個所があるが、そうした場合は鍵カッコに入れ、テキスト本文と区別できるようにした」(19頁)。
★上巻の目次は以下の通りです。
まえがき
序言
第一章「予備的な展望」
第二章「現代の批判と古代人」
第三章「魔術の起源」
第四章「秘儀参入者の秘密厳守」
第五章「秘密厳守の理由」
第六章「実践魔術の危険」
第七章「新しい器に入れられた古いワイン」
第八章「『エノク書』――キリスト教の原点かつ基本」
第九章「ヘルメスとカバラの教義」
第一〇章「アルファベットと数に関する秘教的解釈の様々な体系」
第一一章「中央に点のある六芒星、それが第七の鍵」
第一二章「宗教に対する真のオカルティストの責務」
第一三章「キリスト後の導師たちとその教義」
第一四章「シモン・マゴスとその伝記作者ヒッポリュトス」
第一五章「聖パウロ――現行キリスト教の真の創設者」
第一六章「聖ペテロはユダヤのカバリストで、秘儀参入者ではない」
第一七章「テュアナのアポロニウス」
第一八章「導師たちの伝記の背後にある諸事実」
第一九章「アンティオキアの聖キプリアヌス」
第二〇章「東洋のグプタ・ヴィディヤーとカバラ」
第二一章「ヘブライの寓意」
第二二章「『ゾハール』に見る創造とエロヒム」
第二三章「オカルティストとカバリストの意見」
第二四章「科学と秘教天文学における現代カバリスト」
第二五章「東洋と西洋のオカルティズム」
第二六章「偶像とテラヒム」
第二七章「エジプト魔術」
★なお、続刊予定の下巻には第二八章から第五一章までが収録される予定だそうです。文芸社セレクションはなかなかリアル書店ではお目に掛からないレーベルであるような気がしますが、今回のような目玉新刊もあり、要チェックです。
★ソロー『ウォールデン』は親本が2004年4月に小学館から刊行された単行本です。幾度となく翻訳されている名作(原著は1854年刊)で、以下のように複数の版元から文庫化されました(ワイド版岩波文庫はカウントしていません)。
酒本雅之訳『ウォールデン――森で生きる』ちくま学芸文庫、2000年;品切
真崎義博訳『森の生活――ウォールデン』宝島社文庫、1998年;新装版2002年;品切
飯田実訳『森の生活――ウォールデン』上下巻、岩波文庫、1995年
佐渡谷重信訳『森の生活――ウォールデン』講談社学術文庫、1991年
富田彬訳『森の生活(ウォールデン)』角川文庫、1953年、絶版
神吉三郎訳『森の生活――ウォールデン』上下巻、岩波文庫、1951年;合本改版1979年;絶版
★現在も新本で入手可能なのは飯田訳岩波文庫上下巻と、佐渡谷訳講談社学術文庫上下巻ですが、それでも3種目が出るというのはやはりソローの人気を表わしていると思います。今回文庫化された今泉訳では各巻末に訳者による「あとがき」が配されていますが、文庫化にあたって書き直されたもののようです。カヴァー裏の紹介文には「文庫では、さらに注釈と豊富な写真、地図でソローの足跡を辿れます」とあります。訳者の今泉さんは周知の通り動物学者で、『シートン動物記』の翻訳などを手掛けられています。今泉訳『ウォールデン』は「ですます調」で訳されており、じんわりと心にしみる柔らかさを持っています。「もし、人がなんのために生きるかを、もう少し考えて生きるなら、誰もが本当の観察者になり、研究者にもなるでしょう。人は楽しく生きようとする本性を持ち、楽しく生きることによって成長するよう、定められているからです。ところが多くの人は、財産を自分や子孫のために貯え、子供をたくさん持って大家族を作り、国を作り、神のごとき名声を得ようと励みます。しかし、どう考えようと、人は神になれず、死すべきものに変わりはありません。ところが、人は本当のことを知ろうとするなら、不死身になり、異変や偶然を怖がらずに生きることができます」(上巻、248頁)。都会や社会のしがらみの中で疲れ果てている現代人にとって本書ほど鮮烈な古典はないのではないかと思います。出会ってよかったと思える名著です。
★バウマン+メイ『社会学の考え方〔第2版〕』の原書は、Thinking Sociologically, 2nd edition (Blackwell, 2001)です。同書の初版本(Blackwell, 1990)はバウマンのみの単独著で、第2版の訳者でいらっしゃる奥井さんによって翻訳されたことがあります(『社会学の考え方――日常生活の成り立ちを探る』HBJ出版局、1993年)。HBJ出版局はアメリカの名門Harcourt Brace Jovanovichの子会社だったようで、出版物から確認する限り、前身は「ホルト・サウンダース/CBS出版」で、HBJ出版局としては1983年から1997年まで出版活動を継続していた様子ですが、その後操業を停止し、バウマンの本は入手しにくい1冊となっていました。
★ちくま学芸文庫でのバウマンの著書は『リキッド・モダニティを読みとく――液状化した現代世界からの44通の手紙』(酒井邦秀訳、ちくま学芸文庫、2014年)に続く2冊目で、奥井さんによるバウマンの訳書としては上記の『社会学の考え方』初版や、『コミュニティ――安全と自由の戦場』(筑摩書房、2008年、品切)に続く3冊目の翻訳となります。巻頭の「ティム・メイによる第2版序文」にはこう書かれています。「わたしの役割は本書に新しい材料を付け加えることであったが、その一方で、私は、どうすれば原著のユニークさを保ちうるかに十分配慮する必要があった。/結果として生まれた第2花は、原著を全面的に改訂し、拡張したものになった。わたしたちは、当初の章を変更した上で、新たな章を追加した。同時に、テキスト全体を通じて、新たな題材を付け加えた。健康、フィットネス、親密性、時間、空間、無秩序、リスク、グローバル化、組織、ニュー・テクノロジーなどがそれである。わたしたち二人は、まったく新しい書物を生み出したと考えている。それは、第1版の最良の部分を維持しつつ、その全体的な魅力をもっと高めるように、新たな内容を付けくわえた作品である」(9頁)。
★参考までに初版本すなわち第1版訳書と今回の第2版訳書の目次をそれぞれ列記しておきます。なお、第2版の原書の目次はこちらでご確認いただけます。
第1版目次:
訳者まえがき
序章 なぜ社会学を学ぶのか?
第1章 自由と依存
第2章 わたしたちとかれら
第3章 よそもの
第4章 集団
第5章 贈与と交換
第6章 権力と選択
第7章 自己保存と道徳的義務
第8章 自然と文化
第9章 国家と民族
第10章 秩序と混沌
第11章 日常生活を送る
第12章 社会学の方法
索引
第2版目次:
ティム・メイによる第2版序文
序章 社会学とは何か
第1章 自由と依存
第2章 わたしたちとかれら
第3章 コミュニティと組織
第4章 権力と選択
第5章 贈与と交換
第6章 身体の諸相
第7章 秩序と混乱
第8章 自然と文化
第9章 テクノロジーとライフスタイル
第10章 社会学的思考
訳者あとがき
推薦図書
索引
★なお、ちくま学芸文庫では9月7日に、杉勇・屋形禎亮訳『エジプト神話集成』、アンリ・ベルクソン『笑い』合田正人・平賀祐貴訳、ジャック・アタリ『アタリ文明論講義――未来は予測できるか』林昌宏訳、などを発売予定だそうです。『笑い』はつい先日、光文社古典新訳文庫でも新訳が刊行されたばかりです。
+++
★また、最近では以下の新刊との出会いがありました。
『本屋がなくなったら、困るじゃないか 11時間ぐびぐび会議』ブックオカ編、西日本新聞社、2016年7月、本体1,800円、A5判並製304頁、ISBN978-4-8167-0922-7
『ウェストファリア史観を脱構築する――歴史記述としての国際関係論』山下範久 ・安高啓朗・芝崎厚士編、ナカニシヤ出版、2016年8月、本体3,500円、A5判上製268頁、ISBN978-4-7795-1095-3
★業界人必読の新刊が出ました。『本屋がなくなったら、困るじゃないか』は巻頭の「はじめに」によれば、「2015年に10周年を迎えた「ブックオカ」のイベントとして11月14日(土)、15日(日)の2日にわたって開催した「車座トーク ~ほんと本屋の未来を語ろう」の模様を中心に収録したもの」で、「この座談会に出席したのは、書店、出版社、そして本の物流をつかさどる取次で働く計12人のメンバー。うち6人は東京・大阪・広島から来られたゲストだ」とのことです。車座トークに参加したのは、大阪・スタンダードブックストアの中川和彦さん、福岡・ブックスキューブリックの大井実さん、東京・本屋Titleの辻山良雄さん、文化通信編集長の星野渉さん、東京・トランスビューの工藤秀之さん、広島・ウィー東城店の佐藤友則さん、トーハンの水井都志夫さん、日販の小野雄一さん、福岡・丸善博多店の徳永圭子さん、福岡・弦書房の野村亮さんで、進行は、福岡の版元「忘羊社」の藤村興晴さん、西日本新聞社の末崎光裕さんです。目次は以下の通り。
第1部 本と本屋の未来を語る車座トーク1日目。限りなく不透明に近い出版流通を打ち破るカギはどこに?
第2部 車座トーク2日目。前向きで前のめりな面々と街に本屋が生き残っていくためのヒントを探る。
第3部 本屋のある街を増やしていくためにわれわれに何ができるのか。そんな課題を胸に僕たちはほんと本屋の未来を探す旅に出た。
トランスビュー代表・工藤秀之さんに聞きました。九州のような地方も含めこれからも本屋が生き残るための新しい出版流通ってどんなものでしょう。
『文化通信』編集長・星野渉に聞きました。ドイツで業界の壁を越えた改革が実現できたのはなぜでしょう?
H.A.Bookstore・松井祐輔さんに聞きました。取次、書店、出版、全てを経験した松井さんから見ていま、我々に必要なものは何でしょう?
ツバメ出版流通代表・川人寧幸さんに聞きました。たったひとりで取次を始めた動機を教えていただけますか?
ミシマ社代表・三島邦弘さんに聞きました。街の書店が生き残っていくために三島さんが考える未来像ってどんなものですか?
第4部 長い旅の締めくくりは、九州の若手書店主にロックオン。本と本屋の未来を地元目線で考える。
長崎書店社長・長崎健一さんに聞きました。地方に生きる書店として長崎さんが大切にしてきたこと、そして未来に向けてのビジョンを聞かせてもらえますか?
[寄稿]本棚の向こうの青空(大分・カモシカ書店店主・岩尾晋作)
あとがき(福岡・ブックスキューブリック・大井実[ブックオカ実行委員長])
★車座の最年長は大井さんと中川さんでお二人とも1961年生まれ。「文化通信」の星野さん(64年生まれ)を除くと、ほかの皆さんは皆、70年代生まれです。業界人の年齢が平均して20代から60代までと限定した場合、今回の車座の参加者は40代前半が多く、いわば働き盛りの中堅世代、と言っていいでしょうか。業界が改革一朝一夕では終わらないことを考えると、この本に参加された皆さんが10年後の2026年に何をおやりになっているかというのを読者としてはちゃんとフォローして見ておく必要があると思います。ブックオカの今までの10年間のエッセンスは本書に凝縮されています。業界人が互いに「「わからなさ」を率直にぶつけあってみることから始め」る(藤村興晴「はじめに」4頁)というのはまさに、「今さら」どころではなく「今こそ」やらねばならないことです。分かったふりもダメだし、分かろうとしないのもダメなのだ、という当たり前のことを本書は教えてくれます。
★本書の巻末には「九州でシンプルに本をつくり、シンプルに本を売る仕事を続けていくための構想案」として15項目が掲げられています。ここしばらく続いている取次危機を考える時、本書で議論されているような業界三者の未来や地域活性化から目をそらすことはできません。これからの10年は今まで以上に波乱と混乱と変化と新しい挑戦に満ちた時代になるはずです。これらの構想がどのように挑戦され実現されあるいは議論されていくのかは、ブックオカのウェブサイトで報告がなされていくようです。
★『ウェストファリア史観を脱構築する』は帯文に曰く「「ウェストファリアの講和」に現在の国際システムの起源をみるウェストファリア史観は、国際関係論にどのような認知バイアスをもたらしてきたのか。「神話」の限界を超え、オルタナティブな国際関係論の構築をめざす、知のインタープレイ」。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。「脱ウェストファリアへの登攀路」「脱ウェストファリア史観から見える世界」の2部構成で9篇の論考が収められ、序とあとがきがそれらを総合的に紹介し総括しています。ウェストファリア史観とは「三十年戦争(1618~48年)を集結させた講和条約の総称である、いわゆる「ウェストファリアの講和」によってヨーロッパに掲載されたとされる主権領域国家によって構成される秩序に、現在の国際システムの起源と本質を見る歴史観」(1頁)。この史観は「むしろ近年の歴史研究の成果に照らすと〔・・・〕かなり偏った歴史観といわざるをえ」ないそうで(3頁)、本書の目的は次のように宣明されています。
★「このようにディシプリンのウチとソトのあいだに大きな歴史観のギャップがあるということは、学知としての国際関係論が何かしら体系的・構造的な認知バイアスを帯びていることを示唆する。本書の目的は、(1)この構造的な認知バイアスがそのような内容をもつか、(2)それがどのような効果(知的効果と政治的効果)を発生させているかを検証し、そして(3)そのようなバイアスがどのように正されうるか(適切に再文脈かできるか)、またそうすることで現在の国際関係の捉えられ方がどのように変わるかを提示することである」(同)。また、ウェストファリア史観批判は「すでに終わった問題ではなく、既存の批判の蓄積よりも一段深いレベルで一層アクチュアルであることを示しえた」との自負があとがきで述べられています(254頁)。
新規開店情報:月曜社の本を置いてくださる本屋さん
2016年9月1日(木)開店
MUJI BOOKS岡山店:??坪
岡山県岡山市北区中山下1-11-54 LOTZ 4F
日販帳合。弊社へのご発注は外国文学。「白い本」に分類されるようです。MUJI BOOKSは現在国内では、キャナルシティ博多、インフォス有楽町、アトレ恵比寿、仙台ロフトなどに4店舗オープンしてきましたが、発注書に特記された情報によると、9月末には日販帳合でさらに4店舗を新規開店するそうです。現時点で弊社に届いている発注は岡山店からのみなので、他の3店舗の詳細は不明ですが、岡山と同様であるならば、リニューアルする無印良品の中にMUJI BOOKSが入るという展開なのかなと推察します。
岡山LOTZ(ロッツ)はJR岡山駅東側、県庁通り沿いの繁華街に位置しており、近隣には天満屋やクレド岡山があります。岡山シンフォニービルからも徒歩5分ほど。現在リューアル中だという施設内にはLOFTやABC MART、GUやスタバなどが入っており、書店はありません。そもそもMUJI BOOKSは他の書店と競合するような業態ではないので、ショッピングモールや商業ビル内で以後も全国に増えていくのかもしれません。フロアガイドでは4Fの大部分が無印良品であり、それなりに広い売場となりそうです。
専業書店とは競合しない(という建前の)複合書店は、デベロッパー側からは声を掛けられやすいのかもしれないと想像します。これまで各地の商業施設では専業書店と並んでヴィレッジヴァンガードやその兄弟ブランドであるニュースタイルなどを見かけることが多かったのですが、昨今ではリーディングスタイル(大阪屋栗田)や、アンジェ(ふたば書房)、ペーパーウォール(オリオン書房)、セレンディップ(明屋書店)、そしてMUJI BOOKSなど、選択肢が増えている状況かと思われます。これからはMUJI BOOKSのように、業界外からの参入が増えるのかもしれません。
書店のリアル店舗開発のトレンドは、ゼロ年代でピークを迎えた大型化から、テン年代には複合化へと変化してきており、その代表格が蔦屋書店であることは周知の通りです。書籍や雑誌の売上の落ち込みを考えるとこの変化は不可逆的であるといえます。今後もますます「セレクトショップ」型の書店が主流になる場合、そこで置かれる商品を編集者が企画できるか否かは、いわゆる「総合出版社」にとっては死活に関わる問題となるでしょう。こうした動向に対して専門書版元は基本的に大部分は蚊帳の外ですが、専門書版元がベストセラーを生まないとも限らないので、セレクトする側の書店員の選書眼が問われることになります。と同時に、版元営業マンや取次による「開発」(販路拡大)のセンスも問われます。
その一方で、セレクトショップや複合型書店では追随しきれない専門書をどう販売していくかが、専業の大型書店ではいっそう重要になるはずではあります。百貨店型の総合出版社や総合書店の運営が徐々に困難になりつつある時代ではあるものの、専門書に特化した書店チェーンが誕生するには至っていません(それどころか、大型書店での専門書販売はますます厳しくなっています)。巨大ショッピングモールから大型書店が撤退していくきざしが見えつつあるこんにちこそ、ポスト複合化時代の書店像を考えねばならなくなっているように感じます。そして、そのブレイクスルーを見出すのは、業界外からの新規参入組なのかもしれません。
雑談(34)
◆2016年8月25日17時現在。
ジュンク堂書店福嶋聡さんの最新著『書店と民主主義』(人文書院、2016年6月)を読まれた仲俣暁生さんが「マガジン航」で「本屋とデモクラシー」と題した記事を7月1日に公開されたことは皆さんご存知かと思いますが、このテーマ「書店/本屋と民主主義/デモクラシー」をめぐって、仲俣さんの司会進行で来月、トークイベントが以下の通り開催されるとのことです。これは「キックオフ・ミーティング:本屋は民主主義の土台になれるか?」と謳われていて、今後も関連イベントが控えているそうです。
◎シブヤ・いちご白書・2016秋 #本屋とデモクラシー
日時:2016年9月6日(火)OPEN 19:00 / START 19:30
前売¥2,000(e+にて発売)/ 当日¥2,300(税込・要1オーダー500円以上)
ゲスト:
・藤谷治(小説家、元フィクショネス店主)
・松井祐輔(小屋BOOKS、H.A.Bookstore)
・梶原麻衣子(月刊『Hanada』編集部員)
・碇雪恵(日販リノベーショングループ)
・辻山良雄(「本屋Title」店長)
※スペシャルゲストの可能性あり
司会:仲俣暁生(「マガジン航」編集人)
内容:大きな選挙が相次いだここ数年、デモクラシー(民主主義)という言葉を目にすることが増えた。街頭で行われるデモに出かける人もいれば、家のなかで本を読んで考えた人もいた。本屋では政治にまつわる店頭フェアやイベントがさかんに行われ、それに抗議する人もいた。本屋は多様な意見が戦い合う「闘技場」だという『書店と民主主義~言論のアリーナのために』という本も出た。/民主主義が危機だといわれるいま、本屋はそれを支える基盤になりうるか? そのために本屋にできることは、フェアやイベントのほかになにがあるのか。「政治の季節」がひとまず終ったあとに、日常活動のなかから「デモクラシー」のありかを考えるため、本を読む人と読まない人が集まって話をしてみたい。題して、「シブヤ・いちご白書・2016秋」。なんで「いちご」なのかは、来てのお楽しみ!
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◆8月25日18時現在。
なお、私なりに出版/言論とデモクラシーを考える上で参照しておきたいのは、「現代ビジネス」に今月掲出された次の二つの記事です。
「スノーデンの警告「僕は日本のみなさんを本気で心配しています」――なぜ私たちは米国の「監視」を許すのか」8月22日付、小笠原みどり氏記名記事
「『シン・ゴジラ』に覚えた“違和感”の正体~繰り返し発露する日本人の「儚い願望」――野暮は承知であえて言う」8月13日付、辻田真佐憲氏記名記事
前者に曰く「スノーデンはNSAの仕事を請け負うコンピュータ会社デルの社員として2009年に来日し、東京都福生市で2年間暮らしていた。勤務先は、近くの米空軍横田基地内にある日本のNSA本部。NSAは米国防長官が直轄する、信号諜報と防諜の政府機関だが、世界中の情報通信産業と密接な協力関係を築いている。デルもその一つで、米国のスパイ活動はこうした下請け企業を隠れみのにしている。/米国の軍産複合体は、いまやIT企業に広く浸透し、多くの技術が莫大な予算を得て軍事用に開発され、商用に転化されている。NSAはテロ対策を名目にブッシュ政権から秘密裏に権限を与えられ、大量監視システムを発達させていった。/スノーデンが働くNSAビルには、日本側の「パートナーたち」も訪れ、自分たちの欲しい情報を提供してくれるようNSAに頼んでいたという」云々。
また曰く「NSAの大規模盗聴事件「ターゲット・トーキョー」〔・・・〕。対象分野は、金融、貿易、エネルギー、環境問題などで、いずれもテロとはなんの関係もない。〔・・・〕ターゲット・トーキョーの盗聴経路はわかっていないが、NSAが国際海底ケーブルへの侵入、衛星通信の傍受、マイクロソフト、グーグル、フェイスブックなどインターネット各社への要請によって、世界中のコミュニケーションの「コレクト・イット・オール」(すべて収集する)を目指していることは、スノーデンの公表した機密文書によって明らかになっている。〔・・・〕日本の監視拠点は、米海軍横須賀基地(神奈川県)、米空軍三沢基地(青森県)、同横田基地と米大使館(東京都)、米海兵隊キャンプ・ハンセンと米空軍嘉手納基地(沖縄県)で、約1000人が信号諜報に当たっているという。このうち米大使館は官庁、国会、首相官邸に近く、NSAの特殊収集部隊が配置されているといわれる。米軍基地は戦闘拠点であるだけでなく、監視活動を主要任務としているのだ」云々。
さらに曰く「標的にされているのは、政府機関だけではない。「コレクト・イット・オール」はすべての人々の通信を対象にしているのだ。〔・・・〕NSAの最高機密文書に記された情報収集地点(「窒息ポイント」と呼ばれる)〔・・・〕。日本からのデータがこの地点で吸い上げられている可能性は高い。中国、台湾、韓国もつなぐこの光ファイバー・ケーブルには、日本からNTTコミュニケーションズが参加。千葉県南房総市に陸揚げ局・新丸山局を設置している。〔・・・〕調査報道ジャーナリストたちが「国家の脅威」としてリストに上がっている〔・・・〕。大量監視は私たちの安全ではなく、グローバルな支配体制を守るために、すべての個人を潜在的容疑者として見張っているようだ。〔・・・〕情報通信産業は利益の追求という「経済的インセンティブ」に突き動かされながら、いまや世界の軍産複合体の中心部で、この広範な戦争と支配の構造を下支えしている」云々。
一方後者に曰く「この国にあって、政治家や官僚は非常時にあっても都合よく「覚醒」しないし、一致団結もしない。これは現在だけではなく歴史的にもそうである。だからこそ、『沈黙の艦隊』や『紺碧の艦隊』のような虚構の作品が受け入れられ続けてきたのだ。/『シン・ゴジラ』では、政治家や官僚の肩書、服装、しゃべり方などがかなりリアルだっただけに、一層その「覚醒」の異様さが浮き立って見える。それは、現実社会における不能ぶりとのギャップを想起させないではおかず、痛ましくもあった。〔・・・〕なんという「美しい」物語だろう。ただしそれは、われわれがいまだかつて一度も手にしなかった歴史でもあるのである」。
また曰く「本作の内容を正確に反映するならば、「願望(ニッポン)対虚構(ゴジラ)。」とでもいうべきであろう。〔・・・〕われわれが「立派な指導者が出てくれば、日本はまだまだやれる」というストーリーを「無駄」と考えず、あまりにも自然に、快楽として受容しているということ〔・・・〕。もし、『シン・ゴジラ』を観て、「立派な指導者が出てくれば、日本はまだまだやれる」と本当に思ったとすれば、そんなものは虚構のなかにとどめておかなければならない。「失われた20余年」に繰り返されてきたこうした願望の発露は、その実現可能性ではなく、その徹底的な不可能性を示していると考えるべきだ。/劇中に描かれる美しき挙国一致の「ニッポン」は、極彩色のキノコである」。
一方には国外の諜報機関と繋がらざるをえない通信産業、他方には「面白い日本映画」を目指した映画産業。それらは出版産業と隣り合っています。スノーデンさんや小笠原さんが指摘した「民主主義の腐敗」、辻田さんの言う願望と快楽の「極彩色のキノコ」、これらは出版界にもすでに久しく侵食していると言わざるを得ない、というのが私の印象です。
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雑談(35)
★2016年8月27日13時現在。
「東洋経済オンライン」2016年8月27日付、永谷薫氏記名記事「ヴィレッジヴァンガード、大赤字脱却なるか――雑貨チチカカを売却でも見えぬ復活の道筋」によれば、ヴィレッジヴァンガードは「8月1日、エスニック雑貨を販売する子会社のチチカカを、金融情報配信会社フィスコ(ジャスダック上場)の親会社であるネクスグループに売却した。チチカカはこの2年間、ヴィレヴァンの業績の足を引っ張ってきた赤字子会社だ」と。
ヴィレヴァンが近年、取次を大阪屋からトーハンに「戻して」いるのは周知の通りですが、それはヴィレヴァンの立て直し(後段に引用)の過程と重なっています。「新文化」2014年12月26日付記事「ヴィレッジヴァンガード、トーハンに帳合変更へ」をご参照ください。「ヴィレッジヴァンガードコーポレーションは来年〔2015年〕2月1日、主帳合取次を大阪屋からトーハンに変更する。対象は全401店舗のうち、出版物を扱う385店すべて(FC店含む)。〔・・・〕ヴィレッジヴァンガードコーポレーションは、元々トーハンと取引きしていたが、2003年のJASDAQ上場前に大阪屋へ帳合変更。今回、再びトーハンと取引きすることになった。〔・・・〕書籍販売部門のてこ入れの必要と、トーハンから新たなMDに関する「いい提案があった」ことから変更に踏み切った」と。
「東洋経済」の記事に戻ると、「ヴィレヴァンはまだ店頭登録制度があった2003年4月、創業17年目にして店頭登録を果たした。当時121だった店舗数は2012年8月末時点で395に達し、その後は一進一退を繰り返し、今年8月20日時点では391にとどまっている。/上場した当時、87億円だった売上高は、直近の2016年5月期には467億円へと増えた。売上高に限れば、上場からの13年間はほぼ右肩上がりの成長を続けてきたといえる。/だが、利益の方はここ数年苦戦が続いている。ターニングポイントになったのは2013年5月期。2009年2月以降、直営店の既存店売上高は昨対比で断続的に前年割れが続いていた。2012年4月以降は新規出店も含めた全店でも慢性的に前年割れを起こすようになった」と。
ヴィレヴァンの店舗拡大は全国各地に新たな巨大商業施設が建設される過程と並行してきたように見えます。テナントとして複合書店が専業書店とは「別腹」なので併設可能だ、とSC開発側は見なしてきたのではないでしょうか。むろんヴィレヴァンの新規出店はSC内ばかりではないとはいえ、新規SCで専業書店チェーンのほかにヴィレヴァンが入居する例は多いように見受けます。ヴィレヴァンはTSUTAYAとともに複合書店の先駆者でした。この二つのチェーン以外にも、複合書店はどんどん増えています。ニッチたりえるか、中途半端に転落するか、複合書店の岐路が見えてきた、と言うべきでしょうか。
さらに東洋経済記事に曰く「このため、既存店のてこ入れに重心を移し、新規出店を抑制する一方、抜本的に在庫管理体制や評価方法を変更。この結果、2013年5月期に46億円の在庫評価損が発生し、最終赤字に転落している。2014年5月期は営業損益段階から赤字に陥っている。/約2年かけてヴィレヴァンの立て直しが一段落すると、今度はチチカカが火を噴いた。〔・・・〕2013年以降は円安の進行で製造原価が急騰し、採算が悪化。これを規模の成長でカバーしきれなくなると商品開発力が低下。店が魅力を失って客離れが起き、2014年5月末時点で大量の在庫が問題になる。そこで、翌2015年5月期は仕入れを抑制し、セールによる在庫処分を優先したが、これがさらなる客離れを引き起こす」。
ヴィレヴァンに限りませんが、せっかくの並行事業が本業の足を引っ張るという事態は、この業界ではまま見受けることです。青山BC(現在ブックオフ傘下)や草思社(現在文芸社傘下)がかつて不動産で失敗したことはよく知られています。「こうすれば必ず失敗する」という特定の事業や投資があるわけではないのでしょうけれども、新たなビジネスの挑戦が挫折した場合のリスクは過小評価できません。本記事の結論部分では、チチカカの切り離し果たしたものの「何より本業のヴィレヴァンの店舗網拡大が望めない中、どのような成長戦略を描けるのか」と問うています。この問いはひとりヴィレヴァンのみに当たるものではなく、出版業界全体が抱えているものです。
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注目新刊:『プリズン・ブック・クラブ』紀伊國屋書店、ほか
『日本妖怪図鑑 復刻版』佐藤有文著、復刊ドットコム、本体4,600円、B6判上製208頁、ISBN978-4-8354-5391-0
『フィリップ・グラス自伝――音楽のない言葉』フィリップ・グラス著、高橋智子監修、藤村奈緒美訳、2016年8月、本体4,300円、四六判上製528頁、ISBN978-4-636-93070-2
『ユートピアの終焉――過剰・抑圧・暴力』マルクーゼ著、清水多吉訳、中公クラシックス、2016年7月、本体1,800円、新書判並製204頁、ISBN978-4-12-160166-7
★佐藤有文『日本妖怪図鑑 復刻版』は「ジャガーバックス」の復刊第4弾。オリジナル特典として「妖怪ポストカード」3点が付いています。1点ずつ自宅の書棚に増えていくのを見るは実に楽しいです。『フィリップ・グラス自伝』は、Words without Music: A Memoir (Liveright, 2015)の訳書。グラス自身の著書が邦訳されるのは初めてで、貴重です。ファンにとっては待望の1冊ではないでしょうか。マルクーゼ『ユートピアの終焉』の親本は合同出版より1968年に刊行。巻頭には訳者の清水多吉さんによる「化学からユートピアへ――予兆された社会主義の終焉」が掲載されています(5-26頁)。収録されたシンポジウム記録「過剰社会におけるモラルと政治」の司会がヤーコプ・タウベス(Jacob Taubes, 1923-1987;訳書『パウロの政治神学』岩波書店、2010年)であることに改めて注目しておきたいです。
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★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『プリズン・ブック・クラブ――コリンズ・ベイ刑務所読書会の一年』アン・ウォームズリー著、向井和美訳、紀伊國屋書店、2016年9月、本体1,900円、B6判並製445頁、ISBN978-4-314-01142-6
『人工知能のための哲学塾』三宅陽一郎著、BNN新社、2016年8月、本体2,400円、A5判並製320頁、ISBN978-4-8025-1017-2
『精神医学の科学と哲学』石原孝二・信原幸弘・糸川昌成編、東京大学出版会、2016年8月、本体4,800円、A5判上製240頁、ISBN978-4-13-014181-9
『思想の月夜 ほか五篇』李泰俊著、熊木勉訳、平凡社、2016年8月、本体3,300円、4-6判上製438頁、ISBN978-4-582-30239-4
★ウォームズリー『プリズン・ブック・クラブ』は発売済。原書は、The Prison Book Club (Viking, 2015)です。カナダ在住の女性ジャーナリストが「刑務所読書会支援の会」でボランティアをした1年間の体験記がヴィヴィッドに綴られていて、強く惹かれます。
★三宅陽一郎『人工知能のための哲学塾』はFacebookで1,500人が参加しているというコミュニティ「人工知能のための哲学塾」で開催されてきた連続夜話の書籍化。科学、工学、哲学が交差する魅力的な知の世界に誘ってくれます。8月29日(金)には、大塚英樹さん(Speee代表取締役)と山本貴光さんをゲストに刊行記念トークセッション「人工知能×ビジネス」が行われるとのことです。
★『精神医学の科学と哲学』は「シリーズ精神医学の哲学」(全3巻)の第1巻。「精神障害への対応について、精神医学、哲学、歴史学、人類学、社会学などから多角的に考察する」という注目のシリーズです。第2巻『精神医学の歴史と人類学』は9月、第3巻『精神医学と当事者』は11月刊行予定。
★李泰俊『思想の月夜 ほか五篇』は「朝鮮近代文学選集」の第7巻(第2期全4巻の第3回配本)。表題作のほか、5篇の短篇、「鉄路〔レール〕」「故郷」「桜は植えたが」「福徳房〔ポクトクパン〕」「夕陽」を収録。訳者解説によれば、李泰俊(イ・テジュン:1904~?)は1920年代半ばに日本へ留学しており、早大や上智大に入学したものの授業にはあまり出ていなかったようです。既訳書に東方社の「現代朝鮮文学選書」の1冊として1955年に鄭人沢訳『福徳房』という短編集が刊行されています。
取次搬入日決定:森山大道写真集『Osaka』
森山大道写真集『Osaka』の取次搬入日が決まりましたので書店様にお知らせします。店頭販売分の指定配本のご予約をいただいた書店様には日販、トーハン、大阪屋栗田、ともに9月2日(金)搬入となります。客注品や、締切後のご発注いただいた書店様には9月5日(月)より取次搬入開始いたします。全体として予想より多い受注数だったため、発売後の追加出荷は当面「部数調整」させていただくことになる見通しです。
中身のサンプルを先日ご紹介しましたが、新たに何枚か追加で掲載します。
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なお、森山大道さんの写真展が以下の通り行われます。
◎「それぞれの時「大阪」~森山大道・入江泰吉・百々俊二展~」
日時:2016年9月3日(土)~10月30日(日)
場所:奈良市写真美術館
◎森山大道写真展 「仮想都市~増殖する断片」
日時:2016年8月27日(土)~9月25日(日)
場所:兵庫県立美術館 ギャラリー棟3階
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備忘録(36)
◆2016年9月1日午前9時30分現在。
「文化通信」2016年8月31日付記事「丸善ジュンク堂書店、戸田書店と業務提携」によると、「丸善ジュンク堂書店と戸田書店(静岡市)はこのほど、仕入・物流・データ管理を一体化し、商品管理・店舗開発の強化を目的に業務提携することで合意した。提携契約は9月1日に締結する。両社は資本提携も視野に入…(以下有料)」と。
丸善CHIホールディングス
丸善ジュンク堂書店
戸田書店
のいずれかのサイトでプレスリリースが出るものと思われます。
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◆9月1日午前11時現在。
過去記事ですが、「産経新聞」2015年6月19日付記事「【静岡 人語り】元戸田書店仕入部顧問、杉本博さん」(上・中・下、全3回)をこの機会に読んでおきます。
杉本博(すぎもと・ひろし:1949-)さんは「藤枝江崎書店勤務〔1979年入社〕を経て、59年〔1984年〕に戸田書店に入社。全国に30店舗以上を展開する同社の仕入れを一手に引き受け、後にミリオンセラーとなる書籍をいち早く見いだすなど、“伝説の書店員”として出版業界の信望を集める。〔・・・〕今年4月に引退」と。この記事は杉本さんへのインタヴュー記事で、杉本さんの半生を振り返るものとなっています。構成は村嶋和樹さん。
まず「上」篇より。「当時藤枝警察署の近くに「麦」という喫茶店があって、家業を継いだコーヒー好きの兄がよく連れていってくれました。店には豆本図書館が併設されていて、豆本コレクター兼製作者の小笠原さんという皮膚科のお医者さんとよく文学の話をしましたね。先生から「藤枝に小川国夫さんという作家がいるよ」という話を聞くうちに興味が沸いて、高3の時に初めて小川さんのお宅に行きました。そこで作家や編集者にも紹介されましたが、普通の生活にはない“毒”をもらいましたね。/小川さんとはよく遊び歩いたんですが、〔・・・〕」。
一人の高校生が地元の作家や編集者と私的に交流できたというのは、作家のプライバシーが守られている(はずの)こんにちでは羨ましいことですね。しかし、様々な通信手段や輸送手段の進歩によって個人同士の距離感が変化した現在でも、そうした「地域に根差した機会」があってもいいはずです。杉本さんが小川さんとのひとときを大切にされていた様子が記事から伝わってきます。
次に「中」篇より。「当時の藤枝江崎書店はとんがった品ぞろえで、こんな本屋があるのかとびっくりしましたね。もちろん食い扶持は食い扶持でしっかり稼がないといけないので、ベストセラーや雑誌もちゃんと置きます。でもかつての池袋リブロのように、とんがった店づくりをしたいというスタッフがたくさんいました。/その後、藤枝の戸田書店に移りましたが、かなり堅い内容の本でも必ず買うお客さんがいましたね。「これはあの人とあの人の分」という感じで分けておくんです。「この本はあっちの棚にあるべきだ」なんて言ってくるお客さんもいて、読み巧者たちに鍛えられました。自分で買う本は自分が興味のある本だけですが、本の世界には人間が想像し得るあらゆるジャンルの本がある。それを個人ですべてカバーすることは不可能ですから。面白かったのは、これはという新人が出てきても、メジャーになると売れ行きががくっと落ちるんです。売り上げが大きい他の店舗と藤枝店で売り上げが交差すると、ああこの人はもうメジャーになったなと判断できましたね」。
70~80年代の書店さんの風景が今とは違っていたことが窺えます。書店員さんだけでなく読者も違っていたというべきでしょうし、出版人も作家も研究者も違っていたでしょう。また、時代の推移の中で、変わらないものもある、とも言うべきかと思います。杉本さんのお話からは脱線しますが、「あの頃は良かった」と年長者が振り返るのを若者は苦々しく感じたりすることが、世間ではありますね。私は「あの頃は良かった」と思える過去があることは素敵だと思いますし、肯定したいです。さらに言えば、現在という過去の「なれの果て」を否定する自由もあるはずですし、変わらないものを称揚することが幻想だとも思いません。とある書店をめぐる記憶は様々であり、書店員のものだけではなく、訪問客や常連客のそれもあるのだと改めて思います。
最後に「下」篇より。「出版の面白いところでもありますが、大手出版社は確かに大きな広告を打てるけど、本はどこから何が出るか分からないんですね。どんな小さな出版社にも、ベストセラーのチャンスはある。書店員も知らない中小の出版社と、個人的に関係を深めていました。ごく若い頃は、みすず書房の白いカバーに憧れて、会社にまで行ったら「うちの本なんて頑張ったってたかがしれてるから、他に行きなよ」なんて言われてね。でも、いい本を出しているところはやっぱり応援したいですから」。
リアルな話をすると現在弊社が戸田書店チェーンから新刊のご発注をいただくのは静岡本店さんのみであることが多いです。それが現実であり、それ以上を望むのは難しい状況です。とはいえ、中小の出版社のことを気に掛けて下さる書店員さんがおられたことは私たちにとって大きな励みです。丸善ジュンク堂との提携によって戸田書店がどう変わっていくのか(あるいは変わらないのか)はまだわかりません。書店チェーンのこうしたブロック化は今後も進むのでしょう。私が気になるのは会社の規模の拡大よりも、規模に見合った人材育成ができているかどうかです。
なお、「静岡新聞」2015年4月7日付記事「戸田書店・杉本さん(藤枝)が引退 書籍仕入れ続け30年」では、書棚や机の脇に資料が満載された仕事部屋での杉本さんの写真を拝見することができます。記事に曰く「データを重視した販売手法を取り入れながらも本の中身を第一に考え、その仕事ぶりは取引先から「職人技」と称された。厳しい書籍業界に「本の魅力を伝え続けてほしい」とメッセージを送る。〔・・・〕杉本さんは、書籍業界の活性化で連携する県内の他の系列書店にも「立場は違っても思いは変わらない」と敬意を表す。業界の将来に強い危機感を覚えるが、「本の役割は変わらない。本の面白さにこだわり、発信し続けてほしい」と後進に思いを託す」と。今回のジュンク堂書店との「提携」について、杉本さんなら何と仰るでしょうか。
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◆9月1日15時現在。
「新文化」9月1日付記事「丸善ジュンク堂書店と戸田書店、9月1日付で業務提携」によれば、「丸善ジュンク堂書店と戸田書店は仕入・物流・売上データ管理の一本化を目指す。まずは仕入の効率化・強化を図るため、9月1日付で戸田書店の仕入先を大阪屋栗田から丸善ジュンク堂書店に変更した。スケールメリットを活かし、話題の新刊やベストセラーなどの仕入をスムーズにし、店舗へ潤沢に商品を供給する。今後、両社の強みを相互で吸収し合い、店舗運営に活かす。人事交流や資本提携なども視野に入れ、グループとしての体質強化を進める」と。
「9月1日付で戸田書店の仕入先を大阪屋栗田から丸善ジュンク堂書店に変更した」というのが衝撃的です。普通に考えると、丸善ジュンク堂書店から調達するということは、SRC(丸善ジュンク堂書店書籍流通センター:2011年開所当時は埼玉県戸田市美女木東2-1-14の京葉流通倉庫北戸田営業所内に所在し、現在は東京都北区赤羽南2-19-1のDNPロジスティクス内に移転済)を活用するということだと予想されます。しかしSRCは大阪屋栗田帳合です。大阪屋栗田~戸田、という流れが、大阪屋栗田~SRC~戸田、となるのか、大阪屋栗田およびトーハンおよび日販~丸善ジュンク堂~戸田、となるのか、ややこしいです。物流そのものが変わる(準「帳合変更」的な)のか、伝票上の話(帳合は変わらず、戸田が丸善ジュンク堂の実質的な傘下となること)なのか。
つまり、「9月1日付で戸田書店の仕入先を大阪屋栗田から丸善ジュンク堂書店に変更した」ということが、大阪屋栗田との取引中止を意味するのかどうか(大阪屋栗田が戸田書店を「切った」のか、その逆で大阪屋栗田が「切られた」のか)、あるいはそもそも「まだ互いに切れてはいない」のかは、続報を待つ必要があります。ようやく大阪屋栗田での番線とコードが振り分けられたばかりなので、版元としては「いったい何ごとか」と驚かざるをえません。
さらに言えば、版元営業としては、SRCが例えばトーハンに帳合変更するのか、あるいはMJ(丸善ジュンク堂書店)が紀伊國屋書店とともにPMIJ(出版流通イノベーションジャパン)での直仕入を本格始動させるのか、などとも深読みしうる状況ですが、まずははっきりした情報を戸田書店や丸善ジュンク堂書店がリリースすべきかと思われます。現状では今後、戸田に営業を掛けたらいいのかMJに掛けるべきなのか分かりませんし、MJだとしてもどの部署が窓口になるのか分かりません。
業界仲間の早耳を頼りにする限り、どうやら事態は深読みするほどの状況ではないようにも感じるものの、ともあれ続報を待つしかありません。
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注目新訳:シュタイナー、ゲーテ=シラー、ソシュール
『ゲーテ的世界観の認識論要綱』ルドルフ・シュタイナー著、森章吾訳、イザラ書房、2016年8月、本体2,500円、四六判上製240頁、ISBN978-4-7565-0132-5
『ゲーテ=シラー往復書簡集<上>』森淑仁・田中亮平・平山令二・伊藤貴雄訳、潮出版社、2016年7月、本体3,500円、四六判上製476頁、ISBN978-4-267-02041-4
『ゲーテ=シラー往復書簡集<下>』森淑仁・田中亮平・平山令二・伊藤貴雄訳、潮出版社、2016年7月、本体3,900円、四六判上製549+47頁、ISBN978-4-267-02042-1
『天界と地獄』スエデンボルグ著、鈴木大拙訳、講談社文芸文庫、2016年8月、本体2,200円、A6判並製576頁、ISBN978-4-06-290320-2
『新訳 ソシュール一般言語学講義』フェルディナン・ド・ソシュール著、町田健訳、研究社、2016年8月、本体3,500円、A5判並製344頁、ISBN978-4-327-37822-6
★シュタイナー『ゲーテ的世界観の認識論要綱』は発売済。底本は1979年刊の第7版(原著初版は1886年、新版は1924年刊)。もともとは浅田豊訳(筑摩書房、1991年;底本は今回の新訳と同じく第7版)の再刊に森さんが解説を付す、というのが当初の予定だったそうですが、新訳+訳者解説というかたちになったとのことです。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。シュタイナーの類似書名には『ゲーテの世界観』(溝井高志訳、晃洋書房、1995年)がありますが、こちらは『認識論要綱』のあとに刊行された(初版1897年、新版1918年)、別の本です。よく知られている通り、ゲーテ研究はシュタイナーの出発点であり、『認識論要綱』はシュタイナーが20代半ばに上梓したものです。副題「特にシラーに関連させて、同時にキュルシュナー「ドイツ国民文学」中の『ゲーテ自然科学論集』別巻として」にある『ゲーテ自然科学論集』はシュタイナーが編集し注釈・解説を付した全5巻本。
★本書の巻頭にはこうあります。「誰かが自説を、完全にオリジナルと自惚れて発表したところで、デーテやシラーがとっくに感じしていたことから一歩も出ていないというくらいに、あらゆるドイツ文化は古典期の思想家を基礎としている」(23頁)。さらに、後段ではこうも書いています。「ゲーテは通常の意味での哲学者ではなかった。しかし、彼の素晴らしい人格的調和に接したシラーの次の言葉を忘れてはならない。『この詩人こそが唯一の真の人間である』」(29頁)。「シラーほどゲーテの天賦の才の偉大さを見ていた人物はいない。シラーはゲーテに宛てた書簡の中で、ゲーテ自身の本性を鏡に映し出して見せた」(33-34頁)。「カントではなく、ゲーテやシラーに回帰し、彼らの学問の方法を深めたときにはじめて、哲学は文化生活における役割を再び果たすことができるようになるだろう」(35頁)。
★折しも『ゲーテ=シラー往復書簡集』全2巻も7月に刊行されており、『認識論要綱』を読み解くための豊かな源泉も私たちは手にしたことになります。上巻には1794年から1797年まで、下巻には1798年から1805年までの全999通+底本未収録分13通の書簡が収録されています。フォルマー編による、Briefwechsel zwischen Schiller und Goetheの第4版(1881年)が底本です。下巻巻末の解説によれば、「初の批判校訂版であるこの版を基にして、シュタイガー版以降の版をできるだけ参照するようにし、底本に収録されていないものについては、それらの版を参考にしつつ、可能な限り補充した」と。ただし「フォルマー編集の底本に添えられていた先行各版との異同表や、ゲーテのシラー夫人宛の書簡など、その「前書き」に言及されている付録の多くは、紙数の関係で訳出できなかった。同じ理由で、索引も大幅に縮小されている」とも特記されています。ゲーテとシラーの往復書簡集は、グレーフ/ライツマン編集版が、菊池榮一訳『往復書簡 ゲーテとシルレル』(上中巻、櫻井書店、1943年/1948年)として、1794年から1798年までの560通が訳されていました、残念ながら未完でした。今回の新訳は長らくの訳書の不在を埋めるもので、画期的な訳業です。
★鈴木大拙訳『天界と地獄』は発売済。岩波書店版『鈴木大拙全集』第23巻(1969年刊)を底本として使用し、新字新かな遣いに改めた、とのことです。また、「1910年刊行の単行本『天界と地獄』初版も参照し、誤字と思われる箇所は正し、適宜ふりがなと表記を調整しました」とも特記されています。附録にゼームス・スヒヤース「スエデンボルグ小伝」、解説は安藤礼二さんによる「鈴木大拙のスウェーデンボルグ」です。安藤さんはこう書いておられます。「人生のある時期、大拙は間違いなくスウェーデンボルグとともにあった。大拙のスウェーデンボルグは、大拙思想の感性にとって必要不可欠であっただけでなく、柳宗悦の民藝運動の一つの源泉、谷崎潤一郎や三島由紀夫の文学の一つの源泉、そして出口王仁三郎が『霊界物語』を書き上げる際の一つの重要な源泉になっていったと思われる」(543頁)。
★文庫で読めるスウェーデンボルグは、高橋和夫編訳『霊界日記』(角川文庫ソフィア、1998年)に次いでようやく2点目ですが(『神秘な天体』抜粋訳を含む金森誠也訳『カント「視霊者の夢」』〔講談社学術文庫、2013年〕は数えません)、今回の新刊は訳者が前面に出ている企画で、訳文は文語調なので、現代語訳で読みたい方は他の単行本を併せて読むのもいいかもしれません。なお、講談社文芸文庫では第2弾として、鈴木大拙『スエデンボルグ』を10月に発売するようです。これは大拙による概説書で、スウェーデンボルグの『新エルサレムとその教説』の大拙訳も併載するとのことです。大拙訳スウェーデンボルグはこのほかに『神智と神愛』『神慮論』があり、文庫化コンプを希望したいところではありますが、実際はそこまでは進まないのかもしれません。
★『新訳 ソシュール一般言語学講義』は発売済。1906年から1911年までジュネーブ大学でおこなわれた『一般言語学講義』(Le Cours de linguistique generale, 1916年)の新訳です。訳者の町田健(まちだ・けん:1957-)さんは名古屋大学大学院文学研究科教授。ご専門は言語学で、ソシュール関連の著書に『コトバの謎解き ソシュール入門』(光文社新書、2003年)、『ソシュールのすべて――言語学でいちばん大切なこと』(研究社、2004年2月)、『ソシュールと言語学――コトバはなぜ通じるのか』(講談社現代新書、2004年12月)があります。『一般言語学講義』には日本語の諸訳がありますが、バイイ/セシュエ編を底本としている翻訳には以下のものがあります。小林英夫訳『ソシュール 一般言語学講義』(岩波書店、1940年『言語学原論』;改題改版、1972年)。菅田茂昭訳『ソシュール 一般言語学講義抄』(対訳版、大学書林、2013年)。菅田訳が抄訳の対訳本であることを考慮すると、今回の町田訳は実に、小林訳以来の新たな完訳ということになります。
★巻頭の「訳者はしがき」にはこう書かれています。「〔ソシュール自身の手によるものではないとはいえ〕本書が言語学の概説書として、それ自体で人類史上最も優れたものであることにかわりはない。〔・・・〕本書は、その不備ですら、言語学の発展を促す結果をもたらしているという側面においても、その高い学問的価値を示している。〔・・・〕言語自体の本質を解明する学問としての一般言語学に寄与することができるソシュールの業績は、本書のみであり、本書を読むことによって、言語と言語学に対する正しい認識と理解がえられるのだと信ずる」(vi頁)。
★バイイ/セシュエ編以外では、以下の既訳があります。ゴデル編(山内貴美夫訳『ソシュール 言語学序説』勁草書房、1971年;新装版、1984年)。デ・マウロ校注(山内貴美夫訳『「ソシュール一般言語学講義」校注』而立書房、1976年)。コンスタンタンのノート(相原奈津江/秋津玲訳『一般言語学第三回講義』エディット・パルク、2003年;増補改訂版、2006年;影浦峡/田中久美子訳『ソシュール 一般言語学講義』東京大学出版会、2007年)。リードランジェのノート(相原奈津江/秋津玲訳『一般言語学第一回講義』エディット・パルク、2008年)、リードランジェ/パトワのノート(相原奈津江/秋津玲訳『一般言語学第二回講義』エディット・パルク、2006年)。さらに岩波書店から『フェルディナン・ド・ソシュール「一般言語学」著作集』全4巻の刊行が2013年に開始され、全3回の講義がそれぞれ1巻ずつで続刊予定となっていることは周知の通りです。
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★このほか最近では次の新刊との出会いがありました。
『島/南の精神誌』岡谷公二著、人文書院、2016年9月、本体7,800円、A5判上製608頁、ISBN978-4-409-54083-1
『叫びの都市――寄せ場、釜ヶ崎、流動的下層労働者』原口剛著、洛北出版、2016年9月、本体2,400円、四六判並製410頁、ISBN978-4-903127-25-5
『〈わたし〉は脳に操られているのか――意識がアルゴリズムでは解けないわけ』エリエザー・スタンバーグ著、大田直子訳、インターシフト発行、合同出版発売、2016年9月、本体2,300円、四六判上製336頁、ISBN978-4-7726-9552-7
『第二次大戦の〈分岐点〉』大木毅著、作品社、2016年8月、本体2,800円、四六判上製416頁、ISBN978-4-86182-592-7
『苦海浄土 全三部』石牟礼道子著、藤原書店、2016年8月、本体4,200円、四六上製1144頁、ISBN978-4-86578-083-3
★岡谷公二『島/南の精神誌』はまもなく発売。『島の精神誌』(思索社、1981年)、『神の森 森の神』(東京書籍、1987年)、『南の精神誌』(新潮社、2000年)、『南海漂蕩』(冨山房インターナショナル、2007年)の4著に、単行本未収録論考「引き裂かれた詩人――民族学者アルフレッド・メトローの場合」(『新潮』2004年7月号所収)を加えて1冊としたものです。あとがきに曰く「島と南方憧憬から私は出発した。最初のころは、人のあまり行かない島々を訪ねて歩く気ままな旅人であった。〔・・・〕私の島と南方への承継に火をつけたのは、あのポール・ゴーギャンである」。岡谷さんは御自身の著書や訳業を振り返りつつ、「それらがいずれも旅と不可分であったことをあらためて思う」と述懐しておられます。共訳書近刊である、レリス『ゲームの規則』(全4巻、平凡社)も予告されています。
★原口剛『叫びの都市』は発売済。著者の原口剛(はらぐち・たけし:1976-)さんは神戸大学大学院人文学研究科准教授で、ご専門は都市社会地理学および都市論。単独著としては本書が初めてになります。『人文地理』『都市文化研究』『現代思想』などに寄稿した論考4編を全面的に書き改め(第1章「戦後寄せ場の原点――大阪港と釜ヶ崎」、第2章「空間の生産」、第3章「陸の暴動、海のストライキ」、第4章「寄せ場の生成 (1) ―― 拠点性をめぐって」)、3編を書き下ろして(序 章「アスファルトを引き剥がす」、第5章「寄せ場の生成 (2)――流動性をめぐって」、終章「地下の都市、地表の都市」)、1冊としたもの。書名のリンク先で、第4章と第5章の一部を立ち読みできます。
★大木毅『第二次大戦の〈分岐点〉』は発売済。「あとがき」によれば、前著『ドイツ軍事史――その虚像と実像』(作品社、2016年3月)に収録しきれなかった記事(『コマンドマガジン』『歴史街道』『歴史群像』などに掲載)に若干の加筆修正を施し一冊にまとめたものです。第1部「太平洋の分岐点」全7章+戦史エッセイ2篇、第2部「ヨーロッパの分岐点」全9章+戦史エッセイ2篇、第3部「ユーラシア戦略戦の蹉跌」全6章+2篇+補論、という構成。帯文に曰く「ファクト=ファインディング、アナシリス、ヒューマン・インタレスト、ナラティヴ……四つの視覚から、〔・・・〕外交、戦略、作戦、戦術などなど、第二次大戦の諸相を活写」と。
★なお今月、作品社さんでは笠井潔さんと押井守さんの対談本『創造元年1968』が発売される予定で、現在「復刊ドットコム」で予約受付中です。内容紹介文に曰く「〈1968年〉とはなんだったのか? あの時代、ともに青春を生きたクリエーター 押井守と笠井潔とが、当事者として語る貴重な時代の証言と“創造”の原風景。そしてそこから逆照射される“今”の日本の姿を、数日間、数十時間“徹底的に”語り尽くす」と。また現在、作品社さんの貴重なサイン本が三省堂書店神保町本店にて多数フェア展開されています。クロード・ランズマン『SHOAH』(高橋武智訳、1995年)あたりは非常に貴重ではないでしょうか。
★エリエザー・スタンバーグ『〈わたし〉は脳に操られているのか』は発売済。原書は、My Brain Made Me Do It: The Rise of Neuroscience and the Threat to Moral Responsibility (Prometheus Books, 2010)です。意識、自由意志、道徳的行為主体性をめぐる議論を、脳科学や神経科学に預けっぱなしにしないという姿勢で書かれた意欲作です。目次詳細の確認や「はじめに」「解説」の立ち読みは書名のリンク先でできます。巻末の「もっと詳しく知るために」は本書が視野に収める広範な諸分野(哲学、生物学、神経科学、コンピュータ科学、心理学、政治学など)の参考文献を全18章ごとに簡潔にまとめて紹介しています。ブックフェアの企画用には非常に便利かと思われます。
★スタンバーグ(Eliezer J. Sternberg)は現在、イェール大学附属病院の神経科医。本書が初訳であり、未訳書に『Are You a Machine?: The Brain, the Mind, And What It Means to Be Human』(Humanity Books, 2007)や、『NeuroLogic: The Brain's Hidden Rationale Behind Our Irrational Behavior』(Pantheon, 2016)があります。驚くべきことに、今回訳された『〈わたし〉は脳に操られているのか』の原書が出た2010年当時、スタンバーグは若干22歳、タフツ大学の学生だったそうです(「サイエンティフィック・アメリカン」記事「'My Brain Made Me Do It': A 22-year-old author discusses the threat that brain science poses to our concept of free will」参照)。今後の活躍に注目したいです。
★石牟礼道子『苦海浄土 全三部』は発売済。全三部作を通しで読めるのは河出書房新社のシリーズ「池澤夏樹=個人編集 世界文学全集 第3集」の1冊として刊行されている『苦海浄土』(2011年1月)のみでしたが、今回の藤原書店版全三部作では3種の「あとがき」(「あとがき――全集版完結に際して」2004年、「あとがき――『神々の村』刊行に際して」2006年、「あとがき」2016年)が収められ、さらに、赤坂真理・池澤夏樹・加藤登紀子・鎌田慧・中村桂子・原田正純・渡辺京二の
各氏による解説が巻末に付されています。
★やや入り組んでいますが、全三部の書誌情報を以下に整理しておきます。
第1部「苦海浄土――わが水俣病」(1969年;講談社文庫、1972年;同文庫新装版、2004年;藤原書店版『石牟礼道子全集・不知火』第2巻所収、2004年4月)。
第2部「神々の村」(藤原書店版『石牟礼道子全集・不知火』第2巻所収、2004年4月;藤原書店単行本版、2006年;同新版、2014年)。
第3部「天の魚」(藤原書店版『石牟礼道子全集・不知火』第3巻所収、2004年4月)。
★なお同書の刊行を記念して、藤原書店さんでは『〈DVD〉海霊の宮 石牟礼道子の世界』を特価販売されています(税込19,440円→6,800円)。版元紹介文に曰く「本人による作品の朗読、インタビュー、原郷・不知火海、水俣の映像をふんだんに交え、その世界を再現した画期的映像作品」と。さらに、『苦海浄土』は今月放映となるNHK-Eテレ番組「100分de名著」にて取り上げられます。指南役が若松英輔さん、朗読が夏川結衣さんで、今月9月5日から9月26日まで、毎週月曜日午後10時25分より。同番組のNHKテキスト「100分de名著 石牟礼道子『苦海浄土』 2016年9月」(講師=若松英輔)は発売済です。
森山大道写真集『Osaka』サイン本
live cameras in tokyo
メモ(1)
「東洋経済オンライン」2016年9月8日付、中村淳彦氏記名記事「月収13万円、37歳女性を苦しめる「官製貧困」――公営図書館の嘱託職員は5年で"雇い止め"に」に曰く「行政機関で通常の常勤職員として働き、非正規雇用の平均給与を稼ぐひとり暮らしの女性が「相対的貧困」に足を突っ込みかねない時代に突入している」と。「図書館などの公共サービスは、自治体が民間の指定管理会社に運営を委託する流れがある。将来的に賃金上昇や雇用改善が期待できない業種だ」とも。
また「公共機関で働く彼女は、残酷なほどの正規非正規格差の渦中にいる。全産業での正規職員の平均賃金は321万1000円(平成27年賃金構造基本調査統計)と比べると約6割の収入しかない。さらに職場の同僚にいる正規の地方公務員と比べると、正規は平均年収669万6464円(平成26年地方公務員給与実態調査)と好待遇で、非正規の賃金は正規の3分の1にも満たない。/努力や自身の成長、仕事の成果ではどうにもならない絵に描いたような官製貧困、官製格差だ。貧困から抜けて、普通の生活をするためには学芸員の資格取得ではなく、ダブルワークをして長時間労働によって差額を埋めていくしかない」。
現在の中にすでに未来の萌芽があるのだとしたら、図書館運営の未来も見えてくる気がします。
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「NHKニュースウェブ」9月8日付記事「News Up ピンチ 公立図書館の運営」によれば、石川県穴水町の町立図書館では、9年前の能登半島地震により「図書館の建物が大きな被害を受けたため、新しい建物に移設するまでの間、図書を一時的に保管するスペースが足りなくなり」、地元の研究者から寄贈された図書のうち、歴史や民俗学に関する図書「1800冊余りを、利用頻度が低いなどの理由から廃棄した」とのこと。1800冊の中には、今では入手が困難なものも含まれていた、とも。図書館の担当者は「人やスペースが十分ではなく、管理、運営に難儀している。こうした問題は、小さな自治体の図書館では、どこでも抱えているのではないか」と話しているそうで、「個人から本の寄贈の申し出があっても、本の内容の確認などが十分に行えないため断らざるをえない」とのことです。
貴重な古書が廃棄されるというのはまったくやりきれないことです。廃棄というとさしずめ古紙業者に紙くずとして渡したのかもしれない、と推測できます。除籍本を自治体の市民に譲渡する機会というのも図書館では存在するはずですが、それだけでなく、除籍本をリスト化してネットなどで公開し、古書店や研究者、もしくは個人の蔵書家に再利用してもらえるような仕組みや法整備が進んでほしいとも思います。
記事では、図書館の全国組織「日本図書館協会」の山本宏義副理事長の発言も紹介しています。「専門知識を持った人を長期的に育てるというのは難しい。ましてや、職員の数が限られる小さな自治体で、さまざまな分野の専門家を育てるのは無理がある。穴水町のようなケースをなくすためには、自分のところの図書館でわからなくても、どこか別の図書館の専門家に聞けるような体制を作っていく必要があると思う」と。
人材教育が困難になっているのは図書館だけでなく新刊書店でも同様です。図書館のみの問題とするのではなく、地域を越えて、新刊書店や古書店、大学、出版社などと連携しても良いような気がします。
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注目新刊:ベルクソン、ユング、ホッブズなど
『笑い』アンリ・ベルクソン著、合田正人・平賀裕貴訳、ちくま学芸文庫、2016年9月、本体950円、文庫判240頁、ISBN978-4-480-09747-7
『イメージが位置をとるとき――歴史の眼1』ジョルジュ・ディディ=ユベルマン著、宮下志朗・伊藤博明訳、ありな書房、2016年9月、本体6,000円、A5判上製304頁、ISBN978-4-7566-1647-0
『法の原理――自然法と政治的な法の原理』トマス・ホッブズ著、高野清弘訳、行路社、2016年8月、本体3,600円、A5判上製349頁、ISBN978-4-87534-384-4
『ユング 夢分析論』カール・グスタフ・ユング著、横山博監訳、大塚紳一郎訳、みすず書房、2016年8月、本体3,400円、四六判上製296頁、ISBN978-4-622-08517-1
『物質と意識――脳科学・人工知能と心の哲学(原書第3版)』ポール・チャーチランド著、信原幸弘・西堤優訳、森北出版、2016年8月、本体2,800円、四六判上製336頁、ISBN978-4-627-81753-1
★ベルクソン『笑い』は発売済。ちくま学芸文庫でのベルクソンの翻訳はこれで5点目。『笑い』は6月に光文社古典新訳文庫から増田靖彦さんによる新訳が出たばかりですし、さらに遡れば、1月に平凡社ライブラリーで原章二訳が出ています(『笑い/不気味なもの: 付:ジリボン「不気味な笑い」』)。ついこのあいだまでは文庫では岩波文庫の林達夫訳(1938年;改版1976年)しかなかったのですから、今年3点もの新訳が出ている状況というのは驚異的です。
★今月のちくま学芸文庫では、ジャック・アタリ『アタリ文明論講義――未来は予測できるか』(林昌宏訳、ちくま学芸文庫、2016年9月)や、『エジプト神話集成』(杉勇・屋形禎亮訳、ちくま学芸文庫、2016年9月)なども発売されています。アタリの本は文庫オリジナルで、Peut-on prévoir l'avenir ? (Fayard, 2015)の翻訳です。訳者の林さんは本書を「これまでの彼の仕事を集大成したもの」と評価されています。『エジプト神話集成』は「筑摩世界文学大系(1)古代オリエント衆」(1978年)からエジプトの章を文庫化したもの。
★なお、来月のちくま学芸文庫は、ダニエル・C・デネット『心はどこにあるのか』土屋俊訳、ピエール・バイヤール『読んでいない本について堂々と語る方法』大浦康介訳、ダンカン・ワッツ『スモールワールド・ネットワーク――世界をつなぐ「6次」の科学〔増補改訂版〕』辻竜平・友知政樹訳、竹内信夫『空海入門――弘仁のモダニスト』が10月6日発売予定とのことです。デネットは数多くの訳書がありますが、文庫化は初めてですね。
★ディディ=ユベルマン『イメージが位置をとるとき』は発売済。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。ブレヒトの『作業日誌』や『戦争案内』の分析を通じたイメージ/モンタージュ論です。著者の連作「歴史の眼〔L'Œil de l'histoire〕」の第1巻で、第3巻『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』は昨年11月に 伊藤博明さんの訳で同じくありな書房から刊行されています。「歴史の眼」は原書ではすべてミニュイ〔Minuit〕から今までに第6巻まで出版されています。今回の新刊の訳者あとがきによれば、訳書の続刊は第2巻『受苦の時間の再構築』となるようです。
2009: 1. Quand les images prennent position〔『イメージが位置をとるとき』2016年〕
2010: 2. Remontages du temps subi〔『受苦の時間の再構築』〕
2011: 3. Atlas ou le gai savoir inquiet〔『アトラス、あるいは不安な悦ばしき知』2015年〕
2012: 4. Peuples exposés, peuples figurants〔『さらされる民衆、端役としての民衆』〕
2015: 5. Passés cités par JLG〔『ジャン=リュック・ゴダールによって引用された過去』〕
2016: 6. Peuples en larmes, peuples en armes〔『涙にくれる民衆、武器をとる民衆』〕
★高野清弘訳『法の原理』は発売済。岩波文庫から4月に田中浩・重森臣広・新井明訳でホッブズの同書が刊行されていたため(『法の原理――人間の本性と政治体』)、同じ年に2つの訳書が出るのは古典としては異例です(とはいえ、先述した通り、ベルクソン『笑い』の新訳が今年は3種出もているわけですが、これは「現代の」古典なので、ホッブズと一緒にするわけにはいきません)。出版の経緯について高野訳の「訳者あとがき」を確認してみると、岩波文庫版との意外な関係が。岩波文庫版のあとがきには「作業としては田中が全訳し、新井・重森が検討するという形式で進めた」とあるのですが、行路社版では高野さんが、田中さんの依頼のもと、最初の下訳を高野さんと故・藤原保信さんとの共訳で行ったと証言されています。詳しい説明は行路社版をご覧下さい。9月8日現在、アマゾンでもホントでも行路社版が購入できないままになっているのは単純に書店サイドが仕入れていないだけなのだろうと思われますが、残念なことです。リアル書店の店頭では大型店を中心にもちろん販売されています。
★『ユング 夢分析論』は発売済。夢に関するユングの主要な論文6篇を1冊にまとめたもので、「夢分析の臨床使用の可能性」Die praktische Verwendbarkeit der Traumanalyse (1931)、「夢心理学概論」Allgemeine Gesichtspunkte zur Psychologie des Traumes (1916/28/48)、 「夢の本質について」Vom Wesen der Traume (1945/48)、「夢の分析」L'analyse des reves (1909)、「数の夢に関する考察」Ein Beitrag zur Kenntnis des Zahlentraumes (1910/11)、「象徴と夢解釈」Symbols and the interpretation of dreams (1961/77)を収録。本書と同時に、『心理療法論』林道義編訳、『個性化とマンダラ』林道義訳、『転移の心理学』林道義・磯上恵子訳、の3点の新装版も発売されています。
★チャーチランド『物質と意識』は発売済。原書は、Matter and Consciousness, Third edition (MIT Press, 2013)です。目次の確認や立ち読みは書名のリンク先をご利用ください。同書は1984年に初版が刊行され、1988年に改訂版が刊行されましたが、日本語に訳されるのは第3版が初めてです。先月は本書のほか、カプラン『人間さまお断り――人工知能時代の経済と労働の手引き』三省堂、櫻井豊『人工知能が金融を支配する日』東洋経済新報社、三宅陽一郎『人工知能のための哲学塾』BNN出版、と人工知能を書名に冠した新刊が目白押しでしたし、スタンバーグ『〈わたし〉は脳に操られているのか』インターシフト、のように脳科学や神経科学の先端を倫理学的観点から批判的に考察する本も出ています。ブックフェアを開催するには良いタイミングかもしれません。