Quantcast
Channel: URGT-B(ウラゲツブログ)
Viewing all articles
Browse latest Browse all 1277

注目新刊:ピケティ『自然、文化、そして不平等』文藝春秋、ほか

$
0
0
_a0018105_18572392.jpg

『自然、文化、そして不平等――国際比較と歴史の視点から』トマ・ピケティ(著)、村井章子(訳)、文藝春秋、2023年7月、本体1,600円、四六判上製104頁、ISBN978-4-16-391725-2
『スピノザ全集(Ⅰ)デカルトの哲学原理 形而上学的思想』松田克進/平松希伊子(訳);鈴木泉(訳)、岩波書店、2023年6月、本体4,700円、A5判上製函入358頁、ISBN978-4-00-092851-9

『政治学(上)』アリストテレス(著)、三浦洋(訳)、光文社古典新訳文庫、2023年7月、本体1,600円、文庫判608頁、ISBN978-4-334-75482-2

『政治学(下)』アリストテレス(著)、三浦洋(訳)、光文社古典新訳文庫、2023年7月、本体1,400円、文庫判504頁、ISBN978-4-334-75483-9

『妖精・幽霊短編小説集――『ダブリナーズ』と異界の住人たち』J・ジョイス/W・B・イェイツ/ほか(著)、下楠昌哉(編訳)、平凡社ライブラリー、2023年7月、本体1,800円、B6変型判並製376頁、ISBN978-4-582-76949-4



★『自然、文化、そして不平等』は、フランスの経済学者トマ・ピケティ(Thomas Piketty, 1971-)がフランス民俗学会(Société d'ethnologie)の招聘によりケ・ブランリ美術館で2022年3月18日に行なったウジェーヌ・フライシュマン記念講演(Conférences Eugène Fleischmann)である『Nature, culture et inégalités : Une perspective comparative et historique』の原稿に加筆訂正し公刊したものの翻訳。ピケティの著書の数ある既訳書の中でももっともコンパクトにまとまった一冊で、彼の「思想エッセンス」(帯文より)が詰まっている本です。版元サイトに目次詳細の掲出がないので以下に転記しておきます。


自然の不平等というものは存在するか? 平等への長い歩み
不平等および不平等を生む体制の歴史的変遷
所得格差
資産格差
ジェンダー格差
ヨーロッパにみられる平等への歩みのちがい
スウェーデンの例
福祉国家の出現――教育への公的支出
権利の平等の深化に向けて
累進課税
債務をどうするのか?
自然と不平等
結論
参考文献


◎トマ・ピケティ既訳書
2014年12月『21世紀の資本』山形浩生/守岡桜/森本正史(訳)、みすず書房
2015年01月『トマ・ピケティの新・資本論』村井章子(訳)、日経BP社
2016年09月『格差と再分配――20世紀フランスの資本』山本知子/山田美明/岩澤雅利/相川千尋(訳)、早川書房
2020年03月『不平等と再分配の経済学――格差縮小に向けた財政政策』尾上修悟(訳)、明石書店
2022年04月『来たれ、新たな社会主義――世界を読む2016-2021』山本知子/佐藤明子(訳)、みすず書房
2023年07月『自然、文化、そして不平等――国際比較と歴史の視点から』村井章子(訳)、文藝春秋
2023年08月予定『資本とイデオロギー』山形浩生/森本正史(訳)、みすず書房


★『デカルトの哲学原理 形而上学的思想』は、岩波書店版『スピノザ全集』全6巻別巻1の第3回配本となる第Ⅰ巻。松田克進/平松希伊子訳「デカルトの哲学原理」と、鈴木泉訳「形而上学的思想」の二著を収録。いずれも畠中尚志訳『デカルトの哲学原理――附形而上学的思想』(岩波文庫、1959年)以来の新訳です。帯文に曰く「近世スコラ哲学とデカルト哲学とが交差する17世紀オランダ。時代の転換期にスピノザが世に問うたデビュー作にして、生前その名を冠して刊行された唯一の著作」。


★『政治学』上下巻は、光文社古典新訳文庫で『ニコマコス倫理学』上下巻と『詩学』に続く、アリストテレスの新訳第3弾。岩波書店版『新版 アリストテレス全集(17)政治学 家政論』(2018年3月)所収の神崎繁/相澤康隆/瀬口昌久訳『政治学』以来の新訳。文庫本としては山本光雄訳『政治学』(岩波文庫、1961年)以来ですが、岩波版は新訳も文庫もともに品切のため、入手しやすい版ができたのは良いことです。


★かの有名な言葉を含む一節を、前後を含めて引用します。「多くの村から形成される究極の共同体が国家である。いわば国家は、あらゆる意味での自足をすでに極限まで達成した共同体であり、そもそもは生きるために発生したのだが、善く生きるために存在しているのである。それゆえ、あらゆる国家は、その基礎になった最初の二つの共同体(家と村)も自然的に発生した以上、自然的に存在していることになる。/つまり、国家は最初の二つの共同体にとっての究極目的であり、一般的には自然本性こそが自然発生物にとっての究極目的なのである」(1252b;第一巻第二章31頁)。


★「一般的には、発生の究極目的として目指されるものは最善の状態であり、共同体の場合でいえば、「自足」が究極目的かつ最善の状態なのである」(同;32頁)。「国家は自然的に存在するものに属する。そして、明らかに、人間は自然本性的に国家を形成する動物である。それゆえ、もしも何らかの偶然の結果ではなく、自然本性が原因で国家に帰属しない者が存在するなら、その者は人間として劣悪な存在か、人間を超えた存在かのいすれかであろう。それはちょうど、「同胞を持たず、市民規範を持たず、家庭を持たない者」とホメロスも非難するようなものであって、自然本性的にそのような性質のものは、好戦的で争いたがる性質も同時に持つのである。それはあたかも、将棋の駒が他の駒との連携を失い、孤立して戦うほかなくなったときのようである」(1253a;32頁)。


★「同胞を持たず、市民規範を持たず、家庭を持たない(ἀφρήτωρ ἀθέμιστος ἀνέστιος)」者というのはホメロス『イリアス』第9歌63からの引用。英訳では、 clanless, lawless, hearthless。アプレトル、アテミストス、アネスティオス。ちなみに光文社古典新訳文庫では続刊予定が、8月:テオフィル・ゴーティエ『死霊の恋/ヴィシュヌの化身――ゴーティエ恋愛奇譚集』永田千奈訳、9月:カント『判断力批判(上・下)』中山元訳、以後:ブラム・ストーカー『ドラキュラ』唐戸信嘉訳、と強力なラインナップです。


★『妖精・幽霊短編小説集』は、版元内容紹介文を参考にすると、ジョイスの短篇集『ダブリンの人々』から8篇を選び、19世紀末から20世紀はじめに他の作家によって書かれた妖精・幽霊譚と並べて収録したアンソロジー。目次詳細を下段に掲出しておきます。なおジョイス『ダブリンの人々』の入手可能な既訳書には、柳瀬尚紀訳『ダブリナーズ』新潮文庫、米本義孝訳『ダブリンの人びと』ちくま文庫、結城英雄訳『ダブリンの市民』岩波文庫、などがあります。


編訳者まえがき
一 妖精との遭遇
 取り替え子|ウィリアム・バトラー・イェイツ&トーマス・クロフトン・クローカー
 卵の殻の醸造|トーマス・クロフトン・クローカー
 妖精たちと行ってしまった子ども|ジョウゼフ・シェリダン・レ・ファニュ
 遭遇|ジェイムズ・ジョイス
二 アイルランドの化け物
 ウォーリングのよこしまなキャプテン・ウォルショー|ジョウゼフ・シェリダン・レ・ファニュ
 夜の叫び|ソフィー・L・マッキントッシュ
 姉妹たち|ジェイムズ・ジョイス
三 心霊の力
 科学の人|ジェローム・K・ジェローム
 第一支線――信号手|チャールズ・ディケンズ
 痛ましい事件|ジェイムズ・ジョイス
四 底なしの愛
 キャスリーン・ニ・フーリハン|ウィリアム・バトラー・イェイツ&グレゴリー夫人
 死んでしまった母親|ジェレマイア・カーティン
 エヴァリーン|ジェイムズ・ジョイス
五 まつろぬ魂
 赤い部屋|ハーバート・ジョージ・ウェルズ
 ハンラハンの幻視〔ヴィジョン〕|ウィリアム・バトラー・イェイツ
 蔦の日に委員会室で|ジェイムズ・ジョイス
六 霊界物質と祈禱書
 何だったんだあれは?|フィッツ・ジェイムズ・オブライエン
 聖マーティン祭前夜(ジョン・シーハイによって語られた話)|ジェレマイア・カーティン
 粘土|ジェイムズ・ジョイス
七 復活の日
 フィネガンの通夜|アイルランド民謡
 バンシー|ウィリアム・バトラー・イェイツ&ジョン・トッドハンター
 恩恵|ジェイムズ・ジョイス
八 永久〔とわ〕の眠りを恋人に
 雪女〔ラフカディオ・ハーン〕
 さざめくドレスの物語|メアリー・ルイーザ・モールズワース
 死者たち(抄訳)|ジェイムズ・ジョイス
編訳者あとがき


★このほか最近では以下の新刊との出会いがありました。書誌情報を掲出します。


『私たちの生活をガラッと変えた物理学の10の日』ブライアン・クレッグ(著)、東郷えりか(訳)、作品社、2023年7月、本体2,400円、四六判並製256頁、ISBN978-4-86182-991-8
『〈効果的な〉精神科面接――力動的に診るということ』平島奈津子(著)、金剛出版、2023年6月、本体3,200円、4-6判上製256頁、ISBN978-4-7724-1964-2

『文藝 2023年秋季号』河出書房新社、2023年7月、本体1,350円、A5判並製536頁、雑誌07821-08



★3点のうち『私たちの生活をガラッと変えた物理学の10の日』について特記します。著者のクレッグは英国のサイエンスライターで、『科学法則大全』(化学同人、2022年)をはじめ複数の訳書があります。今回の新刊は『Ten Days in Physics That Shook the World: How Physicists Transformed Everyday Life』(Icon Books, 2021)の全訳。版カバーソデ紹介文に曰く「人気サイエンスライターが送る、物理学の歴史をめぐる旅。私たちの日常生活を決定的に一変させた、歴史の中の「10の日」をピックアップ。そこで起こった出来事と、もたらしたものを魅力的に紹介する。さらに、人類の次の偉大なる発見=「11日目」には、何が待っているのか?」。以下に目次を転記しておきます。


序文
1日目 1687年7月5日(火)アイザック・ニュートン『プリンキピア』の刊行
2日目 1831年11月24日(木)マイケル・ファラデー「電気の実証的研究」の口頭発表
3日目 1850年2月18日(月)ルドルフ・クラウジウス「熱の動力について」の発表
4日目 1861年3月11日(月)ジェームズ・クラーク・マクスウェル「物理的力線について」の発表
5日目 1898年12月26日(月)マリー・キュリー「強い放射性をもつ新しい物質について」の発表
6日目 1905年11月21日(火)アルベルト・アインシュタイン「物体の慣性はそのエネルギー含量によるのか?」の発表
7日目 1911年4月8日(土)ヘイケ・カメルリング・オネス 超伝導の発見
8日目 1947年12月16日(火)ジョン・バーディーンとウォルター・ブラッテン 実用的なトランジスターの最初の実演
9日目 1962年8月8日(水)ジェーズム・R・ビアードとゲイリー・ピットマン 発光ダイオードの特許出願
10日目 1969年10月1日(水)スティーヴ・クロッカーとヴィント・サーフ インターネットの最初のリンクの開始
11日目 ?
参考文献
図版クレジット
訳者あとがき


+++


【雑記19】


コロナ以前と以後で日販のパブリックイメージが変わったことについては、これまでの雑記で言及した。箱根本箱や六本木文喫を手掛け、CCCや有隣堂の複合書店の進化を支えてきた日販は、書店の新形態とその未来に強いコミットメントを決意しているように見えた。その姿勢は、不動産事業やフィットネス事業など本業の外へと展開していくトーハンとは対照的だった。しかしここ半年ほどで、日販は引き潮のように書店サポートから撤退するかのような動きを見せた。少なくとも出版社にはそのように見えた。何が起きたのか。


DNP系の丸善ジュンク堂書店、イオン系の未来屋書店など、続々と大型書店が日販からトーハンへ帳合変更したのだ。さらにはまさかのあのチェーンの帳合変更も実施となることが通知されている。中枢の一角であったように見えたそのチェーンをめぐる情報については、すでに複数の出版業界人がリークしたり拡散したりしている。通知を出した以上、関係者も明るみになることは織り込み済みだった、とも聞いているが、金商法166条2項に鑑み、ここではやはり口をつぐんでおく。今回の話の本筋はそこではないからだ。


前回書いたように、CCCと紀伊國屋書店と日販はさらに今秋、新会社を設立し、出版社との直取引を推進する計画である。直取引なのになぜ日販が絡むのかについても考察したが、再説しておくと、出版社との取引条件改定協議を取次ではなく書店が主導するため、という意図ではないかと思える。また、書店自身の物流網は取次のそれより小さく弱いから、取次の力は相変わらず必要なのだ、とも言える。日販は今まで以上に裏方に徹するつもりなのだろうか。この点も、取次自身が出版社との条件交渉に積極的に臨むことをトップが公言しているトーハンとは対照的だ。


こうした一連の日販の動向を読み解くためには、ある資料をひもとくと良い。ようやくそれについて語るべきタイミングが来たと思う。日販の「出版流通改革レポート」である。一昨年(2021年9月)から本年年頭(2023年1月)まで、6号が公開されている。書店の粗利改善施策と、配送網改革。この二本の柱について、計画とその進捗が記されているものだ。概要は日販ウェブサイトの「出版流通改革」で見ることができ、レポートについては以下のニュースリリース内に貼られたリンクよりPDFがダウンロードできる。


出版流通改革レポートVol.1(2021.09.01)
出版流通改革レポートVol.2(2021.12.01)

出版流通改革レポートVol.3(2022.03.01)

出版流通改革レポートVol.4(2022.07.13)

出版流通改革レポートVol.5(2022.10.19)

出版流通改革レポートVol.6(2023.01.25)



今回述べたかった結論を先に書くと、CCC/紀伊國屋書店/日販、の新会社は、CCCや日販がすでに進めてきた「7掛けスキーム」や「PPIプレミアム」に参加する出版社の数を2023年度内に大きく増やすためのいわばブースターであろう、ということだ。そして実際にブーストしうるかと言えば、それについては限界があるように思える。その理由は、紀伊國屋書店とCCCの全店ともれなく付き合いのある出版社にとっては新会社との取引は重要になるだろうが、そうではない版元にとってはそこまで前のめりにはなりにくいだろうからである。


日販は書店サポートから手を引こうとしていたのではない。当然と言えば当然だが、書店ぬきで取次のビジネスは成り立たないためである。だからここ20年ほどのあいだに取次は積極的に書店チェーンの子会社化も行ってきた。1999年に積文館書店、2003年にリブロ、2013年にオリオン書房、2015年にあゆみBOOKS、2018年に東武ブックス(現CROSS BOOKS)、等々である。ちなみにこれらは今秋にはNICリテールズとして統合される。各書店の屋号はそのまま使用される。業界紙の報道では特に説明はなされていないけれども、NICというのは「NIPPAN」「INDEPENDENT」「COLLABORATION」の3語の頭文字を取ったものだと聞く。


出版流通改革レポートでは、これらのグループ書店で2019年から「PPIプレミアム」が実施されてきたことを伝えている。2016年に日販の関係会社となった文教堂GHでも21年秋に開始された(現在日販は関係会社からは外れているが、筆頭株主のままだ)。PPIプレミアムというのは、出版社=取次=書店の三者間で締結される契約である。「低返品・高利幅スキームとして、返品率をより抑える」ことにより、書店の粗利30%を実現しようとするもの。従来のPARTNERS契約の発展形であり、PPIというのはパートナー・パブリッシャーズ・インセンティブの略号である。いちいちイニシャルだのカタカナ語だのを多用するのは明解さに欠けるが、これもまた今回の本筋ではないので脇に措いておく。


2022年10月時点での参加出版社は29社で、参加書店は21法人である。数字の読み方については日販に確認する必要があると思うが、私の理解では、レポートが伝えている日販の書籍部門の総売上額に対するPPIプレミアムの取引額の割合は、2022年12月時点で対出版社の約4割、対書店の約5割を占めている(と読める)。そして今年度末までには対出版社の5割超、対書店の7割超のシェアが目指されている(繰り返すが店舗数ではなく売上額の話だろう)。2024年度からいっそう本格化する物流危機に備える最後の年が今年度であり、ここまでほぼ計画通りかそれを上回るかたちで進めることができた日販としては、何としても目標を達成したいはずだ。その仕上げの重要施策となるのが、CCCと紀伊國屋書店とのいっそう緊密な連携となる新会社設立であるのだろう。


CCCはすでに独自に「7掛けスキーム」を実施してきた。この施策の概要は日販の説明によれば以下の通りである。曰く「CCC様・MPDが返品リスクを負う代わりに、返品減少による出版社様のコスト減の一部をシェアいただく契約。返品リスクを負うCCC様・MPDが取り組み書店様の発注を代行することにより返品減少を進め、プロフィットをシェアし、取り組み書店様における、取り組み出版社様銘柄のマージンを実質30%とするスキーム」。何やら回りくどい表現だが、CCC側の説明としては、「文化通信」紙2019年6月21日付記事「TSUTAYA、書籍すべてで返品率制限買い切りを提案」が参考になる。
https://www.bunkanews.jp/article/205627/


記事によれば「カルチュアコンビニエンス・クラブ(CCC)グループでTSUTAYAや蔦屋書店を全国に展開する株式会社TSUTAYAは、小売の粗利益率アップを目的に、出版社に返品枠を設けた買い切りという新たな仕入方法の提案を開始した。雑誌とコミックスを除いた全商品を対象とし、CCCグループの出版社を手始めに出版社との交渉を始める。/TSUTAYAの直営店とフランチャイズ加盟店の出版物販売額は1347億円と国内書店としてはトップクラス。/これまで店舗に配本されていた新刊書籍も、本部が事前に発注して各店舗に配本する。物流と商流は従来通り日本出版販売との合弁会社MPDが担うが、仕入交渉から仕入数の決定まで、TSUTAYAの本部が行うことになる。返品を抑えることによって生まれる利益を店舗に還元し、フランチャイズに加盟する店舗の粗利益率の改善を目指す。/対象とするのはコミックスを除く書籍、ムックの全商品。返品率や粗利還元率については出版社、商品ごとに交渉して設定する」。


同紙の2021年1月26日付有料記事「TSUTAYA 買切スキームで店舗粗利2%増を実現」では2020年の書籍・雑誌年間販売総額が過去最高を更新したと伝え、さらに2021年6月10日付有料記事「CCC 返品率10%・書店粗利35%を実現へ 「書籍完全買切」で直取引も提案」ではさらにその施策が進化していることが窺える。そして今般、ここ数年間のCCCの実績と日販の実績を踏まえて、紀伊國屋書店にも参加してもらおうというわけだ。周知の通り、CCCグループではTポイントを三井住友カードのVポイントと来春以降統合することが決定している。グループ単独での生き残りではなく、三井住友や紀伊國屋との連携によって新たな局面へと踏み出そうというのだろう。


紀伊國屋書店はかつて大日本印刷(DNP)との合弁会社「出版流通イノベーションジャパン」(PMIJ)を2015年4月に設立している。「東洋経済ONLINE」2015年3月20日付の鈴木雅幸記者記名時事「紀伊國屋とDNP、アマゾンに対抗する意図――大手書店グループのライバル両雄がタッグ」によればここでは「電子・ネット書店のシステム共同運営や、ポイントサービスの統合、仕入・物流システムの共有化などを検討」するはずだった。紀伊國屋書店の2015年3月19日付プレスリリース「株式会社出版流通イノベーションジャパンの設立について」では、業務内容として「出版流通市場活性化のための調査・研究」や「各種活性化施策および新規ビジネスモデルの立案」が提示されている。その後のPMIJがどうなったのかが外部には詳細不明であるまま、紀伊國屋書店は今度はCCCと手を組もうというわけだ。


紀伊國屋書店は日販ともトーハンとも付き合いがあるが、DNPの傘下では丸善ジュンク堂書店がトーハン、TRC(図書館流通センター)が日販である。そこで気になるのは、CCC/紀伊國屋書店/日販の連合体が将来的にDNPに接近することがあるかどうかだ。専門書版元や小零細版元にとって蔦屋書店やTSUTAYA BOOKSTORE、紀伊國屋書店は一部店舗を除いてさほど付き合いはない。一般書版元や総合出版社はCCC/紀伊國屋書店/日販との関係を強化ないし維持したいだろうが、その他の版元は実際の受注状況から考えてそれほどでもないのが現実ではなかろうか。インペナ契約を書店チェーンが結ぶ場合、仕入のコントロールは主に本部が行ない、独自の発注権を与えられている支店は少ない。


日販のPPIプレミアムや新会社の直取引に応じる出版社と、そうでない出版社との間はかんたんには埋まらないかもしれない。一部版元と強力に結びついた粗利改善と効率重視の売場運営を目指す書店と、そこから漏れる多数の版元の商品をも仕入れたい書店と、二極化が生じることになる。書籍の売上が下がり続けるなら不利なのは後者となるだろうが、出版社から見れば、書店や取次が本を利幅で見るのか内容で見るのかではだいぶ信頼感が違ってくる。実体験として正直に言うと、PPIプレミアムに参加している21法人の書店で零細専門書版元の本を店頭で積極的に扱う店は圧倒的に少数派だ。PPIプレミアムの書店での売上を日販が7割までさらに上げたいなら、契約外版元の本が扱われる余地はあまりないのではないか。


とすると、DNPやトーハンがどのような対抗軸を作るのか、もしくは、紀伊國屋書店同様に日販とも付き合いのあるDNPが日販とどう連携しうるか、ということに注目が集まるようになるだろう。


+++

Viewing all articles
Browse latest Browse all 1277

Trending Articles