『アントピア――だれもが自由にしあわせを追求できる社会の見取り図』ウォルター モズリイ[著]、品川亮[訳]、共和国、2022年12月、本体2,500円、四六変型判上製272頁、ISBN978-4-907986-96-4
『映画の理論――物理的現実の救済』ジークフリート・クラカウアー[著]、竹峰義和[訳]、東京大学出版会、2022年12月、本体8,200円、A5判上製546頁、ISBN978-4-13-010153-0
『ベルクソン思想の現在』檜垣立哉/平井靖史/平賀裕貴/藤田尚志/米田翼[著]、書肆侃侃房、2022年12月、本体1,800円、四六判並製272頁、ISBN978-4-86385-556-4
『文藝 20223年春季号』河出書房新社、2023年1月、本体1,350円、A5判並製520頁、雑誌07821-02
★『アントピア』は、まもなく発売。米国の推理小説家ウォルター モズリイ(Walter Ellis Mosley, 1952-)による著書『Folding the red into the black: or, Developing a viable untopia for human survival in the 21st century』(OR Books, 2016)の全訳。訳者による著者インタビュー「自身の奥深くを見つめ直し、そこで見つけたものを共有していく」と、社会学者の酒井隆史さんによる解説「同化を拒みつつ、別の世界を考える――ウォルター・モズリイについて」が併載されています。
★「完璧な調和社会である〈ユートピア〉を目指す数々の試みこそが、世界中に壊滅的な打撃をもたらしてきたとぼくは考えている。〔…〕とっくの昔に気づいてしかるべきだったのだ。ぼくたち人間は完璧ではない。人間同士の相違点はいくらでもあるけれど、これだけは世界中の人々に共通して言えることだ」(20~21頁)。「葛藤まみれのぼくたちが、新しい社会や政治の実現に向けて一歩を踏み出す。そのために〈アントピア〉がある。人間の抱えるさまざまな限界や欠点が受け入れられ、みなの持っている隠れた力や可能性が幅広く認められる社会。ぼくたちには、そんな場所が必要なのだ」(21~22頁)。
★「社会主義と資本主義との関係を、互いの欠点を補い合う建設的なものにすること」(29~30頁)。「社会主義と資本主義、両方の欠点を克服する〈アントピア〉を考えるうえで重要な要素は“必要なもの”である」(84頁)。必要な8つのものをモズリイは列挙します(143~144頁)。清潔な水、健康的な食事、安全な寝床、教育、健康保険、情報への自由なアクセス、国家の所有する天然資源の恩恵を受けられること、個人の自由を制限する法律の撤廃。「新しい社会のありかた」(帯文より)をめぐる興味深い提言書です。
★『映画の理論』は、ドイツ生まれのユダヤ人で米国で活躍した社会学者ジークフリート・クラカウアー(Siegfried Kracauer, 1889-1966)の大著『Theory of Film: The Redemption of Physical Reality』(Oxford University Press, 1960)の全訳。帯文に曰く「映画研究の「古典」かつ金字塔であり、クラカウアーの主著」。クラカウアー自身は序言で次のように書いています。「本書がもっぱら関心を抱いているのは、写真から発展したような通常の白黒映画である。〔…〕要するに、本書でわたしが企図しているのは、写真的な映画作品に固有の本質を洞察することである」(3頁)。
★巻末の訳者解説「偶然と事物の美学」で、竹峰さんはこう述べています。「『映画の理論』が他の類書から際立っているのは、作品の選択から個々の分析にいたるまで、すべてが映画狂としてのクラカウアーの記憶と身体に深く刻まれた具体的かつ直接的な経験に裏打ちされているという点にほかならず、そのことがひとつひとつの言葉に奥行きと説得力を与えている」(465頁)。クラカウアーは序言で、幼い頃の初めて映画鑑賞に言及しており、老年に至るまでその驚きを忘れなかったことを告白しています。本書はその意味で著者にとってライフワークと言えるものだったでしょう。
★『ベルクソン思想の現在』は、ベルクソンの主著4冊『時間と自由』『物質と記憶』『創造的進化』『道徳と宗教の二源泉』をめぐる討論と、ベルクソン読解の未来を展望する総括討論を一冊にまとめたもの。参加者は5氏。檜垣立哉(ひがき・たつや, 1964-;『ベルクソンの哲学――生成する実在の肯定』勁草書房、2000年;講談社学術文庫、2022年5月)、平井靖史(ひらい・やすし, 1971-;『世界は時間でできている――ベルクソン時間哲学入門』青土社、2022年7月)、平賀裕貴(ひらが・ひろたか, 1983-;『アンリ・ベルクソンの神秘主義』論創社、2022年3月)、藤田尚志(ふじた・ひさし, 1973-;『ベルクソン 反時代的哲学』勁草書房、2022年5月)、米田翼(よねだ・つばさ, 1988-;『生ける物質――アンリ・ベルクソンと生命個体化の思想』青土社、2022年6月)。
★『文藝 20223年春季号』の特集「批評」は、歌人の瀬戸夏子(せと・なつこ, 1985-)さんと、文筆家の水上文(みずかみ・あや, 1992-)さんの責任編集によるもの。2氏は対談「なぜ、いま「批評」特集なのか」、ブックガイド「これからの批評のための3冊」(1人3点で合計6冊)、そしてそれぞれ論考を寄せておられます。他の寄稿者は斎藤真理子、中尾太一、小松原織香、榎本空、杉田俊介、児玉美月、木澤佐登志、伊舎堂仁、永井玲衣、TVOD、西森路代、の各氏。目次詳細は誌名のリンク先をご覧ください。
★次に、まもなく発売となる、ちくま学芸文庫1月新刊5点を列記します。
『ナチズムの美学――キッチュと死についての考察』ソール・フリードレンダー[著]、田中正人[訳]、ちくま学芸文庫、2023年1月、本体1,100円、文庫判256頁、ISBN978-4-480-51161-4
『「おのずから」と「みずから」――日本思想の基層』竹内整一[著]、ちくま学芸文庫、2023年1月、本体1,300円、文庫判368頁、ISBN978-4-480-51155-3
『子どもの文化人類学』原ひろ子[著]、ちくま学芸文庫、2023年1月、本体1,000円、文庫判272頁、ISBN978-4-480-51163-8
『朝鮮の膳/朝鮮陶磁名考』浅川巧[著]、ちくま学芸文庫、2023年1月、本体1,300円、文庫判336頁、ISBN978-4-480-51165-2
『数学の影絵』吉田洋一[著]、ちくま学芸文庫、2023年1月、本体1,000円、文庫判256頁、ISBN978-4-480-51162-1
★『ナチズムの美学』は、チェコスロバキアのユダヤ人家庭に生まれ、スイス、イスラエル、米国などで教鞭を執った歴史家で、ナチズム研究、ホロコースト研究の専門家ソール・フリードレンダー(Saul Friedländer, 1932-)の著書『Reflets du nazisme』(Seuil, 1982; 原題『ナチズムの照り返し』)の全訳書(社会思想社、1990年)の文庫化。文庫化にあたり、「新たな訳者あとがき」と、竹峰義和さんによる解説「キッチュと死の弁証法――ソール・フリードレンダー『ナチズムの美学』の射程」が新たに加えられています。前者によれば「改めて原文に即して訳文の全面的な手直しを行なったほか、英訳版(1984年)との綿密な照合を施した」とのことです。
★竹峰さんは次のように解説されています。「フリードレンダーによれば、〔死とキッチュという〕この二つの異なる契機を結びつけ、「完全な綜合」へともたらしているところにナチズムの本質的特徴がある。〔…〕そのさい、キッチュと死との並置を可能にしているのがアルカイックな疑似宗教性であって、無時間的な神話世界のイメージと、失われた始原世界へのノスタルジーのなかで、死は徹底的に様式化され、平板なキッチュとして美的に享楽しうるものとなる」(233頁)。
★キッチュとは「俗悪なもの、いんちきなもの、通俗的なお涙頂戴もの」を意味するドイツ語(ブリタニカ国際大百科事典)。フリードレンダーはまず、フランスの心理学者アブラアム・モル(Abraham Moles, 1920-1992)の言葉を参照しています。「無趣味の中でのわずかな趣味、醜悪さの中でのわずかな芸術〔…〕キッチュはひそかな悪徳、心優しく、甘美な悪徳である。〔…〕それゆえにこそ、キッチュの浸透力、そしてキッチュの普遍性が生まれる」(『ナチズムの美学』第1章「ナチズムの美学と言語」26頁;『キッチュの心理学』万沢正美訳、法政大学出版局、新装版2020年、25頁)。
★『「おのずから」と「みずから」』は、東京大学名誉教授の竹内整一(たけうち・せいいち, 1946-)さんの同名書(春秋社、2004年;増補版、2010年)の文庫化。巻末の「文庫版あとがき」によれば「全編にわたって大幅に改訂しました。削った章もありましたし、あらためて加えた章もあります。ここ二十数年来考えてきたことのまとめでもあります」とのこと。帯文に曰く「自然と自己の「あわい」を生き抜いた人々は何を体現していたか――。日本思想文化論の傑作にして著者代表作」と。
★『子どもの文化人類学』は、お茶の水女子大学名誉教授の原ひろ子(はら・ひろこ, 1934-2019)さんの同名書(晶文社、1979年)の文庫化。カバー裏紹介文に曰く「環境や習慣が異なる社会における親子、子どものありかたをいきいきと描き出した文化人類学的エッセイ」と。巻末解説「極北のインディアンの子どもたちを真剣に受け取る」は、立教大学教授の奥野克巳(おくの・かつみ, 1962-)さんがお書きになっています。
★『朝鮮の膳/朝鮮陶磁名考』は、林業技師であり美術評論家の浅川巧(あさかわ・たくみ, 1891-1931)の2著、『朝鮮の膳』(工政会出版部、1929年)と『朝鮮陶磁名考』(工政会出版部、1931年)を合本し、文庫化したもの。巻頭に16頁のカラーグラビアを配し、巻末には日本民藝館常務理事の杉山享司さんによる解説「名著復刊に寄せて――朝鮮を愛し、朝鮮の人々からも愛された日本人」が収められています。
★『数学の影絵』は、Math&Scienceシリーズの1冊。数学者の吉田洋一(よしだ・よういち, 1898-1989)さんが1940年代に発表ないし執筆されたエッセイをまとめたもの(河出文庫、1982年)の文庫化。数学者の高瀬正仁(たかせ・まさひと, 1951-)さんによる文庫版解説「影絵に宿る数学の神秘」が付されています。
★最後に最近出会った新刊を列記します。
『女がみた一八四八年革命(上)』ダニエル・ステルン[著]、志賀亮一/杉村和子[訳]、藤原書店、2022年12月、本体4,400円、四六判上製712頁+口絵8頁、ISBN978-486578-372-8
『「友好」のエレジー ――中国人がみる「日中国交正常化五十年」』王柯[編]、賀衛方/張倫/賈葭/唐辛子/劉燕子/李鋼哲/慕容雪村/王柯[著]、藤原書店、2022年12月、本体2,600円、四六変判並製232頁、ISBN978-4-86578-371-1
『美術商・林忠正の軌跡 1853-1906――19世紀末パリと明治日本とに引き裂かれて』木々康子・高頭麻子[編著]、藤原書店、2022年12月、本体8,800円、A5判上製720頁+カラー口絵16頁+モノクロ口絵32頁、ISBN978-4-86578-367-4
『「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活〈新版〉』鈴木猛夫[著]、江崎道朗[新版序]、藤原書店、2022年12月、本体2,500円、四六判並製272頁、ISBN978-4-86578-374-2
『季刊農業と経済 2022年秋号(88巻4号)』久野秀二/池上甲一/西山未真[責任編集]、英明企画編集、2022年11月、本体1,700円、A5判並製316頁、ISBN978-4-909151-55-1
『東京精華硯譜 中國硯大全Ⅲ 宋代硯と太史硯』楠文夫[著]、平凡社、2022年12月、本体4,180円、A4判上製84頁、ISBN978-4-582-24737-4
★藤原書店さんの12月新刊は4点。『女がみた一八四八年革命(上)』は、帯文に曰く「先駆的女性ジャーナリストの主著、初の邦訳刊行! 現場の民衆の声を聞き取った、1848年革命史の第一級資料〔…〕1848年の二月革命を取材し、民衆の証言を集め、議会を傍聴し、多くの関係者から聞き取りを行ない、公平な視点での記述を意図してなされた大著、遂に邦訳」。全2巻予定。ダニエル・ステルンはマリー・ダグー伯爵夫人(1805-1876)の筆名。
★『「友好」のエレジー』は、帯文に曰く「民主主義・自由平等・法治・人権が実現されてこそ、真の日中友好が始まる、と考える中国知識人らが、この五十年を回顧し、将来を展望する」。寄稿者は、賀衛方(北京大学教授)、張倫(CYセルジー・パリ大学教授)、賈葭(ジャーナリスト、作家)、唐辛子(コラムニスト、作家)、劉燕子(現代中国文学者)、李鋼哲(東北亜未来構想研究所所長)、慕容雪村(作家)、王柯(神戸大学名誉教授)の8氏。
★『美術商・林忠正の軌跡 1853-1906』は、帯文に曰く「19世紀末の約30年間をパリに生き、日本美術の橋渡しに貢献した美術商・林忠正(1853-1906)。仏語未公刊書簡の訳、および林家所蔵資料を駆使して、林忠正の生涯、そして同時代の日仏美術交流に新しい光を当てる」大冊。
★『「アメリカ小麦戦略」と日本人の食生活〈新版〉』は、食生活史研究家の鈴木猛夫(すずき・たけお, 1943-2008)さんの2003年の著書に、評論家の江崎道朗(えざき・みちお, 1962-)さんの序文を加えて新版として再刊するもの。「食料行政と食品業界のタブー=“アメリカ小麦戦略”の真相に迫り、非精白米を基本にした、風土にあった食生活の復活を訴える」(カバー裏紹介文より)。
★『季刊農業と経済 2022年秋号(88巻4号)』の特集は「現代社会と食の多面的機能──食から眺める、食から変える」。「食の多面的機能に着目し、現代社会の多様な政策課題に食を切り口に総合的に取り組むための「気づき」を提示する」(版元紹介文より)。「 食育を学校(こども)から地域社会(市民)に拡げる」、「栄養と健康を社会の構造的問題として捉える」、「食を通じて包摂と共生にもとづく地域コミュニティをつくる」、「食を通じて地域への関心と地球環境への関心を架橋する」、「持続可能な食農ガバナンスを担う食市民をつくる」の五部構成。
★『東京精華硯譜 中國硯大全Ⅲ 宋代硯と太史硯』は、『中國硯大全』全3巻の完結篇。既刊は、第Ⅰ巻『端硯について』2021年1月刊、第Ⅱ巻『中國硯採石地を訪ねて』2022年1月刊。最終巻では「宋代硯とともに、掌硯と古硯の中でも最も美しい太史硯の各種を紹介」(帯文より)。