★本日と明日の2回に分けて注目新刊について記します。まず本日は7~8月までの新刊の拾遺から。
『ファシズムの原理 他三篇』アルフレード・ロッコ/ジョヴァンニ・ジェンティーレ/ベニート・ムッソリーニ著、竹本智志/下位春吉訳、紫洲書院、2019年8月、本体1,270円、B6判並製132頁、ISBN978-4-909896-02-5
『ヨーロッパ憲法論』ユルゲン・ハーバーマス著、三島憲一/速水淑子訳、法政大学出版局、2019年7月、本体2,800円、四六判上製238頁、ISBN978-4-588-01097-2
『神性と経験――ディンカ人の宗教』ゴドフリー・リーンハート著、出口顯監訳、坂井信三/佐々木重洋訳、法政大学出版局、2019年7月、本体7,300円、四六判上製534頁、ISBN978-4-588-01095-8
『プリンシピア 自然哲学の数学的原理 第Ⅲ編 世界体系』アイザック・ニュートン著、中野猿人訳、ブルーバックス:講談社、2019年8月、本体1,500円、新書判並製368頁、ISBN978-4-06-516657-4
『インスマスの影――クトゥルー神話傑作選』H・P・ラヴクラフト著、南條竹則編訳、新潮文庫、2019年8月、本体750円、文庫判542頁、ISBN978-4-240141-5
『小泉八雲東大講義録――日本文学の未来のために』ラフカディオ・ハーン著、池田雅之編訳、角川ソフィア文庫、2019年8月、本体1,080円、文庫判400頁、ISBN978-4-04-400486-6
『あなたと原爆――オーウェル評論集』ジョージ・オーウェル著、秋元孝文訳、光文社古典新訳文庫、2019年8月、本体880円、文庫判312頁、ISBN978-4-334-75408-2
★『ファシズムの原理』は紫洲書院のシリーズ「紫洲古典」の第3弾。ファシズムの原理をめぐる3本の論考、アルフレード・ロッコ「ファシズムの原理――ペルージャの夏季学校開会に寄せた演説(La dottrina del fascismo e il suo posto nella storia del pensiero politico)」(1925年)、ジョヴァンニ・ジェンティーレ「思想の根本原理(Idee fondamentali)」(1933年)、ベニート・ムッソリーニ「社会的・政治的原理(Dottrina politica e sociale)」(1933年)の翻訳に加え、付録として、ベニート・ムッソリーニ「組閣直後の臨時議会における就任演説」(初出:下位春吉訳『ムッソリニの獅子吼』〔大日本雄辯會講談社、1929年〕所収「登閣直後の臨時議会における第一獅子吼」)、巻末には「用語・人名索引辞書」が配されています。
★ムッソリーニの「社会的・政治的原理」から引きます。「ファシスト国家は、国民公会においてロベスピエール率いる過激派がそうしたように、自らの「神」を作り出そうなどとはしない。あるいはボリシェビズムがそうしたように、無闇にそれを人々の精神から消し去ろうとしないはしない。ファシズムは禁欲者、聖者、英雄、そして未開の人びとが素朴な心をして思い描き、祈る神そのものに敬意を払う」(81頁)。「ファシスト国家とは、力と帝国への意志である。この国におけるローマの伝統は、力という概念そのものである。ファシズムの原理において帝国とは、単に領土・軍事・貿易に関する概念ではなく、むしろ精神と道徳に関しての意味を持つものである」(同)。
★シリーズ「紫洲古典」では2019年5月に、第一弾として田辺元『歴史的現実』、第二弾として三木清『技術哲学』が刊行されています。紫洲書院(しずしょいん、と読むようです)さんの社名の由来は公式ウェブサイトによれば「洲は何者にも囚われない領域、紫という高貴な色、この二つより、紫洲書院は作られました」とのことです。目下のところアマゾン・ジャパンでの販売のみのようです。
★『ヨーロッパ憲法論』は『Zur Verfassung Europas. Ein Essay』(Suhrkamp, 2011)の全訳。「人間の尊厳というコンセプトおよび人権という現実的なユートピア」と「国際法の憲法化の光に照らしてみたEUの危機──ヨーロッパ憲法論」という2本の論考を中心に編まれたもの。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。補遺として収められた論考3本のうち、「破綻のあとで」と「ヨーロッパ連合の運命はユーロで決まる」の2本は、初出版の翻訳が先ごろ発売された『デモクラシーか資本主義か』(三島憲一編訳、岩波現代文庫、2019年6月)にも収録されています。後者の論考の初出版タイトルは「我々にはヨーロッパが必要だ」です。
★「新自由主義の幻想が打ち砕かれたのち、誰の目にもあきらかになったのは、金融市場によって、さらにいえば国民国家の境界を越える世界社会の機能システム全般によって作りだされている問題的状況である。個々の国家――あるいは国家連合――では、もはやこれに取り組むことができない。しかし取り組む必要はあり、そこからいわば単数形の政治を求める挑戦が生じる。諸国家からなる国際的な共同体を、諸国家と世界市民からなる世界市民的な共同体へと発展させなければならないのである」(序文、7頁)。「何びとにも等しい権利をグローバルに実現せよという要求」(同、8頁)をめぐる粘り強い考察です。
★『神性と経験』は、『Divinity and Experience: The Religion of the Dinka』(Clarendon Press, 1961)の全訳。「生涯でわずか2冊しか本を残さなかったリーンハートのあの名著が、刊行から約60年を経ていよいよ邦訳なる!」と帯文に記されています。目次詳細は書名のリンク先をご覧ください。謝辞にはこうあります。「私がエヴァンズ=プリチャード教授のナイロート研究に、とりわけヌアーの宗教についての彼の業績に恩恵を受けていることはきわめて明白だろう。しかし個人的に彼に負うことの方が大であり、その指導と友情に感謝を込めて、本書を彼に捧げる」(2頁)。監訳者の出口さんによる巻末解説では、本書への歴史学者ダクラス・ジョンソンによる評価を引用しています。曰く「その時代の流行に決して完全に拘束されることなく、後に流行となる話題やアプローチへの道を、それは指し示している。そのような本が『神性と経験』であ〔る。…〕多くの学者が、他の分野における実り豊かな研究に彼らを導いた示唆を、そこに見いだしてきた」。リーンハート(Godfrey Lienhardt, 1921-1993)はイギリスの人類学者。もう一冊の著書は翻訳されています。現在品切ですが『社会人類学』(増田義郎/長島信弘訳、岩波書店、1967年;Social Anthropology, Oxford University Press, 1964)がそれです。
★『プリンシピア 第Ⅲ編 世界体系』は、1977年版単行本の3分冊新書化の完結編。第Ⅲ編「世界体系」を収録。目次は書名のリンク先をご覧ください。「ここに「万有引力の法則」が普遍化され、確立されることになる」(カバー裏紹介文より)。全巻の結びとして書かれたという「一般注」ではニュートンの「神」観が表明されています。曰く「神は永遠にして無限、全能にして全知である。すなわち、永劫より永劫にわたって持続し、無窮より無窮にわたって偏在する。万物を統治し、ありとあらゆるもの、あるいはなされうるすべてのことがらを知っている。神は永遠や無限そのものではないが、永遠なもの、無限なものである。持続や空間が神ではなくて、神は持続し、かつ存在する。いつまでも変わらず、いたるところに存在し、かつ常住普遍の存在によって時間と空間とを構成する」(226頁)。「神はいずれの時、いずれの所においても同一の神である。神は仮想的にだけ偏在するのではなくて、実体的にも偏在するのである。なぜならば、実体なしでは効能は保てないからである。万物は神の中に含まれ、かつ動かされている〔…〕神は物体の運動から何の損害をもこうむることはないし、物体は神の遍在から何も抵抗をも受けない」(227頁)。「彼〔神〕はすべて相似たものであって、すべて眼であり、すべて耳であり、すべて頭脳であり、すべて腕であり、すべてこれ知覚し、理解し、行動する力である」(228頁)。
★『インスマスの影』はチェスタトンやブラックウッド、マッケンなど数多くの翻訳を手掛けてこられた南條竹則さんによる文庫オリジナル新訳。「異次元の色彩」「ダンウィッチの怪」「クトゥルーの呼び声」「ニャルラトホテプ」「闇にささやくもの」「暗闇の出没者」「インスマスの影」の7篇を収録。「ヨグ・ソトホートこそは、天球と天球が出会う門への鍵である。人が今支配する場所を、“かれら”はかつて支配した。“かれら”はまもなく支配するであろう――人が今支配する場所を。夏のあとに冬が来て、冬のあとに夏が来る。“かれら”は忍耐強く、力強く待っている。ここはふたたび“かれら”が統治するのだから」(「ダンウィッチの怪」91頁)、そう『ネクロノミコン』には書いてあります。
★『小泉八雲東大講義録』はちくま文庫版『小泉八雲コレクション』の一冊として2004年に刊行された池田雅之編訳『さまよえる魂の歌』から「ハーンが東京帝国大学で行った講義録16篇を選び、大幅に改訳・修正のうえ新編集したもの」とのこと。目次は書名のリンク先をご覧ください。「文章作法の心得」と題された講義ではこんなことが書かれています。「みなさんに注意を促したい最初の誤りは、創作に関することである。〔…〕教育は〔詩人や物語作家となるための〕何の助けにもならない。〔…〕創作に関する書物を読んでみても、創作の方法は学ぶことはできない。実作によってのみ習得されるという意味では、文学はまさに職人の手仕事なのである」(214頁)。
★『あなたと原爆』は文庫オリジナル評論集。1945年の表題作「あなたと原爆」や、名編として知られる「象を撃つ」など、全16篇を収録。詳細は書名のリンク先をご覧ください。「『一九八四年』に繋がる先見性に富む評論集」とカバー裏紹介文にあります。表題作は「原爆投下のわずかふた月後、その後の核をめぐる米ソの対立を予見し「冷戦」と名付けた」(カバー裏紹介文より)ものとのこと。このエッセイの最後の方にはこんな分析があります。「世界を全体として眺めれば、ここ何十年の趨勢は、無政府状態ではなく奴隷制の復活へと向かっている。我々が向かう先にあるのは、全般的な崩壊ではなく、奴隷制のあった古代帝国と同じように恐ろしくも安定した時代なのかもしれない」(16~17頁)。
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