『カフカ――マイナー文学のために〈新訳〉』ジル・ドゥルーズ/フェリックス・ガタリ著、宇野邦一訳、法政大学出版局、2017年10月、本体2,700円、四六判上製218頁、ISBN978-4-588-01068-2
『哲学のプラグマティズム的転回』リチャード・J・バーンスタイン著、廣瀬覚/佐藤駿訳、岩波書店、2017年10月、本体3,600円、四六判上製408頁、ISBN978-4-00-024057-4
『科学の本質と多様性』ジル=ガストン・グランジェ著、松田克進/三宅岳史/中村大介訳、文庫クセジュ:白水社、2017年10月、本体1,200円、新書判並製176頁、ISBN978-4-560-51016-2
★新訳『カフカ』は、1978年に叢書ウニベルシタスの第85番として刊行された旧訳(宇波彰/岩田行一訳)以来の、待望の新訳。原著は『Kafka: Pour une littérature mineure』(Minuit, 1975)です。新訳と旧訳の章題節題の比較を列記します。
新訳|旧訳
第1章 内容と表現|内容と表現
うなだれた頭、もたげた頭|うなだれた頭、挙げられた頭
写真、音|写真・音
第2章 太りすぎのオイディプス|ふとりすぎのオイディプス
二重の乗り越え――社会的三角形、動物になること|二重の超越――社会的三角形、動物への変身
第3章 マイナー文学|マイナー文学とは何か
言葉|言語
政治|政治
集団|集団的なもの
第4章 表現の構成要素|表現の構成要素
愛の手紙と悪魔の契約|愛の手紙と悪魔の契約
短編小説と動物になること|物語と動物への変化
長編小説と機械状アレンジメント|長篇小説と機械状鎖列
第5章 内在性と欲望|内在と欲求
法、罪悪性等々に抗して|法に対する違反、罪など
過程──隣接的なもの、連続的なもの、無制限なもの|プロセス、隣接・連続・無限定
第6章 系列の増殖|セリーの増殖
権力の問題|権力の問題
欲望、切片、線|欲求・分節・線
第7章 連結器|連結器
女性と芸術家|女たちと芸術家
芸術の反美学主義|芸術の反=美的主義
第8章 ブロック、系列、強度|ブロック・セリー・強度
カフカによる建築の二つの状態|カフカによる構築物の二つの状態
もろもろのブロック、それらの異なる形式と長編小説の構成|ブロック、そのさまざまなかたちと長篇小説の構成
マニエリズム|マニエリスム
第9章 アレンジメントとは何か|鎖列とは何か
言表と欲望、表現と内容|言表と欲求、表現と内容
★旧訳では巻末に訳者あとがきと、宇波さんによる論考「カフカの表現機械」が付録として納められていました。新訳では長めの訳者あとがきのみです。宇野さんの訳者あとがきの節題も列記しておくと、1「読みの転換」、2「アンチ・オイディプスとしてのカフカ」、3「リゾーム、強度、マイノリティ」、4「アレンジメントのほうへ」、5「ガタリのプロジェクト」、6「ベンヤミンとカネッティ」の全6節です。「『アンチ・オイディプス』と『千のプラトー』のあいだに刊行された『カフカ』は他の二冊とともに確かに三部作を構成するといえる。〔・・・〕このカフカ論のめざましい発見と、すさまじい思考の生気〔・・・〕カフカ自身の書いたテクストを〈名作〉の囲いから引きずりだし、生々しく蠕動する現在の〈過程〉そのものとして読み直すことを、いまもこの本はうながしているはずだ」と宇野さんは評しておられます。『カフカ』はその独特な言葉遣いと自在な論理展開によって難解とも見える論考ですが、著者二人の思考の中核的主題が次々に現れる非常に濃密なテクストであるだけに、新訳によって新たな読解の鍵が示されたことは読者にとって幸運だと言えるのではないでしょうか。
★『哲学のプラグマティズム的転回』は、アメリカの哲学者バーンスタイン(Richard J. Bernstein, 1932-)による『The pragmatic turn』(Polity, 2010)の全訳です。ローティ夫妻への献辞がある本書では、「プラグマティストたちとともに50余年を生きてきた者として、彼らから学んだことを読者と分かち合うのが狙い」(まえがきより)とされており、以下通り全9章立てとなっています。第一章「パースのデカルト主義批判」、第二章「ジェイムズのプラグマティックな多元主義と倫理的帰結」、第三章「デューイの根源的民主主義のヴィジョン」、第四章「ヘーゲルとプラグマティズム」、第五章「プラグマティズム・客観性・真理」、第六章「経験が意味するもの――言語論的転回のあとで」、第七章「ヒラリー・パットナム――事実と価値の絡み合い」、第八章「ユルゲン・ハーバマスのカント的プラグマティズム」、第九章「リチャード・ローティのディープ・ヒューマニズム」。
★訳者あとがきにはこう書かれています。「いわば新旧のプラグマティストとの対話という体裁で編まれた本書は、著者自身がプラグマティズムの歴史を綴ったものではないと断りながらも、“プラグマティズムの衰亡と分析哲学の台頭”という従来の「物語」を刷新し、米国の哲学について「より精妙で入り組んだ」物語を語る流れに掉さすものとなっている」。なお、バーンスタインの訳書は本書で4点目。既刊書には以下の3点4冊があります。『科学・解釈学・実践――客観主義と相対主義を超えて』(全2巻、丸山高司/木岡伸夫/品川哲彦/水谷雅彦訳、岩波書店、1990年、品切;Beyond Objectivism and Relativism: Science, Hermeneutics, and Praxis, University of Pennsylvania Press, 1983)、『手すりなき思考――現代思想の倫理-政治的地平』(谷徹/谷優訳、産業図書、1997年;The New Constellation: The Ethical-Political Horizons of Modernity/Postmodernity, Polity, 1991)、『根源悪の系譜――カントからアーレントまで』(阿部ふく子/後藤正英/齋藤直樹/菅原潤/田口茂訳、法政大学出版局、2013年;Radical Evil: A Philosophical Interrogation, Polity, 2002)。
★『科学の本質と多様性』は『La science et les sciences』(初版1993年;第二版1995年)の全訳。『理性』(山村直資訳、文庫クセジュ、1956年)、『哲学的認識のために』 (植木哲也訳、法政大学出版局、1996年)に続く、フランスの科学哲学者グランジェ(Gilles-Gaston Granger, 1920-2016)の久しぶりの訳書です。訳者あとがきに曰く「本書は、「科学とは何か」というきわめて大きな問題を巡るほぼ半世紀にわたる著者の議論のエッセンスを、数式等のテクニカルな論述を用いずに分かりやすく記述したものである」と。「「科学の時代」の諸問題」「科学的知識と技術知の相違」「方法の多様性と目標の統一性」「形式科学と経験科学」「自然科学と人間科学」「科学的真理の進歩」の全6章立て。よく詳しくは書名のリンク先をご覧ください。
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★また、最近では以下の新刊との出会いがありました。
『心理学と錬金術 Ⅰ 新装版』C・G・ユング著、池田紘一/鎌田道生訳、人文書院、2017年11月、本体4,200円、A5判上製326頁、ISBN978-4-409-33055-5
『心理学と錬金術 Ⅱ 新装版』C・G・ユング著、池田紘一/鎌田道生訳、人文書院、2017年11月、本体4,700円、A5判上製404頁、ISBN978-4-409-33056-2
『フトゥーワ――イスラームの騎士道精神』アブー・アブドゥッラフマーン・スラミー著、中田考監訳、山本直輝訳、作品社、2017年11月、本体2,200円、46判上製192頁、ISBN 978-4-86182-649-8
★ユング『心理学と錬金術』2巻本は、新装復刊。初版は1976年のロングセラーで、ユングの代表作である1944年の大著『Psychologie und Alchemie』の全訳です。底本は1951年の第2版。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。原著は全1巻ですが訳本では2分冊です。第Ⅰ巻は第一部「錬金術に見られる宗教心理学的問題」と第二部「個体化過程の夢象徴」を収め、第Ⅱ巻では第三部「錬金術における救済表象」が収められています。図版は全部で270葉。「キリスト教文明と意識・自我万能の西洋合理主義の蔭に、地下水として古代以来連綿と命脈を保ち続け、現代という危機の時代において無意識の諸問題として前面に現れ出てきたところの隠された心の歴史」(訳者あとがきより)をめぐる本書は、脳や心の科学的研究が進展してもなお割り切れないものを残す不可解な〈深み〉を見つめようとする時、何度でも読み直されるのではないかと思われます。
★『フトゥーワ』は帯文に曰く「イスラーム版『武士道』、初翻訳」と。著者のアブー・アブドゥッラフマーン・スラミー(937-1021)はイランのハディース学者。訳者によれば「フトゥーワ」とはアラビア語でもともと「若々しさ」や「漢気(おとこぎ)」を意味するとのことで「弱いものを助け、気前よく振る舞い、名誉を重んずることを良しとする生き方を意味」しているとのことです。イスラーム教における礼節と自己鍛錬、精神修養を端的に教えるもので、たいていは短いアフォリズムのような形式をとり、フトゥーワの何たるかが様々な表現で簡潔に示されたあと、聖典やスーフィーの先師たちの言葉などによる例証が続きます。非常に興味深い一冊です。以下に目次を列記しておきます。
はじめに:『フトゥーワ』邦訳に寄せて(レジェブ・シェンチュルク:イブン・ハルドゥーン大学学長)
フトゥーワ
第一章「家族、同胞と共に生きること」
第二章「己を鍛えること」
第三章「全てをゆだねること」
第四章「尽くすこと」
第五章「恩寵のもとに」
解説:『フトゥーワ』とは何か?(山本直輝)
解説:西洋の騎士道と「フトゥーワ」について(中田考)
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