『黄昏の夜明け――光速度社会の両義的現実と人類史の「今」』ポール・ヴィリリオ/シルヴェール・ロトランジェ著、土屋進訳、新評論、2019年10月、本体2,700円、四六判上製272頁、ISBN978-4-7948-1126-4
『道徳について――人間本性論3』ヒューム著、神野慧一郎/林誓雄訳、京都大学学術出版会、2019年10月、本体3,500円、四六上製320頁、ISBN978-4-8140-0244-3
『なぜ歴史を学ぶのか』リン・ハント著、長谷川貴彦訳、岩波書店、2019年10月、本体1,600円、B6判並製144頁、ISBN978-4-00-024179-3
★『黄昏の夜明け』は『Crepuscular Dawn』(Semiotext(e), 2002)の全訳。ロトランジェとの対話本の訳書は『純粋戦争』(細川周平訳、UPU、1987年;Pure War, Semiotext(e), 1983)以来のものですが、今回も息の合ったスリリングなやりとりで現代文明の病理を透視し、暗い予感へと読者をいざないます(字が似ていますが、「黄金の夜明け団」とは無関係)。ヴィリリオの警告してきた未来から私たちは今なお脱出できていません。『純粋戦争』の原書はその後、新版が98年と2008年に刊行され、もはや歴史の1頁になっていますが、個人的には『純粋戦争』は最新版を元に増補版が出るべきだと思っています。
★『道徳について』はシリーズ「近代社会思想コレクション」の第27弾で、ヒュームの主著『人間本性論』第3巻の新訳。底本は2007年刊のノートン版。セルビー・ビッグバンの頁数が本文下段の余白に記されています。訳者あとがきによれば、新訳の続刊は別の訳者によって進められているようです。なお今月は、法政大学出版局さんから既訳第3巻の普及版が発売されたばかりです。
★『なぜ歴史を学ぶのか』はアメリカの歴史家リン・ハント(Lynn Hunt, 1945-)による『History: Why It Matters』(Polity Press, 2018)の訳書。訳者あとがきによれば、ポリティの新シリーズ「Why It Matters」の第1回配本だそうで、ハーヴァード大のジル・レポー教授(Jill Lepore, 1966-;レポアとも)は本書を「E・H・カーの『歴史とは何か』の21世紀版である」と評しているとのこと。周知の通り『歴史とは何か』は1962年の訳書刊行以来、岩波新書のロングセラーとなっています。
★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。
『新しい思考』フランツ・ローゼンツヴァイク著、村岡晋一/田中直美編訳、法政大学出版局、2019年10月、本体4,800円、四六判上製520頁、ISBN978-4-588-01104-7
『現代思想2019年11月号 特集=反出生主義を考える――「生まれてこないほうが良かった」という思想』青土社、2019年10月、本体1,400円、ISBN978-4-7917-1388-2
『情動はこうしてつくられる――脳の隠れた働きと構成主義的情動理論』リサ・フェルドマン・バレット著、高橋洋訳、紀伊國屋書店、2019年10月、本体3,200円、四六判上製620頁、ISBN978-4-314-01169-3
『聖者のレッスン――東京大学映画講義』四方田犬彦著、河出書房新社、2019年10月、本体4,800円、46変形判上製352頁、ISBN978-4-309-25643-6
『北斎 視覚のマジック――小布施・北斎館名品集』北斎館編、平凡社、2019年10月、本体2,800円、A4判並製176頁、ISBN978-4-582-66218-4
『生き延びるためのアディクション――嵐の後を生きる「彼女たち」へのソーシャルワーク』大嶋栄子著、金剛出版、2019年10月、本体3,600円、A5判並製288頁、ISBN978-4-7724-1727-3
『治療共同体実践ガイド――トラウマティックな共同体から回復の共同体へ』藤岡淳子編著、金剛出版、2019年10月、本体3,400円、A5判並製264頁、ISBN978-4-7724-1722-8
『この社会で働くのはなぜ苦しいのか――現代の労働をめぐる社会学/精神分析』樫村愛子著、作品社、2019年10月、本体2,400円、四六判並製260頁、ISBN978-4-86182-776-1
『オランダの文豪が見た大正の日本』ルイ・クペールス著、國森由美子訳、作品社、2019年10月、本体2,600円、46判上製360頁、ISBN978-4-86182-769-3
『経済的理性の狂気――グローバル経済の行方を〈資本論〉で読み解く』デヴィッド・ハーヴェイ著、大屋定晴監訳、作品社、2019年9月、本体2,800円、四六判上製328頁、ISBN978-4-86182-760-0
『全著作〈森繁久彌コレクション〉 第1巻 道――自伝』森繁久彌著、鹿島茂解説、藤原書店、2019年10月、本体2,800円、四六判上製640頁、ISBN978-4-86578-244-8
『中村桂子コレクション いのち愛づる生命誌(Ⅳ)はぐくむ――生命誌と子どもたち』中村桂子著、高村薫解説、藤原書店、2019年10月、本体2,800円、四六変判上製296頁+口絵2頁、ISBN978-4-86578-245-5
『“フランスかぶれ”ニッポン』橘木俊詔著、藤原書店、2019年10月、本体2,800円、四六判上製336頁+口絵8頁、ISBN978-4-86578-246-2
★『新しい思考』は日本版独自編集の論文集。帯文に曰く「主著『救済の星』刊行後に執筆した主要なテキストを中心に収録」とのこと。共訳者の村岡晋一さんはこれまでも『救済の星』(共訳、みすず書房、2009年)をはじめ、『健康な悟性と病的な悟性』(作品社、2011年)、『ヘーゲルと国家』(共訳、作品社、2015年)など、ローゼンツヴァイクの訳書を手掛けてきた第一人者です。今回の論文集では、「『救済の星』について」「自由ユダヤ学舎と教育について」「翻訳について」「人について」の4部構成で、計20本のテクストが収録されています。
★『現代思想2019年11月号』は反出生主義をめぐる特集号。目次詳細は誌名のリンク先でご確認いただけます。巻頭の森岡正博さんと戸谷洋志さんによる討議「生きることの意味を問う哲学」の最後の方で森岡さんは次のように発言されています。「ベネターはショーペンハウアーの子どもであり、ショーペンハウアーは古代インド、ウパニシャッドとブッダの子どもであるわけです」(19頁)。『生まれてこない方が良かった』(すずさわ書店、2017年)の著者であるベネター(David Benatar, 1966-)の論考「考え得るすべての害悪――反出生主義への更なる擁護」も小島和男さんによって訳出されています(40~83頁)。
★『情動はこうしてつくられる』は、英語圏でベストセラーとなった『How Emotions Are Made: The Secret Life of the Brain』(Houghton Mifflin Harcourt, 2017)の全訳。著者のバレット(Lisa Feldman Barrett, 1963-)はノースイースタン大学心理学部教授。彼女独自の構成主義的情動理論(theory of constructed emotion)が説明されている本書は「身体疾患や精神疾患の治療、人間関係、子育て、そして究極的には人間の本性についての社会的通念の大幅な見直しを求める」(15頁)もの。訳者あとがきによれば、彼女の研究成果はFBIでも活用されているとのことです。
★『聖者のレッスン』は、東京大学文学部宗教学科において2016年度後期に全13回にわたり行われた講義「聖者の表象」をもとに全体を「濃縮」(後書き、343頁)した一冊。カトリックの聖人や東アジアの宗教的指導者、絶滅収容所などの映画的表象を取り上げ、自由で不安な戒律なき時代を生きるヒントを探っておられます。これが「最終講義」だと四方田さんは後書きで述懐されています。
★『北斎 視覚のマジック』は、同名の展覧会(すみだ北斎美術館、2019年11月19日~2020年1月19日)での展示作を中心として編集されたもので、同展図録であり、北斎館の公式図録でもあるとのこと。祭屋台天井絵、肉筆画、摺物、錦絵、版本などの画業を網羅した約150点がオールカラーで収録されています。凡庸な言い方で恐縮ですが、何度見てもやはり圧倒されます。
★金剛出版さんの10月新刊より2点。『生き延びるためのアディクション』は「女性依存症者に共通する四つの嗜癖行動パターンと三つの回復過程モデル」(版元紹介文より)を手がかりにした、「暴力・貧困・スティグマに絡めとられた“彼女たち”の生活を取り戻すための援助論」(帯文より)。著者の大嶋栄子(おおしま・えいこ:1958-)さんはNPO法人リカバリーの代表。『治療共同体実践ガイド』は「長きにわたる治療共同体の歴史・理念を跡づける理論的考察から、〔…〕精神科医療・司法領域・福祉領域の実践レポート、さらに治療共同体をサポートしてきた支援者たちによる回復の物語の記録まで、これまで十分には語られてこなかった治療共同体の方法論と新たな応用可能性を探る」もの(カバーソデ紹介文より)。編著者の藤岡淳子(ふじおか・じゅんこ)さんは大阪大学大学院人間科学研究科教授で一般社団法人もふもふネットの代表です。
★作品社さんの9~10月新刊より3点。『経済的理性の狂気』は『Marx, Capital and the Madness of Economic Reason』(Profile Books, 2017)の全訳。「グローバル資本主義が嘆かわしい状態にあって、理解しづらい軌道をたどっていることを考えると、マルクスが何とかして解明せんとしたものを再検討することは時宜にかなっているように思われる」(11頁)。「マルクスの資本の概念とその運動法則とされるものとを、どのように理解すべきなのか。理解できるとすれば、われわれは現状の窮地をどのように把握できるのか。これらが本書で検討する課題である」(15頁)。『オランダの文豪が見た大正の日本』はオランダの作家クペールス(Louis Couperus, 1863-1923)の紀行文『Nippon』(1925年)の訳書。1922年(大正11年)の春から夏にかけて5か月間、長崎、神戸、京都、箱根、東京、日光を旅行した記録で、ノスタルジックな写真70点も収録されています。箱根では富士屋ホテルに宿泊。『この社会で働くのはなぜ苦しいのか』は2010年から2017年にかけて『現代思想』誌などに寄稿してきた論考に書き落ろしを加えた一冊。単独著としては『臨床社会学ならこう考える――生き延びるための理論と実践』(青土社、2009年)以来の久しぶりのものです。
★藤原書店さんの10月新刊は3点。『道――自伝』は『全著作〈森繁久彌コレクション〉』全5巻の第1回配本となる第1巻。「道」の字はカバー表1の「自伝」の上に大きく空押し加工されています。自伝においては満州でソ連兵と対峙する場面など、読んでいる方も生きた心地がしませんが、歴史の一証言として読む価値があります。付属の「月報1」では、草笛光子、山藤章二、加藤登紀子、西郷輝彦の各氏の談話と寄稿が読めます。草笛さんはこうした著作集がなぜ今までなかったのか、とご立腹のご様子。『はぐくむ』は「中村桂子コレクション」全8巻の第3回配本。収録作品は書名のリンク先でご確認いただけます。付属の「月報3」には米本昌平、樺山紘一、玄侑宗久、上田美佐子の各氏が寄稿。『“フランスかぶれ”ニッポン』は京都大学名誉教授で経済学者の橘木俊詔(たちばなき・としあき:1943-)さんによるフランス論であり、フランス文化が近現代日本に与えたインパクトを分析する一書。
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