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注目新刊:ラトゥーシュ『脱成長』文庫クセジュ、ほか

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『脱成長』セルジュ・ラトゥーシュ著、中野佳裕訳、文庫クセジュ、2020年11月、本体1,200円、新書判157頁、ISBN978-4-560-51040-7
『賢者ナータン』レッシング著、丘沢静也訳、光文社古典新訳文庫、2020年11月、本体960円、文庫判308頁、ISBN978-4-334-75434-1

『存在と時間8』ハイデガー著、中山元訳、光文社古典新訳文庫、2020年11月、本体1,240円、文庫判402頁、ISBN978-4-334-75435-8



★『脱成長』は『La décroissance』(coll. « Que sais-je ? », 2019)の全訳。訳者あとがきの文言を借りると、「21世紀に入りフランスから世界へと普及した脱成長運動について、この言葉の提唱者である著者が、その歴史的背景、理論的射程、課題を細心の議論を踏まえながら解説」した一書です。目次詳細は書名のリンク先でご確認いただけます。


★「脱成長〔デクロワサンス〕は、別の形の経済成長を企図するものでも、(持続可能な開発、社会開発、連帯的な開発など)別の形の開発を企図するものでもない。それは、これまでとは異なる社会――節度ある豊かな社会、(ドイツの経済学者ニコ・ペーチの言葉では)「ポスト成長」社会、もしくは(英国の経済学者ティム・ジャクソンの言葉では「経済成長なき繁栄」――を構築する企てである。言い換えると、脱成長は経済学的な企てでも別の経済を構築する企てでもなく、現実としての経済および帝国主義的言説としての経済から抜け出すことを意味する社会的企てである。「脱成長」という言葉は、複合的なオルタナティブ社会を構築する企てを意図している。そしてこの企ては明確な分析的・政治的射程を有している」(12頁)。


★第四章「脱成長社会への移行を成功させる」の第4節「脱成長の先駆者たち」では19世紀や20世紀の思想家たちの名前が列挙されており、20世紀の「脱成長の開拓者たち」として次の人々が挙げられています。イヴァン・イリイチ、コルネリウス・カストリアディス、アンドレ・ゴルツ、ジャック・エリュール、ベルナール・シャルボノー、フランソワ・パルタン、ニコラス・ジョージェスク=レーゲン、ランザ・デル・ヴァスト。さらに、マレイ・ブクチン、バリー・コモナー、オルダス・ハクスリー、アレクサンドル・チャヤーノフ、ルイス・マンフォード、セオドア・ローザク。書棚構成上で有益な括りかと思われます。


★印象的な言葉をいくつか引きます。「脱成長という論争的なスローガンの裏には、経済成長社会、すなわち資本主義的で生産力至上主義的な経済との断絶というメッセージが込められているが、それはまた、世界の西洋化との断絶も意味している。結論として、脱成長は歴史を文化の多様性へと再び開いていくのである」(140頁)。


★「脱成長社会の実現は、世界の「再魔術化」という問題を提起する。この言葉によって、脱成長という宗教を発明しなければならないのだと誤解してはならない。そうではなく、聖なるものの意味を再発見し、人間の精神的次元――このスピリチュアリティは完全に世俗的なものでもありうる――に再び正当性を与え、さらには〔世界の美しさに〕驚嘆する能力を回復することが重視されるべきだ。詩人、画家、あらゆるタイプのアーティスト――端的に言えば、有用性のないもの、無償のもの、夢の世界のもの、我々自身の犠牲にされた部分を扱うすべての専門家――は居場所を見つけ、「内在的超越」と逆説的に呼ばれうるものへの道を拓いていかねばならない」(141頁)。


★光文社古典新訳文庫の11月新刊は2点。レッシング『賢者ナータン』(1779年)は、ドイツ啓蒙主義の名作戯曲で、文庫としては、 岩波文庫の2点(『賢者ナータン』大庭米治郎訳、1927年;『賢人ナータン』篠田英雄訳、1958年)に続く久しぶりの新訳です。イスラム教、キリスト教、ユダヤ教のうち「どれが本物か」という問いに対し、3つの指輪の寓話を通じて「寛容と人類愛を説いた思想劇」(カバー裏紹介文より)。付録として関連文献2点、ボッカッチョ『デカメロン』より「指輪の寓話」(カール・ヴィッテによる1859年のドイツ語訳からの重訳)、そして牧師ゲツェに宛てたレッシングの1778年の文書『ひとつの寓話』より「寓話」が訳出されています。


★『存在と時間8』は全8巻の完結篇。2015年9月の第1巻から5年の歳月が流れました。どの巻も訳文に匹敵する長さの解説が付され、近年の新訳文庫である熊野純彦訳全4巻(岩波文庫、2013年)に比べ倍の巻数になっています。第一部第二篇第五章「時間性と歴史性」から第六章第83節までを収録。周知の通り、『存在と時間』は問いかけで終わります。終わるというか、開かれたままになっています。「ハイデガーがどうして第二部の執筆を放棄したかについては、様々な考察が展開されている。〔…〕ハイデガーはこの反転(ケーレ)を完全に放棄したわけではなく、自分に適していると思われる道筋で、その生涯をかけてこの問いを展開しつづけたと考えることができる」(382~383頁)と中山さんはお書きになっています。


★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。


『漫画 サピエンス全史 人類の誕生編』ユヴァル・ノア・ハラリ原案脚本、ダヴィッド・ヴァンデルムーレン脚本、ダニエル・カザナヴ漫画、安原和見訳、河出書房新社、2020年11月、本体1,900円、A4変形判並製248頁、ISBN978-4-309-29301-1 
『自然と精神/出会いと決断――ある医師の回想』ヴィクトーア・フォン・ヴァイツゼカー著、木村敏/丸橋裕監訳、橋爪誠/岸見一郎/伊藤均訳、法政大学出版局、2020年10月、本体7,500円、四六判上製658頁、ISBN978-4-588-01123-8

『領土の政治理論』マーガレット・ムーア著、白川俊介訳、法政大学出版局、2020年10月、本体4,500円、A5判上製388頁、ISBN978-4-588-60361-7

『想像力――「最高に高揚した気分にある理性」の思想史』メアリー・ウォーノック著、髙屋景一訳、法政大学出版局、2020年10月、本体4,000円、四六判上製342頁、

ISBN978-4-588-13031-1


★『漫画 サピエンス全史 人類の誕生編』は、全世界で1600万部を突破したという大ベストセラーのグラフィックノヴェル化第1弾。活字本は上下2巻本でまだ文庫化もされていないので、今回のオールカラー漫画化計画のスタートは興味深い試みです。内容サンプルは版元さんが特設ページを開設しており、そちらで見ることができます。判型が日本のコミックよりかなり大きいのと、シンプルなコマ割り、活字量の多さなど、日本人が実はあまり慣れていないメディアかもしれませんが、異他なる読書経験として楽しめるのではないでしょうか。巻末の謝辞でハラリは、グラフィック・ノヴェルの構想によって「まったく新しい視点から人類史を語り直すことができた〔…〕私ひとりではとうていできなかっただろう」と書いています。次巻は「人類を奴隷化した」という小麦栽培の歴史が語られるようです。


★『自然と精神/出会いと決断』は、ドイツの医師で生理学者のヴィクトーア・フォン・ヴァイツゼカー(Viktor von Weizsäcker, 1886-1957)による2冊の自伝的著書『出会いと決断』(Begegnungen und Entscheidungen, 1949年)と『自然と精神――ある医師の回想』(Natur und Geist: Errinnerungen eines Arztes, 1954年)を、ズーアカンプ版著作集第一巻(1986年)を底本として訳出したもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。二度の世界大戦という危機の時代のただなかを生きた彼と、同時代の哲学者や神学者、精神分析家との出会いが綴られており、ヴァイツゼカー自身の「医学的人間学」へと向かう思索の深化と拡がりを見ることができるだけでなく、同時代の偉大な知性たちをめぐる鋭い分析と証言を追うこともできます。『ゲシュタルトクライス』や『パトゾフィー』の副読本として随時参照すべき、貴重な記録です。


★『領土の政治理論』は『A Political Theory of Territory』(Oxford University Press, 2015)の全訳です。著者のマーガレット・ムーア(Margaret Moore)はカナダの政治哲学者。本書は彼女の三作目で、2017年にカナダ哲学会の最優秀著作賞受賞作です。同姓同名の小説家がいますが別人で、政治哲学者のムーアの訳書は本書が初めてになります。本書では「領土をめぐる考え方を体系化し、領土論において重要だと考えられるさまざまな要素を解釈する規範理論を打ち出すことを目的とし」(336頁)、「政治的自決の観点から領土や領土権という考えを擁護し」(同頁)ています。尖閣諸島や竹島についても論及あり。「世界は共有物だという考え方」は「個人や集団が有する土地に対する愛着」を真剣に受け止めていないのではないか(同頁)、という意見は興味深いです。


★『想像力』は『Imagination』(University of California Press, 1976)の訳書。「私の主たる目的は、ヒュームとカントの理論を想像力の本性と機能に関するワーズワースとコールリッジの思索とすり合わせることである」と「日本語版への前書き」に著者は書きます。想像力は言葉では尽くしえずとらえきれない何があり、さらに学ぶべきことが常にあることを人間に教えるもので、「教育の主たる目的は想像力を拡げることにある」と著者は言います。「想像力を刺激することは退屈の対極であり、無限の歓びへの入り口なのである」(v頁)。メアリー・ウォーノック(ワーノックとも:Helen Mary Warnock, 1924-2019)は英国の哲学者で、単独著の既訳書には『二十世紀の倫理学』(原著1960年;法律文化社、1979年)と 『生命操作はどこまで許されるか』(原著1985年;協同出版、1992年)があります。


★訳者の髙屋さんは、ウォーノックの後年の未訳講義録『Imagination and Time』(Blackwell, 1994)について、本書『想像力』での議論が平明に語られつつ深化していると紹介しています。「個人としての人間は有限な存在だが、人間は想像力をもって思索したり探究したりすることで、限られた視点による具体的個別的な事象を超えて、普遍的な価値を創造し、過去や未来とつながることができる」(訳者解説、316頁)。まさにこれこそ、出版人が書籍を制作し、広く頒布しようとする理由でもあります。

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